第4-3話百合の花が咲く朝、新たな攻防戦が始まる

「うふふふふふ。邪魔者はいなくなったし、2人っきり」


 聖菜は、燐里の右手を両手で包み感触を味わいつつ、逃げられないようにホールドした。


「いや、周りにたくさん、いるよ」


 燐里の言う通り同じ学校の生徒を見かけるが、聖菜は気にすることなく更に接近し、再び聖菜の爆乳が燐里の頭部に触れる。


「大丈夫、女友達のフレンドリーなスキンシップにしか見られないから」

「それ、大丈夫じゃない」


 燐里は塀に一歩後退するが、聖菜も一歩近づく。

 聖菜に聞き手をつかまれたままなので後退した所で聖菜も前進し、変わらないのだが、舌なめずりをする聖菜に、身の危険を感じた燐里は、無意味な後退を続けるしかなかった。

 案の定、5歩目で後退不可能になる。

 塀に背中をぺったりとくっつける可愛い獲物に、聖菜は口角をゆっくりと上げて顔を近づけた。

 ここで聖菜のスマホがLINEの受信を告げなければ、燐里の唇は奪われていたかもしれない。


「んもぅ、こんな時に」


 スマホを操作するため、燐里の手を離す。

 もちろん、燐里はその瞬間を逃すことなく、聖菜から離れ『先に行ってるね』と声をかけてから、早足で校舎へ向かった。

 しかし、10歩目で燐里をスマホも通話着信を告げる。


「ちょっと針田、こんな時に電話しないで。それに、おいていくなんて、ひどい」

「声の様子からして、被害はないようだな」


 逃走の足を止めることなく、燐里は相棒に苦情を言うが、針田はさらりと受け流した。


「わざわざ静馬からスマホを借りて、幼なじみの気をそらし。充電できなくなったスマホで連絡してやってんだから、ありがたく思え」

「悪うございましたわね。とは言え、ありがとう」

「こっちは戦闘中だ。要件だけ言う」

「戦闘って、合流しなくても良いの?」

「魔王族の欠片と、俺の的確な指示でうまくいっているが。できることならば、りんりの『足止め』がほしいところ…」

「ならば、聖菜をまいて合流するよ」


 振り返ると、聖菜はスマホをしまい、こっちに向かって来る瞬間だった。

 燐里は足を速め、針田に提案する。


「針田、静馬のスマホ、持っているんだよね。

 少しだけでも良いから、また聖菜を引きつけておいて」

「静馬に操作許可もらったら、実行する」


 通話を切りスマホをポケットにしまった燐里は、駆けだした。


「待って燐里ちゃん…いや、逆に捕まえてあげる」

「ひっ」


 駆け足から、猛ダッシュに変えて、逃げる燐里に校門が近づいてくる。


「んもぅ、また」


 少し怒り気味の聖菜は足を止めて、スマホを操作を始めた。


「今のうち」


 校門を入り、燐里は大木の影に隠れる。

 ポケットからスマホを取り出し『ちょこっと魔法』のアプリを起動して『変身レベル5(無期限/購入済) 』のボタンをタップした。

 スマホから出てくる黒い煙は燐里を包み込み、消える頃には小悪魔系尻尾と翼を持つ金髪の少女に姿を変える。


「ん?針田から?」


 りんり は、スマホを耳にあて通話に応じた。


「言い…そびれたが、静馬からの伝言が…ある『聖菜のドストライクは…金髪』だと。姿を変え……る時は気をつけろよ。もし、や…ばい……なら……た…」


 針田の通信が途絶えた。


「えー、今頃、電池切れるって…どこに行けば合流できるのよ。

 それより金髪ってマズいじゃないの」


 合流するべきか、急いで人間の姿に変えるべきか考える魔法少女りんり だったが、ただならぬ気配を感じた。

 モンスターが持つ殺気ではなく、重い、ねっとりとした別の意味で危険な気配が。

 多分、いや、間違いなく聖菜が放っている。


「どこ?…」


 急いでスマホをしまい、辺りを見回したが、聖菜の姿は見当たらない。


「ん?」


 りんり の頬にぴちょりと水滴が落ちてきた。今日は晴天、雲一つない青空が広がっているはずなのに。


「うふふふふふふ。何て可愛い子犬ちゃんなんでしょう」

「ひぃぃっ」


 りんり の頭上、大木の枝に『それ』はいた。

 目を爛々らんらんとさせ、口から水滴、よだれを垂らして。

 ホラー映画で何でも食らうモンスターをりんりは観たことはあるが、これほど恐怖は感じなかった。


「まい、すぅーいと、はにぃー」


 聖菜が枝から飛び降り、りんりに抱きつく。

 寸前の所で、りんりは飛び退き、魔族なので人間離れした足をフル活用して駆けだした。

 それから学校の塀を軽々と跳び越える。


「これで大丈夫かな」


 聖菜がスポーツ万能だと想定し、校門までダッシュしたとしても、りんりに追いつく事はないだろう。


 そのはずだった。


「私の可愛い子犬ちゃん。絶対、逃がさないわよ」


 塀の上に人の頭が見えた。

 垂直に懸垂できる筋肉があるのか、聖菜は塀を登りきり、可愛い獲物に微笑む。


「………………」


 蛇に睨まれたカエルのように、りんりは身動きがとれなくなった。

 『やばいんだよ、早く逃げなければ確実に捕まる。やばいやばいやばい』警鐘が鳴りっぱなしなのに、体が言うことを聞かない。


「私の可愛い子犬ちゃん。ゆっくり可愛がってあげる」


 とん、と、地面に着地する音が りんりの耳に届いた。

 1歩、また1歩と聖菜が近づき、Fカップの胸が目の前で止まる。


「……」

「恐がらなくて良いのよ、子犬ちゃん。

 さあ、お姉様に身を委ねてごらん」


 聖菜の両手がりんりの肩を固定し捕獲すると、爆乳が離れ顔がゆっくりと近づいた。


「まずは、その食べちゃいたいほど小さな唇から」


 互いの唇が触れる…寸前で、りんり は後方に引っ張られた。


「ごめんなさいね。こいつは回収させてもらうから」


 さらりと揺れる長い黒髪の少女。魔法少女に変身した静馬だった。

 静馬は身動きのとれない りんりを小脇に抱え、身を翻す前にリコーダーサイズの棒を聖菜に向け『睡魔/レベル5』を唱える。強力な眠気は聖菜と小脇に回収された りんりまでも登校時間中に一眠りすることとなった。


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