第8-3話 電車内での闘い

 燐里は1人、高速で変わっていく窓外の光景を眺めた。


「……」


 視線を窓から隣の車両に向けたくなるが、それを制して視線を固定する。


『ましず は戦っているんだから、信じないと』


 最寄り駅の改札口前で、ましず は言った『自分の力だけで立ち向かってみたい』と


 目的地の駅まで2人は別々の車両に乗り、一駅先で合流することになった。


「……」


 燐里は知っている。

 誰かの協力や支援があったとしても、最終的に自分の問題は、1人で立ち向かわなければならない事を。

 ありったけの勇気を振り絞り戦わなければ、勝ち取れない事を。


「……」


 ましず の笑顔を見られるのを信じて、燐里は窓外の光景を眺め続ける。




「…………………………」


 一方、隣の車両に乗り込んだ ましず は、焦っていた。


『何で、聖菜がここにいるんだよ…』


 1人で別の車両に乗り、一駅なのでドア付近の つり革を握りしめる。


 扉が開いて人が出てくる時と、中に入る時に緊張したが、ドアが閉まり電車がゆっくりと動き出す頃になると、緊張はそれ以上 高まる事はなくなった。


 耳を澄ましても、周りから ましず を指摘する声はしない。

 何度も自分に『大丈夫』と言い聞かせて、少しずつだが落ち着いてきた。


「ん?」


 電車が走り始めて3分の2は進んだろうと思う。落ち着いた ましず は改めて車内を見回したら…

 聖菜がいた。

 しかも目が合った…かもしれない。


「……………………」


 変な汗が噴き出した。

 カツラをかぶり、燐里と針田に太鼓判を押してくれた変身だが、幼なじみが見破ったらどうしようという、不安が。


『いや、今のは本当に聖菜? 神経質になり過ぎて見間違えているかもしれない……確認したい。でも、再び視線を向ければ、こっちの存在に気づくかも知れない。聖菜だったらアウトだ。


 このまま、やり過ごすしかない。


 今の人が見間違いでも、聖菜だったとしても、気づかなければ良いんだ。

 電車はあと少し走れば到着する。燐里と速やかに合流して人混みに紛れれば、この問題は解決する』


 ましず も別の意味で、窓外の風景を眺めることにした。


「ねぇ、燐里ちゃんは?」


 残念ながら、見間違い人でなければ、聖菜は ましず を見落としてくれなかったようだ。


「え、燐里? いない、いない」


 心臓をわしづかみにされた ましず は高い声で否定したが、聖菜は別の意味で読み取る。


「怪しい」


 恋のライバル宣言をされた聖菜は ましず に顔を近づける。


「近い近い近い」

「………」


 聖菜は ましず を細かくチェックする。ましず いや静馬にとって『万事休す』の言葉しか出てこなかった。


「ふん、やっぱりね」

「な、何が?」

「燐里ちゃんを隠している事よ」

「へ?」

「あなたから燐里ちゃんの匂いがする」


 ほっと胸をなで下ろすものの『静馬の匂いはしないのかい』というツッコミを心の中で入れてから、ましず は誤魔化しつつ、話題を無理矢理変えた。


「燐里なら駅前で会ったよ。それより聖菜はどこから来ているの? さっきの駅では見かけなかったわよ」


 聖菜の最寄り駅は ましず達と同じなので、燐里を見つけ次第、聖菜は暴走するはずだが、ホームで騒動は起きなかった。


「燐里ちゃん本人か家を探し出すために、学校付近の駅周辺を一駅ずつ探してたのよ。

 なるほど、燐里ちゃんは私と同じ駅なのね、良い情報提供ありがとう」

「しまった」


 ましず は心の中で燐里に謝罪してから、改めて聖菜に視線を向ける。


『今日もひらひらとしたワンピース。相変わらず似合っているよね。本当、羨ましい奴』


 気づいた時には行動を共にしていた幼なじみ。そんな幼なじみや、周りの女子達は、いつも可愛い服を着ている。

 男視線の『可愛い』もあるが、ひらひらとしたフリルやワンピース。白やピンク色のカラーの『可愛い服』にも気になってしまう。


 着てみたいな。


 そう頭に浮かんで慌てて否定した。

 その言葉が2度と出てくる事のないように、心の制御を繰り返した。

 その想いを忘れるため、心の埋め合わせをするかのように別の趣味、収集を始めた。

 収集趣味は上手くいき『可愛い服』に気にならなくなった。なのに…


 魔法少女ましず に変身してしまった。


 忘れていた『想い』が目覚め、心は少しずつ静馬に問いかける。『本当の気持ち。忘れたままでいいの?』と

 魔法少女ましず でいられるのは、肩にある魔王族の欠片がある限り。取り除く方法はまだ見つかっていないが、いつかは回収され、2度と『ましず』という女の子になれなくなる。

 その時、静馬のままで今まで通り生活していけるのだろうか。不安が芽生えた。

 燐里のまだ知らない重い過去を考えると『聖菜から守るため』と、言い訳して女装を始める自分が恥ずかしくなるが、その道を踏み出そうと思った。


 後悔はしない。



「何?何か服についてる?」


 静馬の思考は数秒だが、その数秒を聖菜を無言で見続けていた。

 ましず は、思考をやめて、幼なじみ兼ライバルに笑みを向ける。


「認めたくないけれども、ひらひら服が似合っているわよ」

「…。あら、ありがとう」

「燐里の事は別よ」

「もちろん、分かっているわよ」


 電車が揺れた、減速を始める、駅に止めるため。


「じゃあね。良い休日を」

「……」


 電車を降りる聖菜の背中を ましず は見つめた。


『燐里を追い回すロリ百合のどうしようもない奴だけれども、本当の気持ちに気づかせてくれて、背中を押してくれたのは聖菜なのかもしれない。


 まあ、ありがとう、と言っておくべきかな…』


 …と思いたかったが、そんな時間はなかった。


「せ、聖菜、どうしてここに?」

「燐里ちゃんだぁ、会いたかったわ」


 運悪く聖菜を見つけてしまった燐里に抱きつこうとする聖菜を止めなければならないのだから。


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