第4話 同類相求む
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不登校。定義としては、何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童・生徒が登校しない、あるいはしたくとも出来ない状況にあるものとされている。その数は十万人を越え、近年立派な社会問題の一つとなっている。
不登校になる原因にも色々あるが、意外や意外いじめで不登校になったものは割合的には少ない方らしい(私はいじめが一番多いものだと思っていた)。そんな事は言っても、私はいじめられて学校に行きたくなくなったわけだし、何の慰めにもならない。
いじめられた原因はもはや覚えていない。そもそもいじめられる前からあまりクラスに馴染めてなかったので、いじめられる素養は十分あったのだろう。いじめられた原因は覚えてなくとも、いじめてきた奴等の事やいじめの内容は鮮明に覚えてるから、いずれあいつらには復讐してやろうと私の魂に誓ってる。いじめに気づいていて何もしなかった担任も忘れてないからな、私はこれで執念深い。
……いったん落ち着こう、とにかくそんなこんなで学校に行かなくなった私は家に引きこもるようになった。幸い、両親とも無理に学校(という名の監獄)に私を行かせようとはしなかった。本当にありがたい、あのまま通ってたらいずれ傷害事件を起こしてた可能性すらあったし。
そして担任を脅していじめっこ達の希望進路を教えてもらい(教えてくれなかったら教室から飛び降りてやると言った、本気なわけないのにあの担任はやっぱり馬鹿)、そいつらとは被らない高校に進学した。普通の学校生活を送ってたら、私では到底受からないような高校だったのは間違いない。ここだけはあいつらに感謝してもいいかな? 嘘だ、恨みしかねー。
一度、あいつらとの関係を断ったらきっと上手くいくと思ってそうしたんだけど、私は相変わらず学校に行けなかった。勉強に関してもさすがに独学じゃついていけなくなるだろうし、対人関係のリハビリも必要なのは感じてた。そう頭では分かってても、私の体は家から出ようとしなかった。
理由を自分なりに探ってみて出てきたのは三つ、学校自体へのトラウマ一割、対人関係への不安一割、そして残りの八割はただ、今の自堕落な性格が心地よすぎるというものだった。
なんのことはない、私はいじめられっこって事以外にも、ダメ人間の素質があったってだけ。
まあさすがに、このまま一生親に寄生して生きていくわけにもいかないという最低限の理性を総動員して自分なりに動いてみた。私って偉い! (動くまでに半年くらいかかったのは割愛)
動いてみるといっても、そんなすぐに学校に行く気にもなれなかったので、親におねだりして、不登校児の相談に乗ってくれるカウンセラーの人に話を聞いてもらおうとした。……しようとしたのは良いものの、まず外に出るのに多大な労力を必要とし、頑張って外に出ても足元が覚束なく、心療内科に着くまで驚くほどの時間がかかった。その上、建物に着いても中に入る勇気が出ず、周りをうろうろして時間を浪費していた。
私はどこまでいっても臆病で自分勝手な人間である、その事を再認識しながらもう帰ってしまおうかと思っていたら、建物の中から一人の女子高生が出てきた。
その人は私が行くべき高校の人だった(自分が行く高校の制服くらいは把握している、これでも女子だし)。まさかこんな場所で同じ高校の生徒と遭遇するとは思っておらず、私は『あ、え、あ』とバグったロボットみたいな声を発してしまった。
その人はそんな私に少し驚いたようだけど、あからさまに変な目を向けることは無く、至極普通に話しかけてくれた。
『君はここに用事があるのかな? 良ければ中まで案内しようか』
しかもそんなありがたい提案までしてくれて、これは意地悪な神様が気まぐれにくれたチャンスだと思い、コクコクと素直に頷いた。
受付まで連れていってもらうまでの間に、会話のリハビリついでに少し気になったことを聞いてみることにした。
『あ、あの、あなたは、あなたも、ここの患者さんなんですか?』
『ああ、いや私はクライエントじゃなくて、ここの関係者というか』
クライエントって患者の事で良いんだろうかとか、高校生なのに関係者とはこれいかにとか、私って会話下手すぎ……? とか色々思ったけどそれを聞く前に受付に着いてしまった。
『よ、予約してた敷島です……』
ここでまだ会話を続けるのも変だし、とりあえず受付のお姉さんに自分の名前と予約してた旨を伝えた。
『あ、敷島遥さんですね。お待ちしておりました、どうぞ中へ』
優しそうなお姉さんに部屋の中に促されたが、その前に連れてきてくれた人にお礼を言わなきゃと思って振り向いたら、その人は何故か目を見開いて驚いていた。 私が最初に変な言葉を発した時すらこんな顔はしなかったのに。
少し不思議に思いながらもお礼を伝えようとしたが、その前にその人が口を開いた。
『君は、もしかして夕凪高校の生徒か?』
『…………もしかして同じクラスの人だったりしますか』
一緒の高校とはいえ私は私服だし、入学してから一度も登校してなかったから、そんな色んな人に知られてるわけがない。
だから知ってるとしたら同じクラスの人だけだろうし、そんな人にカウンセリングに行ってると言い触らされたら厄介だなぁと思い、警戒心を露わにした。
『そういうわけではないから安心してくれ。私は二年の高井静、生徒会の副会長をしている。そのため、ちょっと生徒に詳しいというだけだ』
なるほど、クラスも学年も違うなら少しは安心だろうか……? ああ、やっぱり私はダメだ、親切にしてくれた人すらこんな穿った目で見てしまう。
『……案内ありがとうございました。では、私はこれで』
そんな自分が恥ずかしくなり、私は早々にその場を立ち去ろうとした。
『少しだけ、待ってくれないか』
逃亡失敗、またも引き止められてしまった。
『いや、今はタイミングが悪いか。また後日話したいから連絡先を交換しよう』
『……分かりました』
高井先輩の申し出を一瞬断ろうかとも思ったが、ここは素直に受けとくことにした。多分断っても食い下がられそうな気もするし、後いい加減受付のお姉さんの目が厳しくなってきたのが怖かった。
高井先輩もあんまり長居すると迷惑と思ったのか、その場はそこですぐ別れた。別れ際、爽やかな笑顔でまた会おうと言われた時は、また会うのか……と思ったが、その事は一旦横に置いといてカウンセリングルームに向かった。
だが、結局それ以降カウンセリングには行かず(先生は優しかったけど私には合わなかった)、その代わりと言っては何だが、たまに高井先輩とお茶をするようになっていた。
最初に連絡が来た日はマジで来ちゃったよと思いもしたが、人との交流に飢えていた私は高井先輩のお誘いにホイホイ乗ってしまったのだ。だって、美味しいスイーツ奢ってくれるって言うんだもん! 我ながらちょろ過ぎる、将来悪い男にだまされそうで不安だ。
そこでは学校であった面白い話を聞いたりと、他愛のない話ばかりだったけど、私の心は少しずつ学校に行くことに前向きになった。この人がいるなら学校に行くのも良いかなと、思うようになっていったのだ。
何と言うか、高井先輩は人との距離を図るのが上手く、話をしていて心地がいい。こちらが触れてほしくなさそうにする所には触れてこず、かといって距離を取りすぎるわけでもない。しかも私は最近人と話してないから言葉がたどたどしくなったりするんだけど、そんな時も私が話し終わるのを待ってちゃんと聞いてくれる。私みたいな人間にとって、そんな接し方をしてくれるだけでその人の事を信用してしまう。パーフェクトコミュニケーション!
そしてそんな心の変化を察したように、高井先輩は私にゆっくりでいいから学校に来てみないか言ってくれた。
自分一人じゃ学校に行く勇気の出ない私にとって、その言葉は最後の一押しとなった。
『……はい、明日から少し行ってみようかと思います』
私がそういうと高井先輩は大いに喜んでくれて、なんだか私の方まで嬉しくなった。
そんなこんなで次の日から宣言通り学校に行ったが(吐きそうになりながら)、クラスメイトの反応は概ね予想通りだった。
触っていいのか分からない動物を遠くから見守る、といったスタンスがクラスの大半を占め私に話しかける人はほとんどいない。まあ、半年も休んでいた人間が急に登校したんだしこうなるのは分かりきっていた。
この状況を打破して、素敵な学園ライフを満喫するには私が変わるしかない! そう思いながらもあんまりやる気は出ず、学校に行ったり行かなかったりふらふらしていた。そうした日々を過ごして数日経った頃、話があると高井先輩から呼び出しがかかり、何だろう? お説教かな? と思いながらその場所に行ったら、驚くべきことを言われた。
『これは君が学校に来る決心をしてから話そうと思っていたことなんだが……私は来年生徒会長になる。そうしたら君に、書記を頼みたい』
その時は高井先輩からのまさかのお誘いにひたすら戸惑った。
何で私に? 他にやりたい人とかいるんじゃないの? ていうか今も週三くらいしか学校行ってないし? 冗談? でも高井先輩は真剣な顔してるし、と頭の中で色んな考えがぐるぐる巡った。
しかし、高井先輩への恩義とちょっとした好奇心が私にイエスと言わせてしまい、私は生徒会書記になる事になった。……ダメ人間の私は基本的に軽い考えで決断してしまうの! 悪い!?
2
学校生活三日目、本日も友達の収穫は無し。
……うーん、友達を作るのってこんなに難しく無かったと思うんだけどなぁ。学校生活ではチュートリアルぐらいの難易度のはずなのになんでこんなに苦戦してるんだろう。
友達の収穫は無かったけど、一つ重大な情報は入手した。なんでもクラスでは既にグループラインというものが出来てるらしい。
もちろん俺も現代に生きる若者だからスマホは持ってるし、ラインだってインストールしてる。だから誰かに招待してもらえばすぐに入れる訳だけど、その機会が中々訪れない。
クラスメイトの会話を盗み聞きした限り、まだ入ってない人はそれなりにいそうな感じだったけど、俺がこうしてる間にも続々とグループのメンバーは増えていると思われる。
その流れに乗って加入しないとヤバい事は流石に分かる。こういうのは時期を外すと最後まで入れなかったりするものだ。いずれ対策を講じないと。
そうやってクラスでの事も考えながら、今日も今日とて生徒会。
会長、副会長の両名と少し打ち解けたからか、昨日ほどの緊張は無い。むしろ二人のどちらかが居てくれたら、グループラインの相談が出来るし楽しみにすらしている。
副会長は昨日の感じだとグループラインに入ってるか微妙だな、と失礼な事を考えながら昨日と同様にノックをしてから生徒会室に入った。
「失礼します」
正直もう生徒会役員の半分は顔見知りだし、残りの二人の内一人は今日休みだと言っていたから、全く知らない人と二人きりになる状況は無いだろうと高をくくっていた。
だが予想に反して、そこにいたのは初めて見る人物だった。
美容室に行くのは面倒と言わんばかりの長髪、お世辞にも輝いてるとは言えない瞳、病弱なまでの白い肌。
名前を聞かなくても分かる、この人が昨日聞いた敷島先輩だ。
敷島先輩は生徒会室に入ってきた俺に気づいていないのか、読んでいる文庫本から目を離さずにページをめくっていた。
俺はこの人の事を一方的に知っているが、相手は俺の事を聞いているとは限らない。もし聞いていなかった場合、俺はいつの間にか部屋に侵入している不審人物だ。そのように誤解されたら、会長たちが来るまでどう対応したらいいか全くわからない。とりあえず俺個人で誤解を解くのは困難だろう。
そんな事態を防ぐためにも、とっとと自己紹介を済ませた方がいいな……。何かに集中してる人の邪魔するのは気が引けるが不審者扱いされないためにも話しかけさせてもらおう。
「え、と、すいません」
入室した時よりも、心持ち大きな声で話しかけたら今度こそ、こちらに気づいたようで本から顔を上げてくれた。
「……ッ!! ……? …………」
しかし敷島先輩はこっちを見てビクっとした後、首を傾げ、最終的には本を読む作業に戻ってしまった。
いやちょっと待って下さい! せめて何か話してくれませんか!? 勇気を出して話しかけたのにほぼ無反応は厳しいんですけど!
「あー、俺は昨日生徒会に仮入部? した藤村佳です。会長か副会長から何か聞いてませんか?」
普段ならさっきの時点で心が折れてただろうが、事前情報を聞いていたおかげで何とか耐え、めげずに話しかけた。
「…………」
そんな二度目の接触もあまり意味をなさず、敷島先輩の目を本から少し上げさせただけに終わった。
……口数が少ないとは聞いていたがここまでなのか、もはや俺の日本語が通じてないのかとすら思えてくる。ハーフとか帰国子女とは言って無かったけど、もしかしてそうだったりするのだろうか。
「mynameis藤村佳、what`syourname?」
「……」
とうとう顔すら上げてくれなくなった。うん、これが間違ってるのは分かってた。
こうなるともう、俺のコミュニケーションスキルじゃどうしようもない。流石に不審者と思われることは無くなっただろうし、大人しく誰かが来るのを待ってた方が得策か?
そう考えた直後、タイミング良く生徒会室の扉が開いた。
「おはよう諸君! 今日も元気に頑張ろう!」
……会長っていつもこんな感じの入室の仕方なんだな。もし中に誰もいなかったらどうするんだろう。
「おお! 藤村、今日も来てくれたんだな。敷島も…………敷島!?」
会長は部屋を見渡して敷島先輩を見つけると、何故か驚いた。
「……何ですか」
ここに来てやっと敷島先輩の声が聞けた。やはり日本語が通じないなんてことは無く、先程までは単純に俺が無視されてただけのようだ。
「いや、見回りした翌日は大体休むじゃないか。HPバーが赤点滅してるとか適当な言い訳して」
会長……、それでよく今日はおそらく来るだろうとか言えましたね……。
「別にいいじゃないですか、今日は……そういう気分だったんですよ」
「ああ、もしや後輩が入ってくると聞いて楽しみで仕方なかったんだな」
「……正直、実際に見るまでその事は忘れてました」
でしょうね、覚えてたら声かけた時に首傾げないだろうし。
「そ、そうなのか。まあいい、実際会ってみてどうだった? もう自己紹介などはしたのか?」
「どんな反応するかなーって思ってしばらく放置してたんですけど、あんまり面白くなかったです」
「すいませんね!」
初対面の相手に、まさかそんな試され方されてるとは思わなかった。
「ほう。良かったな藤村、君は早速敷島に気に入られたようだぞ」
俺たちの様子を見て、会長が感心した声を出す。
え? これで気にいられてるんですか? 面と向かってつまらないっていわれてるんですよ?
「不思議そうな顔をしているが本当だ。敷島が初めて会った相手に軽口を叩くなんて珍しいんだ」
はあ……、大体の人はそうな気もしますけど。
「敷島は警戒心が強くてな。最初は自分の本性を隠すため凄く他人行儀に話すか、気に入らない相手だったらハリネズミのようになる」
言動や態度がバリバリ尖ってるってことだろうか。
「だから最初からこんなにリラックスしているのは、君は警戒しなくても大丈夫な人間だと思われてるという事だな」
会長は自信満々な笑みで告げる。
なるほど。それが本当なら光栄だと思うが、会長の話を聞いてる敷島先輩の顔がそれを素直に信じさせてくれない。
「…………」
敷島先輩は会長を睨みながら、全身で適当な事を言うなとアピールしている。
「ん? どうした敷島。何か言いたいことがあるのか? ……ふんふん、私は、高井先輩が、一番、好きです、と。いやー嬉しい事を言ってくれるな!」
会長が敷島先輩の顔を見ながら、敷島先輩の心の声を代弁してくれる。
嬉しそうな会長には悪いが、その通訳は間違ってると俺でも分かる。
だって会長が話す度、敷島先輩の眉間の皺が濃くなっているし……。副会長よりも怖い顔をしてるんですけどこの人。
「……高井先輩、新入生相手にあんまり嘘を吹き込まないでください。信じられると後で困りますので」
「適当な事をいってるつもりはないんだがなぁ。現に副会長と最初に会った時なんて第一声が『死ね』だったじゃないか、あれはさすがの私も肝が冷えたぞ」
「……あれは例外です、私は不良が嫌いですので」
「藤ヶ谷の時もいきなり成金呼ばわりだったし」
「……あれも例外です、私は温室育ちが嫌いですので」
狂犬みたいな人だな! 確かにそれに比べれば俺への対応は優しいものだったよ!
「ほら、そう考えれば藤村を気に入ってると言っていいだろう」
「……まあ、あの二人よりは。見た目も弱そ……大人しそうですし、貧乏……大変な暮らしをしてそうですし」
ははーん、さてはこの人俺への第一印象を全く隠す気がないな?
「すまない、藤村。あまり気を悪くしないでくれ、敷島は初めて出来た後輩にはしゃいでるだけなんだ」
「随分と歪んだはしゃぎ方ですね!」
あ、やべ、つい口に出してしまった。
「……」
案の定、敷島先輩に睨まれてしまったし。
「まあまあ二人とも、まだまともに自己紹介もしてないんだろう? まずはそこから始めてみたらどうだろうか」
そんな俺たちの間をとりなすために会長がありがたい提案をしてくれる。
会長が脱線させ続けた話を元に戻しただけとも言う。
「……初めまして、私は敷島遥。この生徒会の中で二番目にまともな人格をしてる。……分からない事があったら何でも聞いて」
会長の言葉を聞き、敷島先輩が先にやってくれた。
俺はさっき言ったのだが、流れ的にもう一度自己紹介した方がいいのだろう。
「改めて初めまして、昨日から生徒会仮役員となった藤村佳です。これからよろしくお願いします、敷島先輩」
最初と同じように何の変哲もない自己紹介をしたんだけど、ずっと無表情か怒っていた敷島先輩が急ににやけだした。
面白い事もなにも言ってないはずなのに何故だ。
「あ、あの敷島先輩?」
「……な、なに」
「いや、何で嬉しそうなのかなって……」
「……嬉しそうになんてしてない、君の勘違いじゃないの」
言葉は厳しく聞こえるが、口元は笑ったままだ。
「そこは私が説明しよう。実は、敷島は人生で一度も後輩が出来たことが無くてな、先輩と呼ばれることに密かに憧れていたんだ」
それまで静観していた会長が、敷島先輩の感情の変化について解説してくれる。
それを聞いても敷島先輩は、さっきまでのように会長を睨んだりはせずそっぽを向くだけだった。よく見れば耳が赤い。
か、かわいい……。
会長が分かりやすいと言ってたのも納得できる。この人なんでもすぐに表情に出てしまうのか。
「……私の事はどうでもいい、これで自己紹介も終わったし、早く生徒会活動を始めませんか」
「お、照れ隠しか? 恥ずかしがらなくてもいいんだぞ敷島、君のその感情は誰しも持ち得るものだ!」
「……うっざいです、高井先輩」
必要以上にからかいすぎた会長が辛口の迎撃を受け、ずーんとへこんでしまった。
今のは会長が悪いです、ちょいちょい子供っぽいんだよなぁ。
「昨日は生徒会の説明をしてもらって終わっちゃいましたけど、今日は何か仕事あるんですか?」
しばらく復活はしなさそうだったので会長の代わりに話を進めることにした。
「……生徒会がどんな事をしてるのかは聞いた?」
「はい、一通りは」
「……その中でも優先順位は何よりも生徒からの相談。……そこでうずくまってる生徒会長の方針で」
そう言えば一番重要な活動って言ってたな。
「でも、相談はあんまり来ないって聞いたんですけど……」
「……確かに今の生徒会に悩み相談をする生徒は少ない。……それでもね、しょうもない相談は今でも来るの」
「しょうもない相談?」
「……ええ、先生の体臭がキツイからどうにかしてくれだとか、食堂のメニューを増やしてくれだとか、そういうの」
ああ、個人的な悩みは打ち明けられないが、誰にでも言える事は言ってくるわけか。
「……そんな相談でも高井先輩は大事にしたいらしいから、そういった依頼がある時はそれに応えることから始まる」
「当然だ! どんなものであろうとそれは生徒の不満、ストレスの素だ! それを解消せずに何が生徒会か!」
あ、復活した。
「さあ! 今日はもう他の役員も来ないし始めていこうか! 藤村も意見があったらどんどん言ってくれ」
「……本日の依頼は一件だけです。内容は、ねじの緩い椅子があるからどうにかして欲しい、と」
「ふむ、どこの教室だ?」
「二年一組です」
「分かった、後で空き教室から持っていこう」
「……解決ですね」
「……ああ」
そこで二人の会話は終わり、どちらも虚空を見つめ始めた。
「……生徒会活動ってこれで終わりですか!?」
無言の空間に耐えきれず、というか話し合いが予想外に早く終わりすぎて、思わず大声を出してしまう。
「いや活動は今も続けているぞ、私たちがここでこうして待機しているのも立派な生徒会活動だ!」
「……そうそう。私たちがここにいる事によって、学校で何かあってもすぐに駆けつけられるし」
腕をだらーんと下げながら言われても説得力皆無なんですが。
「それでは、私はこれから勉強をするから君たちも自由にしていてくれ」
「……私も読書に戻ろうかな」
「やっぱりもう仕事ないんですね!」
二人が自分の事をやろうし始めたので、本当にさっきのでやることなくなったのだと確信する。
「こ、こう雑用でも何でもいいのでやれることとか無いですか?」
生徒会室に来るまで考えてたグループラインの相談でもしようかと思ったが、ほんの少しでいいから生徒会らしい事を体験してみたかったのでダメ元で聞いてみた。
「……ほら、後輩がああ言ってますよ。仕事を作ってあげるのが会長の役目でしょう」
「後生だ! 勉強させてくれ! もう後輩に教わる事態は避けたいんだ!」
会長は机に広げた教科書やノートを腕で守りながら叫ぶ。
藤ヶ谷先輩に勉強教えてもらった件をまだ引きずってるのだろうか。
「……諦めて下さい、あの子あれで一般常識以外は完璧超人なんですから」
「嫌だ……、完璧超人なんて生徒会長にこそ相応しい称号じゃないか……藤ヶ谷に勝つまで私は諦めないぞ……」
「……普通の人から見たら高井先輩も十分完璧ですって、いいからほら」
敷島先輩は机を軽くたたきながら会長を催促する。
昨日も思ったけど、ここの人って会長の扱いが結構ぞんざいだよなぁ……尊敬はされてるんだろうけど。
「むう……、そうは言ってもな……四月後半から五月の間はイベントも増えて忙しくなるが、今の時期はどうにもやる事が少ないんだ」
「……だから生徒からの相談が無いと他にやる事も無くなってしまうの」
頻繁にサボっても問題ないくらいにね、と敷島先輩は呟く。
「そんな時期は各々が好きに時間をつぶすのが基本だ。役員が半分しかいない今日なんかは重要な事も決められないしな」
「気になってたんですけど、生徒会の人達が全員そろうのっていつになるんですか?」
一昨日は会長が通学路の見回り、昨日は敷島先輩と藤ヶ谷先輩、ときたら今日は副会長が見回りしてるんだろうけど、ローテーションでずっとやってたら全員がそろうなんてあるのか? と思ってしまう。
「ああ、今週は見回り強化週間だから誰かしら欠けているが、来週からはちゃんと全員出席だ。……誰かが用事もないのにサボったりしない限りな」
会長が敷島先輩の方を見ながらそう言うと、先輩は本で口元を隠しながら会長から目をそらした。
「……用事がないわけじゃありません、家に帰ったら倒さないといけないボスがいるんです」
「その言い訳が社会でも通じるとは思うなよ」
「……ソシャゲの周回っていう仕事もありますし」
「その言い訳は高校でも通じない」
どっちの言い訳も小学校ですら通じないと思います。
しかしそんなに暇なのかぁ……やる事がありすぎても億劫になるが、無さ過ぎるのもなぁ。手持ちぶさたになるし。俺も本とか持ってきとけばよかった。
「んー、そうだなぁ。新人を使いっぱしりにするみたいで気が引けるのだが、備品の買い出しに行ってみるか?」
俺が時間の潰し方に苦慮にしてるのを見かねてか、会長が仕事を提案してくれる。
「はい!」
「う、うむ。多少は嫌がるかと思ったが快諾してくれるとは。……それならせっかくだ、敷島も一緒に行ってきてもらおう」
「……え?」
自分に飛び火するとは思っていなかったのか、会長の提案に敷島先輩が困惑した声を出す。
俺としても、買い物のためだけにわざわざ敷島先輩についてきてもらうのは申し訳ないんですけど……。
「……私が行かないといけない理由が分かりません。そんなにいっぱい買う物があるわけじゃないでしょう」
「まあ入り用な物はさほど多くないが、荷物持ちは多い方がいいだろう」
「……私が荷物持ち出来ると思ってるんですか」
「それはもちろん思って無いが」
思って無いんだ。
「荷物持ちと言うのは建て前で、本当の目的は二人に交友を深めてもらうためだな。これから行動を共にする事が増えるかもしれない相手だ、早めに仲良くなって損は無いだろう?」
会長は心底嫌そうな敷島先輩の抗議を軽くいなして、強引に話を進める。
この状態の敷島先輩と二人で買い物に行っても、気まずい空間が出来て終わるだけな気がする。
その事態を避けるためにもここは敷島先輩の援護射撃をした方がいいか……?
「か、会長の言う事ももっともだと思いますけど、一緒に活動することが多くなるなら、今無理して着いてきてもらわなくてもいいんじゃないかなーって……」
年上の人に意見するなんてしたことないから、どうしても弱弱しい声が出てしまう。俺の人生基本イエスマンだったからなぁ。
「ほう、藤村は敷島と一緒に買い物したくないと! 思っていてもそんなことを言うものじゃないぞ!」
「いやっ」
「確かに敷島は取っ付きづらい所がある!」
「ちょっと」
「しかもゲームより重いものを持ったことが無いという貧弱ぶりだ! 買い物に不向きすぎる!」
「話を」
「それに頭では色々考えていても言葉足らずだから盛り上がりづらくもあるだろう!」
「は、話を……」
「だが! それでも敷島なりに」
バンッ!! と大きな音が会長の連続口激を遮る。
恐る恐る音がした方を振り返ると、敷島先輩が本を閉じてうつむいている。
「……分かりました、大人しく着いていきます。……これで、いいですね?」
「「は、はい」」
ドスの利いた声でそう告げられ、会長と二人情けない返事をする。
……さっきの、ゲームより重いものを持ったことが無い人の出せる音じゃ無かったな。
近づきがたい雰囲気をまとった敷島先輩をどうにかしてもらおうと、視線で会長に助けを求めたら儚げな目で首を振られた。
ダメだこの人! 自分で煽ったくせに怯えてる! 会長なら自分でやったことの責任くらいとってくれませんか!?
「……じゃあ会長、私たちは行ってきますので大人しく待っていてくださいね」
「はい……」
帰ったら敷島先輩に怒られてる会長が見える見える。
「……藤村、くん。行こうか」
「はいっ」
声をかけられ、俺はこれからこの人と二人で買い物に行くという現実に引き戻された。他人の心配とかしてる場合じゃなかったな……うーん、憂鬱だ。
3
コミュ障、異性、本日初対面、相手機嫌悪し。
この四つを組み合わせて出来るものってなーんだ。
「…………」
「…………」
答えは沈黙……!
案の定だよ。どうしてこうなった、とかじゃなく、なるべくしてこうなったって気持ちしかない。
こういった買い出しはいつもダイソーに行ってるらしいのだが、一番近くのダイソーは地味に遠くて歩いて十五分はかかる。つまり往復三十分、買い物の時間も含めるとそれ以上の時間がかかる。
話してたらあっという間に感じる程度の時間だけど、今は五分が数時間にも思える状態だ。果たして買い物が終わるまで俺の精神が持つだろうか。いや、持たない。
……こう、会話のきっかけさえあれば俺もある程度は話す事が出来るけど、それを自分から作るのは苦手だし、敷島先輩も得意そうではない。
しかしこんな状況に陥った以上、たとえ苦手だろうと自分でどうにかするしかない。大体ここで怖気づいてたら、クラスで友達を作るなんて夢のまた夢だしな! 気合いだ気合い!
「……あの、ごめんなさい」
行き当たりばったり、出たとこ勝負で話しかけようとしたら、敷島先輩が話しかけてきてくれた。
だけど
「……謝られるのに身に覚えがないんですけど」
高校に来てから謝罪を受けてばかりな気がするが、高校生とはそういうものなのだろうか。
「……いえ、生徒会室で大きな音を出しちゃったりとか、今も空気を悪くしちゃったりとかしてるし……」
「あー、そこら辺は全然気にしてないです」
生徒会室の事なら全面的に会長が悪いし、道中だって敷島先輩の機嫌が良かろうと今と大差ない状況になってただろうし。主に俺のコミュ力の問題で。
「……ほんとに?」
いまいち信じ切れなかったのか、不安そうに確認してくる。
「ほ、本当、ですよ」
そんな敷島先輩の上目遣いを受けた俺はどもるどもる。普段からまともに女子と話さない俺にとって、その仕草はダメージが大きすぎたようだ。
「……良かった、……勘違いさせちゃったかもしれないけど、私は別に怒ってたわけじゃなくて」
「そうなんですか?」
明らかに怒ってたように見えたんですけど……。
「……そう、高井先輩に言われたことは全部ほんとのことだから」
そうだとしても怒ってもいいように思う。会長も明らかに怒らすため言ってたし。
「じゃあ机も怒って叩いたわけじゃないんですか?」
「……あ、あれは恥ずかしくて叩いちゃっただけで。何も後輩の前でいきなりあんなこと言わなくたって……あ、やっぱり思い出したら少しむかついてきた」
赤面したり、拗ねたり、結局怒ったりと表情がころころ変わる。
その様子は見てるだけでも楽しく、数分前まで憂鬱だった気持ちはどこかへ行ってしまった。
「会長から聞いてましたけど、敷島先輩って本当にすぐ表情に出るタイプなんですね」
「……まあ、そうね。……私は考えている事を言葉にするのが下手だから、せめて表情だけでもって思って」
「確かに副会長も、無表情で死ねって言われるよりは感情豊かに死ねって言われた方が良かったかもしれませんけど」
自分なりにフォローしたつもりだが、全く意味の分からないことを言ってしまった。俺は俺で言葉にするのが下手すぎるな。
「……そ、そのことは掘り返さないで。……あれだって頭では色々考えてたの。それを集約しようとして出ちゃった言葉がそれだっただけで」
「初対面だったんですよね!?」
今度の言葉はさすがにフォローのしようが無かった。考えをまとめた結果、出た言葉が死ねって副会長が不憫すぎる。
「……うん、初対面だった。……でも私は生来不良という生き物が嫌いで、つい」
「だとしてもあの怖い副会長にいきなりそんなこと言うとか勇気ありすぎですよ」
副会長が元ヤンと知ってたのにその言葉を吐いたのだとしたら、勇気を通り越して蛮勇ですらある。
「副会長に怒られたりしませんでした?」
「……当時は私もそれを覚悟したんだけど、怒りよりも困惑が勝ったそうで何もされなかったなー」
こんな大人しそうな人に喧嘩売られるとか思ってなかっただろうし、ある意味当然か。
「……それに咄嗟に高井先輩の後ろに隠れたから殴られる心配だけは無かったから安心して」
「全然覚悟してないじゃないですか」
「……怒られる覚悟はしたけど殴られたくは無かっただけ、それに高井先輩の方が強いから問題ない」
そういう問題でもないと思う。
「ていうか会長そんなに強いんですか?」
「……うん、あの人、剣道日本一だったこともあるし、そこらのちょっと喧嘩が強いだけの男子じゃ勝てないと思う」
日本一! 武道でそこまでの成績を残せる力があるなら、大概の人間に勝てるんだろう。この前女子生徒に絡んでた人が、あっさり退いたのにも納得がいく。
なんだか生徒会での会長を見てると案外ダメっぽい所もあるように感じたけどやっぱりすごい人なんだなぁ。
「……まあ高井先輩が一番すごいのは、人をまとめ上げる力だけどね」
「確かに人を統率するのって難しそうですもんね」
能力だけじゃなく、カリスマとかも必要になってくるだろうし。
「……そう、しかも今年の生徒会役員は、揃いも揃って団体行動に向いてない人間の集まりだから余計にそう思う」
「そ、うなんですかね」
言葉に詰まる。人の事を言えたもんじゃないが、どうして副会長も敷島先輩もこんな悲観的なんだろう。
「……そう。そんな集まりだから、藤村くんも出来るなら生徒会に入らない方が、いいかも?」
冗談めかして言ってるように聞こえるが、目は本気だ。
昨日といい今日といい、ここまで言われると単純に俺に貼ってほしくないだけなんじゃないかと思う。
「副会長にも同じようなこと言われましたけど、俺の答えは変わりません。一応、今は仮役員ですけど、来月もここにいたいと思ってます」
「……そう、ならいいの。……武上先輩と同じ言葉を発したのは一生の不覚だけど気にしない事にもする」
「今でも副会長のことそんなに嫌なんですか!?」
びっくりするほど言葉に棘しかない。
「……嫌、というか合わない。たとえ元、だとしてもヤンキーやギャルみたいな人種とは対極にいる人間だし。大体更生したからと言って、だから何? って感じよね。昔したことは消えないし、結局本質はそっちなんじゃないのって感じ。それがやれ猫に傘をあげた、老人を助けたなんていっても好感度がプラスにまで戻るのは理不尽だと思う。それに」
「す、ストップ、ストップです敷島先輩!」
すごいヒートアップしてきた! ヤンキーやギャルに思うところありすきだろこの人!
さすがにこのままこの話題を続ける勇気はないし、どうにか方向転換しないと。
「ふ、副会長とのことは分かりましたけど、藤ヶ谷先輩とは今は仲良いんですか?」
「……優里とは仲良いよ。最初はちょっとすれ違ったりしたけど、今となってはそれも良い思い出と言えるし」
良かった、これで藤ヶ谷先輩ともギスギスしてたら手詰まりだった。
「成金なんて言っちゃったらすれ違うのも無理はないと思います」
「……あの、あれも違う」
「違うんですか」
「……ああ言っちゃったのは、あの娘(こ)が自分はお金持ちで幸せですよー的なオーラを出してたのが原因であって、私は悪くない」
「10対0だと思いますよ」
そこだけ聞くと、どう考えても敷島先輩しか悪くない。
「……そうだよね、優里が100%悪いよね」
「いや、さっきのは敷島先輩の過失十割って意味ですよ!?」
今の話の流れでよくそっちの意味だと思えましたね!?
「…………?」
「ちょっと何言ってるか分からない、みたいな顔されましても」
「……それよりダイソー着いたよ」
「なんかもやもやする話の切られ方!」
自信があるのか無いのか分からないなこの人。
「何買うのかは決まってるんですよね?」
とりあえず中に入り、買い物かごを手に取りながら購入予定について尋ねる。
会長からメモも何も貰ってないし、きっと敷島先輩が把握してくれてるはずだ。
「……なんとなくは」
「な、なんとなくですか」
「……うん、でもこんなの失敗したからって死ぬわけじゃないし気楽にやろう。……あ、このシール可愛い、買っていこう」
「それがいらない事は俺でも分かります!」
敷島先輩が手に取ったのは猫の形をしたシール、明らかに個人の趣味で物を選んでいる。
可愛いは可愛いが生徒会の予算で買う物では無いだろう。
「……甘いよ、藤村くん。……君は生徒会に入って何日目?」
「え、まだ二日目ですけど……」
「……そう、まだ二日目。でも私は、あなたより一ヶ月早く生徒会入りしている」
「はぁ」
「……つまりあなたより何倍も生徒会活動について詳しいと言える」
……そうかなぁ、もちろん俺よりも詳しいのは確かだろうけど。
「……その私がこのシールを必要だと感じたの。大丈夫、私を信じて」
「敷島先輩……」
なんてまっすぐな瞳……! こんな目で見られたら相手がどんな大嘘つきだろうと信じざるを得ない……!
そうか、俺なんて生徒会どころか高校にすら入ったばかり。そんな俺では思いもよらない使い道がきっとこの商品にあるのだろう。やはりこの場で買う物は、敷島先輩を信じて任せる事にしよう。
「すいません……、俺が間違ってました。俺みたいな新米が先輩を疑う事がもうおこがましかったんですね。これからは敷島先輩を信じて、どんなものでも突っ込まないようにします!」
「……分かってくれればいい。……(ちょろい)」
「? 何か言いました?」
「……気のせい気のせい、先に進もう」
敷島先輩の方から何か小さい声が聞こえた気がしたが、当人が気のせいと言うなら気のせいなのだろう。
「他はどんなものが必要なんですか?」
「……そうだね。確か、ホワイトボード用のマーカーやクリップ、ホッチキスの芯とかが切れかけてた気がする」
「主に文房具類ですね」
ここに関しては全くの疑問が無い、全部よく使いそうだなーという感想だけだ。
「……後は何か面白グッズがあったら買っていこう」
「そ、それも生徒会に必要なんですよね?」
「……うん、これは高井先輩の趣味なの。買い出しに行ったら、ついでに面白いものを買ってきて生徒会を盛り上げなさいって」
「なるほどぉ」
いまいち意味は分からないが敷島先輩が言うならそうなのだろう。
「……私はそういうセンスに自信が無いから一緒に選んでくれるとありがたいなーって」
「もちろんです! 俺も得意な訳じゃないですけど精一杯考えます!」
「……ありがとう。……(もちろん全部嘘なんだけど)」
「? また何か聞こえたような」
「……気のせいだよ」
またまた敷島先輩の方から小さい声が聞こえた気がしたが、気のせいなのか。
「……さあ、そろそろ高井先輩も待ちくたびれていだろうから、ぱっと決めて帰るとしよう」
「はい!」
よし! 気合いを入れなおして買い物再開だ!
「まさかあんなものが置いてるなんて思わなかったですねー」
「……そうだね、さすがは天下のダイソー。いつもこちらの予想を上回ってくれるみたい」
買う物を決めてから店内を十分程周り、現在俺たちは帰路へと着いている。
「それにしても、改めて見ると大量に買いましたね」
俺の両手には、様々な面白グッズが詰められた袋がぶら下がっている。
よく分からない味のお菓子、ダイソーオリジナルのボードゲーム、変わったメモ帳、作れる絵本、試験管セット、ゆで卵剥き機、etc……。
とにかく俺が目についた商品を敷島先輩に見せて、先輩がゴーサインを出すという流れを繰り返していたら、いつのまにかこんなにも膨れ上がってしまった。ちなみに敷島先輩は手ぶらだ。
中にはまさかオッケーが出るとは思って無かった物もあるのだが、どれもこれも敷島先輩のお眼鏡にかなったそうで、『……面白そう』の一言と共に買い物かごに放り込まれていった。正直、節穴だと思う。
買い物中は俺も変なテンションになっていた。しかし、冷静になった今では何故これを買ったのだろうという物が多々ある。それなのに敷島先輩はずっと微笑んでいて、ご満悦な様子だ。ここからも先輩のセンスが少々イカれてるのが窺える。いや、選んだのは俺だから何も言う資格はないんだけども。
「……うん、これだけあったら高井先輩もきっと喜んでくれるよ。ふふ、良い買い物をしたなぁ」
「本当に喜んでくれるんですよね?」
自分の手元にある商品たちを見ると、とてもそんな自信は持てない。
「……もちろん、それより大体買い出しがどんな風なのかは分かった?」
「そういえば元々の目的はそれでしたね」
面白グッズを探すのに躍起になってすっかり忘れていた。
「多分、大丈夫です。何が足りないかを聞いて、それを買ってきて、最後に領収書を渡すって感じですよね?」
「……そう、領収書を貰う以外は普通の買い物と一緒だね」
ふむ、これだけなら何も難しいことは無いし、次からは1人で行けるだろう。
……領収書とか人生で初めて貰ったから何か大人になった気分だ。
「……話は変わるけど、藤村くんはアニメとか見たりする?」
新しい自分に少し浸っていると、前を歩いている敷島先輩がこちらを見ないまま尋ねてきた。
今日初めて、敷島先輩の方から質問してもらえたな。俺に興味を持ってもらえたみたいでなんだか嬉しい。
「はい、そこそこ見ますよ」
中学の頃は家に早く帰りすぎてやることが無く、良い暇つぶしは無いかと探していたら出会ったのが深夜アニメである。
手軽に楽しめて、お金もかからず、気づけば時間が経っている最高の娯楽だ! と見始めた当初は大いにテンションが上がったものだ。その時の名残で、今も帰ったら録画していたアニメを見るのが習慣となっているため、その界隈には詳しいと言っても良い。
……いや待て、なんだか勝手に深夜アニメの事だと思ったが、もしかして違う可能性もあるか? これが普通に、眼鏡をかけた小学生探偵やネコ型ロボットの話だったら、途中で話がかみ合わなくなりそうだし確認しとくか。
「いや、すいません。そのアニメって、どんな系統のアニメの事ですか?」
「……アニメと言っても色々あるもんね。私が言ってるのは萌えやグロがはびこる深夜アニメの方だよ」
「はびこるて」
他に言い方は無かったのだろうか。
「まあ、俺が見るのもその深夜アニメですよ」
「……やっぱり、君を一目見た時から同類の匂いがしてたんだけど、私の見立てに間違いは無かったみたい」
「褒められて無い事は分かります」
つまり俺の第一印象をまとめると、弱そうで貧乏なオタクだと思われてたということになる。何も間違ってないのが悔しい。
「……まあまあ、褒めてはないけど別に貶してるわけでもないんだし。……それよりね、私は初めてこういう話が出来る知り合いが出来て嬉しいの」
「確かに生徒会の人達は深夜アニメとか見なさそうですもんね」
スポーツマンっぽい会長、元ヤンの副会長、話に聞くお嬢さまの先輩、この面子にオタク話を振るのは難易度が高そうだ。
「でも初めてって……、クラスメイトに1人くらいこっち系の話出来る人いるんじゃないですか?」
ちょっとした疑問を口にした途端、敷島先輩が急に立ち止まった。
あ、なんとなく分かる。これは地雷を踏んでしまったやつだ。
「……クラスメイト、ね。藤村くん、シマウマとライオンが友達になると思う? つまりはそういうことなの……」
「捕食関係にあるレベルなんですね……」
常に命を狙われてるとか生きづらすぎる。
「ま、まあ俺もオタク話出来る友達いないんで、敷島先輩とそういう話が出来て嬉しいです!」
「……そう? それなら良かった。私もネットの中には同士がいっぱいいるけど、たまにはリアルでも話したくなるんだよね」
早々にクラスメイトの話題を切り上げアニメの話に戻すと、敷島先輩は再び歩き出しながら、何故この話を始めたのか教えてくれる。
「リアルとネットじゃ、感想を言い合うにしても感じ方が違ったりしますしね」
「……そうなの。だからね、生徒会室では恥ずかしくて否定しちゃったけど、私は君が生徒会に来てくれて嬉しいと思ってる」
「先輩……」
「……君みたいな根暗っぽくて友達がいなさそうな子が来てくれて本当に良かった」
「大きなお世話ですよ!」
同種の人間が来て安心したってだけじゃないですか。一瞬感動した自分が馬鹿みたいだ。
「……藤村くんはどんな種類のアニメをよく見るの?」
「話の流れが強引ですね……。俺は主にハーレム系とかバトル系ですかねぇ」
「……あ、私もそこら辺よく見るよ。ハーレム系は女の子が可愛いくて癒されるし、バトル系は残酷に死ぬモブをクラスメイトに見立てたらすっきりするし」
「そうです……って納得しかけましたけど、何ですかその病的な楽しみ方」
前半は理解できるが、後半部分は俺の理解の範疇を越えている。少なくとも俺はそんな風に見たことは無い。
「……やらないの? 友達がいないのに?」
「やりませんし、友達がいないって決めつけるのもやめてくれません?」
「……じゃあいるの?」
「……いるといったら嘘になりますけど」
目をそらしながらそう言うと、敷島先輩は勝ち誇ったように笑う。
「……うん、良かった。……でもおかしいね、皆そういう風に見てるって思ってたんだけど」
「少数派だと思いますよ」
「……そんなことないよ、某掲示板では賛同してくれる人多いし」
「そうなんですか!?」
どうしてだろう、皆そんなに人間関係に疲れてるのか? それにしても後ろ向きな楽しみ方だな……。
「……もちろん全部のアニメをそう見てるわけじゃないよ?」
病んだ人間の多さに引き気味みなっていたのが伝わったのか、敷島先輩が弁明してくる。
うんまあ、一部でもそういう見方をしてればアウトだと思う。
「そうですね、その言い訳を聞く前に敷島先輩の好きなアニメを教えてください」
「……言い訳って、まあいいよ……教えてあげる。……パッと思いつくのは、○撃の巨人、○nother、○ルフェンリート、○ルシング……」
「やっぱり先輩病んでますって!」
今のラインナップではもうどんな言い訳しようと取り繕いようがない。
「……何、藤村くんはグロアニメ否定派なの」
俺のリアクションが気に入らなかったのか、むっとしながら聞いてくる。
「いや、先輩が挙げた作品自体は俺も見てましたし好きですよ」
確かにグロいのは苦手だけど、どれもただグロいだけじゃなく内容が面白いものばかりだ。それなので作品を否定するつもりはさらさらない。
「ただ! さっきの先輩の発言の後にそんな血の気が多いアニメを挙げられたら純粋にアニメを楽しんでるとは思えないんですよ!」
絶対に血を見てストレス発散してるだろこの人。
「……いやだなぁ、そんなことないよ? ちゃんと純粋に楽しんでる、純粋に人が死ぬのを見て楽しんでる」
「虚ろな目をして言わないで下さい、怖いです」
現実でハイライトが無い瞳とか初めて見たよ。
敷島先輩って前髪も目にかかってる程度には長いから、そんな目をされると余計に雰囲気と言うか迫力が出るし。
「……ふぅ、大丈夫だよ。冗談だから」
「どこからが冗談だったんですか」
「……ちなみに私が最初に見たアニメは○目友人帳」
「……うってかわって平和ですね」
「……早く貴志くんをいじめてた奴らが、痛い目に遭わないかなって思ってシリーズを追ってるの」
「着眼点がおかしい」
「……今のが私も穏やかなアニメを見てるってアピールだったんだけど、どう?」
「余計猟奇さが浮き彫りになりましたね!」
ハイライトも戻ってないし!
「……ふふ、やっぱり同じ趣味を持ってる人との話って楽しいね」
敷島先輩は突然、今までの暗い顔が嘘のように笑いだす。
ここにきて初めて先輩の明るい表情を見て、改めて敷島先輩の可愛さとそんな先輩と二人きりな状況を再認識し口ごもってしまう。
そんな顔されたら、こっちはどんな声かけたらいいか分からなくなるじゃないですか。でも、いつの間にか校門も目の前に見えてるし、少しくらい無言でもいいだろうか。
そうして返事出来ずにいると、敷島先輩が俺の顔を覗き込んできた。
「……私は男子も女子も苦手なんだけど、君とは仲良くやっていけそうな気がするよ。……これからよろしくね」
「……こちらこそ、これからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
そういってお互いに笑いあう。
アニメで繋がる絆もある。そう思うと、自室で鬱屈としていたあの日々も無駄ではなかったように思えてきて、また少し前向きになれた。
ちなみに生徒会室に帰って会長に買ってきたものを見せたら、『こんなの生徒会で使うわけないだろう! 常識で考えろ!』と怒られました。…………騙された!
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