神官長殺人事件5

「いいぞ。その通りだ。それは重要な事実だ。召喚される直前まで生きていたのに、召喚が完了したときには死んでいた。殺されたとしたらそのときだ」


 いわゆる死亡推定時間というやつがこれでわかったことになる。

 とはいえ……。


「……この世界でアリバイって意味あるのか?」


「状況証拠のひとつにはなる。空間を超えて攻撃することは不可能ではないが、簡単でもない。しかも今回は魔力紋がなく、周囲に攻撃の痕跡もない。それができる者は限られるだろう。そういった力を持たず、アリバイもあるのなら、犯人である可能性は低い」


「それでも低いだけなのか……」


 それだけ状況証拠がそろえばほぼシロといってもいいと思うのだが。

 どうすれば真犯人なんて見つけられるのか。考えれば考えるほどわからなくなっていく。


「そういえば、この世界には二つの力があるっていってたよな。ひとつが魔法だとして、もうひとつのスキルって奴は何なんだ」


「ほう、だんだん頭が回るようになってきたな」


「こっちは命がかかってるんだ。さっきからずっと死にものぐるいだよ」


「真犯人に誤算があるとしたら、小僧が思っていたほど無能ではなかったことだな。

 さてスキルの話だったな。これは前に一度説明したか。この世界に住む命ある者なら必ず一人ひとつだけ持つ能力のことだ。

 魔法のように修練が必要なく、生まれたときから手足を動かすように使いこなすことができる。そして魔力を使わない。つまり魔力紋を残さないということだ」


「それじゃあスキルを使われたらわからないってことか」


「そうだ。そして同時に、それこそが動かない証拠となる。

 魔法は修練すれば誰でも使えるようになるが、スキルは二つと同じものは存在しない。この犯行は特定のスキルでなければ成立しない、と証明することができれば、そいつが犯人であるという動かない証拠になる」


「ヴェルヌのスキルは何なんだ?」


「悪いが教えられない。スキルはいわば切り札のようなものだからな。他人に教えたりはしないものだ」


「じゃあ、どうやって真犯人を見つけるんだよ」


 スキルがわからなければ、証明のしようがない。


「決まってるだろう。使用されたスキルを特定し、それを持つ犯人を見つける。それが小僧のやるべきことだ」


 簡単にいわれて、氷室は暗澹たる気持ちになった。

 そんなこと簡単にはできないだろう。


「くそっ、本当にろくでもないな。

 そういえば、俺のスキルはどんなやつなんだ。一度だけなんか変な感じになったけど」


 たずねると、ヴェルヌは思い出し笑いをするようにクツクツと喉を鳴らした。


「あれは傑作だったな。なかなか見れるものではないレアなスキルだ。とはいえ、そうだな。どう説明したものか……」


 少し考え込むと、氷室に向けて言い放った。


「ふむ。やはり気が変わった。小僧を上の奴らに引き渡すとしよう」


「……は?」


 いきなりいわれて間の抜けた声を漏らす。

 ヴェルヌは楽しげに口元を歪めていた。


「状況から考えて小僧以外に犯行は不可能だ。ならば貴様しかいないだろう」


「なっ、ち、違うっていってるだろ! 本当に俺が【犯人じゃない】んだ!」


 叫んだ瞬間に違和感を感じた。


「なんだ、今のは……?」


 最後の言葉だけがやけに大きく聞こえたというか、そこだけがなぜだか強く印象に残っていた。


「それだ。それが小僧のスキル。自分の主張を強調して伝えるスキル、とでもいうか。それとも、大切なことを二度言わなくてもいいスキル、という方が小僧にはわかりやすいか?

 名前を付けるなら<強調表示(オーバーライト)>といったところか」


「俺のスキル……<強調表示(オーバーライト)>……」


 氷室も異世界系の話はいくつか知っている。

 だからスキルについてもある程度は知識があった。

 チートスキルで無双したり、不遇とされているが実は有能スキルで成り上がったり、そういった作品は数多く見てきたのだ。


 だからスキルに対してはちょっとあこがれがあった。

 異世界に転移した自分がもしこんなスキルを手に入れたら、なんて妄想したことだって一度や二度ではない。


 だからこそわかってしまう。

 ヴェルヌが堪えきれないように笑い声を大きくさせていく。


「いやいや、我も多くのスキルを見てきたが、ここまでのゴミスキルは初めてだ! なんの役に立つのか見当もつかん! 小僧はよほど運に見放されているようだな! いや、この場合は女神かな? クハハハハハッ!!」


 伝えたいことがあるならそう言えばいい。大切なことなら二度言えばいい。氷室のスキルは、スキルがなくてもできることなのだ。


「そのスキルさえあれば注文が聞き取れなくてもう一度たずねられることがなくなるぞ。良かったではないか。あはははははははははは!!」


 腹を抱えて笑い転げるヴェルヌを見て、氷室は憮然とした表情になるのを抑えられなかった。


「あーお腹が痛い。こんなに笑ったのは何年ぶりか。笑いすぎて死んだら小僧のせいだからな」


「知るかよ。勝手に死んでろ」


 思わず口が悪くなってしまう。


 ヴェルヌが笑い終わるのを待つあいだ、氷室も自分なりに部屋の中を調べていた。

 なにしろ自分の命がかかっているのだ。

 ヴェルヌにはどこか胡散臭い空気が漂っているため信用しきれない。


 しかし結果的にわかったことは、自分には何もわからないということだった。


 床の魔法陣が何であるかなんてわからないし、魔力紋などと言われたところで何も感じられない。

 男の死体はすでになく、床に残された赤い染みだけが唯一の痕跡だ。


 結局何一つわからない。


 ヴェルヌの言うとおり、状況証拠を積み重ねて論理的に推理していくしかないのだろう。

 そして同時に、その状況証拠すらも信用できないことに気がついた。

 なにしろ証拠のほとんどがヴェルヌから聞いた話なのだ。

 確実だといえることは、自分の目で見たことだけ。


「どうした小僧、難しい顔をして。なにを悩んでいる」


「ひとつ聞きたい。ヴェルヌはどうして俺に協力してくれるんだ」


 ヴェルヌが言うには、この部屋には魔力紋は残っていなかったという。

 だが氷室にそれを確かめる方法はない。嘘をつかれたら見抜けないのだ。

 ヴェルヌが妖しげに笑みを深める。


「決まってるだろう。その方が面白そうだからな。次はどうやって我を笑わせてくれるのか楽しみだ」


 ニヤニヤとした表情で答える。

 その顔を氷室は真正面からにらみ返した。


「ヴェルヌが俺に協力する目的は何だ。【本気で答えてくれ】」


 氷室は意識して<強調表示(オーバーライト)>を発動させた。

 ヴェルヌの説明の通り、一度理解してしまえば自分の手足のように扱うことができた。


 問われたヴェルヌが、ほう、と感心したように唸る。


「そうやって強調されれば嫌でも耳を傾けざるを得ない。普通に聞くよりかはマシかもな。ゴミスキルも使いようということか。その努力に免じて我も真面目に答えてやろう」


「いつもは不真面目に言ってるみたいに聞こえるんだが」


「ククク……。さて、どうだろうな。ところで我の目的だったな。確かに小僧には伝えていなかったか。おおかた、我が小僧を騙しているのではと疑っているのだろう」


「相変わらずお見通しかよ。心が読める魔法でも使えるのか」


「なあに、ただの年の功というやつさ」


「ヴェルヌは俺を利用してこの事件を解き明かしたいんだろ。だったらせいぜい俺にあんたを信用させてくれよ」


「いいだろう。目的は殺された神官長の仇討ち、といいたいところだが、わけあって我は人の死に特別な感情を感じない。生も死も我にとっては大差がないからな」


「なんだよそりゃ。サイコパスじゃねえか」


「それは我の死生観の問題だ。小僧に協力するのはもっと実利的な理由がある。

 そのためには、まず知ってもらわないといけないことがある。この世界には魔法とスキルがあると言ったな。だが実はもう一つ能力がある。それが種族固有の特殊能力だ」


 氷室は思わず顔をしかめた。


「その二つだけでも頭が痛いのに、まだあるってのかよ」


「なに、大したものではない。

 たとえばドラゴンは火のブレスを吐ける。人魚は水中でも呼吸ができ、その歌には人を惑わせる力がある。信仰を糧とする天使族は無限の寿命を持つし、悪魔は感情を貪り食う。それはスキルでも魔法でもない。種族として生まれたときから持っている力だ」


「……なるほど。確かにそうかもな」


 コウモリは退化した目の代わりに超音波の反射でものを見る。それは魔法ではなく、進化の過程で獲得した生物的特性にすぎない。

 それが異世界ではドラゴンだったり天使だったりするということなのだろう。


「重要なのは、種としての特殊能力は遺伝するということだ。小僧も気づいているだろうが私は生粋の人間ではない。悪魔と死神の血を引いている」


「……は?」


「父が悪魔で、母が死神と人間のハーフだった。だから我は悪魔のハーフであり、死神と人間のクォーターというわけだ」


「いくらなんでも種族がバラバラすぎだろ。そんなんで子供が作れるのかよ……」


「実際あるのだから仕方ないだろう。小僧とはじめに会ったとき、我に怯えていたのもこの力だ」


 その瞬間、ヴェルヌの体から冷たい気配が漂ってきた。

 死そのものとしか思えない濃密な気配が氷室の心臓を鷲掴みにする。冷や汗がだらだらとこぼれ落ちはじめた。

 恐怖に立っていられなくなり、崩れるようにひざを地面に突く。


 その様子を見て、ヴェルヌが気配を解いた。

 同時に冷たい気配も消える。


「とまあ、こういうわけだ。これが死神の力。魂を刈り取る力だ」


「くっ……、今のを食らい続けていると、魂を奪われていたって訳か」


 未だ冷や汗の残る体で立ち上がる。


「いいや、せいぜい気を失う程度だ。もちろん、我の命を狙う刺客だったらそのあいだに首を切ることもできるが。しかし命を奪うことはできても、魂を奪うことはできない。その二つは別物だからな」


「ヴェルヌはまともじゃないと思っていたが、なんかそのほうが納得できるわ」


「小僧の受け入れの早さは数少ない美点だな」


「受け入れるもなにも、目の前で見せられたら信じるしかないだろ……」


「我は魂を刈り取る死神と、感情を食う悪魔の力を持っているというわけだ。そうなるとどうなるか。刈り取った魂を取り込むことができる魂食いの魔人。それが我だ。そしてそれこそが我の目的でもある。真犯人の魂を刈り取り、食べるのだよ」


「食いたいなら勝手に食えばいいだろ」


「そうしたいが、そうはいかない。魂は誰でも刈り取れるわけではないからな。心が弱ると魂に隙ができる。その瞬間こそ魂を刈り取れる絶好の機会だ。

 だからこそ小僧の力がいる。我が真犯人を見つけたとしても、誰も驚かないだろう。あいつなら見つけて当然、と思われているからな」


「ずいぶんな自信だな」


「事実だからな。我は死神の血を引く魔人。つまり神に近い存在であるということだ」


 そういって笑うヴェルヌがどこまで本気なのかわからない。


 しかし、日本でならともかく、この世界で神といわれたら微妙に信じられてしまうのも本当だった。

 自分ですらスキルが使えるし、修行すれば魔法という奇跡すら使えるようになってしまうという。

 日本にだって八百万もの神がいるっていうし、異世界では神というのは特別でもなんでもないのかもしれない。


「だが小僧は違う。この世界に来たばかりで何もわからず、魔法も使えない上に、スキルまでゴミときている。およそ考え得る中で最悪の無能者だ。そして他の誰よりも真犯人がそのことを知っている。まさか小僧に出し抜かれるわけがない、と信じ切っているのだ」


「なんでそんなことわかるんだよ」


 氷室の問いかけに、ヴェルヌはニヤリと笑った。





 あまりにも簡単にいわれたので、氷室はその意味が分からなかった。

 しばらくしてようやく驚きがやってくる。


「……は? だ、誰だよそれは! わかってるなら教えてくれ!」


「ククク、いっただろう。これは我が解決しても意味がない。誰よりも無能である小僧が解決することに意味があるのだ」


「んなこといっても、魔法もスキルもある世界じゃ、何でもありすぎてどう考えてもわかるわけないだろ。そういうヴェルヌこそ魔法かなにかで調べたんだろ?」


「そうでもない。ここまでの情報から仮定と推論を重ね、論理的に考えれば自ずと答えはでる。もっとも、小僧にわからなくても無理はない。我に見えているものと貴様に見えているものは違うからな。立場が違えば見えるものも違うというやつだ。貴様はまだ元の世界の常識に囚われている」


 氷室は反論しようとしたが、無意味なことだと気がついて結局口を閉ざした。

 ヴェルヌがそういうのならそうなのだろう。そこについては議論のしようがない。

 だから別のことを口にする。


「……別に俺が見つける必要はないだろ。犯人が誰か分かっているのならこっそり教えてくれよ。バレるわけないんだし、いいじゃないか」


「ダメだ。小僧にはわからないだろうが、これは本当に絶好の機会だ。おそらくこの先百年はこんなチャンスはやって来ないだろう。

 我が助言すれば真犯人に気づかれるかもしれない。そうなれば衝撃も減り、魂の隙も小さくなる。今はそんなわずかな可能性も増やしたくない」


「でもここにくる手助けはしてくれたじゃないか」


「さすがにそこまで小僧一人では無理だからな。最低限のことはしてやろう。失敗しては元も子もない。答えを教えることはできないが、答えを探す手助けくらいならしてやるさ。

 だが、あくまでも貴様が考え、貴様が行動しろ。この世界の底辺に住む小僧だけの力で奴の鼻をへし折ってやれ。魔法も使えずゴミスキルしかない小僧よりもさらに劣っているのだと突きつけるんだ」


 ヴェルヌの口元が裂けそうなほどに歪む。


「そうなれば奴のプライドはズタズタに引き裂かれ、魂の矜持は地に落ちるだろう。……ククク、そのとき奴がどんな屈辱にまみれた表情を見せてくれるのか、実に楽しみだなあ」


 そういって愉悦まみれの邪悪な笑みを浮かべる。

 なるほどこれは悪魔の血を引いているなと、氷室は一人で納得した。

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