第9-3話 ハグの理由

 聖菜の柔らかい感触が燐里を包み込む。小玉メロンサイズの大きな胸は、巨大なマシュマロよりも柔らかくて人肌のぬくもりが燐里の顔をうずめる。


「聖菜?」

「良かった、燐里ちゃんはいる」

「…」


 聖菜の言葉で燐里は恋愛絡みのハグではないと気づけた。


「どうしたの?何かあったの?」


 ハグを解除して見上げると、聖菜は不安な表情をしている。


「あのね、静馬君から来たラインの返事を打っていたら、突然、お店で流れているBGMとか周りの音とか聞こえなくなってね。見上げたら、誰もいなくなっていたの」

「誰もいない?」


 燐里は頭の中で魔法知識の思考を始める。


『誰もいなくなるなんて魔法の仕業でしかない。

 おそらく『檻』ね。その名の通り檻を作り出して、誰かを閉じ込める魔法。

 高レベルになると檻ではなく対象者のいる部屋をコピーして部屋ごと閉じ込める。聖菜と私はその魔法にかけられた…油断してた。

 でも…』


 燐里はちらりと聖菜を見た。


『魔王族の欠片を持つ静馬や、ガデバウム様の部下である私なら狙われる理由はあるけれども、どうして聖菜も魔法異変に巻き込まれる?』


 疑問になったが、ドラゴン令嬢を思い出し、簡単に答えを出せた。


『人間世界の常識を知らないか、お金と権力でねじ伏せられる輩ならば、人間を守りながら不利なバトルを強いてくるかもしれない』


「燐里ちゃん、どうしよう」


 聖菜の声に、燐里はスマホを取り出した。


『人間に姿を変えている間、魔法は使えないから、聖菜の前で魔族の姿に戻らなければならない。

 人間を巻き込んでも構わないという危険な相手である以上、聖菜を全力で守らないと』


 燐里は心の整理をつけると、聖菜をまっすぐに見上げる。


「ごめん、聖菜。私のせいで巻き込んじゃった」

「燐里ちゃん?」

「あのね、聖菜には黙っていたんだけれども、実は魔法を使えて、人間じゃあないの」


 聖菜が戸惑っている間、燐里はスマホを操作し『変身』の魔法を解いた。

 金色の髪とコウモリ型の羽根。先端が矢印の形をした魔法少女へと


「……」

『守らないとならないんだけれども…大丈夫かな?』


 魔法少女りんり の姿は、百合娘 聖菜のドストライクで、暴走して唇を奪われかけたことがある。これから待ち構えている敵よりも恐いものがあった。


「燐里ちゃん、あなただったのね、マイハニーは」


 予想内の言葉だったが、聖菜が抱きつこうとする動きはなかった。

 異変と危険を読み取ってくれたからだろうか。


「聖菜は、私が守るから心配しないで」


 そう宣言した りんり は、まずトイレ内の様子を伺うことにしたのだが…その時、顔とというより鼻に手を当てる聖菜が見えた。




「…。

 うーん、脱出できそうな所はないなぁ」


 聖菜は見なかったことにして、真新しいが広くはないトイレを視覚と魔力反応に集中してみたが、ただのトイレしか感じ取れない。


「連絡とろうにもスマホは圏外(魔法アプリは圏外で使える)になってるし。聖菜のスマホは、どう?」

「あ、私のも圏外になってる」


 トイレのドアノブは動くので、開けて隣に行くしかないようだ。

 ドアを開ける前に りんり は自分のスマホを聖菜に渡す。


「聖菜は、スマホを持ってて。この先何があるのか

もし、危なくなったらボタンをタップして『結界/レベル3(発動者を魔法等から守る) 』魔法を発動させて」


 りんり はゆっくりとドアを開けた。


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