第6話 情けは人の為ならず

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 昔から困っている人を見たら放っておけなかった。

困ってる人だけじゃない。頑張ってるのに報われない人、理不尽を強要されてる人、そんな人達を見たらつい手助けをしたくなってしまう。

 親に聞いたら幼稚園の頃からそうだったようで、私はそんな自分の性質に疑問を持たず育ってきた。

 だけどある日、クラスメイトから

『日向さんって偽善者ってやつだよねー、誰かを助けてる自分が好きなだけなんでしょ?』

 と言われ、真剣に悩むことがあった。

 偽善、外面は善い行いに見えてもそれが本心や良心からではない心理状態。

 なるほど、考えたことは無かったけど言われてみたらそうなのかもしれない。

 誰かを助けたら気持ちいいし、自分のためにそうしていたんだと言われたら否定できない。

 そして、自分のために誰かを利用するのは悪い事だ。

 じゃあどうしたらいいの? これからは見て見ぬふりをする? 

 色々考えて、それから何回かは困ってる人を見ても何もしなかった。

 でも、だめだった。偽善と呼ばれるよりも困ってる人を見捨てる方が私は私が嫌になる。

 初めて人を見捨てた日、私は後悔した。

 次に人を見捨てた日、私は酷い自己嫌悪に陥った。

 また人を見捨てた日、私は泣いた。

 見捨てたといってもどれも一般的に見たら大したこと無いものばかりだったはずなのに、私の心から棘は抜けない。

 そのまま続けるのは無理だった、これ以上続けると自分を許せなくなる。

 今まで考えたことが無かったから知らなかった、私にとって誰かを助けるというのは自分の根幹をなすものだったんだ。

 自分のためでもいい、偽善でもいい、私がありたい私であるために、私は人を助ける。

 誰かを見捨てて後悔するくらいなら、誰かを助けて後悔しよう。

 そう決めたらすっきりした。今まで通り手助けしたくなる人がいたら手助けする。誰に何を言われようとそこは変えないことにする。

 それからは通常営業、意地悪を言われてから話すのを避けてた女の子にも話しかけに行ったりした。

 しばらくして仲良くなってからあの言葉の真意を聞くと

『ほら、あんたって皆から好かれてたでしょ? 私の好きな男の子もあんたの事が好きだったらしいし……、だから妬ましくって……。ね、ねえやっぱりあの時の事怒ってる? ご、ごめんなさい』

 目から鱗だった。この子には気づかされてばかりだ。

 私の袖をつかみながら、ごめん、ごめんと言い続けるその友達をスルーして考える。

 うーむ、そんな見方もあるんだ。もしこれからそんな人達といっぱい会う事になったら、人を助けたくても邪魔されたりするかもしれない。

 そんな事態を避けるためにも私は今まで以上に皆と仲良くしよう。

 全力で皆と仲良くして、全力で人を助ける!

 それを新しく目指す自分にする。目標をくれた友達には感謝だ。

 友達にありがとうと伝えると、友達は謝るのをやめ、泣きそうな顔のまま首を傾げる。

 ごめんね、説明してあげたいけど、流石の私も今考えてた事をそのまま伝えるのは恥ずかしいんだ。

 晴れやかな気持ちになった私はつい笑みがこぼれる。

 

 そして、私は目指すべき自分のため、今日もまた人を助ける。


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「皆に大事な話がある。実は昨日から私の体操服が見当たらない。私の予想では私のファンが溢れ出る情欲を抑えきれずに犯行に及んだと思うのだが、みんなの意見も聞かせてもらいたい」

 会長が厳かな声で生徒会メンバーに語り掛ける。。

 高校に入学して2週間、クラスでもぽつぽつと友達が出来てきて、生徒会にも慣れてきた。

 時折面食らう事もあるが、生徒会の人達は良い人ばかりだ。俺が学校を楽しく過ごしているのもこの人たちがいるからだと言っても過言ではない。

「…………」

「おい藤ヶ谷、剣道部の予算桁間違えてる。真剣でも買わせるつもりか」

「剣道部は色々な道具を使われるのでそれぐらい必要になるかと思いまして……、すいません」

 たとえ、生徒会長の話を一切聞かないような人達でも良い人達であるのには変わりない、はずだ。

「話を聞いてくれ! 百歩譲って仕事している武上と藤ヶ谷はいいが、本読んでるだけの敷島は聞くべきだろう!?」

 会長はそんな三人を見て声を荒げる。

 俺は一応話を聞いて頷いたりしていたからお咎めを免れたようだ。

 なんかこの空気にも慣れ始めてたけど、やっぱ会長からしたら看過できない状況だよなぁ。

 勉強も運動も出来て、生徒からの人望も厚い生徒会長って普通はもっと威厳のある感じになるはずなのにどうしてこうなるんだろう。

 この生徒会に入ってから何度目になるか分からない疑問を考えながらボーっと生徒会の様子を眺める。

 視線の先では会長が敷島先輩の本を取り上げようとしているが、敷島先輩は意地でも本を話そうとしない。

 藤ヶ谷先輩はそんな二人を見てころころと笑っていて、副会長はため息をついている。

 うん……、大体いつも通りの光景だ。

「はぁ……、後半の癪に障る推理が無ければちゃんと聞くつもりだったよ俺は、で、なんだって? 体操服をなくした?」

 そのままにしても埒が明かないと思ったのか、副会長が話を軌道修正する。

 ……なんだかんだ会長にいちばん優しいのは副会長な気がするな。

 副会長の言葉を聞いた会長は敷島先輩の本からパッと手を放し、再び深刻そうに話を始める。

「そうなんだ、性格には体操服を入れた袋がどこかにいった。昨日、体育が終わった後まではあったのを覚えているが、それ以降はよく覚えていない。持って帰った覚えは全くないから学校にあるか、誰かに盗まれたかだと思う」

「まあ、学校のどっかに落としたんだろうな」

「何故暗に盗まれたのを否定する! 私だって生徒に人気はあるんだぞ。盗まれる可能性だってあるじゃないか」

 自分で言って恥ずかしくなったのか会長の頬が少し赤くなる。

「いや人気あるのは知ってるけどな、剣道で全国制覇してる人間に喧嘩売るような真似するような奴はこの学校にはいないだろ」

「まあ後が怖いですもんね」

 部活よりも勉強を優先する生徒が多い学校だ。会長や副会長のような武闘派は少ない。

「そ、そうなのか? もしかして私は怖がられてたりもするのか?」

「別に普段は怖がられちゃいねぇよ、気にすんな。それより本当に落とした心当たりはないのか」

「そうだなぁ……」

 顎に手を置き考え込む会長。

「確か生徒会に来た時までは持ってた気がする」

「じゃあ生徒会室のどこかにあるんだろ」

 そう言って生徒会室を見渡す副会長。

「うん、無いな。それじゃあ今日の悩み相談にいくぞ」

「雑すぎるだろ! もうちょっと探す気概を見せてほしかった!」

「そんなこと言われてもなぁ、これ放っておいてもその内出てくるやつだろ。そんなことより生徒会長が生徒より自分の悩み事を優先してもいいのか?」

「私だって生徒の一員だ、そこに優先順位をつけるべきではないだろう」

「いや、それ自分自身で言うような事じゃないですよね」

 台詞はカッコいいのにその対象が自分ってだけで全てが台無しだ。

「大丈夫です高井さん、もし見つからなかったら私が高井さんに体操服をプレゼントします。特注品を!」

 副会長に言われた書類を直していた藤ヶ谷先輩が突然立ち上がり会長を励ます。

「だ、大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておく。それに藤ヶ谷の言う特注の体操服を着て体育をする勇気は私にはない」

 う、うん。その体操服少なくとも数万円しそうですしね。下手したら数十万かけて作られてもおかしくない。

「そうですか……、残念です」

 会長に拒否された藤ヶ谷先輩は悲しそうに座りなおす。

「とりあえず今の所生徒会室にある可能性が一番高いんですよね?」

「そうなるな、家はどれだけ探しても無かったし」

「でもそんな変な所に置くか? せいぜいそこらの床とかに置くくらいだろうし、パッと見えない場所には行かないだろ」

 確かに……、生徒会室はそんなに広くないしこの部屋に忘れたのならすぐに見つかってもおかしくないはず。

 うーん、と全員が頭を捻っていると今まで黙っていた敷島先輩がやっと会議に加わってきた。

「……ふぅ、読み終わった。……それで今はいったい何の話し合いをしてるんですか?」

「お前と言うやつは……今までの話全く聞いてなかったのか? 私の体操服が誰かに盗まれたという話だ」

「会長が体操服をなくしたって話です」

 即座に否定した俺を会長が不満ありげに睨み付けてくる。

 何でこの会長はそこまで盗まれたって事にしたいんだ。女としてのプライドかなんかか。

「……高井先輩の体操服? 確かそれなら」

 何かぼそぼそと言いながら、敷島先輩は藤ヶ谷先輩の後ろにあるロッカーに歩いていく。

 もしかして……。

 嫌な予感がしながら生徒会全員が敷島先輩の動向を見守っていると、ロッカーを開けた敷島先輩が声を上げる。

「……あ、あったあった。高井先輩の体操服って多分これのことですよね?」

 敷島先輩はロッカーの中から小さな鞄を取り出し、会長に見せる。

「確かにこれだな……。ところで何でこれがロッカーの中に?」

 会長は鞄を受け取り中身を確認しながら、敷島先輩に経緯を問う。

「……今日生徒会室に来たら、床にその鞄が落ちてまして、中身を確認すると会長の体操服だったんです。……それで、昨日忘れて帰ったんだろうなーと思ってとりあえずロッカーに入れときました」

「うん、何でロッカーの中に?」

「……洗濯してない体操服を男子に見られるの嫌かなって思った私なりの気遣いです」

「中途半端な気遣いどうもありがとう!」

 会長は怒っているのか感謝しているのかよく分からない表情で叫ぶ。

 会長の気持ちも分かる、敷島先輩は良かれと思ってやったのだろうが、結果的にややこしい事になっただけだ。

「ていうか結局、今出したならその気遣い無意味だったんじゃ……」

「言うな藤村。あー、無駄な時間を過ごした……」

 疲れた顔で言う副会長。

 敷島先輩が最初から会長の話を聞いてれば一瞬でしたもんね……。

「まあまあ皆さん、見つかって良かったじゃないですか」

「そうだな……。よし、切り替えていこう。まずは武上、生徒の悩み相談からだ。今日は何通入ってた」

 まだ敷島先輩に何かを言いたげにしていた会長だったが、藤ヶ谷先輩の言葉で毒気が抜かれたのか生徒会本来の業務へと取り掛かる。

「三通だ、今日は入ってる方だな。まあその内容は三つとも同じものだったが」

 そう言って副会長は机の上に三通の手紙を広げる。

「えー、最近この辺りを不審者がうろついています。どうにかならないでしょうか、って感じのものばかりですね」

 書き方にちょっとした差はあれど、要約するとどれもそう書いてある。

 不審者は身長170センチくらいの男で帽子とマスク着用、常に物陰から何かを窺っているらしい。

「……これは生徒会の案件なんでしょうか、警察とか先生の領分なんじゃ」

 俺もそう思います。いや、不審者にビビってるわけじゃなく常識的に考えてですね。

「何を言うか、生徒の安全を守るのも生徒会の役目。れっきとした生徒会の仕事だ」

「そうです、安全を保障するのは上に立つ者の務めですよ」

 腕を組みながら力説する会長とそれに追従する藤ヶ谷先輩。

 何か二人ともテンション上がってるし、このままだと不審者を捕まえに行くとか言いかねない。

「ここはあれです、プリントを作って注意喚起とかしてですね」

「いや、何かあってからじゃ遅い。今日から生徒会総出でパトロールをしよう!」

 俺が出した消極的な案はすぐ却下され、案の定話は自分たちで不審者に対抗する方向に行ってしまった。

「まあ、そうなるよな。俺としても変な奴を好き勝手させときたくないから賛成だが、どうやって見回る? 先週までみたいな感じで交代制にするか?」 

 副会長も異論は無いようで、話を進めていく。

 素人が下手に手を出しても余計危険な気もするんだけどなぁ。会長と副会長以外は自衛の術が無いから、不審者が危ないやつだったらどうしようもなくなる。

 でも皆乗り気だし腹くくるしかないか……、いや皆じゃないな、敷島先輩は露骨に嫌そうな顔してる。

 嫌そうな顔してるけど何も言わないってことは、敷島先輩ももう諦めて流れに身を任せることにしたのだろう。

「いや、人通りが少ない場所をマークしとけばよかった先週までとは違って、今回は通学路全体を見る必要がありそうだからな。文字通り総出で行く」

「毎日全員で行くのか……、それ以外の仕事はどうする」

「まだ大して時間がかかるものもないし、生徒からの相談以外は放っておいてもいいだろう。いざとなったら私がやっとくから大丈夫だ!」

 アバウトな方針だなぁ……。

「分かった、その時は俺も手伝うから言ってくれ。じゃあ後決めるのは班分けか」

「それはもう決めてある、というか藤村以外は今までと一緒だ」

 会長はそう言ってホワイトボードに三つの班を書いていく。

 会長が書いた班はこうなっている。

 A班 私、藤村。B班 敷島、藤ヶ谷。C班 武上。

「A班は校門から出て右、B班は左、C班は真っすぐの方向。それぞれ学区の範囲を何周かして、時間になったら校門に集合という事で」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 班分けで気になる事があって思わず声を上げる。

「どうした?」

「あの、班分けってこれで良いんですか……? A班とC班はいいとして、B班は見回るどころかむしろ不審者に狙われて危ない事になるんじゃ……」

 今までの見回りは同じ学校の生徒に注意するくらいだったから何とかなったかもしれないが、本当の不審者相手にその二人で行動させるのはさすがに……。

 そんな風に俺としてはごく普通の事を言ったつもりだったが、何故か周りは不思議そうにしていた。

「俺、何か変なこと言いました?」

 少々不安になり、周りに確認すると、会長が得心がいったように手を叩く。

「ああ! もしかして藤村はまだ知らないのか」

「え? 何をです?」

 今度は逆に俺が不思議そうにしていると、敷島先輩が隣から解説してくれる。

「……ごめんね、ここでは当たり前のことだったからもう疑問にも思わなかったよ。……大丈夫、この班分けはそれぞれが安全な組み合わせだから」

「でも……」

「……実はね、この生徒会で一番強いのは優里なの」 

 強い……、強い……? 

「あの、強いというのはどういう意味で」

「……そのまんまの意味、武力的な意味で。剣道日本一の高井先輩よりも元ヤンで筋肉馬鹿の武上先輩よりも優里が一番強いってこと」

「喧嘩売ってんのか敷島」

 敷島先輩は無意味に副会長を煽りながら教えてくれる。

 それを聞いた俺は思わず藤ヶ谷先輩を見てしまう。

 ほ、本当に? 見てたら何か、いやんいやんと体をくねらせてるこの人があの二人よりも強い……。

「家の事情で、ある程度の護身術は身につけているのです。心配して下さってとても、とっても嬉しいのですが私達は大丈夫です」

 疑惑のまなざしで見続けていたら、体をくねらせるのをやめて笑顔を向けてくれる藤ヶ谷先輩。

 なるほど、前も狙われたりするって言ってたもんな。そんな時に助かる確率を上げるためにはそういう事もしてるってことか。

 改めて人は見かけによらないもんだなぁ。

「そう、だからこれが一番平等な分け方なんだ。身体的に一番弱い者と強い者、二番目に強い者と弱い者、そして残った余りもの」

「お前たちは一々俺を貶めないと話せないのか」

「藤村の疑問も解消されたところで、見回りに行くぞ!」

 会長は副会長の抗議を無視して、号令をかける。

 皆が立ち上がり、会長に着いていくのを一番後方で眺めながら思う。

 俺この中で下から二番目なのか……、ゲームより重いものを持ったことの無い人の次……。

 現代社会において腕っぷしの強さは必要ないのは分かってる。それに強さにこだわりがあるわけでもない、ないんだけど……帰ったら筋トレ始めよう。


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 校門で分かれ、自分たちの担当する範囲へ向かう生徒会役員たち。 

 俺は会長とペアで不審者の特徴をした奴がいないか周りを見渡している。

 にしてもこっちの方面に来る事になるとは思っていなかった……。

 俺が通っていた中学校がある方向、主に俺の黒歴史が詰まっている場所。

 この辺りを通っていると嫌でも思い出してしまう。

 何かしないといけないと思ってたくせに自分からは動こうとしなかった甘えた自分の事を。

 あの頃から少しは変われただろうか、いつか理想の自分になれたら昔の事を思い出してもこんな気持ちにならないのだろうか。

 あいつみたいになれたら……。

「どうした藤村、顔が暗いぞ」

「えっ」

 考え事をしていたら、表情に出てしまっていたらしい。

 こんなことじゃダメだな、自分のやるべきことはちゃんとこなさないと。

「すいません、ちょっと中学生の時の事を思い出してて……」

「ああ、この近くにある中学校はお前の母校なのか。色んな思い出もあるだろうから。そうなるのも仕方ないな」

 会長は笑ってそう言ってくれる。

 良い思い出に浸っていたって感じに捉えられてる気がする。ごめんなさい、マイナス方面の思い出ばかりなんです……。訂正する必要もないから黙っとくけど。

「思い出はいいよな、記憶が思い出になったらいくらでも美化出来る。美化された思い出が増えれば増えるだけ人生は生きやすくなっていく」

 周囲への警戒を続けたまま会長は言う。

「まあ、そうですかね。良い思い出があったら活力になるでしょうし」

 過去の栄光にすがるのではなく、それを糧に明日も頑張る。

 そう思えるような人間にとっては確かに思い出は多い方がいいのだろう。

「でも、いくらでも美化出来るっていうのは厳しくないですか?」

 聞いてて不思議に思ったことを会長に聞く。

 中にはどうあがいても美化できないものはある。記憶が薄れて思い出になったとしても、あの時は嫌だったなぁなんて思う事もあるはずだ。

「いや、そんなことは無い。ほんの1割でも良かったと思う出来事だったら美化するのは可能だ。まあ人によっては美化できない出来事も確かにある。だがそういう出来事はな思い出と呼ばない、トラウマっていうんだ」

 会長は路地を見ながら重い声で言う。

 トラウマか……、確かに一片たりとも良いところが無い思い出はそう呼ばれていいものかもしれない。 

 もしかして会長にもそんなものがあったりするのだろうか。

 …………気にならないといったら嘘になるが、気軽に聞くものでも無いな。さすがにコミュニケーションを苦手とする俺でもそれは分かる。

 んー……と頭を捻って、別の話題を考えていたら遠くから悲鳴が聞こえた気がした。

「会長、今の聞こえました?」

「いや、私には何も聞こえなかったが」

 はっきりと聞こえたわけでは無かったから確認をとったが、会長には聞こえてなかったらしい。

 気のせいか……? いや、でも。

「すいません、会長。ちょっと気になる事があるので見てきます」

 会長に断りを入れてから走り出す。

 気のせいだったらいい。でも万が一、気のせいじゃなかったら。

 会長も言っていたように何かあってからでは遅い。

「確か右の方から聞こえた気が……」

 聞こえた声の大きさから距離に適当なあたりを付けて右へと曲がる。

 曲がった先には二人の女子がいた。

 二人とも何かに怯えている様子で、やっぱりさっき聞こえた悲鳴は気のせいじゃなかったのだと確信する。

 二人の格好はこの近くにある別の高校の制服で、一人は見知らぬショートカットの女子生徒。

 そして、もう一人は俺が知ってる人間だった。あちらも俺の事を覚えていたようで、目を見開きながら驚いている。

「日向……、日向美月(ひなたみつき)か……?」

「あ、あはは。久しぶりだね、藤村」


 そのもう一人の人間の名前は日向美月。


 中学校の時の同級生で、俺の人生を変えてくれた恩人がそこにいた。



「で、何がどうなっているんだ」 

 後から追いかけてきてくれた会長が状況の説明を要求する。

「俺はなんか悲鳴が聞こえた気がしたから様子を見に来たんですが……」

 まさかここで会うと思っていなかった人間と会い、しばらく固まってたので、会長が来るまで何も聞けていない。

 いつまでも呆けてる場合じゃなかった。気を取り直して話を聞かないと。 

「さっき悲鳴を上げたのは二人のどっちかってことでいいのか?」

 怯えた様子だった二人も少し時間が経ったおかげか、落ち着いて話をしてくれる。

「あ、うん、それは私。ちょっと驚いたことがあってね、つい声を上げちゃったんだ」

 日向は恥ずかしそうに笑いながら言う。

「驚いたことって何があったんだ?」

 あんな悲鳴を上げるなんて日常生活じゃまずない。せいぜい遊園地とか行った時くらいだ。

 さっきの怯え方といい、ただごとじゃ無いことがあったのは間違いないだろう。

「うーん……」

 そう思って、驚いたこととやらを聞き出そうとしたが日向の反応は鈍い。

 言い出しにくい事なのだろうか、……そうは言ってもこっちもここで引き下がるわけにはいかない。

 困っている人、しかもそれが日向となると余計に放っておく事は俺には出来ない。

「なあ」

「ちょっといい」

 さらに質問を重ねようとしたのだが、その途中でもう一人の女子に遮られる。

 なんだろうと思い、そちらに目を向けるとその女子に思いっきり睨まれていた。

 なにか気に障ることを言ったか……? 吊り目の人にこうも睨まれると迫力があって凄い怖いんだけど。

「なに?」  

 ビビっているのを何とか表に出さず、言葉を返す。

「あのさ、あたしたちは一刻も早く帰りたいの。何があったかは部外者のあんたに話す必要性ないし、早く解放してくんない?」

「なっ」

 なんという……。

 怒っている感じはしたが、ここまで攻撃的に接されるとは思っていなかった。とてもついさっきまで怯えていたようには見えない程だ。

 あまり他人を関わらせたくない事情があったりするのかもしれない。まあ、たとえそうだとしても、さっきも考えたようにここで退く選択肢は俺にはない。

「部外者といえばそうだけど、俺は日向と知り合いなんだ。知り合いが悲鳴を上げてたら気にもなるだろ」

「はんっ、知り合い程度でそんなに出しゃばらないでくれる? どうせ元同級生かそれくらいの知り合いのくせに」

 うぐっ、確かにその通りだから何も言い返せない……。

「ま、まあそれは置いといて、何か困ったことがあるなら力になれるかもしれないし」

「力に、ね。あんまり頼りになりそうにない見た目しといてよく言えるわね」

 確かに、確かにひょろいし、顔だちだって整ってるわけじゃないけどそこまで言われるほどかなぁ……!

「ち、力になれるかは分かんないけどさ、話すだけでも気が楽になったり」

「そういうのだって話す相手によるんだよねー、いい加減しつこいなぁ。女の子の秘密を無理に暴こうとしてデリカシーも無い。あんた絶対モテないでしょ」

 い、言わせておけばこの野郎……! 

 ちょっと顔が良いからって何でも言っていいわけじゃないんだぞ、性格ブス! とか言ってやりたい……!

 まあ、面と向かってそんなことを言う度胸は無いんだけども……、とりあえず何があったかだけでも聞き出さないと。

「まあ一旦落ち着け」

 俺がなおも食い下がろうとし、相手の女子もそれに応戦しようとした時、会長が俺の横に立ち、宥めてくれた。

 ヒートアップしかけていた場が少しだけ落ち着く。

「今あった事を話したくないという旨は分かった。それなら無理に問いただすことは無い、私はここで退散させてもらおう」

 それを聞き、名前も知らない女子がほっと息をつく。

 だが続く会長の言葉にまた顔をしかめる。

「時に藤村とそちらの君は知り合いなんだな? では積もる話もあるだろうし、藤村はもう見回りはせず帰っていいぞ。二人で存分に語り合ってくるといい」

 か、会長……。もしかして話を聞きやすい状況を作ってくれようと……?

 そう思って横目で会長を見ると、こちらに向けてウインクしてくれた。

 ……みんなに好かれる理由がよく分かるな、ありがとうございます会長。

「ちょっと待って、あたしたちは帰りたいって言ってるの」

 もちろん、もう一人の女子はそんな状況を良しとしないため再びかみついてくる。

「綾里さん」

 しかし日向がそれを止めた。 

「私のために言ってくれてる所ごめんだけど、私もちょっと藤村と話したいことがあるんだ。だから今日は先に帰ってて」

 手を合わせ、頭を下げながら言う日向。

「でも……」

「大丈夫! 大丈夫だから。また、明日」

「うん……日向さんがそういうなら。また明日、気を付けてね?」

 最終的に日向は有無を言わせない笑顔で押し切り、友達を退場させた。

 綾里さんとやらはご丁寧に俺を睨み付けてから帰っていった。

 最後まで敵意ましましだったな……、人に好かれた経験も少ないけどあそこまで嫌われた事も今までなかった気がする。

 そんな綾里さんを見送ってから会長も

「じゃあ私は見回りを続けてくる。またな、藤村」

「はい、ありがとうございました」

 感謝と謝罪、両方の意を込めて会長に頭を下げる。

 そして残ったのは、俺と日向。

 会長と綾里さんの姿が見えなくなってから口を開く。

「あー、立ち話もなんだしどっか店でも入るか?」

「うんっ、そうだね。ここからだと中学校の前にあるカフェが近いし、あそこにしよっか」

 誘ってからそんなに長話する気が無いならここでもいいんじゃないかと思い焦ったが、日向は俺の提案を快諾してくれた。

「カフェか……そういえばあったな」

 場所が決まったという事でそちらの方に歩き出す。

「もー、そんな思い出すように話すほど昔の事でもないでしょ」

「いや、俺はあのカフェに行ったことが無いから印象が薄くて」

 そう言うと、隣を歩いてた日向は信じられないものを見る目で俺を見てきた。

「え、藤村って同じ中学校出身だよね?」

「そうじゃなかったら俺たちはどこで知り合ったんだ」

 いきなりなんてことを聞いてくるんだ。それを確認しないといけない程、俺の影は薄かったのか。

 ……まあ実際同じ中学校の奴で俺の事を知ってる方が少数派なんだろうけど。

「いやー、だってさー、あのカフェに行った事無いっていうから」

「あそこに行ってないのってあの中学校出身か疑われるレベルなのか!?」

 さすがに極端だろ、俺以外にもそんなやつはいっぱいいるはずだ!

「そりゃあそうだよ。私が知ってる限り少なくとも同学年の子の9割は行った事があるし、知らない所を含めたら皆行ってるものだと思ってたから」

「…………」

 立地も立地だしそういう事もあるのか……。改めて自分がどれだけ友達がいなかったかを認識できる。心が痛い。

「って思ってたけどやっぱり気のせいだったかもしれないなー! うん、他にも行った事無い子は何人かはいるはずだよ! それにこれからは言ってくれたらいくらでも付き合うよ!」

 日向は黙ってしまった俺を気遣って慰めてくれる。

 うう……、ありがたい。傷んだ心に沁みる……。

 いやいや、話を聞こうとしてた相手に慰められてどうするんだ俺。気をしっかり持て。

「ありがとう、特に気にしたわけじゃないから大丈夫だ」

「本当に? 思い出してみたらクラスだと藤村以外は全員あそこで一回は見たことあるんだけど本当に大丈夫?」

「その情報が無かったら大丈夫だったよ!」

 わざわざ傷口を抉りにきやがった! ていうかマジか! 正直他のぼっちとかみて自分を保ってたとこがあるんだけど、本当の意味でぼっちだったのは俺一人だったのか! 

「あはは! ごめんね。あ、ほら着いたよ。初来店初来店! 明るく行こう!」

 日向は快活に笑いながら店の扉へと手をかける。

 くそっ……そんな顔されると嫌でもテンションが上がってしまう。俺は本当にどうしようもなく単純だな。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「二人でっ」

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

 日向が店員に来店人数を伝え、席へと案内してもらう。そして俺はコーヒーを、日向は紅茶を注文した。

 それぞれ注文した飲み物が到着すると、お互い飲み物を飲んで一服してから話し出す。

「どう? 初めてここに来た感想は」

 日向はからかうように聞いてくる。

「雰囲気の良い店だな」

 周囲に座っている、中学生と思しき奴らが談笑している様子を見てそう答える。

 昔はむしろこんな風景を見て中にいる奴らを見下していた。自分の時間を犠牲にして、誰かと馴れ合うことに何の意味があるのだろう、と。

 だが、それはただの嫉妬だったのだろうと今なら思える。楽しそうにしてる奴を見て、自分は入れない空間にいる奴を見てただ羨んでいただけだ。

「なんか、藤村変わったよね」

 昔を懐かしんでいると、日向が微笑ましいものを見る目で見てきていた。

「そうか? まだ中学校を卒業して一ヶ月くらいだぞ」

 変わろうとはしているが、自分では卒業してからそれほど変わった実感は無い。

 ……それより、その母性に溢れた瞳を向けてくるのをやめてほしい。同級生にそんな目で見られると自分がえらく情け無い人間に思えてくる。

「うん、そんな短期間でびっくりするほど変わったから驚いてるんだよ。だって昔の藤村にさっきの質問しても『下らん質問だ……』とか言われてただろうし」

「そこまで嫌な奴だった覚えはないぞ!」

 コミュニケーション不全ではあったけど、そんな人の質問を切って捨てることなんてしたことないはずだ!

「さすがに冗談だけど、言いそうな雰囲気はあったんだよー。なんていうか、世の中を冷めた目で見てる感じ?」

「うっ」

 それに関しては日向の言う通りで、何の言葉も出てこない。

 黒歴史をさらされてる気分だ……、穴があったら入りたい……。 

「だからね、今日会った時から驚きの連続だったんだ。悲鳴があった場所に急いで駆けつけてきた事も、同じ学校の人と仲良く話してる事も昔の藤村じゃしなさそうな行動だったから」

 ……それは、全部日向のおかげだ。あの時日向と話していなければ俺は今もこじらせた人間のままだっただろう。

「でさっ、あの女の人は誰? 彼女? 見回りとか言ってたけど何してたの?」

 日向は瞳に好奇心を滾らせながら、矢継ぎ早に気になったことを聞いてくる。

「あの人は俺が言ってる高校の生徒会長だよ、最近あそこら辺で不審者が出るって聞いたから防犯のためにパトロール……的なのをしてたんだ。後、断じて彼女じゃない」

 日向の質問に一つづつ答えていく。

 個人的に一番重要なのは一番最後に言ったことだ。俺が会長の彼氏と間違われた日には、あの学校の生徒や生徒会の人達から何らかの制裁を受ける事は明白なので、確実に否定しておきたい。

「なるほど、生徒会長……。それでなんで藤村は生徒会長さんと一緒にいたの?」

「俺も生徒会の一員だからだよ」

 正確には(仮)だけどややこしくなるから言わなくていいだろう。

「生徒会って……誰が?」

「俺が」

 日向ってこんなに話を聞かないやつだっただろうか。むしろ誰の話でもちゃんと聞いてくれてた気がするんだけど。

 日向は一度紅茶に口を付け、間をおいてから叫ぶ。

「ええっ! 藤村が生徒会!? なんでっ、何があってそんなことに!」

「リアクションが過剰すぎるだろ……、何でって言われたらまあ、成り行きで」

 俺が生徒会にいるのはそこまで驚かれる事なのか。

「日向の言うようにちょっとは変わったんだよ、俺も」

「いやー、変わったとは思ったけどそこまで変わってたとは……、昔なら生徒会に取り締まられる側だったのに」

「俺は友達がいなかっただけで悪い事をしてた覚えはない」

 授業態度は真面目だったし、悪ふざけをしたことも無い。むしろ品行方正といってもいい学生だった。

 こいつの中で俺はどんな人間だと思われてたのか聞いてみたい。

「これが男子三日会わざればってやつなんだねー。うん、藤村の高校生活が楽しそうでよかったよ」

 嬉しそうに微笑む日向。

 中学校の時の知り合いで俺が楽しそうにしてるってことをこんなに喜んでくれるのは日向くらいだろう。

 そんな奴だから俺は憧れたし、そんな奴だから今日の事は放っておけない。

「まあそれで、生徒会に入った俺は会長と一緒に見回りをしてたんだ。そして、誰かの悲鳴が聞こえた」

「…………」

 ここまで話題にするのを避けてきたが、そろそろ本題に入る。

 このまま日向と普通に話して解散というのも良い思い出になるが、俺の目的はあくまでこれだ。

「……言わなきゃダメ?」

 ……女子の上目遣いはずるい、決心が鈍る。

 以前までの俺ならここでへたれていた、だが藤ヶ谷先輩に鍛えられた今の俺ならまだ、まだいける。

「どうしても言いたくないならこれ以上は聞かない、こんなのはただの我儘だしな。だけど、俺は聞いておきたい。そして出来ることなら、俺に手伝わせてほしい」

 俺が手伝えるかなんて分からないけど、出来ることは何でもしたい。

 相手が日向じゃなかったらここまで聞かずとっくに帰ってる。でも恩人の日向だからこそ、迷惑と思われようが引き下がれない。俺のエゴだろうと、これが俺に唯一出来る恩返し。

「そうだね、あんまり巻き込みたくなかったんだけど……、聞いたら危ない目にあうかもしれないけど本当に良いの?」

 しばらく悩んだ後、日向は重い口を開いた。

 言いたくないってあくまでこっちの事を考えての事だったのか、日向らしい。

 最後まで確認してくれるが、ここにきてノーというはずがない。

「もちろんだ、日向のためならどんな目にあおうと耐えていける」

「ええー……、重い、重いよ……」

 ……俺としてはだいぶカッコつけて言ったつもりだったがドン引きされた。

 変わったと言ってもコミュニケーション能力はまだまだのようだ。……結構ショックだな。

「まあいいや、ありがとね。じゃあ話すよ?」

「ああ、どんと来い」

「う、うん。実はね、私、一週間くらい前からストーカーにあってるみたいなの」

「ストーカー……って後をつけられたりとかしてるとか?」

「うん、下校中とかに視線を感じたり、ツイッターで最近妙に絡んでくる人がいるんだけど、多分それも同一人物。後は夜中に部屋から外を見るとこっちを覗いてたり……、今まではそれだけだったんだけど今日は急に走り寄ってきて写真を撮られたの」

 日向は言いづらそうにしながらも、自分にあった事を話してくれる。

 そんな目があったのなら悲鳴を上げてしまうのも当然だ。家にだって早く帰りたくもなるだろう。……とりあえずそんな日向たちを引き留めた自分を責めるのは後にする。

 それにしてもストーカーとは……、話としてはよく聞くけど実際に被害に遭ってる人を見るのは初めてだ。

 確かに日向は可愛いし、誰にでもきさくに話しかけるからそんな人間が出てきても不思議じゃないのか。

「そのストーカーは今も近くにいるのか?」

「ううん、写真を撮ったらすぐどこかに走り去っちゃって。それからはついてきてないと思う」

 日向が言うのならそうなのだろうが一応俺も変な奴がいないか警戒しておこう。

 ……変な奴?

「もしかして最近ここらへんで出没してる不審者って……」

「あ、うん。ストーカーの事だと思う」

 やっぱりそうなのか、……今日の見回りで捕まってたりしないかな。

「ストーカーに狙われてるのは日向なんだよな? さっき一緒にいた、あの……」

 名前忘れた。

「綾里さん?」

「そう! あの人はその事を知ってたりは」

「藤村は相変わらず人の名前を覚えないね……。うん、知ってるよ。綾里さんは同じクラスの子でね、最近私の様子が変って気づいて、何があったのか聞いてきてくれたんだ。それで話をしたら、協力したいって言われて……」

 奇しくも今の俺と同じような事になったって事だろう。

 そんな事する性格にはとても見えなかったけどなぁ。

「そこから二人で帰る事になったのか。でもストーカー相手に女子二人っていうのもな……」

 どちらにしろ危険は危険だ。ストーカーは男だし二人がかりでもどうにもならない可能性の方が高い。

「私もそう思ったんだけどね、なんというか、押しが強くて。それにこっちも色々思うところがあったから結局協力してもらうことにしたんだ」

 思うところ……、いてくれた方が一人よりかは不安が和らぐとか?

 まあそこはあまり掘り下げなくてもいいか。

「なるほど、話してくれてありがとう。後、そんな時にこんな所まで来てもらって本当にごめんなさい……」

「そんな! 私だって同意した上で来てるんだからそれは気にしなくていいよ!」

 日向は両手を振って否定してくれるが、こっちからしたら土下座しても許されないレベルの大罪だと思っている。

 しかし日向がこう言ってくれてる以上謝りすぎても迷惑なだけだ、謝罪したいなら言葉じゃなくて行動で示そう。

「気が向いたらいくらでも損害賠償を請求してくれ。……ストーカー被害について月並みな事を聞くけど、警察に連絡とか相談には行かないのか?」

「本当に気にしてないんだけどなぁ……。うん、それで警察ね。自分がストーカーに遭ってるって確信してからはそれも考えたんだけど、やっぱりあんま事を大きくしたくないからさ」

 日向は後ろめたさを感じているように目線を下に向けながら言う。

「いや、いいんだ。そう思うのも仕方ないんだと思うし。……ストーカーの正体に心当たりはないか?」

「そうだねぇ、ストーカーされ始めた時期とか私のツイッターが特定された事とかを考えるとおんなじ高校の人なのかなってくらい」

 まあそうだよな。ストーカーになるくらいなんだから、日向と関わる場所にいる人間の仕業だろう。

「この時間に帰ってるってことは日向は部活には入ってないんだよな?」

「うん、藤村みたいに生徒会にも入ってないよ」

 じゃあ上級生との絡みは少ないだろうし、十中八九、犯人は一年か。さらに言うと同じクラス……、いや決めつけるのはまだ早いな。

「そのストーカーのアカウントはどうなってるんだ?」

「うーん、捨て垢ってやつなのかな? 見に行ってみたけど、私へのリプライ以外は何もツイートしてなかった」

 さすがに相手もそこまでアホじゃないか。

 これで聞きたいことは全部聞いたはず、でもそこから対策が思い浮かんだかと言うと……。

 俺はすっかり冷めたコーヒーを飲みながら考える。

 うーん、どうしたもんかなぁ……。俺に出来ることなんてたかが知れてる、その上なにかをひらめきもしない。

 自分の無能さを嘆くのはこれで何度目だろう、ちょっと変わったからといって結局、恩人を助けることすら出来やしない。直接的な手助けはおろか、ちょっとした助言さえいう事が出来ない。このままじゃだめだ、俺は、日向の力になりたいのに。

 ぐるぐるぐるぐる思考が廻る。考えても考えても妙案は浮かばず、無言の時間が続いていく。

「あのさ」

 犯人を捕まえるにはどうしたらいいだろう、俺も日向と一緒に帰るか?

 でもいくら近いからって学校が違うんだ。時間割だって違うだろうし、時間を合わせようと思ったら日向に負担をかけてしまう。

「もしもーし」

 日向の学校の生徒に聞き込みをしてみるとか? いや、それは時間がかかりすぎるし、聞けたとしても放課後になるから部活で残ってる生徒にしか聞けない。そんな悠長な事はしていられない。ストーカーの行動が過激化する可能性だってあるんだ、迅速に解決しなくちゃいけない。そのためには後手にまわっていては話にならない。

 どうにかして先手を取る方法は無いか……。

「聞けっ」

 いたっ!

 ストーカー捕獲に頭を悩ませていたら、急に額に痛みが走った。

 何事かと思い顔を上げると、眉を吊り上げた日向が指をこちらに伸ばしていた。

 な、なんだ、デコピンでもされたのか?

「やっとこっち見たね。全く、女の子と二人だっていうのにずーっと俯いちゃって。そんなんじゃモテないよ? ……私のために色々考えてくれるのは嬉しいんだけど、やっぱ巻き込みたくないし、もういいよ」

「日向……」

「大丈夫大丈夫! 多分なんとかなるよ! ていうかなんとかするよ! これでも私

強かったりするからね、ストーカーなんかには負けないし!」

 場の空気が沈むのを嫌ったのか、ことさら明るく言う日向。

 そうだな、そういうやつだった。自分がしんどくてもそれを極力周りには見せず、自分でなんとかしようとする。

「でもなんとかって言ってもなぁ……、それに強いって言っても女子の中ではって話だろ」

 これで会長とか藤ヶ谷先輩並の強さだったら死ぬほどびっくりするだろうけど、……あれ?

「なにをーっ! 藤村くらいだったらぼこぼこに出来る自信があるんだけどっ!」

「やめてくれ、何のプライドなんだそれは」

 シャドーボクシングをしてこちらを威嚇してくる日向を適当にいなしながら、俺は今引っかかった事を考える。

 そうだ、俺は何で忘れてたんだろう。自分で出来ないことがあるなら誰かに手伝ってもらえばいい。昔の俺ならいざしらず、今の俺ならそれが出来るんだ。

 今日は昔の事ばかり考えていたから失念していた。昔は何もかも一人でやらないとダメだったがもう違うんだ。今の俺には頼れる人達がいる!

「日向っ!」

「えっ、な、なに?」

 日向はいきなり大声を出されたことに驚いていたが、そんなことを気にしていられないくらい俺のテンションは上がっていた。

「大丈夫だ。ストーカーの件、俺が、俺たちが何とかする」

「なにか良い案思いついたの?」

「それはまだだ」

「ええー……」 

 自信満々な態度に反して無策な俺に、日向は呆れ返る。

「でも、大丈夫。俺なりにちゃんと理由があって言ってるから」

 理由と言っても他力本願、しかも本人たちの了承はまだ得ていない。それでも俺にとっては何よりも信じられる根拠だ。自分の力は信じられないけど、あの人達なら信じられる。 

「……信じていいの?」 

「ああ、また俺が変わったってところを見せて驚かせてやる」

「うん、分かった。不安もあるけど……、助けてもらっていい?」

「任せとけ!」 

 ああ、気分が良い。今なら何でも出来る気がする。

 この全能感が勘違いな事は分かってる、だけどそう思ってしまうくらい日向の力になれることが嬉しかった。

 日向を家に送り届けたら色々動こう。あの人達に頼る前に自分に出来そうなことは全部やっておこう。

 そう思って俺は最後に少し残っていたコーヒーを飲み干した。


                 4

 

 日向と再開した翌日の生徒会室。

 俺は生徒会の人達にストーカー捕獲の協力を申し出るため、今日の見回りに出る前に少し時間を貰った。

 会長は何の話か察しているようだったが、他の三人は何の話だろうと興味深げにこちらを見ている。

 そして、そんな4人の視線に晒されてる俺は、緊張から中々言葉を発せられずにいた。

 やばい。何を話すかはまとめてきたのに言葉が出てこない。昨日は軽く考えていたが、人にものを頼むってこんなに緊張するものなのか。

 しかも少なからず危険を伴う頼み事だ、日向が俺に言い渋っていた気持ちが昨日の今日で理解できた。

 たった二週間の付き合いだが、この人たちが善良な事は分かってる。俺はその善良さに付け込んで厄介ごとに巻き込もうとしている。もはや緊張と言うより後ろめたさが勝ってきた。

「大丈夫だ藤村、お前が何かを悩んでいるようなら聞く。ここはそういう人間の集まりだ」

 逡巡していた俺を見かねて会長が優しく言葉をかけてくれる。

 副会長も、敷島先輩も、藤ヶ谷先輩も、そんな俺たちを見て、ただ静かに俺が話し出すのを待ってくれている。

 ……そうだな、こんな人達だからこそ俺は助けてもらおうと思ったんだ。

「俺の中学の同級生の話なんですけど…………」

 そして、打ち明けた。

 昔の同級生がストーカーに遭っていること、それが最近出没している不審者かもしれない事、どうしても助けたいが自分の力だけではどうしようもないから手伝ってもらいたいこと。

 話し終わった後の様子は、俺が思っていた以上にあっさりしたものだった。

「なるほど、話は分かった。それでは各々、これぞっという案があったら言ってくれ!」

 この一言のみである。

「あ、あの俺から言っといてなんですが、そんなに簡単に協力してもらっていいんですか……? 生徒からの悩みならともかく、正確には他校の、言ってしまえば皆さんとは関係の無い事なのに……」

 そう言うと、全員から何を言ってるんだこいつは、という目で見られた。

「あのなぁ藤村、じゃあお前は俺らの誰かから似たような話聞かされても無視するのか?」

 副会長に言われて、そんな状況を想像してみる。

「いや、それはもちろん手伝いますけど……」

「そうだろ、つまりそういう事だ。それともなにか、遠回しに俺たちはそんなに薄情者に見えるって言いたいのか? ぶん殴るぞ」

「キレるまでが早くないですか!?」

 反論する間もなく副会長に凄まれる。

 入学式の日の遠藤先輩の何倍もの迫力を持つ副会長の目力は、俺を涙目にするのに十分だった。

 多分冗談だとは思うけど、死ぬほど怖い。初対面の時に感じた恐怖を思い出してしまう……。

「そうです! それにそんな女の敵、知ってしまった以上は見過ごすことは出来ません!」

「藤ヶ谷先輩……」

 副会長に怯えていると、藤ヶ谷先輩も、むんっと気合いを入れながらそう言ってくれる。 

「……そうそう、元々不審者は捕まえようとしてたんだし、大してやる事は変わんないんだから、そんな難しく考えなくていいのに」

「あ」

 確かにそう言われればそうなのか。そもそも件の不審者を捕まえようとしてる時に日向に会ったんだし。 目的は最初から変わってないといえば変わってない。

「だから、大丈夫だといっただろう。どんな悩みであろうとそれを無下にする者はここにはいない」

 その会長の言葉に皆頷く。

 ……今回の事が終わったら喉が裂けるくらいお礼を言おう。いくら言っても足りない気がするけど、それでもこの気持ちを少しでも多く伝えたい。

「それではもう一度聞くが、何か案のある者はいるか?」

 俺が落ち着いたのを見て、会長が会議を再開する。

「……犯人を捕まえるまでの被害を抑えるために自分のアカウントに鍵つけるとか」

「いや、その場合は最初から鍵を付けてないと逆効果になる。ストーカーというのは相手しすぎてもダメだが無視しすぎるのもダメなんだ。ストーカーを避けるために鍵を付けたと思われると行為がエスカレートする場合もある」 

「本人が避けるんじゃなく、避けざるを得ない理由がある場合は大丈夫なのか?」

「断言はできないがな、直接避けるよりかはリスクは少ないだろう」

「分かった、じゃあ夜中ふらついてる知り合いに連絡して、藤村の同級生の家の周りをうろつかせるよ。怪しいやつがいたらついでに捕まえさせるし」

「……その知り合いってヤンキー仲間でしょう。……ストーカーに張り付かれるのとヤンキーがうろうろしてるのってどっちも大差ない気がするんですけど」

「俺だって気は進まねぇけどな、それでもストーカーの野郎にずっといられるよりかはましだろ」

「ふむ、そこは本人に確認をとってもらってどっちが良いかだな。候補の一つに加えておこう」

「……はぁい」

 敷島先輩はそう言うとノートを取り出し、ストーカー撃退案一、ヤンキー大集合と書く。

 そう言えばこの人書記だったな、書記らしい仕事してるの初めて見るから忘れてた。

「ストーカーを牽制する方法なんですけど、藤村さんのご学友のお家の周りに監視カメラを設置するというのはどうでしょう」

「それはストーカーよりもストーカーらしくないだろうか、まあ一応候補に加えておいてくれ」

 会長が引き気味でそう言い、敷島先輩がまたノートに追記していく。

「ストーカーを牽制しすぎても近づけないというフラストレーションが貯まり、同様に行為がエスカレートする可能性がある。なので牽制方法は一旦置いといて捕獲について考えていこう」

「まあ、相手がSNS使ってるってんならそこは敷島の十八番だろ」

 副会長の言葉を聞き、敷島先輩が頷く。

「……藤村くん、ストーカーのツイッターのアカウントって分かる?」

「はい、日向に聞いたら分かりますけど、付きまとう以外の使い方はしてないらしいですよ?」

「……大丈夫、私も伊達に引きこもってるわけじゃないから。捨て垢だろうと裏垢だろうと特定してみせるよ」

「え、そんなこと出来るんですか!」

 凄すぎる、そんなのまるでアニメに出てくるハッカーみたい……。

「あの、もしかしてその方法って法律に触れたり……」

「藤村くん」

 特定方法が気になり、詳しく聞こうと思ったら敷島先輩に遮られる。

 その言葉は普段みたいな間が無く、それ以上は言わせないという圧を放っていた。

「……それを聞くのは野暮ってものだよ」

「は、はい」

「……それにこの犯罪がばれても優里が何とかしてくれるから大丈夫」

「今犯罪って言いましたね!?」

 せっかく空気を読んで聞かなかったのに!

「任せて下さい! 全力でもみ消します!」

「藤ヶ谷先輩もそれでいいんですか!」

 堂々と権力の悪用を宣言する藤ヶ谷先輩。

 これもある意味友情と言っていいのだろうか。

「まあまあ藤村、これが一番確実な方法なんだ。清濁併せ呑むのも生きていくのには必要だぞ」

「あ、方法に文句があるわけじゃないんです。敷島先輩が捕まらないか心配だっただけで。それに手段なんて何でもいいんです。最悪ストーカーの命さえ無事ならなんだって……」

「お、おい藤村、目が怖い」

 ストーカー死すべし、慈悲は無い。

 まあそこまでは言わないが、日向をこんな目に合わせたんだ。相応の代償は払ってもらっても罰は当たらない。

「藤村もだんだんこの生徒会に染まってきたな」

 副会長にそう言われたが、自覚は無い。そして褒め言葉かどうかも分からない。

「しかし敷島だけに丸投げするのもな。複数の証明方法があった方が確実性も増すだろうし……、私も知り合いの心療内科に事情を話して協力してもらうとするか」

「心療内科?」

「ああ、ストーカーになる人間と言うのは精神疾患を抱えているケースもある。だから隣の高校の生徒でカウンセリングに通っている者がいないかを教えてもらおうと思ってな」

 そうなのか、さっきから思ってたけどストーカーに詳しいな……。それにしてもそんな所にまで知り合いがいるなんて会長の顔の広さも大概だな。

「でしたら私も。あちらの校長先生とお父様が知り合いだったはずなので、名簿を見せてもらって不審者と特徴が類似している方をピックアップしておきます」

 この人たちにかかれば個人情報なんて全部筒抜けなんだろうなぁ……。

 生徒会でこの話をしてから大して時間も経っていないのに、次々と打開策が出てくる。

 そのどれもが俺には不可能なことで、ここに相談して良かったと思わされる。

「それぞれやる事は固まってきたな、今回は短期決戦だ。時間をかけすぎるとストーカーが私たちの動きに感づいて姿をくらますかもしれない。証拠を揃えて逃げ場を失くし、現行犯逮捕。それが一番の理想の形だ。敷島、ハッキングは明日までに可能か」

「……もちろんです」

「藤村、藤村の同級生は無事家に着いたか」

「はい、さっき連絡が来ました。後、迷惑でないのなら副会長が言ってた案もやってもらえたらありがたいと」

「おう、分かった」 

「よし、ならば今日は各自家に帰り、各々の仕事に取り掛かる事にしよう。何かあったら、生徒会のグループラインに報告するように。解散!」

 そして、それぞれ自分がやるべきことのため動き出す。

 この手慣れている感じ、きっと今までも同じような事があったのだろう。学校ではみ出し者と言われつつも、誰かを救うため尽力し続けてきたんだと思う。

 俺もこうやってすぐに人を助けれる人間になりたいなぁ……。

 そう考えてもすぐに何かのスキルや人脈が湧き出てくるわけもなく、動き出した生徒会の中で何をすればいいかもわからず、俺は一人途方にくれる事しかできなかった。


 翌日の昼休み、会長から招集がかかり生徒会室へと集まった。

 昨日の夜、副会長の知り合いが日向の家の周りをうろついてる奴に声をかけたら、逃げられたこと。敷島先輩がツイッターの犯人を特定できたこと。会長や敷島先輩もそれらしい人物に目星をつけれたこと。等色々あり、それぞれの情報のすり合わせのための緊急会議だ。

 ちなみに俺は何も発言できなかった。最後の招集に分かりましたと返事をしただけだ。

 なんというか、全然違う仕事量をこなしてるのに、給料は同じだけもらっているみたいな罪悪感がある……。

「よし、揃ったな。じゃあ武上から昨日の詳細を」

 会長は全員が集まり終えると、無駄話も無く本題に入る。

「昨日対象の家の周りをしゃ、いや知り合いに歩かせてたら帽子とマスクをつけてる変な奴がいたらしく因縁をつけたらしい」

 ……しゃってもしかして舎弟って言おうとしてたのだろうか。

「そしたらすぐ逃げられたらしくてな、追いかけようとしたが追いつけないと判断して諦めたらしい。走り方が素人のそれじゃ無かったと言ってたから、犯人は何らかのスポーツをやってた可能性が高い」

 元か現か分からないがスポーツマンがストーカーとは。スポーツでもうちょっと健全な精神を育んでいてほしかった。

「なるほど、次、藤ヶ谷」

「はい、私も逃げられたという話を聞いてスポーツ経験者に的を絞りました。不審者の身体的特徴とスポーツ経験者、被害者との関係を考え同学年、それと下校時にストーキングしているという事で現在は特定の部に所属していない方を探したところ5人の候補が出ました」

 そう言って藤ヶ谷先輩は候補5人の名前が書かれた紙を机の上に置いた。

「思ったより絞れたな、じゃあ大本命敷島。この中にツイッターで嫌がらせをしてきた犯人はいるか?」

 会長に話を振られ、今まで眠そうに話を聞いてた敷島先輩が瞼を半開きのまま話し出す。

「……その中にはいませんね、それと会長が調べてきた方にもいない人だと思います」

 敷島先輩の発言の意図が分からず会長は首を傾げる。

「どういうことだ?」

「……実はツイッターの方なんですけど」 

 そして敷島先輩からツイッターの犯人を聞き、皆予想外だったというように目を丸くしている。

 しかし、俺はその報告でストンと納得するものがあった。疑惑とも呼べない胸の中の引っ掛かりがとれた。

 驚きの冷めやらぬ中、会長はリアクションの薄い俺に気づいた。 

「あまり驚いてないようだが、もしかして分かってたのか?」

「いえ、分かってたなら昨日言ってます。なんというか……言葉に出来ない違和感があったってだけです」

 気になってた理由も自慢できるものではないし、ここで説明する必要もないだろう。

「ふむ……、まあいいか。しかし、そうなると不審者の方は私と藤ヶ谷の調査から推測するしかなくなるな」

「会長が言ってた目星がついてる人ってこの中にいるんですか?」

 机の上に置かれた紙を指さしながら聞く。

「ああ、いる。隣の学校に通っていて心療内科への通院歴がある生徒は3人しかいなかったが、その中の一人がそこに書かれた人物と被っている」

「それじゃあ……!」

 そんなに候補の少ない中に同じ人物がいたら、もう確定と言っていいんじゃないかと思い、テンションが上がったのだが、何故か会長の顔は優れない。

「どうした高井、何か気になる事でもあるのか?」

「いや……、そういうわけではない。ただ、敷島の結果を聞いた後に、『ふふふ、やはりそいつか』と言ってドヤ顔したかったな、と」

 ……なるほど、自分も犯人にたどり着いてましたよと言いたかったわけか。

「犯人は絞れたことだし後は捕まえるだけだ。勝負は今日の放課後、気合いを入れていくぞ」

 そんな理由を聞いた副会長は会長から視線を外し、会議を取り仕切り始める。

 会長を無視しときたくなる気持ちはみんな一緒だったのか、そのまま会議は進む。 

「分かりました! 被害者の方に連絡は入れたほうがいいのでしょうか?」

「藤村の同級生には悪いが、内密にしておく。下手に知らせるとその行動から犯人に動きを悟られかねない。いいか? 藤村」

「はい」

 念には念を、という事だろう。日向にはいつも通り過ごしてもらおう。

「……あっちの学校の予定とかは聞いてるの?」

「大丈夫です、今日は同じ6限終わりだそうですから、授業が終わってすぐ向かえば間に合うと思います」

 日向の帰宅ルートも聞いてるし、そのどこかで待ち伏せして囲めば逃がすことも無いだろう。

「私が悪かった! だから話を聞いてくれ!」

 着々と話を進めている途中、会長が涙声で叫んだ。

「最初からそう言え。そういうところだぞ、お前がいまいち威厳や尊敬を得られないのは」

「…………」

 会長は副会長の言葉にぐうの音も出ない様子だ。

 すいません会長……、何とかフォローしたいんですけど俺も副会長と同じ気持ちです……。

「で、お前が見つけてきたのはこの中の誰なんだ」

 会長は落ち込みながらも、その名前を指さす。

「……上から三番目の名前、佐城信也(さじょうしんや)だ。聞いたところによると、こいつは少々妄想癖があり、以前にも同級生の女子をストーキングした前科があるらしい」

「それで更生のため心療内科に通ってたのか。だが再びやらかしてしまった」

「一時期は回復に向かってたそうだが、高校という新しい環境に馴染めずに再発したのだろう」

 妄想癖……、どんな妄想をしたらストーカーになるんだろう。

 妄想癖という言葉にピンとこず、不思議そうにしてたら会長が解説を加えてくれた。

「妄想癖と一口に言っても色々な病名があるのだが、今回の場合は妄想性障害に分類される。その中でも被愛型と呼ばれる妄想だな。これは誰か特定の相手に愛されていると思い込むもので悪化すると今回のようなストーカーに発展することもある」

「あんまり関わりの無い相手でもそう思えるようなものなんですか?」

「芸能人相手にもそう思い込む症例もあるくらいだからな。会ってまもないクラスメイト相手にそう思っても不思議ではない。どんな荒唐無稽なものでも本人にとってはそれが現実なんだ」

 ……俺だって普段テロリストが教室に乱入してくる妄想をする事くらいあるが、そんな妄想も行きつくところまでいけば誰かに害を与えるってことか。

「とりあえずこちらの相手に関しては、私を放置してる間に話していた流れで良いだろう」

 根に持ってるなぁ……。

「……これだけ色々割れてたら抵抗する気も無くなるでしょうしね。問題は」

 藤島先輩はそこで言葉を切り、スマホを見つめる。

 そして会長が言葉を引き継ぐ。

「ああ、こっちの問題をどうするかだな」

 会長は口に手を当てて考える。こっちは現行犯で捕まえる事は不可能だ、せっかく藤ヶ谷先輩が特定してくれたが、特定方法はあくまで違法、それを盾に相手に迫っても、しらを切られたら証拠として使えるわけじゃない。つまりどうにかして自供させるように持っていかなければいけないのだが、

「それは俺に任せて下さい」

 皆が悩む中、宣言する。

 四対の瞳が俺に集中し、言葉の真意をとらえようとしてくる。俺はぶれずにその全ての瞳を見返して、再度言う。

「大丈夫です。俺なら自供まで持っていく事が出来ます」

 むしろこれは俺にしかできない事だ。会長にも副会長にも敷島先輩や藤ヶ谷先輩、日向にだって無理な事だ。

 何にも取柄が無く、誰から見ても底辺の人間で、いつも人間関係を外からしか見ていなかった俺にしかできない。

 酷く後ろ向きな自信から出た言葉だったが、会長は俺の言葉を信じてくれた。

「じゃあこれは藤村に一任しよう、これで話は纏まったな! 今日の放課後、正門前にダッシュで集合! そして我々の手で一人の女子を救うのだ!」

 会長の激励に返事をしたり、しなかったり、対応はバラバラだったが全員の心は一つだった。

 少女に平穏な日常を、きっとこのお人好しな人達はそう考えてるだろう。

 後輩の同級生のために本気で動いてくれるこの人達のことを俺は心から尊敬する。


 ――――放課後。

 授業が終わり次第すぐに集まった俺達は、予定通り日向の帰り道で配置についていた。

 どこに逃げても対応できるように、俺、会長、副会長、敷島先輩藤ヶ谷先輩ペアの4組に分かれ、日向たちが通るまで見つからないように身を隠しながら待機する。

 こちらの方向に家がある生徒は少ないらしく、周囲に人はほぼいない。それがまたストーカーが大胆な行動に出た要因の一つでもあるのだろう。

 そうして5分も経った頃、遠くから声が聞こえてきた。

 それが日向たちの声だと気づいた俺は、グループラインで連絡を送る。

 駐車場の車の後ろからそうっと日向たちの方をのぞき込むと、日向たちの数メートル後ろに怪しげな影が見え隠れしていた。

 よし、今日もストーカーはちゃんと来てるな。これで計画が瓦解することは無くなった。後は取り逃さないように気を付けるだけだ。

 日向たちが少しずつ近づいてきて、そのまま俺が隠れている所を通り過ぎる。確実性を高めるために、最初にストーカーにコンタクトを取るのは力と瞬発力がある副会長という事になっている。

 ストーカー共々そのまま進んでいき、副会長が身を潜めてた場所を通過したところで副会長が後ろからストーカーに話しかける。

 ここからでは声は聞こえないがなにやら揉めているのは分かる。まあこっちはストーカーを捕まえようとしているのだから当然だ。何か言われても最初は否定するだろう。

 日向たちもそれに気づき、足を止めて背後を確認する。するとその瞬間ストーカーは驚くべき速さで逃走し、こちらへと向かってくる。

 来た! と思い、車の陰から飛び出そうとしたが副会長の足はストーカーよりも早く、ストーカーが俺の所まで来る前に捕まえてしまった。スタンバってた意味ないなこれ……。

 あの速さで走れるって生徒会よりもどこか運動部に入った方がいいんじゃないか……?

 手筈通り、副会長がストーカーを捕まえたところへ俺と会長が走り寄っていく。

 この後の事を考え、敷島先輩と藤ヶ谷先輩は出番が来なかった場合そのまま帰って欲しいと伝えているので今頃帰路についてるだろう。

 副会長はストーカーの腕を後ろ手に拘束し、その前に日向と綾里が立っていて、ストーカーは日向に向かって何か叫んでいた。

 近づくにつれ、その声が聞こえてくる。

「くっそ! 離せよ! なんで俺が捕まえられなきゃなんねぇんだ! 日向も何とか言ってやってくれよ!」

 そして俺と会長が現場に着くと同時に綾里が俺にかみついてきた。

「ちょっと! なんなのこれは! この人達は誰!?」

 ……なんかもう事前に説明しときたかったと思うようなめんどくささだ。ストーカーに負けず劣らずうるさい。

「日向のストーカーを捕まえるためにここで待ち伏せしてたんだよ。この人達はそれに協力してくれた俺の学校の生徒会の人達でそっちの女の人が会長、ストーカーを捕まえてるのが副会長。ていうか会長はこの前会った時にもいただろ」

「思い返せばいた気もするわ、あの時はあんたが鬱陶しすぎてあんたばっか印象に残っちゃったからちゃんと覚えてないけど」

 綾里は相変わらず俺の事が気に食わないようで、全身から敵意を漲らせている。

「えと、それで捕まえられてるその人がストーカーって事でいいんだよね?」

 日向は未だ困惑が抜けきらない顔でストーカーを指さす。

 ストーカーは副会長に捕まえられた衝撃で、サングラスとマスクが外れ、素顔が露わになっていた。

「そうだ。先ほども君たちの後を付け回していたし、不審者情報と見た目も被るから間違いないだろう。どうだ、見覚えのある顔だったりするか?」

 会長に問われ、日向は頷く。

「……はい、同じクラスの佐城信也くんです」

 ……やっぱりこいつが佐城信也か。

 佐城は顔は険しいままだが、暴れ疲れたのか今は大人しくして状況を見守っている。

 そんな佐城を綾里は侮蔑の表情で見ながら、吐き捨てる。 

「ほんっと気持ち悪い、ストーカーってあんただったのね佐城。学校でもいつも暗く過ごしてるからそんなことしても不思議じゃないけどね」

「っんだよ、綾里。お前みたいなやつがいるから美月と俺は隠れて付き合わないといけなくなる羽目になるんだ」

 ……今、付き合ってるって言った?

 佐城が言った言葉が信じられず、俺は思わず日向に確認をとる。

「付き合ってるって言ってるけど本当か?」

「付き合った覚えなんて全然ないよ、話したことだってまだ数回しかないし……」

 日向は困った顔で首を横に振りながら答える。

 そ、そうだよな。まさかここでそんなどんでん返しがあるわけない。本当に彼氏ならストーカーなんてせずとも、普通に一緒に帰ったらいいし。

「日向はこう言ってるけど……」

 何故そんな事を言ったのか分からず、佐城に彼氏発言の意図を尋ねる。

「隠れて付き合ってるって言ってんだろ。そのせいで否定するのが癖になってるだけだ。クラスの奴らとかにばれたら別れさそうとしてくるのが目に見えてるからな」

「?」

 聞いても意味が分からず、頭の中にハテナマークが飛び散る。

「分かんねぇのか? 周りはそこの綾里みたいに偏見に満ちた奴ばっかりだからな。クラスの人気者の美月とクラスの嫌われ者の俺が付き合ってたらごちゃごちゃ言ってくるんだ。そのせいでツーショットすら簡単に撮れやしねぇ」

「いや、だからっ」

 まず付き合ってるって前提がおかしいと言おうとしたが、その途中で会長に肩に手を置かれ止められる。

「会長……」

「藤村、それ以上言っても意味は無い。言っただろう佐城にとっては彼女と付き合ってるというのが現実なんだ。他人から見たらただの妄想だが、本人にはその自覚が無い」

「はあ? じゃあなんでこいつはストーカーしてたってのよ。カップルだと考えてるならそんな事する必要ないじゃない」

 綾里が腕を組みながら、会長の言葉に疑問を投げかける。

 それに佐城が食いついた。

「そのストーカーってもしかして俺の事か?」

「当たり前でしょ、あんた以外の誰がいるのよ」

「俺は他の奴らにばれないように美月を護衛してただけだ、美月は可愛いから色んな男に狙われるだろうからな。そういう奴らに美月が襲われないよう見守ってたんだ」

 佐城の持論に綾里は顔を歪める。

 虫でも見るような目になってるな……、もはや同じ人間として見れないのだろう。

 だけど、そうか。佐城はそう自分を納得させてるのか。いや会長が言うには、納得とかじゃなく本心からそう思ってる。だとすると俺も正直背筋が寒くなってくる。

人によって世界の感じ方は違うものだが、ここまで現実と乖離した世界を見てる人間もいるなんて。

 だけどあれだな、こいつがこうなった理由は分からないが、日向に執着する理由はなんとなく分かる。

綾里や佐城の話を聞いてると、佐城もクラスで浮いた存在なのだろう。けど日向はそんなこと関係なく話しかける。そうしたせいで自分や佐城が攻撃対象にならないように細心の注意を払って。

 佐城の勘違いはそこから始まったのだろう。俺も似たような経験をしたから気持ちはわかる。日向に執着してるのは俺だって同じだしな……。

「で、結局こいつはどうするんだ。警察に突き出すのか」

 皆が佐城の発言に押し黙ってると、副会長がその空気を切り裂いた。

「はぁっ!? 何でそんな話になるんだよ!」

 佐城が叫ぶ。

 佐城はストーカーの自覚がないんだから、そんなことを言われるのは甚だ不本意なのだろう。

「いえ、そんな訳には」

「じゃあどうするんだ、このまま解放したらこいつは同じことを繰り返すだけだぞ」

「どうしましょうかねぇ……」

 日向は警察沙汰にする気はないが、特にこれといった代案があるわけでも無いらしい。

 まあ警察に引き渡す気があるなら、最初っから警察に頼ってるだろうしなぁ。

 会長はそんな日向を見ると、日向に代わり今後の方針を提案してくれた。

「警察に言う気が無いのなら専門家に任せた方がいいだろう。以前佐城の治療に関わっていたカウンセラーに頼んで佐城の妄想を矯正してもらう。君もそれでいいかな?」

「はいっ、平和に済むならそれが一番です。あれ? 会長さん、何で佐城くんの治療遍歴とか知ってるんですか?」

「藤村に頼まれて、私たちなりにストーカーの事を調べてたんだ。そして佐城はそのストーカー候補の一人だった」

「そんなことまでしてくれてたんですね……。ありがとうございます」

「お礼を言われるほどの事でもないさ。武上、すまないがここまで佐城を連れていってくれないか。事情はある程度話しているので、高井の紹介だと言えば分かってくれるはずだ」

 会長はそう言って、スマホの画面を副会長に見せる。多分そのカウンセラーの人が働いてる場所を示してるのだろう。 

「暴れた場合どうすればいい」

「お前なら大丈夫だろう、怪我しない程度に押さえつけてやれ」

「あの、私は行かなくてもいいんですか?」

「ああ、君と佐城はしばらく距離を取るべきだ。君が近くにいると佐城の妄想がより強固なものになる。それでも危険な事になる可能性もあるからな、しばらくは一人になるのを避けた方がいい」

 会長は日向に忠告する。

 生徒会室で言っていた、佐城の行為がエスカレートする危険性を考えてのことだろう。

 ニュースとかでもストーカーがアイドルを刺したとかって見たことあるし、万が一にもそうなったら怖い……。そうならないように俺が四六時中日向の護衛をするべきだろうか……。

 …………ダメだダメだ、佐城と同じ思考回路になってる。

「おい! 何勝手に話を進めてんだっ!」

「すまないな。君の知り合いの所に連れていくだけだ、そこで話を聞いてもらうといい」

「嫌だね、そんな事してる内に美月に何かあったらどうするんだ」

「あんたねぇ」

 会長が佐城を宥めている所に綾里が口を挟む。

 おいおい、あんま変な事言わないでくれよ……。

「医者に行ってそのキモイ考え方を直してきなさいって言ってんの。分かる? その足りない脳みそってちゃんと働いてんの?」

 綾里は自分の頭を人差し指で指しながら、佐城を煽る。

 案の定だよ! 場を乱す天才かこいつ。

 人の悪口を言うときによく回る綾里の口を止めようとしたが、その前に会長が綾里を制止した。

「あまり刺激するようなことは言わないでくれ。君に被害が及ぶ場合もあるんだぞ。武上、これ以上ここにいたら悪化しそうだからそろそろ連れていってくれ」

「おし、道は覚えた。じゃあ行ってくる」

「離せっ、くそ! 美月っ、助けてくれ!」

 佐城は最後までもがいていたが誰もそれに取り合わない。

 そして副会長は暴れる佐城をものともせずそのまま引き摺っていく。

 うーん、頼もしい。やっぱ筋肉ってあったら便利だよなぁ。非常事態に副会長みたいな力ある人がいてくれたらやれる幅が広がるし。

 俺は副会長の体に見惚れていたが、会長にとっては見慣れた光景だったのか副会長のそんな姿に関心を持った様子は無く、大きく息を吐く。

「はぁー、一件落着だ。これからも警戒は怠れないが、ひとまずこれで一息つける」

「お疲れ様です会長。ジュースでも飲みますか? ひとっ走り買ってきますよ」

「遠慮しとくよ、後輩をぱしらせる先輩になりたくないんだ。ここは年長者として私が買ってこよう。君たちも緊張して喉が渇いただろう、何か飲みたいものはあるか?」

「じゃあ午後ティーで」

「それなら皆に助けてもらった私が買ってきますし大丈夫です!」

 会長に飲みたいものを聞かれた綾里と日向がそれぞれ答える。 

年長の好意に対する答え一つでも性格の違いが出るな。

まあ聞いてきた相手の性格にもよるし、一概にどちらが良いとは言えないけど、今回はどっちの答えも俺に都合がいい。手間が省けた。

「そんなに気にしないでくれ、といっても気にしそうだな……」

 会長の言葉に日向はうんうんと頷く。

「それでは一緒に行かないか? 一人よりも二人、その方が道中は楽しくなるだろ」

「そうですね……、じゃあそれで! お供させてもらいます!」

「よし、決まったな。藤村、君も何か飲みたいものを言うといい」

「あー、だったらコーラをお願いしていいですか」

「分かった、では行ってくる。君たちはそこで歓談でもして待っててくれ」

 そう言って会長と日向は楽しそうに会話をしながら、すぐそこの角を曲がっていく。

 あの二人、実質今日会ったみたいなもんなのに打ち解けるの早いな。あれがコミュ強というやつか……。

 二人が去った瞬間から音が消えたこっちサイドとは大違いだ。綾里なんてすぐスマホいじり始めたし。

 普段ならこのまま無言で二人を待ってても良かったんだけど、今はそうもいかない。

 とにかく何か話しかけようと思い、綾里に適当な話題を振る。

「なあ、この辺あんま詳しくないんだけど、近くに店ってあんの?」

 実際は近くの中学に通ってたし知ってるんだけど、こうでもしないと話題が無い。今は相手の意識をこっちに向けるのが最優先だ。

「ちょっと遠くにね、この辺りはそういうお店少ないから」

 無視されるかもと思ったが、綾里はスマホをいじりながらも答えてくれた。

 死ぬほど興味なさそうだけど。

「へー、じゃあ帰ってくるの結構遅くなるのか」

「そうね」

「なあ、なんで午後ティー頼んだんだ、好きなのか?」

「そうね」

「佐城ってこれからどうするんだろうなぁ、しばらくは学校休む事になるのかな」

「そうね」

「そっちの学校ってどんな所? 勉強難しい?」

「……あのさぁ」

 何度も話しかけられることが煩わしくなったのか、綾里はスマホから顔を上げ、イライラした顔を向けてくる。

 ……良かった、これでやっと話し合いが出来る。

「こっちはキモイもん見て下がってるんだから、あんま話しかけてこないでくれる? 話しかけて欲しくなさそうなのは見たら分かるでしょ、空気読んでよ」

 高圧的だなぁ、こういうタイプはすぐ顔に出るから分かりやすくて助かる。

 顔色とは窺われるもので、間違っても自分が窺うものじゃないんだろう。生まれついての上位カースト、プライドの塊みたいなやつだ。本当、やりやすい。

「キモイもんって佐城の事か、まあ理解できないものを見て嫌な気分になるのも分かるけどな。でも、お前の機嫌が悪いのってそれ以外にも理由があるよな」

「どういう意味よ」

「佐城、ていうか日向のストーカーが捕まって残念なんだろ。もっと日向を怖がらせて楽しむつもりだったのになぁ」

 馬鹿にしたように笑い、綾里を挑発する。

 俺みたいなやつからこうされただけで、こいつはもう無視できない。プライドを保つのも大変だな。

「何言ってんの、私は日向さんを守るために一緒に帰ってたのよ? ストーカーが捕まった事に関しては嬉しく思ってるわ」

「そもそも守るためってのが嘘だろ、嫌いな奴を守ろうなんて普通思わないしな。大方、日向が困ってるのを見てそれを助ける自分に優越感に浸ってたってとこか?」

「何でそんなことがあんたに言えんのよ」

「昔から人の表情を観察するのが趣味でな。会った時から分かったよ、お前が日向の事を嫌ってるなんて。自覚があるかは分からないが、お前日向が自分の方を見てない時凄い顔で日向の事見てたぞ」

 中学生の時は話す人がいないから、休み時間はひたすら寝たふりか人間観察をしてきた。それで分かったことは人ってのは、意外と分かりやすい。つぶさに観察すれば表情や目の動きで大体の人間関係が分かる。

同じグループにいるがあの二人は仲が悪い。接点はなさそうに見えるけどあいつはあの女子が気になってる。中良さそうに話しているがお互い相手の事を見下している。目は口程に物を言うっていうのは真理だ。

「キモっ、それにそれはあんたの想像でしょ、そんなのを自信満々に語られても佐城と同類って思うだけ。それに私が日向さんの事を嫌う理由が無いじゃない」

 はんっ、と鼻で笑われる。

 理由、ね。

「確かに想像だけどな、結構的を射てると思ってるんだよ。お前って小さい頃から周りにちやほやされてきただろ」

「そりゃ私は可愛いから」

 ……臆面もなくそうやって言える自信を少し分けてほしいよ。

「まあ、それで学校でもずっとクラスの中心にいたんだろうなぁ。それで、もちろん高校でもそうなるものと確信していた、だけど進学した先には日向がいたんだ」

 日向は元から何もしなくても人の輪の中心にいれる性格をしてる。その上で、自分を見つめなおし、自省し、周りの人間に気を遣って皆が楽しくなれるよう努力している。そんな奴に持って生まれた才能に胡坐をかいてる綾里が勝てるわけがない。

「予想外だっただろうなぁ、自分よりも早く自然にクラスの中心に収まった日向がいたことは。お互いさんづけってことは所属してるグループは違うんだろ? 日向に遅れてお前も自分が一番になれるグループを作ったが、客観的に見たら日向のいるグループの方がクラスカーストは上。さぞプライドに傷がついたことだろうよ」

「……見てきたようにいうのね、なんにも知らないくせに」

「同じようなものは見てきたからな」

 中学校は三年間日向と同じクラスだった。その三年間の内にだって、日向を快く思わないやつはいて、今言ったようなことは起こってた。まあ日向は最終的にそんな奴らとだって本気で仲良くなってたけどな。そいつらが綾里ほどひねくれてなかったっていうのもあるだろうが。

「それで? それが本当だったとしてあんたは何が言いたいの? 心の中でどう思ってようが、私は何も悪い事してないし、バレたところでどうってことないわよ」

 綾里は腕を組みながら下からこちらを睨め付ける。

 悪いことしてないって言い切れるの凄いな。こっちが何も知らないと思っての発言なんだろうが、罪悪感のカケラも無くこんな堂々とできるなんて。

「何が言いたいかって聞かれたらそんなのは一つ、日向に謝罪しろ。嘘をついて傍にいたことじゃない。ツイッターでのストーカー行為についてだ」

 俺の目的について話すと、綾里はこちらを驚いた表情で見つめながら硬直する。

 これについてはバレると思って無かったんだろう、今までのような余裕が綾里から消え去っている。

「…………何のことよ」

「あんなに驚いてたくせに知らないふりをするのか、その度胸は凄いな。だが残念、こっちいはちゃんと証拠を掴んでるんだよ」

「ツイッターでも粘着されてた事は日向さんから聞いてたけど、相手のアカウントからは何も分からないって言ってたわよ」

 あくまで日向から聞いたという前提を崩さないんだな。まだ誤魔化せるつもりでいるのか。

「俺は見た目通りパソコンを使うのが得意でな、ツイッターのアカウントからメールアドレスやパソコンのIPアドレスを特定してお前にたどり着いたんだよ」

 もちろん俺はパソコンとか詳しくない、全部敷島先輩の受け売りだ。ただ俺がやったと言った方が綾里の口が軽くなるだろうと考えて、こうすることにした。

「は、ははっ。どうやったのかと思ったら。そんなのが証拠になると思ってるの? あんたがそんな犯罪みたいな方法で私だと分かったからといって誰が信じるのよ」

 綾里はまた余裕を取り戻し、意地の悪い笑みを見せる。

 実際、生徒会室でも話してたようにこれは犯罪だ。やり方を公開して見せろと言われても出来ないし、綾里の言ってる事も正しい。

「やったって事は認めるのか」

「ええ、ええ。そうよ、あれは私。その前に日向さんが後ろを気にしながら帰ってるのを見てね。次の日学校でかまをかけたらストーカーに付け回されてるっていうじゃない、でもそれだけじゃ足りないと思って私も便乗したのよ」

「それで、ツイッターか」

「そう! 私の手で日向さんを追い詰めてる実感があって最高だったわ、しかもそれを相談されたときなんか笑いをこらえるのに必死よ」

 こいつはあれだな、嫌いな奴には自分で手を下さないとすっきりしないタイプだ。こんなにペラペラ言うのも俺への嫌がらせも兼ねてるんだろう。

「で、どうするの? 今聞いたことを日向さんに言う? ま、あんたと私どっちの主張が信じられるかなんて分かり切ってるけど」

「…………」

 綾里は勝ち誇った顔で言う。

 同じ中学だったが大して話したことも無い異性と、会ったのは最近だがストーカーからも守ってくれようとした献身的な同性。

 確かに客観的に見れば信用度は綾里に軍配が上がる。そう、だからこの状況を作ってもらったんだ。

「お前の言う通り、俺みたいなやつの言葉なんて届くことの方が少ない。自分の事は自分が一番分かってる。でも、お前はもう終わりなんだよ」

「何を……」

「会長、日向。出てきてください」

 曲がり角に向けて声をかけると、そこから二人が顔を出す。

 居るはずの無い人達がそこにいたのを見て綾里は声を荒げる。

「いつからっ」

「最初から、お前が言ったように俺の言葉じゃ信じられないと思ってな。買い物に行く振りをしてもらって当人に聞いてもらうことにしたんだ」

 日向か会長、もしくは他の生徒会の人がいても綾里はここまで話さなかっただろう。学校で浮いていようと、全員変な威圧感がある人たちだし。

 自分が圧倒的に上の立場であると確信できる俺だからこそ綾里は全て話した。

「き、聞かれたからどうだっていうの!? 証拠が無いのはいっしょなのよ!」

 日向と会長に見つめられても、綾里は往生際悪く抗おうとする。

 こいつまだ自分の方が有利だと思っているのだろうか。 

「もし、日向がクラスでこの事を言ったらどうなるだろうなぁ。そうなった時、お前と日向どっちが信じられるかはお前が一番分かってるんじゃないか」

 総理大臣とホームレス、どちらもが金を盗まれたと主張した場合、どっちの言葉を信じるかって話だ。ホームレスが本当の事を言ってたとしても、外的証拠が無い限り、大半の人は総理大臣を信じるだろう。 

俺と綾里なら綾里の方が発言力が大きい。では日向と綾里なら?

 結局人は支持者が多い方、つまり社会的立場が上の人間を信じる、つまりはそういうこと。

綾里は今までその立場を幾度も利用してきたことがあるんだろう。だから余計にこの脅しは

効いた。

「どうすりゃいいってのよ……」

 綾里は項垂れながらどうにか声を絞り出す。

 俺としては何よりも日向に謝ってほしかったが、それはあくまで俺の言い分。これ以降はそれを主張する気はない。

俺の仕事はここまでだ、ここから先は当事者同士で話し合ってもらおう。

「日向」

「ん」

 そう日向に伝えようとしたが、日向はそんなこと言わなくても分かってくれてるようだった。

 日向は綾里に近づき、手を差し出す。

「な、なによ」

「何って仲直りの握手だよ、ほらこうなったらもうお互いわだかまりも無く仲良くやっていけるでしょ? そのための儀式っていうかね」

 日向は恥ずかしそうに微笑む。

 その顔は言葉に裏を感じさせず、日向が心からそう思っている事が伝わってくる。

 そんな日向の手を綾里は怯えた目で見つめる。

 日向には悪いがここは綾里の反応が平常だと思う。あんなことしてきた相手に謝罪すら要求せず、真意を聞いた後にノータイムで仲良くやっていこうとか正気の沙汰じゃない。

「あんたは、あんたは何でそんな平然としてられるのよ。私が何やってたのかは聞いてたんでしょ、それなのに何で……」

「そうだねぇ、綾里さんが私の事を嫌ってるのを知ってたから、かな」

「は?」

 綾里は完璧に隠していたはずの感情が、日向に筒抜けだったを言われ放心する。

 あー、考えてみればそうか。俺みたいに外野からじゃなく、日向は人間関係の内側にいながら周りに気を配ってた。そんな奴が綾里の敵意に気づいてないはずが無かったんだ。気づいていてあえて泳がせていた、いずれぼろが出ると思って。

 日向があんまり驚いてない理由は分かった。だとしてもこれから仲良くとか言えないだろ普通……。

 日向は俺達を置き去りにして、自分の心情を語っていく。

「知ってたっていってもなんとなくだけどね。嫌われてるっぽいけどなんで助けようとしてくれるのかなーって思ってたの。さすがにツイッターの人が綾里さんだとは思わなかったけど、聞いてもそっかーって納得しちゃったよ」

 そっかーで済ませられるとかこいつマジかよ。

「逆にチャンスだと思ったね、本音で話し合って、お互いの事が分かったなら、私達はこれから友達になれる」

 そう日向は断言する。

 ……そうだな、こいつはそういう奴なんだ。どんな相手とも仲良くなることを諦めない。人の良い所、悪い所をちゃんと分かった上で相手を認める。そんな自分になるために尽力している。そんな生き様に俺は憧れたんだ。

 綾里はしばらく目を泳がせていたが、力強い瞳で見つめられ観念したのか、綾里は握手に応じた。

「分かったわよ、私の負け。……ごめんなさい」

「うんっ! いいよ、じゃあいつも通り一緒に帰ろっか!」

 日向は本当に握手一つで綾里との縁を再び繋げた。

 綾里は内心どう思っているかは分からないが、見る限り日向に勝つことを諦めたのは確かだろう。まあ弱みを握られ、首に鎖を繋がれたようなものだから従順にもなる。

 ……ああ、これで本当に終わり。すっごい疲れたな、精神的な意味で……。帰ったらぐっすり寝れそうだ。晩御飯を食べて、風呂に入って、頭を空っぽにしてベッドにダイブだ。

「あの、藤村」

 家に帰ってからのことを考えていると、日向は綾里と繋いでいた手を放し、俺と会長の方に振り向いた。

「今日は本当にありがとう、色々話したいことはあるけど今日は帰るよ。また帰ったらラインするね。会長さんもそんな接点もない私のためにありがとうございました。後日、正式にお礼に行かせてもらいます」

 日向はお礼の言葉と共に綺麗なお辞儀をする。

「ああ、ライン待ってるよ」

「うむ、その気持ちは嬉しい。だが恩を感じすぎる必要はない、私たちは自分のやりたいことをやっただけだからな」

 俺と会長が言葉を返すと、日向は嬉しそうに微笑み、もう一度頭を下げる。

そして日向と綾里が家の方へと歩いていき、二人の姿が見えなくなったところで会長が話しかけてきた。

「私たちも帰るか」

「そうですね」

 願わくば、あの二人がこれから良好な関係を築けますように。

心でそう唱えながら、会長と共に帰路につく。


                 5


 会長と二人での帰り道。

 いい機会だから前々から疑問に思ってたことを会長に尋ねる。

「会長はどうして今のメンバーを生徒会役員に選んだんですか?」

「…………」

 聞こえていたとは思うが、会長は黙ったまま歩き続ける。

 こんな雰囲気の会長は初めて見る。……もしかして聞かない方がいい事だったのだろうか。

「すいません、話したくない事だったら無理には……」

「いや、大丈夫、少し心の準備をしていただけだ。元より誰かに聞かれたら答えるつもりだった」

 心の準備が必要ってやっぱり話したくない事じゃないですか。

 そんな言葉を言おうとしたが、会長の雰囲気に飲まれ、口に出すことは叶わなかった。

 困ったな……、俺としては軽い気持ちで聞いたことだったが、これは会長の核となる話だ。

 ここは気持ちを切り替えて、会長の話を傾聴する姿勢になろう。

 会長は俺が聞く体勢をとるのを見てから、懺悔でもするかのように話し始める。

「さて、どこから話そうか。……きっかけは私の家庭環境だった。私の親はどちらも人を助ける仕事をしていてね。父親は医者、母親はカウンセラーとして働いていた。そして私は、そんな二人を尊敬していた」

 親がカウンセラー。それを聞いて、会長がカウンセラーの人から佐城の話を聞けたことやストーカーの心理に詳しかったことに納得する。

 俺は親の職業に興味を持つことは無かったが、この人なら自分の親の仕事の内容を知ろうとしたり、親の同僚と仲良くなっていても不思議ではない。

 会長が生徒の助けになろうとするのもそんな両親の仕事の影響なのだろうか。

「母はカウンセラーとして人の悩みを聞き、どうしたらそれを解消できるか日々頭を悩ませていた。だけど、そうして人の負の部分を見続けてきた事でストレスが蓄積していったのか、その内、母も、母の相談者と同様に心を病んでしまったんだ。それが、一年前の話だ」

 ……カウンセラーだって人間だ。仕事として割り切れる人は上手く折り合いをつけるのだろうが、中には影響されて、自分もしんどくなる人はいるのだろう。

「そうなった以上は仕方ない。母はしばらく家で休養をとることにした。私は、そんな母を私と父で支えていくのだと思っていた。……だが、父は母より患者を優先した。今までと変わらず、帰りは遅く、帰らない日もままあった」

 会長は吐き捨てるようにそう言った。

 第三者の目から見て、それは社会人、医療従事者としては正しい行為なのだと思う。

 母親の収入が無くなったのだとしたら、その分働かなくてはならないという気持ちもあったのかもしれない。

 当事者ではない俺はそんな無責任な事を考えられるが、会長としては家族を優先してほしかったのだろう。この話をしてる表情からそれは痛いほど伝わってくる。

「私はそんな父と何回も衝突した。母がしんどい時ぐらいそばにいるべきなのではないか、と。父は言った『患者が待っている、俺はその人達を助ける義務があるんだ。分かってくれ』」

 こういうのは頭で分かっていても素直に納得できる類の話ではない。きっと、父親の言葉を聞いても衝突する回数が減らなかったのは想像に難くない。

「昔は人を助ける両親の事が誇りだったが、その言葉を聞いた時思ったよ。そこまでして他人を救う事に意味はあるのか、とね。家族や自分を蔑ろにしてまで、誰かを助けるという行為が私には正しいものだと思えなくなっていた」

 会長と会長の父親の間で人を助ける時の優先順位が食い違った。会長は家族、父親は患者、そのズレが会長の価値観を揺るがせたのか。

「それから考えたんだ。どうしたら、両親の事を理解できるようになるのか。そして思いついた事は単純だった。私も他人を助けたら二人の気持ちを少しは分かるのではないかと」

 それを聞いて思い当たる。この話の始まりは何だったか。

 俺はちゃんと聞いたことは無いが、ここにいない生徒会の三人が過去に何かあった事はおぼろげに感じている。きっとそれは誰かに助けてもらわないと這い上がれないようなものであった事も。

「もしかして今のメンバーを集めたのって……」

「……ああ、そうだ。言ってしまえば私の実験のためと言うべきか。誰かを助けるにはある程度身近な人物が望ましかった。不幸か幸いか私の友人にそれほど思い悩んでいる者はいなかったので、一からそういう人物を集めることにしたんだ」

 初めて生徒会室に行った日から不思議に思っていた。何故、会長は目安箱を重要視しながらもあの人選をしたのだろうかと。

 あの三人が人を助ける事に向いていないなんて言う気は全くない。能力も性質も俺なんかよりよっぽど人助けに適している。

 だけど、学校内では別だ。学校と言う場所は偏見やカーストに縛られ、能力なんて関係なく浮いている人間の傍には人がいなくなる。生徒会は会長以外そんな人たちの集まりだった。

 目安箱の活動に力を入れたい会長にとって、それは悪手以外の何物でもない。学校の人気者とまでは言わずとも、もっといい人選があったのは確かだ。 

 そうしなかった理由が今分かった。

「助けた実感を得るためには、重い悩みを抱えた者を助けるのが一番だろうと思った。生徒会に入ったのは、そういった生徒の情報が入りやすいのと集めやすいという理由だ。そして生徒を調べていたらあの三人を見つけた。三人を救うために生徒会という場所もぴったりだったし、まさに求めていた人材だった」

「助けるといっても最終的にどうするつもりだったんですか?」

「動いた結果痛い目を見たことがあるやつ、動くのに怯えているやつ、そもそも動き方が分からないやつ、と理由は様々だが、全員が他人への接し方が分からず自分を卑下していたからな。目安箱での活動や他生徒との交流で自己肯定感を高めようとした。そして周りや自分への向き合い方を学んでもらい、楽しい人生を送ってもらおう、と」

 目安箱はあくまでおまけ。会長が本当に助けようとしていたのは副会長と敷島先輩と藤ヶ谷先輩だったってわけか。

 でもそうなるともう一つ疑問が出てくる。

「俺はどんな理由で勧誘してくれたんですか?」

 俺は友達が少なかっただけで、別に暗い過去を持っていない。いや、暗いっちゃ暗いけど、そこまでしてもらうほどでもない。

「君に関してはほぼ勧誘の時に言った通りだよ。いや、思った以上に目安箱への投稿が減ってね。どうしようかと行き詰っていたら見回り中に君を見つけた。そして観察していたら、君は臆病ながらもそんな自分に打ち勝てる人間だった。その君と一緒に活動したら三人に良い影響があるかと思ったんだ」

 会長は目を伏せながら言う。

 うーん……、俺は会長が言うような立派な人間じゃないんだけどなぁ。そうあろうとは思ってるけど。

 会長からの評価にむずがゆいものを覚えていると、会長は突然立ち止まり、左手で髪の毛をくしゃっと掴む。

「これが私だ。口当たりの良い事を言って人を騙し、人の不幸を私利私欲のために利用する人間。あの三人も君の事も自分のために引き入れたどうしようもなく利己的な人間なんだ。……どうか軽蔑してくれ」

 ……軽蔑、か。恐らく会長が欲しているのは軽蔑と言うより正しくは断罪なんだろう。きっと生徒会で一緒にいる時、心の端では常に罪の意識に苛まれていたんだと思う。そして、自責の念が強くなり、誰かに今の話を打ち明けることで自分を罰して欲しかった。

けど、そんなことは誰も望んじゃいない。

「会長、会長は生徒会メンバーに対して申し訳ないとか思ってたりします?」

「と、当然だ! 私は自分勝手に人の心に土足で踏み込んで、あまつさえそれを丁度いいだなんて思ってたんだぞ! 私は……私はとんだエゴイストで、本来なら君たちの前に居ていいような人間じゃないんだ」

「会長……、じゃあそんな会長に俺から言いたいことがあります」

 会長の前にまわり、真正面から会長と向き合う。

 俺は生徒会に入って日が浅いし、そもそも人生において他人と接する事も少なかったような奴だ。

 だから、本来は今みたいな人間関係の話について何か言えるようなことは無いし、言うべきではない。 

 だけど、そんな俺でもこれだけは言わなくちゃならない。

「俺もあの人達も今の話を聞いても会長を嫌うことは無いです」

 そう言い切ると、ずっと目を逸らしていた会長がこっちを見てくれた。

 あー……、誰かの気持ちの代弁なんてやりたくない。分かったような口を聞いて何様だって思われるかもしれないし。でも、最後まで言い切ろう。それがこの話を聞いた俺の義務だ。

「俺は今までいろんな人に助けられて生きてきました。なので助けられる側の気持ちはよく分かります。……たとえ、助けた側にどんな思惑があったって関係ないんですよ。相手がどう思ってたって助けてもらったという事実は変わらない」

 偽善と呼ばれるものだろうが、自分の目的のためだろうが、はたまた何気ない会話だろうが、助けられた側にあるのは、『助けてくれてありがとう』という気持ちだけだ。

 綾里がした行為が、ツイッターのことが無ければ内心どう思っていようと別段責められる事じゃないのと一緒だ。

 そしてあの三人が少なからず会長に敬意の念を持って接している事なんて、誰の目にも明らかで、疑いようのない事実だ。

「だから会長がなんて思っていようと皆、会長に感謝していますよ」

 そこまで言うと、会長は我慢しきれなくなったように涙ぐんで叫ぶ。

「じゃあ私はどうすればいいんだ……! 藤村が言うように誰からも恨まれてないにしろ私はこんな自分が許せない! お前たちが責めてくれなかったら私は……」

 ……会長は本当に良い人だ。お母さんのことが無かったら何も考えず他人を助けてたんだろう。それなのに、下手に他人を助ける理由が出来てしまったから苦しんでる。自分のために他人を使うのが許せない潔癖な人なんだ。

そんな人に俺なんかが言える言葉は限りなく少ない。だけどその中から、俺が出来るだけの答えを返そう。

「大丈夫です、責任の取り方ならさっき自分で言ってたじゃないですか。助けるなら最後まで、それが誰かを助けた人の一番の責任の取り方だと思います」

「最後まで……?」

「はい、あの人たちが楽しい人生を送れるように活動する。……ついでに俺もダメダメな人間なんで一緒に面倒見てもらえたら嬉しいです」

 俺は頬を掻いて笑う。

 そうすると会長は涙を手で乱暴に拭い、いつものように尊大に笑った。

「はははっ! そうだな、それならばそうしよう。三人にも全部さらけ出した上で、私は私のやりたかったことをしよう。そして卒業する頃には楽しい学校生活と言わせてみせる!」

 ああ、やっぱりこの人の笑顔はいいな。日向と同じだ、見てるこっちが元気になる笑み。

「いいですね、これからが楽しみです」

「期待しておけ。あ、だが今の話を聞いてやはり生徒会を辞めたくなったなら……、その時は私に気を遣わず自分の意思を全うしてくれ」

 会長は口は笑顔のまま、残念そうに眉を下げ、そんな事を言ってきた。

 そういや俺まだ仮役員だったな、すっかり生徒会の一員になったつもりでいたよ。

 だから、今更そんなことを言われても俺の答えは以前と何も変わらない。

 緊張してちらちらとこちらを見てくる会長に、俺は今までと同じ返答をする。

 すると会長の顔はパッと華やぎ、安心したように息を吐く。

それからは二人で他愛のない雑談をしながら、家までの道のりをとぼとぼと歩いていった。


                 6


 その日の夜、言っていた通り日向からラインが来た。

『元気してるー!!?』

『数時間前に会ったばっかだろ』

『一応確認しとこうかと! それより今日は本当にありがとね、藤村たちのおかげで何の不安も無くぐっすり眠れそうだよ』

『他の人達が頑張ってくれたおかげだよ、何にせよ丸く収まって良かった。あ、でも会長が言ってたように、また佐城が狙ってくるかもしれないし警戒はしといてくれよ』

『……分かってないようだから言うんだけど、私が一番感謝してるのは藤村なんだよ? もちろん会長さんたちにも感謝してるけど。それと今度そっちの生徒会にお礼の品持っていきたいから都合のいい日教えて!』

『俺なんて大した事は出来てないよ。生徒会は基本暇してるからいつでも来てくて大丈夫だ』

『出た! 俺なんて! そういう所は昔から変わってないんだね……、私は悲しいよ。分かったー! 多分来週くらいに持っていくと思う!』

『親みたいなことを言うな。了解』

『藤村はもっと胸を張ってもいいよ! 藤村がいてくれなかったら、私の話を聞いてくれなかったら私はまだ震える夜を過ごしてたんだから』

『過大評価だよ。日向なら自分で何とかしてた可能性だってあると俺は思ってるし、大体の事は想像ついてたんだろ?』

『それこそ過大評価だよ。あの二人がなんとなく怪しいなーって思ってただけで、私ひとりじゃどうしようもなかった。……あの場では見栄を張ってちょっと余裕を見せてたけど、本当は凄い怖かったんだ』

『あー、悪いな。これがデリカシーが足りないってやつか……』

『ほんとそうだよ! だから何が言いたいのかっていうと、あの時藤村と出会えて心から安心したし、愛華が遠ざけようとしてもずっと話を聞いてくれようとしたこと感謝してる』

『……まあ、でも元を辿れば全部日向のおかげだよ』

『ん? どういう事?』

『何でもない、ていうか愛華ってもしかして』

『うん! 綾里さんの名前だよ!』

『帰り道でそこまで進展したのか、相変わらず凄いな』

『もうマブダチと言っていいくらいだよ!』

『さすがにそれは嘘じゃないか……? 時間も時間だし俺はそろそろ寝ることにするよ』

『あ、ごめんね。疲れてるのに。私ももう寝ようかな。じゃあ、またご飯でも食べに行こうね!』

『そっちこそだよ。ああ、また。おやすみ』

『おやすみー』

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