第2話 鵜の真似をする烏

 中学校を卒業し、無事に高校に入学した(元から目指していたランクより一つ上、後から目指し始めた高校より一つ下、という何とも自分らしい結果)俺は、見事に高校デビューに失敗していた。

 今日は入学式、目の前では級友たちが今日知り合ったばかりの友達とぎこちない会話をしながら下校したり、中学から一緒の友達と盛り上がりながら下校したりと実に入学式らしい風景が広がっている。

 さらによくよく観察してみれば、いきなりラブコメムードに突入している男女なんかもいた。おいおいおい、何がどうなったら入学式初日からそんな甘酸っぱい空気を周りにまき散らせるんだ。

 あれか? 入学式前にちょっとしたハプニングでもあったか?そして同じクラスになって運命感じちゃいましたとかか?

 羨ましいねぇおい、……その幸福少しで良いからこっちにも分けて下さい!

 こんな感じでこれからの楽しい未来の予感に目を輝かせている若き男女の集団の中で、俺は独り妄想に妄想を重ねて、勝手に嫉妬に狂ったりしている。どうしてこうなった。

 ……ああ、桜がきれいだなぁ。

 さて現実逃避はやめにして、何が悪かったのか振り返ってみよう。

 しかし振り返るとは言っても、たかだかここ数時間の出来事。心当たりを思い出すのは一瞬だ。

 まずは昨日の夜だ、昨日の夜は春休み中に読んでいた『友達を作る10の方法』や『人の輪に入れる会話術』などのコミュニケーション本を読み返していた。

 そして気が付けば空が白んでいた。これが最初のつまずきだろう、改めて考えたら俺は何をしていたんだと思う。

 その寝不足の状態のまま迎えた始業式、高校生活最初のイベントを寝て過ごすのは嫌だったので、必死に睡魔と闘いながら校長や生徒会長の話を聞いていた。その時の顔がよほど不機嫌に見えてしまったのか、周りから話しかけられることは一切なかった。

 考えられる二つ目の失敗はこれだろう。いっそ始業式は寝て過ごし、それを会話のネタにした方が良かったかもしれない。……いや、それをネタにするコミュ力は多分俺に無いな。

 気を取り直し三度目の失敗。なんとか始業式を乗り越え、それぞれ割り振られたクラスに移動した後、担任が来るまで少し時間が空いた。

空き時間が出来た教室では新しい環境に馴染もうと、クラスメイト達が席の近い相手に自己紹介しあったりしていた。

 俺ももちろんその流れに乗るため、まだ誰とも話していなかった前の席の男子に話しかけた。確か、『初めまして、俺の名前は藤村佳(ふじむらけい)。これからよろしく』みたいな何の変哲もない自己紹介をしたと思う。

 これの何が失敗かと言うと、お互い自己紹介をした後は一切話題がなかったことだ。

 色んなコミュニケーションに関する本を読んできてどんな状況にも対応できると思ってたが、そんな自信は一瞬で打ち砕かれた。

 なんかもうあれだ、いろいろ考えすぎた。相手にどうやったら良く思われるだろうとか考えていたら何も言葉が出てこなくなっていた。中学生の頃の周りに何と思われようとどうでもよかった時の方が人とスムーズに話せた気がする。

 相手も相手であまりコミュニケーションが得意ではなさそうで、軽く話を振っても膨らむことが無かった。まあ天気の話というあまりにベタだが返しに困る話題を振った俺が悪いが。コミュニケーション本を読んだ成果が一切出ていない。

 そんなこんなで結局最初のホームルームが終わる段階になっても、俺が距離を縮められたクラスメイトは誰もいなかった。こんな状態で誰か下校に誘っても、一緒に帰って噂とかされると恥ずかしいし……と言われること必至。そもそも絶対に話題が持たずに気まずい雰囲気になるに決まっていた。

 そう考えた結果が、この桜舞い散る中独りで下校することに繋がった。

 何が悪かったのかを考えたが、何もかもが自分が悪く、まさに自業自得と言うほかに無かった……。

 ああ、人とのコミュニケーションがこんなに難しいと思って無かった。イメトレと実践では天と地ほどの差があった。

 昔ってどうやって人と話してたんだ? 中学生の頃はともかく小学生の頃は普通に友達いたし、割といろんな人と何も考えず会話出来てたんだがなあ……。

 しかしまだ一日目、まだ一日目だ。初日にちょっとつまずこうが、明日から頑張ればきっと挽回出来ると信じよう。そのためにも話が膨らみそうな話題を考えなければ。

「きゃぁっ」

 そうして明日出す話題は何にしようかと頭を巡らせていたら、曲がり角の向こうから小さな悲鳴が聞こえた。

 とっさに物陰に隠れ、悲鳴がした方をのぞき込む。するとそこには俺がこれから通う高校の制服をきた男子生徒が、同じ制服の女子生徒の手首をつかみ壁に押さえつけている場面があった。

 女子生徒の方は涙ぐみながらか弱い抵抗をしているが、男子生徒の力にかなわずあまり身動きが取れなくなっていた。

 今日は本当に何もいいことが起きなさそうだな……。

 たった15年しか生きていないが、良い出来事は連続して起こらずに、悪い出来事ばかり連続して起こってしまうというのは今までの経験上知っていた。知っていても世の中に理不尽を感じる事は変わらないのだが。

 ああ、ああ、ああ、何でこんな場面に出くわしちゃったんだ俺は。

 楽しそうな同級生たちの中、独りでいるのが居心地悪くて人どおりの少ない道を選んだのが原因なんだろうけど、だからといってこれは無いんじゃないか。

 今この場で一番ついてないのは絡まれている女子生徒だけど、俺も中々に運がない。

 さあどうしようか……。逃げる事は、出来る。まだあっちの二人とも俺に気づいて無さそうだし、このまま見て見ぬふりして違う道で帰ればいいだけの話だ。

 そうさ、そもそも絡まれているように見えるだけで本当は二人とも知り合いでじゃれているだけかもしれない。だったらここで下手に割り込むよりも何もしないのが一番なんじゃないのか。

 そう考えたらこのまま家に帰っても罪悪感など感じず、数日したら今日の事なんて気にしすらしなくなるだろう。

 そしてその経験を通して、きっと俺はまた俺の事が嫌いになる。

 人間は危機的状況でこそ本性が現れるという。こんな所を見て、自分に言い訳しながらとっとと帰路についたら、俺の本性は正真正銘のクズだ。

パっと助けに入れず、物陰でうだうだ悩んでいる時点でダメ人間な事に変わりはないが。

 ……こんな時、あいつならどうするだろう。

 きっと後先の事も考えて、少し怖がりながらも、一も二もなく助けに入るんだろうなあ。

 意識して見始めたのは中三の夏から卒業までの半年間だったが、そういうことをする人間だと自信を持って言える。

 そんな人間に憧れている俺のするべきことはなんだ、……そんなことは決まっている。いや最初から決まっていた。自分の性根のせいで動けなかっただけだ。

 そんな自分を変えたいと思った。憧れに近づきたいと思った。じゃあ今こそ動き始める時なんだ。

 長い葛藤の中、ようやく覚悟を決めた俺は物陰から鈍間な一歩目を踏み出した。

「え! ええ~と、な、何をしてるんですか」

 ……葛藤に打ち勝ち、自分を変えるべき状況で出た言葉がこれだとは何とも情けない。

 まあよく考えれば、クラスメイト相手にすら上手く話せない俺がこんな時に上手い言葉や行動を示せるはずもなかった。

 さらに言うと踏み入ったのは良いが、この後どうしようかとか全く考えておらず手詰まり状態だ。とりあえず相手の反応を待つしかない。

そして、目を泳がせながらコミュ障抜群で会話に入ってきた不審者に二人ともぽかんとしていたが、まず男子生徒の方が言葉を返してきた。

「何っつうかお前が何なんだよ。いきなり割って入ってきて」

「………」

 男子生徒はそういいながらこちらを睨み付けて、女子生徒は何も言わず半泣きでこちらを見ていた。

 さて本当にどうしよう、……いやまずは会話だ。

 相手も人間、きっと心を込めて対話すればこちらの事を分かってくれるし、この場もなんとかおさまったりするかもしれない!

「な、何と言いますか、まあ通りすがりの者で、ちょっと穏やかじゃない雰囲気が漂ってたから声をかけた次第でして」

 何とか言葉を絞り出したが、この言葉で分かってもらえるのは俺の弱弱しい人間性だけだろう。

 その証拠に女子生徒は独りで絡まれてた時よりも不安そうな表情になっていたし、男子生徒はこちらを小馬鹿にしたような笑みになっていた。

「はっ、関係ないやつならそのままどっかった方がいいぞ。喧嘩が強そうにもみえねえし、痛い目見たくはねえだろ」

 男子生徒は笑いながら忠告する。

 関わるつもりなら暴力も辞さない、と暗に告げてきた。

 言われた通り俺は喧嘩が強くない。そもそも人を殴ったことなど片手で数えれるほどだと思う。

 対して相手はがたいが良い。何かスポーツをやっているのか、それとも格闘技をやっているのか、素人の俺には判断がつかないが少なくとも殴り掛かられたら確実に負ける事は分かる。

 殴られたら怪我するのかなぁ、するんだろうなぁ。最後に大きな怪我したのなんてもはや思い出せないくらい昔の話で、最近は怪我も病気もない健康体だったし余計に痛みを感じそうだ。    

 …………でも、ここで退く選択肢は無い。

 俺が殴られている間に女子生徒が逃げられれば最高だし、近いうちに誰かここを通りかかる可能性だって捨てきれない。さすがにそうなったらこの男子生徒も諦めて帰るだろう。

 俺が怪我をすることと、明日からこの男子生徒に目を付けられそうって事に目を瞑ればまあ上々だ。明日からの事は明日からの俺が何とかするだろう。

後先考えて、鈍間な一歩目を踏み出した時点で一応こうなる覚悟もしていた。

 ……覚悟は済んでいる、後はせめて最後くらいカッコいい言葉を吐いて殴られようか。

「おいおい、遠藤。今年もその悪癖は治らなかったのか」

 さあいざ、と声を出そうとした瞬間に後ろから女の人の声が聞こえた。

 俺も男子生徒も女子生徒も新たに現れた人物に目を向けた。

「ちっ、高井か」

 知り合いだったのか男子生徒(遠藤?)が忌々し気に女の人の名前を吐き捨てた。

 黒髪ショート、勝気な瞳、自信に満ち溢れた表情、そして高井と言う名前。

顔を見た瞬間は出てこなかったが、完全に思い出した。確かフルネームは高井静(たかいしずか)。今朝、壇上であいさつしていた生徒会長だ。

「いきなり舌打ちとはご挨拶だな、せっかくお前の暴挙を止めてやったというのに」

「余計なお世話なんだよ、引っ込んでろ」

「引っ込むのはお前の方だろう。女生徒への強引なナンパに男生徒への暴行未遂、今以上に現場がエスカレートするなら停学待ったなしだぞ」

 二人は知り合いとはいってもあまり仲は良くないようで、俺と女子生徒を置いたまま遠慮のない言い合いをし始めた。

「もうお互いに三年だ、受験勉強も本格化してくる。ストレスがたまるのは分かるが、そのストレスのはけ口に無関係な人間を巻き込むんじゃない。今なら見逃してやるからとっとと帰れ」

「あいかわらずむかつくなぁ、その上から目線聞けなくしてやりたくなってくる」

「……見逃してやるといったんだ、三度目は無いぞ」

 二人の間に険悪な雰囲気が漂い始める。

 そのまましばらくにらみ合いを続けていたが、意外な事に先に男の方が折れた。

「ちっ」

 そして最後にもう一度舌打ちをして男が去っていった。

 ……よ、よかったー。何とか平和なまま終わってくれた。あー、緊張が解けたら足が震えてきた気がする。まさか入学初日からこんなハプニングが起こるとは思ってもみなかった。

 こんな時のテンプレとして女子生徒に『大丈夫?怪我はない?』とか言ってみたいが、最終的に助けたの俺じゃないし、足が震えてるしで全くカッコつかない。足の震えだけでも早くなおしたい。

「二人とも、勝手に話を進めてしまってすまない。あまり大事にすると、二人があの男に逆恨みされかねないのでああ言ってしまったが、納得してもらえるだろうか?」

 俺たちが少し落ち着てきたのを見計らって、生徒会長が申し訳なさそうに話を切り出してきた。

「だ、大丈夫です。私としてもあまり大事になって、悪目立ちするのは避けたかったですし、むしろちょうどよかったといいますか……。と、ともかくお二人とも助けていただいてありがとうございました」

 絡まれていた女子生徒が恐縮して、俺と生徒会長にぺこぺこと頭を下げる。

 ここにきて初めて声が聞けたな。おとなしそうな見た目通り、あまり気は強くなさそうだ。

「俺としてもさっきの人に逆恨みされて、これからの学校生活を怯えて過ごすなっても嫌でしたし、ああいう風に場を納めて頂いてすごくありがたかったです」

 女子生徒に続いて、俺も生徒会長に頭を下げながら言葉を返す。

 あのままだと確実に俺は殴られてただろうし、生徒会長には感謝の念しかない。生徒会長様々だ。

「そこまで感謝されるほどの事はしていないさ。私はこれでも生徒会長だからな、 これくらいは当然の責務だ。……あの男はひどく女癖が悪い事で有名でな、学校に在籍しているものは大抵そのことを知っているため、あまり近寄らない。だから君のような新入生を標的にして、さっきのような行動をとるんだ。我が校は荒れてはいないが、ああいった輩も存在するのでな、あまり女生徒が人気のない道を一人で歩くのはお勧めしない」

 生徒会長が人差し指を立てながら、女子生徒にちょっとした注意を促す。

 まあ、結構長い間ここにいるのに全然人が通らないからな。そういった奴からすれば、絶好の場所というわけか。

 ていうかこの娘(こ)新入生ってことは俺と同級生なのか。ちゃんと助けられなかった手前、廊下とかですれ違ったらなんか気まずくなりそうだなぁ。

「す、すみません。気を付けます……。」

「いや、謝る事ではないんだ。こちらこそ同級生の不始末を改めて謝罪させてほしい、すまなかった。……今日は怖い思いをして疲れただろう、早く家に帰って休むといい。そして明日からの学校生活は、ぜひ楽しんでいってほしい」

「はい、ありがとうございます。……それではまた」

 最後に女子生徒は笑顔で礼を言い、再度俺と生徒会長に一礼ずつして歩いていった。

 うーん……、律儀で丁寧な娘だったけど、結果的に何もしてない俺にまであんなかしこまられると心苦しいな……。

 しかしそれよりもそんな娘に対し、一言も発さず、軽く手を振るしかできなかった自分のコミュ障ぶりが一番心を締め付けてくる。アドリブに弱すぎて、これから生きていけるか不安になってくるなこれは。

 ともかく、ともかくだ。脳内反省会は後にするとして、そろそろ俺も生徒会長に軽く礼を言って帰るとしよう。

「では生徒会長、助けていただいて本当にありがとうござました。そろそろ俺も帰ります」

「いや、ちょっと待ってくれ。時間があるならでいいんだが、君には少し話したいことがあるんだ」

「え?」

 まさか呼び止められるとは思っておらず、何か考える前につい声が出てしまった。

 いや、しかし本当に何で呼び止められたんだ?

 もしかして、知らない内に何か粗相を働いてしまってたのか。もしくは一目ぼれをしたので付き合ってほしい、とか言われちゃったりなんかしちゃったりして……!

 まあ、そんなことがあるわけない。誰かに一目ぼれされる容姿ならこんな性格になってないし。

 とりあえず時間は有り余ってるし内容も気になるので話を聞いてみよう。

「話したいことって何ですか?」

「良かった、聞いてくれるか。まず、本題に入る前に一つ謝らなければならないことがある。……実は先ほど君たちが絡まれている時、私は君があの場を最初に目撃した時から君のすぐ後ろにいたんだ」

 生徒会長は、先ほどと同じように申し訳なさそうな顔で、懺悔でもするかのように話し出した。

 そして俺はその言葉をゆっくりと咀嚼し、少ししてから意味を飲み込んだ。

 なるほど。要するに本当はあの娘をもっと早く助けることが出来た上に、俺があの場面を見てもすぐに助けに入らずうだうだしてたのも見てたってことか……。

 少し遅くなったとしても助けてくれたわけだし俺としては後者の方が重要だ、なんていうかその、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 迷わず助けに入る所を見られていたならともかく、あんなに悩んでいた所を見られていたのは恥ずかしすぎてヤバい。

 いや、でも悩んだ上に立ち去ったりはしなかったからまだましだろうか……。いやいや、何々よりはましとか考えるから俺はダメなんだ。どちらにせよ情けない部分を見られたという事実は変わらない。

「本当に申し訳ない。本来なら君には怖い思いをさせずに彼女を助けることも出来たのだが、君の行動に興味が出たんだ」

 返事に窮していると俺のその無言を怒っていると捉えたのか、申し訳なさそうな顔のまま会長は話を続けた。

「あの場を見て、しばらく考え込んでいる様子の君がどうするのか見たかった。立ち去るのか、それとも助けに入るのか。そして助けに入った場合はぜひ勧誘したいと思った。ここからが本題になるのだが、君に、生徒会に入ってほしい」

 申し訳なさそうな顔から一転、実にキラキラした眼で会長は本題を告げてきた。

 久しぶりの人との会話の上、急展開が続く。……そろそろ頭がついていかなくなりそうだ。

「い、いやちょっと待って下さい。聞きたいことは色々あるんですけど、まず俺は今日入学したばっかの新入生です。そんな奴が生徒会に入るなんてできるんですか?」

「我が校の生徒会は少し特殊でな、生徒会長は生徒による投票で決められるが、他の役職は生徒会長による指名制となっている。ただ全学年からそれぞれ一名以上は指名せよとの制限はあるがな。まあ逆にその条件さえ満たせば誰を選んでも良いというわけだ」

 生徒が選んだ会長の選んだ役員なら文句あるまい、という事だろうか。

「でも一年から選ぶときはもっと時間をかけて選ぶものなんじゃないですか?」

「そうだな、確かに歴代の生徒会は庶務以外の役員を2、3年生で先に固めて、最後に数か月かけて一年の役員を選んでいた。だが私は運が良い、こんなに早く最後の役員候補が見つかるとは!」

 むっふー、と胸に手を当てどや顔で語る生徒会長。

 ここですぐに断りますとか言ったら凄い落ち込みそうだな……。

「まあ生徒会に入るかどうかは置いておいて、何で俺なんですか?……さっきのを最初から見てたらとても入れたいと思えないと思うんですけど」

 すぐに助けに行かず、助けに行ってもかみまくりのビビりまくり。そんな人間をここで勧誘するより、今までの人達と同じように数か月かけて他の人材を探した方が有意義に思える。

「ふむ、そういえば君を勧誘する具体的な理由はまだ言っていなかったな。私は、私が作る生徒会はある共通点を持っている者で固めているんだ」

「共通点?」

「そうだ。端的に言うと自分を変える勇気を持っている者に入ってもらっている」

 自分を変える勇気。それは俺が昔から欲しくて、だけど持っていないものだった。

「さっき、彼女が絡まれている所を見てきっと君は怖いと思ったのだろう。だけどそこで逃げ出すのではなく、悩んで、悩んで、出した答えは彼女を助けることだった。私は君のその人間性を好ましく思う」

「……でも俺みたいなのより凄いやつはいっぱいいますよ、さっきみたいなことがあった時に反射的に飛び出せる奴の方がよっぽど生徒会に向いてると思います」

「んー、普通の生徒会ならそうかもしれないな。でも言っただろう、自分を変える勇気を持っている者と。君が今言ったような者は強い人間だ、自分を変える必要性もあまりないだろう。私は自分の弱さを知りつつ、そんな自分と向き合っている者とこそ一緒に働きたい」

「自分の弱さ……」

 確かにそれは知っている、俺の弱さは俺が誰よりも知っていると言っても過言ではない。だから、そんな自分を変えたいといつも思っていた。

「そう、実を言うと私も弱い人間でね、自分を変えたいと思っている。だからこそ同じような人達と一緒に頑張っていきたいと思ったんだ」

 照れ笑いながら会長は自分の気持ちを伝えてきた。

「ああ、もうこんな時間か。長い事付き合わせてしまって悪かった。私が君に話したかった事は以上だが、君は他に何か聞きたいことはあるか?」

「そうですね……、では最後に一つだけ。会長は何で生徒会に入ったんですか?」

「私か? 私はまあ、さっき言ったとおりだよ。自分を変えたくて入った。私は生徒会をやり切ったら、それが自分の強さの糧になると信じている。……改めて宣言すると酷く自分勝手な理由で恥ずかしいな」

「……なるほど、ありがとうございます。生徒会の件は少し考えさせてください、いつまでに答えを出せばいいでしょう?」

「考えてくれるか! じゃあ返事は一ヶ月以内で、興味があるようなら生徒会室に来てくれ。土日以外は基本的に活動している。もちろん、見学だけでも構わない」

「分かりました」

 一ヶ月、随分と待ってくれるんだな。

「俺はそろそろ帰る事にします、今日は本当にありがとうございました」

「私は君に責められこそすれ、お礼を言われるようなことはしていない。むしろこちらこそ話を聞いてくれてありがとう。できれば色よい返事を期待している。」

 最後に俺は会長に一礼し、会長も一礼を返してきた。

 お互いに頭を上げたタイミングで俺は会長に背を向け自宅へと歩き出す。その足は自然と早足になっていった。今の俺の顔を、会長に見られないように。

 話していて思った。会長は憧れ(あ)の(い)人(つ)に似ている。

 自信満々に見えるのに内心、自分の事を認められないでいるような所。そんな自分を変えるため弛まず努力をしている所。

 少ししか話していないが、そんな内面がこちらに伝わってきた。

 その人に自分の行動が認められた。その人に矮小な勇気を褒めてもらえた。その人に一緒に頑張っていってほしいと言ってもらえた。


 ――――ああ、泣きそうだ。 


 さっき殴られそうになった時の比ではない程、感情が揺さぶられている。会話中は何とか我慢していたが、別れると同時に抑制が効かなくなってきた。

 多分今の俺は涙ぐみなりながら、にやけているというとても気持ち悪い顔をしている。

 人に認めてもらえた経験や褒めてもらえた経験が乏しかったため今まで知らなかったが、どうやら俺と言う人間は、怒られたりするよりもそっちの方が泣きそうになるらしい。

 早く帰ろう、会長に限らず誰にもこんな顔を見られたくはない。そして帰ったら感情の赴くままに喜ぼう。一通り感情を吐き出したら自惚れないように自制する。

 ……自分でも分かっている、会長はたまたま(・・・・)俺が変わろうとした瞬間を見ただけだ。普段の俺を見たら幻滅するかもしれない。

 人の本質は簡単に変わらない。自分が一番大切で、他人を中々認められず、だけど変わるのが億劫で、そんな自分が何より嫌い、俺のそんな根っこの部分はまだ変わっていない。

 だから明日からはちゃんと調子に乗らず、自分を変える努力をする。憧れに、少しでも近づくために。

 まあ、だったらやる事は決まってる。さっきは考えさせてくれなんて言ったけど答えなんて最初から出てたんだ。ついつい何でも先延ばしにするのも俺の悪い癖の一つだな。これも変えていかないと。

 明日から大変だ。新しい勉強、友達作り、生徒会活動。どれも簡単にはこなせないだろう、だけど不思議と心は軽く、むしろ胸が躍っている。

そう思えるようになった自分に驚き、また少し嬉しくなった。

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