第5話 はみ出しもの

「ラメルさん!お疲れ様です」

 陽気な声に頭が痛くなる。こんな風に話しかけてくる人物は一人しかいない。

「ジル・レオン。イスリータと呼びなさい」

「つれないなあ、俺のこともレオンって呼んでくれていいんですよ?」

 話が通じない。お互いに生粋のノイア人なのに。

名前の短縮形、もしくはセカンドネームを呼ぶ関係は限られる。ノイア王国では家族や親しい仲の間だけだ。少なくとも城内では苗字と役職をつけて呼ぶことがマナーとなっている。目下の者に気さくに話しかけるとしても、名前をフルで呼ぶことがスタンダードだ。

 舞踏会も始まる前だというのに、ピリッとした雰囲気はまるでない。

「今は仕事中です。公私を混同しないでください」

 ジル・レオン=ルセーブル。彼は騎士の中でも毛色が違う。若いからか。いいやそれだけではない。

「あ!じゃあオフではレオンって呼んでくれます?」

 人畜無害そうで、人も殺せないような童顔は、騎士のなりをしていなければ、騎士とはみられないだろう。

 軽い。軽すぎる。城下で女性問題を起こしていなければいいけれど。

「呼びません」

「えー、でもラメルさんより俺のほうが年上っすよ?」

 ああ言えばこう言う。思わず制帽を押さえてしまった。

「確かにそうですが、私はあなたの先輩で、教育係です」

 茶髪に茶色の瞳を真っ向から見据えると、年上の後輩は口を尖らせた。

 ジル・レオンは18歳。私より2歳年上だ。

 騎士となったのは1年前。私より2年後輩となる。

 王室付きの騎士で10代は私たち二人だけだ。

 年が近いということで拒否権もなく私は世話役に任命されている。

「ラメルさん、まともに先輩してくれたことあります?話したのいつぶりでしたっけ?」

「お互いの業務上仕方ないでしょう」

「あー、まあそうですけど?かたや王子の専属騎士、対してこちらは城内にはあまりとどまらない遊軍騎士」

「おふざけが過ぎますよ。あなたは末席とはいえ、王室付き騎士なのだから、自覚を持ちなさい」

 王族の専属騎士は、護衛からスケジュール管理までなんでもこなす。他の騎士とは一線を画し、常に行動を共にする。

 一方の王室付き騎士は、特定の誰かには張り付かない。騎士長や王族の指示に従い、城内の巡回や王族の護衛の補助を行う。

 特に新入りは王族の外出時に任につくことが多いが、ジル・レオンにおいては突出している。城にいる時間が明らかに少ない。見かけることはほとんどなかった。

「いやー、平民出身だから警戒されてるのかなーとか、勘ぐっちゃいますよね」

 彼は騎士を輩出する家系の生まれではない。代々続く鍛冶屋の息子だ。

 生まれもっての身分は、騎士達の中で最も低い。

「…………滅多なことは言うものではありませんよ。あなただからこそ、外へ慰問に行かれる王妃様の護衛ができると上はお考えなのです」

「あー、そういう考え方もできますか。でも俺、舞踏会で会場の警戒に入ってたんですけど、ラメルさんとチェンジになったし」

「……それは、王子のわがままです。あなたを遠ざけたわけではなく」

「ま、城内での仕事ができるんでよしとします!」

 切り替えた後輩には二の句が告げない。

「そろそろ巡回行ってきます。いやー、ラメルさんドレスじゃなかったのが残念だなあ」

「からかうのも大概にしなさい」

「でももったいないじゃないですか。きれいな金髪に、碧眼で」

 そろそろ本気で怒ろう。

 教育係は城内での礼儀作法や騎士としての振る舞いも指導の範疇だ。

「ジル・レオン――」

 まっすぐな瞳が私を捉える。

 なにも言えなくなってしまう。

「じゃあ、任務がんばりましょー、失礼しますー」

 先ほどのことは嘘だったかのように、ジル・レオンは自分の持ち場へと戻っていった。


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