神官長殺人事件6
一通り犯行現場を見て回った後は、館の一階に戻ってきた。
「それで小僧、次はどうする」
あくまでも動くのは氷室の意志で、を貫くつもりのようだ。
「そうだな……。できれば神官長の死因が知りたい」
死んだという事実は知っているが、その理由はまだわかっていない。
ヴェルヌが言うには他殺で間違いないようだが、一応自分でも確かめる必要があるだろう。
「だがおそらくはもう埋葬されているだろう。死体を見ることはできないぞ」
そういうが、その口元は笑みの形にゆがんでいた。
氷室を試しているのだろう。
おそらくはヴェルヌと同じ考えだろうことを口にする。
「だったら埋葬したやつに話を聞けばいい」
ヴェルヌがニヤリと笑う。
どうやら正解だったようだ。
「ならば教会だな」
◇
ヴェルヌに連れられてやって来たのは、館から少し離れたところにある教会だった。
それほど大きくはなく二十人も入れば満員になるだろう。
そんな教会内に、今は10人ほどの人影があった。
どこからか荘厳な調べが響き、参列する者たちは皆一様に黒いローブを身にまとっている。
頭を深く垂れて、なにかを祈っているようだった。
日本の葬式のように故人の写真を飾るということはないらしい。
かわりに勇猛な姿をした女性の絵が掛けられている。
真っ黒な剣を掲げなにかの檄を発している姿は、現代でいうところのジャンヌダルクを連想させた。
「あれが神官長、ってわけじゃないよな」
「あれは魔王の肖像画だ。死後は魔王の元に転生する、というが奴らの信仰だからな」
異世界でも死者に祈りを捧げるという行為に代わりはないんだなと、氷室はなんとなく達観した気持ちでそれを眺めていた。
そんな氷室の横を、シスター風の女性たちが通り過ぎていった。
白を基調としたその姿は、頭を垂れる黒いローブ姿の者たちとは対照的だ。
彼女らが来たことで教会内の雰囲気が険悪になるのを感じた。
「あの人たちは?」
「女神派のシスター共だ。
この世界には二つの宗派があることは前に言ったな。
死後魔王の身許に転生し再び仕えることができるという魔王派と、死後女神の身許に転移し再び生を得ることができるという女神派だ。奴らはその女神派だよ」
「魔王派の教会にも女神派が来るんだな」
「女神様の正しい教えを説き、女神の身許へ転移するようにわざわざ祈りに来てくださる恥知らずの偽善者どもだからな。魔王の元に転生するよう願っているのに、それを横から奪って女神の元に転移するよう願ってくれるらしいぞ」
ヴェルヌにしてはずいぶんと辛辣な物言いだった。
「ヴェルヌは魔王派なんだっけか」
「あえて表現するならばそうなるな」
「はっきりしない言い方だな」
「死後に魔王の許へ転生するなんてのは迷信であると知っているからな」
今この場にその魔王の身許へ転生することを願う者たちがいるというのに、まったく意に介することなく言い放った。
さすがに心配になったものの、周りの者たちが気を悪くした様子はない。
むしろシスターたちの方が眉をひそめたくらいだ。
ヴェルヌは偽善者などと蔑んでいたが、彼女らの方がよほど人として普通なのではないかと氷室は思った。
「まあ奴らの話はあとでいい。先に本来の目的を済ませるぞ。おいガーベイン」
ヴェルヌがローブの集団に声をかけると、その中の一人が振り返った。
すぐにヴェルヌの前にまで来て片膝をつく。
「これはヴェルヌ様。お越しいただいていたことにも気がつかずに、申し訳ありません」
氷室にも聞き覚えのある生真面目な声だった。
「気にするな。こっちが急に来たのだからな」
「寛大なお言葉感謝します。それでどのような御用でしょうか」
「用があるのは我ではない、こっちの小僧だ」
「……は?」
ここまで呼んでおきながら急に氷室に話題を振ってきた。
あくまでも氷室に行動させる、というよりは単に困らせて楽しんでいるだけなのではないだろうか。
ヴェルヌならあり得る話だなと氷室は心の中で嘆息した。
「あー、ええと。神官長の死因を知りたいんだけど……」
ガーベインの視線が鋭く氷室を射抜く。
警戒を通り越して、明らかに敵意のある目だった。
なにが気に入らないのかわからないが、よほど嫌われているらしい。
ヴェルヌはニヤニヤと成り行きを見守っている。
ヴェルヌのせいでこんな状況になっているのに、こいつはそれを楽しんでいやがる。さすがの氷室も腹が立ってきた。
こいつのおかげで面倒なことになっているんだ。多少は無茶を言わせてもらおう。
「ヴェルヌの指示で例の事件について調べているところなんだよ」
ガーベインはヴェルヌに心酔しているように見えた。
ヴェルヌの名前を出せば断れないだろう。
それに嘘を言っているわけでもないから、なにも問題はない。
ガーベインがちらりとヴェルヌに視線を向ける。
ヴェルヌは小さな笑みを浮かべていた。
「小僧の言うとおりだ。訳あって同行させている」
「了解しました。ヴェルヌ様のお連れということでしたら問題ありません。ここではなんですので、こちらへどうぞ」
予想通りヴェルヌの一言であっさりと同意した。
ガーベインの案内に従って二階に上がる。
一階よりもさらに狭い部屋で、一応はテーブルとイスがあるものの、どちらかというと倉庫のようだった。
「散らかった部屋で申し訳ありません」
「我がそういうことを気にしないのは知っているだろう」
「寛大なお心に感謝いたします」
ガーベインが恭しく頭を下げる。
このままではいつまでも話が進まなそうだったので、氷室が口を開いた。
「神官長の死因についてなんだけど、どうやって殺されたんだ」
あのとき現場は血の海だった。
きっと相当強力なスキルを使ったのだろう。
ならばその死因を知ることでスキルを特定する手がかりになるはず。
「喉を切り裂いたとか、やっぱりそういう感じなのか?」
そう考えていた氷室だったが、ガーベインが答えたのは意外な事実だった。
「いいえ、神官長に外傷はひとつもありませんでした」
「えっ、外傷がない? 現場は血の海だったけど」
「強制召喚は高度な魔法です。魔法に失敗すれば魔力が逆流し、体内がボロボロになります。残されていた血はそのときに吐き出したものでしょう」
「つまり死因は強制召喚の失敗によるものだと」
「おそらくは。しかし、神官長はこの街でも有数の魔法の使い手。しかもこの召喚は半年以上も前から準備をしておりました。まさに万全の状態で行われたもの。失敗は考えられません」
「ということは、何者かが召喚を妨害した……?」
「間違いないでしょう。そしてそれは女神派以外に考えられません。我らの悲願を邪魔しようとしたのです。なんて卑劣な奴らなのでしょう……!」
それまで生真面目な態度を崩さなかったガーベインが珍しく感情を露わにした。
氷室はふと疑問に思ったことを口に出す。
「なあ、少し聞きたいんだが、その召喚を妨害するってのは難しいことなのか?」
ガーベインの目が鋭く氷室を見据えた。
考えてみれば、走りながらだったとはいえ一度氷室の声は聞いているはず。
さすがにバレたかもしれない、と体を固くさせた。
「よい。答えてやれ」
「はっ」
ヴェルヌの一言でガーベインの視線が元に戻る。
どうやら本当に心酔しているようだ。
「強制召喚は、女神が持つスキル<転移>を模した魔法であるため、非常に高度です。一度発動したら止めることはできないでしょう」
「それでも無理矢理止めたらどうなるんだ」
「異なる世界をつなぐということ自体が、本来あり得ないことです。さらには特定の個人だけに対象を限定させなければなりません。暴走すれば予定になかったものまで転移させるでしょう。もしも世界の一部を丸ごと入れ替えるような事態になったら、世界の崩壊がはじまってもおかしくありません」
「めちゃくちゃヤバいじゃないか……」
「だからこそ神官長は何重にもプロテクトをかけていました。たとえ自分が命を落としたとしても、召喚自体は成功するように。失敗は100%……いえ、120%あり得なかった」
ガーベインがはっきりと断言した。
氷室も心の中でうなずく。
結果的に氷室はこうして召喚されている。
妨害が難しいというのは本当なのだろう。
「そういえば神官長が死んだとき、男たちがすぐ部屋にやってきた……と聞いたんだが、それも理由があったのか」
「女神派の妨害は予想されていました。なので神官長の部下が別室に待機して、常に魔法の様子を監視していたのです。そのときに魔力の異常な逆流を感知したため、駆けつけたところ殺されていたということでした」
神官長は何重にもプロテクトをかけ、周囲には部下も待機していた。にも関わらず犯行は起きた。
「てことは犯人は相当な実力者ってことか」
「そうなるでしょう」
しかも魔法の暴走による世界崩壊の危機すら意に介さない精神の持ち主ということになる。
よほどの自信家か、よほどのサイコパスなんだろう。
「一応念のために聞くんだが、召喚対象を後から変えるってことは難しいんだよな。例えば暴走して世界が消滅しそうになったとき、それを後から変えて消滅を回避するみたいな」
「この街でも有数の実力者が半年もかけて入念に調整した魔法を、後から横入りしたあげくに一瞬で書き換えるなんて芸当ができるとしたら可能です。ですが、現実的にいってそれは不可能でしょう」
ガーベインがわずかに表情をしかめて答える。
魔法のことはわからないが、どうやら神官長を侮辱する内容だったらしい。
それにしても、生真面目で冷静なように見えて、中身は仲間のために怒れる熱い男のようだ。
「神官長を襲う卑劣な輩には制裁を加えねばなりません。微力ながらお手伝いいたします。ご用があれば何なりとお申し付けください」
ガーベインがどこまでも生真面目に頭を下げた。
◇
教会の小部屋を後にながら、氷室はガーベインとの会話について考えていた。
人は歩くと脳が活性化され、通常よりも色々なことが考えられるようになるという。
氷室もまた同じで、歩いているうちにいくつかの疑問点が浮かんできた。
その中でもっとも根本的な問題点がこれだった。
「そもそも俺はなんで召喚されたんだ」
勇者を召喚するというのならわかる。
この街で優位に立つための戦力がほしかったんだろう。
しかし氷室の能力は普通の高校生であり、スキルもなんの役にも立ちそうにないものだ。
わざわざ召喚する理由がわからない。
それに。
神官長は召喚魔法の失敗で死んだという。
だが氷室は召喚されている。召喚魔法は成功しているのだ。
「神官長がなぜ強制召喚を行ったのかは明白だ。小僧が考えているように、戦力がほしかったのだろう。元からそのつもりで召喚魔法の準備をしているという話も聞いてはいたからな」
「でも俺なんかなんの役にも立たないぞ」
「理由の推察はできるが、考えても明確な答えは出ないだろうな」
「俺を召喚したのは、あの倒れてた人で間違いないんだよな」
「それは間違いない。魔力紋が奴のものだったし、そもそも強制召喚は非常に高位の魔法だ。魔力紋を見なくとも、あれを使える人物は限定できる」
「だが、その人は殺されていた。
……いや、違うんだったな。召喚を止めようとした結果、魔力が暴走して神官長は命を落とした。殺人が目的じゃない。妨害が目的なんだ。その結果神官長は運悪く死んでしまった。つまりこの事件は、殺人事件じゃない別のなにかとして考えるべきってことか」
となるとやっぱり疑問は最初に戻る。
そこを知ることがこの事件を解く鍵になるはずだ。
「一応聞くけど、召喚には自分の命を生け贄に捧げるとか、そういうことじゃないよな?」
「もちろんそれはない。そうだとしたら、真犯人は存在しないことになるだろう。奴を殺した犯人は存在する。それを見つけるのが小僧の役目だ」
召喚を止めるのが目的だったのなら、それは失敗したことになる。
氷室はこうして転移してきたのだから。
だったら氷室も殺すべきではなかったのか。
犯人は、召喚者を殺せば召喚は止まると思ったのだろうか。
ということは、氷室が生きている今の状況は犯人にとって望ましくないものである。
どうせ一人殺したんだ。今更もう一人殺しても変わらないのではないだろうか。
……。
「なあ、もうひとつ聞いていいか。ヴェルヌって強いのか?」
恐る恐るたずねた問いに、ヴェルヌは目を丸くすると、大声で笑いはじめた。
「我が強いか、だと? この我にそれを問うか? クハハハハハッ、やはり小僧は面白い! 貴様といると退屈しないな!」
「そんなに笑うことないだろ。あんたのこと知らないんだからしょうがないじゃないか」
「ククク……。それもそうだな。いや、笑ってすまなかった。小僧の心配もわかる。だから我も正直に答えよう。今の我にはなんの力もない。もし真犯人に襲われても守ってやることはできないからそのつもりでいろ」
予想外の答えに、氷室は一瞬言葉を失ってしまった。
「強いんじゃないのかよ……。さんざん思わせぶりな態度をとって魔人だとか神だとかいってるから、てっきりそういうもんだと思ってたんだが」
「昔は我も強かったのだがな。今ではその力のほとんどを失ってしまった。過去の栄光というやつだ」
その割には死神の力を解放しただけで死にそうになったけどな、といおうとして、氷室は口をつぐんだ。
それは自分が弱いことの証明にしかならない。
「ククク。賢明な判断だな」
「うるせー、人の心を読むな。
それより、ちょうどあの人たちが来てるのなら、この機会に話を聞いておきたい。一応今のところ一番の犯人候補だからな」
「ほう。誰だ」
「決まってるだろ。女神派のシスターたちだよ」
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