第8-2話 男の娘
ましず と燐里はミッションを遂行するため駅に向かう。
「……」
欠片の力を使わずましず に変身した静馬は、不安でしかない。
『黒のスカートと白いブラウスを選んだけど、シンプル過ぎたかな?
本当はマスクしたかったけれども、花粉でも風邪の時期でもないし…でもマスクした方が顔を隠せるから…でも……
あ、今、通り過ぎた人がこっち見た。
長く見ていた。
男ってバレた? やっぱりメイクに違和感あったかな?
もしかしたら同じ学校かもしれない…
もしかしたら静馬だとバレた? 明日には学校中に広まる……大丈夫だよね? 変な顔まではしてなかったから、そこまではバレていないと思う…そうだよね、気づいていないよね、でも…万が一…』
「ましず、ましず」
心の声を中断してくれたのは、隣にいる燐里からだった。
「腕が痛いよ。それと女の子どうしでも、ちょっと密着すぎかな」
「あ、ごめん」
ましず は手の力を緩めて、半歩ほど燐里から離れた。
「不安になるのは仕方ないよ」
「こんなに人の視線が気になるなんて思わなかった…」
と言いながらも、ましず の視線は通行人に向く。
燐里が何か言葉をかけ返答しているが、頭の中までは入ってこなかった。
進むごとに人の視線が強く感じる。
それは、ぶつかったりしないように、周りに人はいるのか認識するためだけに向ける視線だと、自分に何度も言い聞かせているのに。視線が自分に向いた時、変身を見抜かれたのではないかと気になってしまう。
2人は駅に着いた。
「……」
駅に向かえば、人の密集率が増えるのは当然で、ましず の不安も更に増した。
最寄り駅は私鉄だが、目的地はJR線と合流する大きな駅となり、人の密度もそれ以上になる。
「………………」
それに改めて気づいた時、ましず は全身が重くなった。
改札口を出た ましず を沢山の人が一斉に見る。好奇の視線や笑う口。冷ややかな視線。考えすぎだと分かっていても、それを想像してしまい、どっと汗が噴き出した。
進もうとする足が止まり、鼓動が早くなる。
「ましず」
ましず は、燐里の温もりに気づいた。
「良いもの あげる」
左手になに何かを入れて握りしめさせるため、両手で包み込んでくれていた。
左手にある固い感触よりも、燐里のぬくもりの方が、自らかけた負の魔法を解除してくれた。
「お守り」
燐里の柔らかい笑みに、強ばっていた顔の筋肉が緩んでいく。
「…ありがとう」
握りしめている左手を開くと、円形の平べったくて中央に小さな穴が4つ空いている、ダークグレーのボタンだった。
「針田から貰ったんだ。何でも針田の一族で英雄になった者が、歴史を変えるような演説をした時に着ていたシャツのボタンなんだって」
ボタンからエネルギーを感じる気はしないが、メンタルのお守りになりそうだ。
「私もね、周りの視線が恐くなった時があるんだ。その時にくれたの」
「視線…って、もしかして男装?」
「いや、ごめん、違う。
魔王族ガデバウム様の欠片を拾った時なんだけどね。とんでもない部分の欠片だったから、色々とあって」
「色々?」
「色々」
燐里は寂しげな笑みを向けた。昨日の晩ごはんを答えるようなレベルではない、重い過去だと、ましず は読み取れた。
なんせ燐里は、罪を犯した魔王族 唯一の部下なのだから。
その燐里が渡してくれたお守りは、何かの特別な力が含まれているよりも、強く重く深い力を感じた。
「いいの? 貰って?」
「私はもう大丈夫だからね」
力強い笑みに、ましず は左手を握りしめた。
「ありがとう、燐里」
ましず は駅を見上げる。
私鉄の小さな駅だが、今の ましず にとっては、ラストダンジョンか討伐しなければならない巨大なモンスターだった。
「……………………」
「ましず、大丈夫?
針田は一駅先って言ったから、必ずしも大きな駅じゃなくて良いんだよ。下りに乗った一駅先にもプリクラ撮れる所はあるんだし」
「ううん。大丈夫、大きな駅に行く。
挑戦したいんだ、自分の力で」
ましず は騎士のように、心の中にある剣を握りしめた。
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