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 茅島さんの指し示したお姉ちゃんとやらを抱えながら、五十田先生は泣いていた。

 お姉ちゃん……

 正確には、彼女が授業で使うデータが入っていると言っていた、超大型のデスクトップコンピューター。そこにコードで繋がれた十分に大きな子機が、ベッドに寝かされていた。

 それを彼女は……。

 そんなものを、ずっとお姉ちゃんと、何の躊躇いもなく呼んでいた五十田先生のことを、少しも理解ができなくなった。電子音声も、備え付けられたスピーカーから聞こえてくる。それが余計に不気味だった。

 確かにこれだけ大掛かりなものだ。移送するのはほぼ不可能に近い。ボトルシップを、そのまま取り出そうとするようなものだ。分解するにも、姉を一時的に殺すみたいで嫌だったのだろうか。

 理解はできないけれども、気持ちはわかる。何が彼女をそうさせたのかは知らないが、辛い現実から逃げるために、そういう人格、人工知能というのだろうか、それを作成して心の拠り所にしていたのだろう。

 五十田沙也華。

 あなただったなんて、私は信じたくなかったけれど……

「では、あなたの犯行を全部一から説明してあげます」

 茅島さんは得意げに、五十田沙也華に声を浴びせる。

「まずホームレスを『メンテナンスしてやる』などと吹き込んで買収します。火薬を詰め込んだ腕に換装させる。これを以後凶器とします。そして望ましいパーツを持つ被害者の情報ですが、これは情報屋から買った。まあ、これだけ人口ですから、探せばいくらでもいるでしょうけど。その凶器を用いて、順調にあなたは目標を爆破していった。手口としては、時間を指定して、ターゲットとホームレスを接触させる。腕でも掴んで連れ出してこいなんて頼んだんでしょうが、それでうまくいくわけはありませんね。その証左として言い争いに発展している場面が見られますが、基本的には時間になったら起爆という原則をあなたは徹底してきた。これは時限式だというミスリードを誘うことにも繋がって、おいしい手口ですね。監視カメラはあなたの機能で、いくらでもスイッチが落とせますし、鍵のかかったドアでさえも開けられますし、ドローンも操作できます。火薬は強力で証拠も残さない、完璧と言ってもいいくらいの犯行でした」

「……うるさい……」

「これが崩れたのが、私を殺そうとしたホテル。手口は同じでしたが、私の機能への対策に閃光弾を炊くようホームレスに指示しましたが、通用しなかった。爆破までは見届けましたが、ドローンを飛ばしても爆心地にパーツが落ちていないことに、面食らったのかも知れません。自分とは関係ない容疑者が挙がったことは幸いでしたが、土堀さんに確証を抱かせたのは、転落の始まりでしたね。スーパーでもいつものようにターゲットを殺そうとしましたが、土堀の電波妨害の所為で、時刻が大幅にずれ込んだだけでなく、現場に近づかなければ、起爆も出来なかった。その結果、路地裏にコソコソ隠れているのを見つかってしまい、容疑者にされてしまいました。このとき回収したパーツは、どこかの誰も来ないような屋上にでも置いておいたのかも知れませんね。警察に持っていることがバレると、途端に犯人逮捕となってしまいますから。そんなものの回収は、いつでも良いんですが、あなたにはさっき言った通り、急ぐ理由があった。引っ越しです。期日は、まあ、お姉ちゃんの人格を搭載する作業時間も含めて、今日だったのでしょう。いつもなら夜遅くに活動はしませんが、その日は違った。警察署も爆破しましたね」

「…………」

「警察署は、カムフラージュかも知れません。土堀を消すことが最大の目的だったのかも知れません。だって、予め、取調室にも爆薬を設置していましたから。小さな爆弾なので、見つかる可能性は薄い。見つかろうがさして問題でもないですし。まあ、あなたの考えていることはよくわかりませんから、推測はこれくらいにしますが、あなたはとにかく、警察署を襲った。手口は同じ。だけど今度は妨害もなく、時刻どおりに離れた位置から速やかに起爆できた。土堀を消せなかったのは、誤算だったんでしょうが、まあ、そんなにうまくいくはずもないですよ」

「…………」

「そして、彩佳を襲った。大学でのことから説明しましょう。これはおそらく保険だったんでしょう。私をあわよくば殺せたら良いなという保険か、誰かに追求された時に速やかに殺せる保険か。どちらでも良いんですが、今回は私を殺すのに使われました。あなたが私達を見ていたのは、少し離れた隣のビル。大学は窓で囲まれていますから、丸見えですね。部室にあった爆弾を、すぐに爆発させなかったのは、おそらく遠すぎたから。先に彩佳が見つけてしまったから、私を殺すには距離が足りなかった。それで、私達を確実に処理できる非常階段に誘導したかったんでしょうが、失敗しました。精密女がいたから」

 物を投げるジェスチャーをする茅島さん。

「彩佳の部屋を襲撃したときも、似たような手口でした。彼女を捉えていた爆弾は本物ですが、本命は私を殺すために仕掛けてある爆弾。詳しくは調べていませんが、彩佳の部屋の窓や、隣の空き部屋には設置してあったのでしょう。ですが、あなたの目的は最初から私。そんな類の罠があると思い、私は彩佳の端末を使って、精密女と演算女に連絡を入れました。土堀さんを連れて彩佳の家まで戻ってきて、と。彼女たちはまだレンタカーを返却していませんでしたし、土堀さんも大きな怪我はありませんでした。本当は精密検査に行かなければいけなかったんですけど、久喜宮刑事に頼んで誤魔化してもらいました。彼女らが来るまでの間に、私は彩佳に端末を渡して連絡が入るまで待っておくように伝えて、大家さんのところに向かいました。彼女は良い人で、無条件に私の頼みも聞いてくれました。彩佳の部屋の電源を落としてほしい、と。操作パネルの使い方を教えて貰いましたから、準備は万全です。あとは、あなたの知っている通り。到着と同時に演算女が私のところまで来ましたから、落とすタイミングを説明して彩佳への連絡も委ねた。停電が起きて、彩佳は六階から飛び降り、精密女に掴んでもらって一命をとりとめた」

「…………なんだよ、それ」

「次は下方さんのホテルですが、まあ説明することもないでしょう。期日に間に合わないことを焦ったあなたは、強攻策に出た。私を呼び出して、下方さんのホテルに潜伏しました。従業員は、その時は少数でしたから、纏めておくのにさして労力も必要ありません。下方さんだけは、違う場所に閉じ込めたのでしょう。いまだ発見されませんが、殺していない限りは、あのホテルの何処かにいるはずです。地下とか、そのあたりでしょうか。隣の旧館は、予め爆弾を仕掛けてありました。誰も入ってきませんし、取り壊しの予定もない。バレることはありません。この街ではそういう物件、多いですから」

「…………」

「さ、何があなたをそうさせたのか。一連の事件の動機。それは目の前のお姉ちゃん。彼女に新しい、自由に歩ける身体を用意してあげたかったし、そうしないとそのパソコンは中身ごと破棄せざるを得ない。持ち運ぶにはあまりに大きすぎますし、運搬時の損傷も考えられますから、分解もしたくない。あまり見られたくもないものですから、引っ越し業者に頼むという選択肢もなかった。というか、そもそもこれにはガタが来ていた。あなたはそれを病気だと認知しているんでしょうが、単なる経年劣化です。もう先は、長くなかったんでしょうね。それと、彩佳」

「はい……」

「向こうの部屋には、何があった?」

 私が先にチェックを頼まれた、奥の部屋。

 今なら、そこがどういう部屋だったのか、理解できた。

「男物の着替えと、タンスと……ベッドの上に同じ型のデスクトップコンピューターが寝かせてありました。でも……本体が、ボコボコにへこんでいて、近くには固い棒がありました。それで……殴っていたんだと思いますけど」

「それが、あなたの父親なんですか? 五十田沙也華さん」

 彼女は何も答えない。

 床に座って、俯いたまま、お姉ちゃんを抱きしめている。

「父親でも、兄でも彼氏でも、どうだって良いんですけど、なにか憎悪をぶつけているみたいですね。私の知り得た限りの話では、詳しいことはわかりませんけれど、それにもきっと、お姉ちゃんと同じような人工知能が搭載されているんでしょう。つまり憎むべき相手をわざわざ作り上げているんですけど、それはどういった理由があるんですか? 五十田沙也華さん」

「…………」

「しらばっくれても、ここまで状況が揃ってるんじゃ、もうあなた以外に犯人は存在しないんですよ。なんならその鞄と、部屋中を探したって良い。爆弾の一つくらい見つかるはずです」

 そこまで言われて、

 五十田沙也華は、お姉ちゃんを置いて、立ち上がった。

 そんな目は、初めて見る。

 人を殺す時の表情は、これに近いのだろう。

「…………茅島さん、あなた、命知らずなの? そこまでわかっておきながら、なんで無力な女子大生二人でのこのこやってきたの? 精密女や演算女は? いえ、なんで警察に言わないの?」

「あのふたりは、警察への状況説明でいません。警察からは、正式に依頼がありました。あなたを交渉してくれって。警察では、もはやあなたは止められません。久喜宮刑事は、それを一番わかっています。要するに、私が相手ですよ、五十田沙也華、先生?」

「…………なら、他言しないようにここで殺しておくのが、もっとも安全じゃない」

「その前に、さっきの質問に答えてくださいよ。あの奥の部屋のコンピューターは、なに?」

「…………父親だよ。そうさ、あいつは…………私が……わたしが作った、人工知能……なんだ。そんなこと……わたしが一番、よく知ってるんだ……。あいつがいつも、早く帰ってこいって煩かった。生前、ずっとそうだったんだ。あいつは、お母さんを殺してなお、のうのうと生きてやがった。死ぬまでわたしに迷惑をかけながら、死んでいったんだ……。だから……殴らないと、気が済まないじゃない。だって、わたしは耐え忍んだだけで、何の報酬もなかったから……。父親の人工知能を組んだのは、単に殴りたかった。殴れば、過去も改変されるなんて、どこかで信じてたんだ。あいつのやったことに制裁を加えていけば、嫌だった出来事も払拭されるって……でもそんなわけなかった。だから、あいつを置いて、出ていこうと思っていた。お姉ちゃんと、二人で……」

「お姉ちゃんを組んだのは、どうしてですか? 姉が居たんですか?」

「いないよ! わたしに姉なんて…………いない。でも、辛い現実を、肩代わりしてくれるひとが、ずっと欲しかった……そう、姉のような存在に憧れていた。年上の女性。母が殺されたからそう思っていたんだ……。その時から心には、お姉ちゃんがいた。お姉ちゃんは、わたしを見守っていてくれた。人工知能を組もうと思ったのは、その後……」

「どうして、爆殺してまで人からパーツを奪ったんですか」

「お金がなかった……。爆弾なんかよりも、ずっと値が張るんだよ。機械化能力に用いられるパーツが高いの、あんたも知ってるでしょ。授業で使えるのは、安価な代替え品だけだよ……」

「そうなの。私の憶測、どの程度正解でしたか?」

「遊んでんのかよお前……遊んでんじゃないよこんなことで! ああそうだよ! ほぼ正解だよ! だからどうしたっていうんだ! わたしが観念するとでも思ってるのか!?」

「言いましたよね、私、交渉しに来たって」

 突如、茅島さんが、

 近くにおいてあった鉄パイプで、

 勢いをつけて、

『お姉ちゃん』を殴った。

 炸裂。

 強固な外装なんて嘘みたいに、衝撃を与えてしまえば脆いものだった。

「お、お姉ちゃん!」

 駆け寄る五十田沙也華に、茅島さんがうっすらと笑みを浮かべて囁いた。

「目が、覚めました?」

「お前………………許さないから…………」

 本気だ。

 五十田沙也華は、拳を固く握りしめている。

 圧に負けて、私は五歩ほど後ろに下がってしまう。

「殺してやる……ここから生きて返さないから…………醜く殺してやる…………お前だけは…………お前だけは……」

「ええ、どうぞ。やってみてください」茅島さんが、屈んで靴紐を結びながら言った。顔を上げて、正面から犯人を見据えた。「でも、あなたが踏みにじった多数の命を前にしても、そんなこと言えるわけ?」

「言える! 言えるわよ! だって、お姉ちゃんより大切なものなんて…………ないんだから!」

 その言葉を聞いて、

 茅島さんは心底の哀れみを向けた。

「は。良いでしょう。では、私が代表して、あなたを制圧します。覚悟は良いですか?」

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