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「あれって、例のホームレスかしら」

 警察署の近くにある川辺を通りがかった時だった。茅島さんが指した方向に目をやると、橋の真下に、こんな時間のしかも低い気温だと言うのに、数人が寝そべっていた。偏見を振りかざすわけではなかったが、どこからどう見てもここに住んでいると言って差し支えなかった。彼らが久喜宮の手を焼いているという連中だろうか。

「そうみたいですね。どうします? 話聞いてみますか?」

「頼まれたんだから、癪だけど当然よ」

 区内では珍しく草の生えた、一見すると汚い川辺に降り立つと、ホームレスらに不審な目を向けられた。不用意に近づくと、勢いをつけて怒られそうな雰囲気すらあった。川から流れ込む冷えた空気が、まるで真冬みたいに私達を突き刺した。

 茅島さんは警戒していた。距離をとって、一呼吸を置くように川べりに座り込んだ。そのまま私を隣に置いて、囁いた。寒くないのだろうか。私は立ったまま腕をこすった。

「機械化能力者だわ、彼ら。見て」

「ああ、知ってます」

「そうなの? なんで彩佳が知ってるの?」少し馬鹿にしたように私を覗いて彼女が言う。失礼な。

「この街のホームレスって、大半が機械化能力者なんですよ。それには理由があるんですけど」

「理由って、聞いて良いの?」

「まあ、あまり大きな声で言うのもあれなんですけど……。機械化の手術って、ほとんどが違法で行われるんですよ。っていうか、身体の一部を売ってお金にせざるを得ない人が、その後しょうがなく格安でやっている不認可の病院、闇医者ですね、平たく言えば。そこに行って手術を受けるんですけど、何を要求されるのか知りませんけど、そのまま家まで失う人がほとんどなんですよ」

 見る。

 腕が機械になって、むき出しの状態で放り出されている人。そもそも腕すらない人。何かの管に繋がれたままの人。いろいろ。

 この街の暗部と言っても良い状況が、目の前に広がっていた。

「…………都会が花の都なんて嘘っぱちだわ」

「それでも、田舎よりはマシですよ」

「みんな腕ばかりだけど、私みたいに耳を改造してる人って、いるの?」

「稀ですね。耳なんか売ったって、大してお金にならないので」

「そうか、だからみんな珍しがるのね。施設にも、そんなの私しかいなかったわ」

「四肢、主に腕が人気ですね。売るだけなら臓器も高値が付くと思うんですけど、その場合、変な機能もつかない真っ当な手術が殆どなので、割高になるらしいです。それでも臓器が機械の人って、結構いるんじゃないかな……」

「変な機能がつかない方が割高って、どういうこと?」

 不思議な話だったのか、彼女は首をかしげる。世間を知らないお嬢様のような趣を私は感じた。

「違法手術って、まあ要は人体実験なんですよ。変な機能を乗せる実験がしたいから、格安でパーツを提供して手術までしてやる、っていう商売ですよ」

「因果なものね……」そのまま顔を膝に乗せて呟いた。「私も、そんな境遇の一人だったのかな」

「さあ。わかりませんね……茅島さんの耳の経緯は、私でも聞いたことありませんから……尋ねるのも怖かったですし」

「まあ良いわ。今は仕事の役に立ってるんだから」

 勢いよく彼女は立ち上がって、そのままホームレスの住処の方へ向かった。

 近くにいたおじさんに、茅島ふくみは話しかけた。この女の行動力はいつもとんでもないな、と私は感心する。始めは心を開かなかったおじさんだったが、茅島ふくみが同じ違法手術を受けた機械化能力者であること(本当か嘘か知らないが)と、私も同じくそうであるという真っ赤なでまかせを伝えると、急に態度が柔らかくなって笑みまで浮かべた。

「なんだよ、そういうことを早く言いな」

「あまり言いたくなかったんですよね……」

 ぼろぼろの椅子に座りながら、おじさんは片手でビールを飲んで、私達に一瞥をくれた。変な仲間意識だな。私は理解できなかった。

「ここ最近、失踪事件が多発しているようですけど、なにか心当たりはありますか?」

 もともと良かった顔を、更に引き立たせるように笑いかけて、彼女は尋ねた。この笑顔で、たくさんの人間が、彼女に並々ならない興味を抱いた事例は、近くで何十件も見てきた。

 ぼーっと呆けた顔で、茅島ふくみを見つめていたおじさんは、咳払いをして、口を開いた。

「そうだな……実はある噂が、俺たちの間で回ってるんだが」

「噂?」

「『怪しい女に目をつけられると殺される』」

 頭の中で同じ文章を繰り返したが、なんだかよく飲み込めなかった。寓話にしては捻りがなくてつまらない。

 茅島ふくみも首を傾げて、訊いた。

「なんですか、それ」

「そのままの意味だよ。てっきり俺は最初、あんたらがその女なのかと思ったが……」

 失礼な話だったが、私は口をつぐんだ。

「数週間ずっとかな。行方不明になっている仲間が何人か出てるんだが、一人だけ、その仲間がいなくなる前日に、怪しい女に話しかけられているのを見たって奴がいてな。そこから広まったんだが、一向に被害は減ってないみたいなんだよな。今でも、仲間がいなくなり続けている。見つかったやつもいないから、全員死んでるっていうのが、俺たちの通説さ」

 得意げに、物騒なことを話すおじさんは、久しぶりに私達みたいな若い人間と話したのか、少し楽しそうだった。もう威圧感のかけらも感じられなかった。

「その女の特徴はわかります?」

「まるっきりわかってねえ。機械化能力者だと言われてはいる。俺たちに取り付くなら、そういう口実が必要だろう。市民を信用しちゃいないからな……」

「なるほど。あなたはどう思う、彩佳」

 首をひねって急に私に尋ねられても、何も建設的な言葉は出なかった。

「……そうですねえ、ここまで機械化能力者による事件が併発してると、関連性を疑うのが当然かと……」

「爆破事件の犯人が、何かの理由でホームレスを攫っている……動機がわからないわね。憂さ晴らしで襲ってるって言ったほうが、まだ説明がつくわよ」

「……ひょっとしたら、資金繰りかも知れませんよ」

 思いついたことを私がそのまま口にすると、また彼女は何も知らない人みたいに可愛らしく首を傾げた。

「資金繰りって?」

「そうです。ホームレスって、昔からよく襲われることが多いんですよ。その理由が、パーツが高値で売れるからなんですって。たとえ粗悪品でも、特殊な機能が搭載されてますからね」

 現に、腕すらない人もチラホラと散見された。襲われて腕を取られた人が、この中に混ざっていてもおかしくはない。

「爆弾買うのにそうやってお金作ってるってことか……」茅島さんは、言いながら顎に手を当てて俯いた。

「粗悪品ねえ……」私の話を聞いていたおじさんは、憂さ晴らしのようにおじさんがビールを飲んだ。「確かに、メンテナンスにも困ってる奴らもいるよ。俺たちには、そんな知識も道具もねえ。もう全く動かないってやつもいる。そういうやつを狙って、タダでメンテをしてやると言って近づく輩もいれば、暴力で強奪していくクソもいるわけさ。そういう奴は――」

 おじさんは、自分の腕をめくった。機械部分が露出していた。よく見られるタイプのパーツだった。だけど、妙に軽そうに見えた。おじさんがもう片方の肉の腕で軽く叩くと、竹を叩いたみたいな音が響いた。空洞?

 何の思い入れもないのか、雑にぶんぶんと振り回すおじさん。

「この、なんちゃっての腕で誤魔化すんだよ。無いと街では不審に思われるしな。脆いパーツで作られた、パーツ換装の間の代替え品としてよく使われてる物だよ」

「聞いたことはあります」私が言う。「街でも……見かけることはあります」

「おじさんは、パーツ、取られたんですか?」

「メンテに出して、返ってこないんだ。まったく、我ながら、愚かだな……」

 おじさんがビールを啜る音が、冷たい空気に混ざりあって、溶けて消えた。



      ★2



 最初に爆破したのは、ガソリンスタンドだった。

 基本的には無人、そして可燃物が多いことから、証拠を隠滅しやすいと考えて、そこを選んだ。わざわざ電車に乗って、隣の駅のガソリンスタンドを目指した。爆弾を抱えたまま。わたしの調べでは、そこが最も都合が良かった。

 結果はまずまずだった。火薬の調整の問題か、ガソリンの所為か、予想以上に燃え広がったが、とりあえずの目的は達成した。わたしの作った爆弾は、不都合なものは何も残さなかった。完璧と言えた。

 その後も数軒、日とタイミングを見ながら爆破を行った。なるほど、こなすほど上手くなるとはこの事なのか。一般では勉強で実感するであろうそんな感覚を、わたしは人を殺して身に刻んだ。

 だけどある時、まだ不慣れだったからだろうか、爆破や証拠の処理が終わったところで、後ろから声をかけられた。

 見られた。何も言われなくても、咄嗟にそれがわかった。

 頭の悪そうな男性だった。わたしの最も嫌いなタイプ。なんでこんな奴に見つからなければならないんだろう。わたしはその時、神様を呪った。

「ねえ、爆弾魔って、君でしょ」

 そう言って男は端末で撮影した、わたしが爆弾を起動させる瞬間の動画を、再生した。

 迂闊だった。舌を噛んで死ねればいいと思った。だけどわたしはお姉ちゃんのことを考えて我慢した。

 相手はそれでも、わたしを通報することはなかった。いっそその方が楽だった。彼が要求したのは、金銭、もしくは身体の関係だった。拒否すれば通報するし、付け回されていたらしく、わたしの家の位置も割れていた。

 地獄に落ちろ。強くそう願ったが、それだけでは状況は好転しない。

 じっと睨んでいると、彼はわたしの家に上がりたい、と言った。そういうつもりだろう。馴れ馴れしい。反吐が出る。

 ふざけるな。お姉ちゃんに、こんな害虫みたいな奴を、見せるわけには行かなかった。こんなのと一緒にいるところを、見られることすら気味が悪かった、だけど、わたしには断る術さえなかった。

 どうしよう。

 どうすればいいの。

 わたしは、自分の不注意さを、釘でも打つみたいに呪った。

 ああ、早く帰らないといけないのに。あの肥溜めに住んでいる父親の小言なんて、聞きたくもないのに……。そんな心配が、わたしの神経を胡麻のようにすり潰していく。

 殺そう。殺すしか無い。殺す。私はそう胸で唱える。無駄に殺す人数を増やしたくはなかったが、仕方がなかった。こいつは殺す。こいつだけは、神様だって許してくれるだろう。

 わたしは、お姉ちゃんのために、捕まるわけには行かなかった。

「…………じゃあ、着いて来て、貰えますか」

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