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 電話。

「…………」

『加賀谷さん? 私だ。医師だ』

「…………知っています」

『どうした? まあいい。変わった手がかりが見つかったんだ。ちょっと茅島ふくみに代わってくれないか?』

「……いません。演算女だけです」

『そうか。なら、君が茅島ふくみに伝えてくれ。良いか、よく聞いてくれよ』

「…………」

『ようやくだ。今までの爆破事件の被害者がわかったんだが、これが全員機械化能力者だったんだよ。行方不明になっていた人間とも一致する。しかもそれだけじゃない。死体にあるはずのパーツが紛失していた。それで被害者が今まで特定できなかったんだ。死体のパーツが、何者かに持ち去られていた。さらに、被害者の背格好は全員同じようなものだった。男女は問わない。そしてここからが面白いんだが、無くなったパーツの部品はそれぞれ違うんだ。これがどういう意味かわかるか?』

「わかりません」

『無くなったパーツを組み合わせると、人間が一人分出来上がるんだよ』

 ――。

「じゃあ、茅島さんが狙われてるのって……」

『ああ、そうだとも。どう計算しても、足りないパーツが一つ、いや一組だけあるんだ』

「まさか……」

『耳だよ。やつは、茅島ふくみの耳を狙ってるんだ。耳を機械化している人間は、全体から見れば極稀だからな』

 八頭司も息を呑んで私を見守っていた。

 こんな大事なこと……

「茅島さんに…………茅島さんに教えないと……」

『ああ、だからそう言っているだろう。あいつは何処に行った?』

「茅島さんは……犯人と一緒に、廃墟にいます。私を……助けてくれたんです……私を生かすために、自分が死のうと……」

『なんだって? あの馬鹿が……』

 医師は明らかな舌打ちをする。彼女のそんな狼狽の仕方、見たことがない。

『良いか、あのバカに言っておけ。もうお前だけの命じゃないとな。お前が死んで解決する事があるとしても、それは解決じゃないともな。天秤にかければ損失なんだよ』

「でも…………私、彼女に会う資格、ないんです……彼女にそう判断させたのも、私なんです……私が悪いんです……私が……私がちゃんとしてないから……私がおかしなことを考えていたから……私が……」

『少し落ち着け』

「だって…………私のせいで……」

『いいから。私の言うとおりに呼吸をしろ』

 医師の指示に従って、深く息を吸って、吐く。

 落ち着いたかはわからないが、口から出る言葉は一時的に止まった。

 そのかわり、涙が溢れてきた。

 服の上に染みができる。

『そういう話は、あいつから聞いていた。加賀谷さんが、過去のあいつに囚われているとな。それが君のためにはならないことも、あいつはわかっていたし、私もそう思う。過度に人に執着すると、それを失った時の反動が大きいものさ。そして、今のあいつを好きになろうとしても、過去と現在の齟齬がストレスに変換されて、君に刷り込まれるんだ。そうすると、いずれ茅島ふくみの顔を見ているだけで君は嫌になってくる。それでも君を救えるのは茅島ふくみだけだが、これでは本末転倒というか、君を救う手段ごと消滅する』

「じゃあ……どうしたら良いんですか、私……どんな顔して会えば、良いんですか……このままじゃ、彼女に会うことも出来ないじゃないですか。過去の彼女だってわかってるんですけど、どうしたら、切り替えられるんですか……教えてください……」

『端的にいうと、そう簡単には無理だよ。過去の茅島ふくみの存在は、君の人格形成自体に大きく影響している。そう安々と取り除けるものでもない。じゃあかと言って彼女無しで君が生きていけるかと言えば、同じ理由で不可能だという結論に達する』

「…………」

『いいか、加賀谷彩佳。だけどそれは茅島ふくみだってそう変わらないんだよ。あいつには、君に関する記憶が根底にあるだけだ。それ以外は施設で身につけさせた後付けの知識だ。その経験が悪い方向に向かっていて、あいつは死んで誰かを救えるならそれでいいじゃない、と考えている。でもそれは、間違いだ。死ねばそこで終わる。少なくとも、加賀谷彩佳を救えるなんて、幻想も良いところだろう。その腑抜けた考えを正せるのも、君だけなんだよ』

「…………」

『自信を持て。あいつから君を奪うなんて、最良ではない。難しいことを考えるな。いきなり自立しようとしても、無理なものは無理だ。突然禁煙するなんて私にだって難しいよ。そのメカニズムは、君がよく知っている』

「でも……過去を見てるままで、良いんですか……」

『塗り替えていけ、それは。あいつは、過去と比べられるのが嫌だったんだろう。まあそれは私達の責任でもあるんだろうが……。とにかく君に会うまでは、そんな様子はおくびにも出さなかったがな。だけど、今のあいつのことで、そこまで悩んでいるという事実が、君が現在のあいつと向き合っている証左だろう。そう言って、とにかく言いくるめろ。現在の茅島ふくみに真剣になれるのは、この世でお前だけなんだよ。そう言うしか無い』

 そうだ……

 齟齬に悩んだこと。

 すり合わせようとしたこと。

 駄目だったこと。

 それも、今の彼女と本気で向き合ったからなのか。

 そう諭されて、ようやく気づくくらいには、私は頭が悪かった。

 なんでもいい。これでいけ。これで言いくるめるしかないんだ。

 だって、彼女を救えるのは、私だけなんだから……

 勝手に死のうなんて、私が許さない。

 電話が切れる。

 私は運転席の八頭司を見た。

 彼女は、微笑みながらこう言った。

「行き先は?」

「……茅島さんのところ」

「了解」



 ホテルは火の手が上がっていた。

 消防車が放水している横で、警察らは突入を算段しているようだった。

 旧館ももちろん燃えているが、そちらの扱いは軽い。飛び火した程度に思われているのだろうか。

 私は久喜宮に事情を伝えて、旧館の入り口に立った。彼は「じゃあ、後は任せたよ」と言った。一般人に全部任せるなんて、それはそれでどうかと思うが、彼も彼なりに私達を信用しているのだろう。それと、貧弱な警察ではまるで太刀打ち出来ないことに。

 その気遣いに、今は感謝をする。

「下から入れば良いかな。あれ何階だっけ」

「確か……三階」と八頭司が口を開く。「火が出てるのが三階までだから、あそこで爆発があったのが最後なんだよ。ふくみは、あの階にいるよ」

「いいよ、八頭司さんはここに居て」

「もう、いまさらそんな事言わないでって。私だって、チーム戦慄のメンバーなんだよ」

 強いな、この女は。私はすこし感心する。

 あなたとは、結構深いところまで仲良くなれそうな気がする。すべてが終わったら、戦慄の三人と、私で何処か遊びにでも行こうか、なんて封建的なことを考える。

 だから茅島さん、待っていろよ。

 私は今から、怒る。

 あなたの身勝手さに。

 そして自分自身に。

「あら、楽しそうですね」

 向くと、精密女が右手を振りながら近づいてきた。

 いつもの長い鞄をぶら下げたまま、頭には包帯が増えていた。鉢巻きみたいで似合っていた。

「あんた、大丈夫だったんだ……」八頭司は、すこしホッとしたような顔を見せる。「土堀はどうしたの?」

「警察に保護をお願いしました。私も勧められましたが、まあやることがあるので断りましたよ」言いながら、私の方を向く。「茅島さんに会いに行くんでしょう?」

「会いに行くっていうか、医師から頼まれたんです。情報を伝えてくれって」

「でもあなたの目的は、そうじゃない」

「……はい。会って、一回殴ります」

「ふふ、青春ですね……」

 精密女は楽しそうに笑った。

 私は、あなたとも、仲良くやれそうな気すらしてくる。気の迷いだな、そう呟きそうになった。

「爆発の頻度は、さっきから収まっています。生きているのか、死んでいるのか、その辺りはハッキリしませんけど、蝙蝠女、生きているとしたら、怪我で動けなくなっているのが、妥当な推論ですね」

「……馬鹿ですよ、あの人は」

「ええ、馬鹿です。ついでに言ってしまうと子供ですよ。ガキです。彩佳さん、なにか、医師に言われましたか?」

「はい。叱ってやってくれって」

「そうですか。では私からも一つ」精密女は、指を一本立てた。「武力行使をする時は、いつでも言ってください、とだけ伝えてください」

「わかりました」

 私達三人は、逃げたのにもかかわらず、ふたたびあの地獄のような現場に舞い戻ろうとしている。

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