第4話 道を決めた日

 

 城の人たちはみんな、孤児の私に良くしてくれた。部屋を与えられ、食事ももらった。なによりも温かかった。特にレインはなにかというと来てくれて、いつもいろいろなことを話してくれた。

 王室のこと、きれいな花や木の名前、簡単な読み書きまで。

 全部、私には縁遠かった事。

 ラメル、とレインは言う。レイン、と私も呼ぶ。

 時間の許す限り私たちは一緒にいた。お互いに年が近い子供が城にいなかったこともあるかもしれない。

 私たちは6歳離れていた。当時は子供だったからか、呼び方も言葉遣いも態度も、特に咎められなかった。身分が天と地ほど違いすぎていた。そんな当たり前のことを私は知らなかったし、知ろうともしなかった。たぶん分かっていたつもりで、理解していなかった。

「ラメル、今日はおまえに会わせたい人を連れてきたぞ!」

 ある日レインは一人の男性を連れてきた。

 ラ・メール=イスリータさんだね。そう前置きして彼は剣を揺らした。

「王室付き騎士の長、ヴェン・パルコ=ヒュースだ」

 そのときの私には、光る剣が、無性に怖かったのを覚えている。


「……ラメル、そなたが来て4年経った。レイン殿下は16になられた。もうそろそろ婚約者がいてもいい頃なのだがな。家族以外で名前を呼び合うような仲。今のところラ・メールしかおらぬ。――陛下と王妃様は大層悩んでおられる」

 レインさえ人払いした従者の部屋に、深みのある声が満ちる。普通なら、いい大人がたかが10歳の小娘相手に腹など立てないだろう。しかし早く後継者を確立しないと新興王家は強固にならない。レインは唯一の後継者だ。本来は第5王子だが、長兄はみな戦死した。

「……私は、どうしたら」

 安穏としていた世界が急転直下で変わっていく。お互いしばらく黙っていた。

「――一番よい方法は離れる事だ。すでに王家直轄の孤児院に入れる話もある。考えてみれば平民出身の孤児が一人だけ城で暮らすというのもおかしな話だ」

 私はそのとき頭を下げていた。なぜだか分からなかったけど、嫌だった。

「お願いします!ここにいさせてください!言葉遣いも直します!女中でも掃除婦でも、仕事はなんでもしますから!!」

 しかしヒュース騎士長は首を縦に振らなかった。

「レイン殿下はそなたに仕事をさせないだろう。殿下は友人とみているものに、労働などさせぬ。……ラ・メール、そなたの居場所はここにはない」

 居場所。私の居場所。

 居場所はとっくの昔になくなった。家族は死んだ。孤児仲間とともに暮らしたけれど、それもスラムの抗争ではぐれ、死にかけていたところをレインに拾われた。私の恩人。長い間一緒にいる人。その人の迷惑になるのなら、心地いいここを離れよう。

 騎士長の言葉は辛いけど真実だから。私はそれを受け入れようとした。けれどできない。

 幸せをくれたのはレインだった。

 笑顔が戻った日はレインと共に始まった。

 レインがいたから幸せだった。

 離れるなんて、嫌だ。

 一緒にいたい。

なによりも、一人にすることはできない。

「……居場所がなければ、作ります。……私を騎士にしてください!」

ヒュース騎士長の目が見開かれる。

「なっ」

「私は人を守る術を身につけます!そしてこの手でレインを守る」

 女流騎士は少ないものの、昔は存在した。

 しかしだんだんと王家の妾のような扱いになり姿を消したという。現在国中を探しても、女流騎士はいない。

 そして私が言った騎士は王室付き騎士を指す。王家の人間を守ることが任務だが、その中でも実力があるものは王家の人間と四六時中行動を共にする専属騎士となる。いわば影だ。現在唯一の後継者、リフ・レイン=ノイアフィルプの専属騎士は空席となっている。

「ラ・メール、そなたは確かにイスリータ家の血を引いている。元王室付き騎士フェル・モーロ=イスリータの子供だ。騎士の血を引く者には騎士になる試験を無条件で受けることができる。だがそなたの父が背徳し国王を斬ろうとしたことを忘れたか!」

 騎士ガ主人ニ仇ナスコト 之大イナル罪ナリ

 この規律を父は破った。小さい頃の私には分からなかったけれど、これも城で暮らすうちに知った事だ。

「……私の父は、信じるもののために剣を振るいました。国王専属騎士でしたが、前王の暴挙に耐え切れず諫めようとしたのです。お言葉ですが、これはサー・ウェル様の考え方と同じです」

 ヒュースは少しだけ表情を崩した。

「確かにそうだ。そなたの父も特赦で罪にはなっていない。そなたには騎士になる資格がある。……だがラ・メール、いろいろな制約がついて回るぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る