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大学の外に出ると、警察が来ているのが見えた。
諸事情があってあまり関わりたくなかった私達は、避難してきた生徒たちにまぎれて、裏門から街に出た。まさかこんな犯罪者みたいな真似をするなんて、生まれた頃の自分からは想像もできなかった。
汗をかいた額が妙に涼しい。好きでもなかった夜の風が、私の体温を下げていく。
路地裏に凭れながら、私達は呼吸を整える。
「間一髪、でしたね」
ふう、と息を吐きながら、精密女が言う。
「警察も来てくれたし、後は任せておけば爆弾は処理されると思うけど」茅島ふくみは、怪訝そうな顔をして呟く。「一体、なんであんな所に爆弾があったと思う? 私を狙ったの?」
「反響では捉えられない小さい爆弾を、大きな爆弾でカムフラージュしていましたから、明らかにあなたを狙っていると考えるべきですね」
「じゃあ犯人は、いつ頃に爆弾を仕掛けておいたのか知らないけど、私が大学に来ることをある程度は予想してたんだわ」
「そうですね。ますます、あなたのことを知っているという前提条件が際立ちますけど」
「ホテルの時もそうだけど、何処から私のことが漏れたのかしら……。彩佳、私って大学時代は変に有名だって話だけど、誰かに恨まれてたりはしなかった?」
「そうですねえ……」
頭を抱える。彼女のことが嫌いな人間。別に心当たりが無いわけではなかったが、今あの大学にはそういないはずだけど……。
「人気者ですから、逆に絞り込めないです……下方先輩は、別に恨んでるって感じではなかったと思うんですけど……。土堀さんは知りませんし。五十田先生も、茅島さんのことは気に入ってましたよ」
「そうなのね……」
腕を組み、考え込む茅島ふくみ。汚い路地裏に似つかわしくないくらい目立った。
「機能ばかりか、ホテルの場所、事件を調査していることすらも漏れているわ……一体どういうこと? この分じゃ、私のインターネットサーフィンという趣味ですら明るみに出てしまうわよ」
「どうでもいいですよそんなの。あと、私達じゃありませんよ。蝙蝠女を売る度胸なんてありません」
何故か自信を持って胸を張る精密女。
「誰も疑ってないってば……。でもちょっと待って……売るとしても、何処に?」
「そりゃあ、犯人か……もしくは情報屋ですね。この街にだっているでしょ。犯人が情報屋に依頼をかけて、蝙蝠女の情報に対してそれなりの報酬が出るようになると、素性なんて一発じゃないですか。もちろんお金は必要ですが……」
「情報屋!」
私と茅島さんは顔を向けて、声を揃えてそう叫んだ。そうだ。私達はすでに知っている。この街の情報屋の存在を……。
「そうだわ! 情報屋がいるじゃない! 彩佳、場所はわかる?」
「はい。何度かあの辺りは歩いたことが」
「そっか、そこから私に関する情報を仕入れていたってわけね。なんだ、簡単なことじゃないの。早速行きましょう」
嬉しそうに、茅島さんは路上に飛び出した。私も後に続こうとしたが、後ろを振り返ると精密女は、端末を眺めて苦そう表情を浮かべていた。
「あー、すみません。演算女が呼んでいるので、情報屋へは、パス。です。つまり行けません」
「あら。何かあったの?」
「いえ、大したことじゃなくて、私の定期メンテナンスの時間ですからね。任務中は、一時間に一回は行うように、と医師から固く言いつけられていますから。それに、さっきも酷使しましたので、とてもサボる気にはなれませんね」
精密女は、両掌を開閉させた。メンテナンスが必要なようには、とても見えなかったが、基本的に動作が不安定だ、と本人も言っていた。思わぬ時に、信じられない被害が出るよりは、ずっと健全なのだろう。
「そう。じゃあ、私達だけで向かうわ。後で落ち合う?」
「頃合いを見て連絡します。彩佳さんに」
そう言われて、また私の居場所が増えたような気がした。
展望タワーから経由してきた道を戻る。
すると、繁華街のものとは異質な、不気味な明かりが私達を包んだ。
電気街。ハイグレードな趣味の用品なら、だいたい揃うとまで言われる、混沌とした地区と聞いている。用事ができたことは特別なかったけれど、大学で男子学生が頻繁に通っているらしいという話を聞き、人を惑わす奇妙な魅力が存在するのだろうと、私は肌で感じた。
この時間ともなると、閉まっている店も多く、昼間のごった煮加減は、少しも思い浮かべることもできない。早く帰れよ、と言われているみたいな錯覚さえ聞こえた。
「静かね」
意外そうに、茅島ふくみが湿気を孕んだ声色で、私にそう呟く。首を縦に振って、私は頷く。
繁華街はまだまだこれからが盛りだろう。まるで天体の陽のあたる場所とそうでない場所のように、電気街は静まり返っている。電気街なんて何処もこんなものらしいけど。
歩きながら、ビルの名前を一つ一つ確認していく。フロイドビル、ウォータールーリリービル、エアカットビル、どれも違う。聞いたことも聞き馴染みもない名前が、私の頭を掠めていく。その度に、なにか細胞をすり減らされているような気がした。
「えっと…………なんてビルでしたっけ」
「確か、IAMCEビル」
すらりと口からそう言えた茅島さん。どんな記憶方法なんだろうか。それなら私のことも、忘れないで欲しかった。
「アイ、エー……エム、シー…………えっと、待ってくださいね。地図を出します」
端末を起動させて地図を出すと、私は面食らった。
気づけばそのビルは、目の前に立っていた。
真っ黒で見えなかった。テープで貼り付けられたような窓からは、営業している様子は何処にも感じられない。看板の一つすら光っていない。ライトで照らすと、ようやくその名前が見えた。IAMCEビル。わざと暗く塗っているのか、と私は訝った。
殊更怪しい電気街の中でも、輪をかけて近づきたくない。
「ここ、ですかね……」
「あ、彩佳。見て。あるーざふぁらっくすって書いてあるわよ」
茅島さんが指さした先には、床。その白いタイルに手書きで大きめの字で『あるーざ・ふぁらっくす』と書かれている。もらった画像と同じものだった。これを撮影したものだったのか。変な、例えばコンクリートを埋めた時のような納得を、私は得た。
中に足を踏み入れる。フロアの中心には暗い階段。それを取り囲むように、露店のような店が数軒、看板が出ていたがどれも閉まっている。時間の問題か、それとも経営難で潰れてしまったのかはわからない。だけど、ガラクタが安置されている様子は見て取れる。変な管が付けられた液晶モニター、異様に大きい端末。それから巨大な扇風機の装着されたデスクトップパソコン。私の人生に、全く必要なさそうなものばかりだった。
さっさと足を動かして、私達は四階に駆け上がった。エレベーターの類は見当たらなかった。途中で階段が崩れ落ちそうな気がしたが、杞憂に終わった。
四階にはさっきみたいな露店の他に、明らかに周囲から逸脱したドアが見えた。薄い、すりガラスから中が透けて見えそうなドア。このくらい空間において、異質とも言えるくらいの明かりが漏れている。
そしてそのドアには、ガムテープでこう書かれていた。
『あるーざ・ふぁらっくす』
見つけたが、達成感は少しも味わえなかった。そればかりか、森で熊を見つけた時みたいな居心地の悪さを、このドアから否応なしにぶつけられている。
「ここですか……」
「そう、みたいね」
茅島さんも、珍しく少し及び腰になっているみたいだった。やっぱりこんなところに学生が出入りするのは、危険なんじゃないだろうか。
たまらなく嫌な気持ちを押し殺しながら、私たちは叩くと二つに割れそうなドアをノックして、返事も待たずに押し開いた。
中は事務所のような雰囲気で、真正面に、簡素な椅子すら無いカウンターと、その近くにある本棚には、貸出用らしい書籍型端末が、数台ほど収められている。そばには「十分、千円」と札が書かれている。利用料らしい。なにか特殊なデーターベースにでもアクセスできるんだろうか。
カウンターには、男が一人。私達が入ってきたのに、こちらを見ることもなく、ただ目の前のコンピューターを操作していた。
眼鏡、スーツ、短髪。軽そうな、情報屋というイメージからは、相当かけ離れた真逆の印象を受ける。久喜宮とか言った刑事よりも、明らかに刑事向きだろう。
話しかけることすら躊躇いたくなるが、茅島さんは臆すること無く、彼に声を掛ける。
「あの、情報屋のあるーざ。ふぁらっくす、っていうのは、こちらですか?」
「紹介状は?」
顔も上げずに、ただ冷たくそう言い切る男。
促されたので、私が端末を起動させ、さっき保存した紹介状を恐る恐る見せた。すると男は、ようやく私達のことを確認して「ふむ」と言った。
「うちは有料ですけど、その辺りは了承してます?」
「ええ。経費で落とすわ」
あとでちゃんと医師に請求しよう、と私は固くそう思った。
聞きたいことはそう多くない。容疑者の素性と、茅島ふくみの情報が流れているかどうか、その程度だった。休学中なので、テストの問題には興味がわかない。
まず茅島ふくみは、躊躇いながら一つ尋ねた。
「なにか爆破事件に関連していそうな人物に、心当たりないかしら?」
「その情報は……まあ、初回サービス料としておまけしましょう」
そういう彼の表情は、冗談も何も通じなさそうなくらい、凍りついていた。
そのままコンピューターで何かを調べると、私達の方へデータを投影させて、口を開いた。折れ線グラフだったが、何を示しているのか、ひと目見ただけではわからない。
「そういう客は数多くいます。爆弾の製造方法と火薬の入手ルートを聞くお客は、日に百人ほど。データを見てもらえばわかりますが、爆破事件が発生してから五倍ほどに増えました。爆破事件以前ですと、日に二十人ほどということになりますね」
「他に爆弾の作り方なんかを売ってる同業者は?」
「言えませんね」
彼は手の指を立てた。なんだ? 値段か?
「……わかったわよ。買います」
「ありがとうございます」奇妙なほど口角を上げる男。私達に見せるために、笑っているらしい。「まあ、そう多くはないですね。この区内では私くらいでしょう。もちろん他の地区ではその限りではありませんが、それでも県内じゃ三人程度、ですかね」
つまり犯人は、この男から作り方を調達し、犯罪に転用しているのだろうか。材料もここに尋ねれば、なんとかなるだろう。
それだけのことをわかっていながら、男の方には罪悪感すら、微塵も感じられなかった。そういう商売なのだろうけど。
「あと、これはあくまで推測なんですが」
「なによ」
言ったきり、男は急に何も言わなくなった。ヤキモキしていると、茅島さんが気づいて、「わかったわよ、出す、払います!」と告げた。こんな男の勝手な憶測にまで、そんな値段がついているのかと思うと、気が遠くなってきた。
「ありがとうございます」また不気味な笑みを浮かべて、私達を怖がらせる男。「まず、犯人は機械化能力に精通していますね」
「根拠は?」苛立たしげに、茅島さんが尋ねた。
「メンテナンスです。犯人は、自らもそうであるばかりか、機械化能力に関する知識を持ち合わせている。通常、機械化能力者といえども、自らメンテナンスが出来るほど、教育機関は優秀ではありませんので、当然メンテナンスは業者に頼まざるを得ません」
「わかってるわ、それは」
「そこで、ある人が区内の業者を当ってみたんですが、メンテナンス業者に流れた依頼の中で、爆破事件に有用だと思われる機能は、何処にも見当たりませんでした。機械化能力者である住民の大半は、その俗称に流されがちですが、そう特殊な能力を持ち合わせているわけではない。せいぜいが腕力を増強する、といった程度が殆どでしょう。そもそも、そんな特殊な能力を十分に扱える人間というのは限られますから。以上のことから察するに、犯人は自分でメンテナンスを行える知識を持ち合わせている機械化能力者、であると推測できますね」
茅島さんも、機械部分は自分で簡易的なメンテナンスくらいはしていた。これは、施設でそういう知識を頭に入れたからであろうが、普通に生きていれば、そんな知識を学校や日常生活で仕入れることはまったくなかった。
「なるほどね。わかった。でも犯人が機械化能力者であるという根拠は?」
「手際が良すぎる。それだけです。普通の人間じゃ、こんなにうまく行きませんよ。何か、通常にはない能力を使って、効率を上げていると考えるのが妥当です」
「ふうん……」
茅島さんはそう聞いて、考え込んだ。
この男の言うことを信用するなら、犯人は、茅島さんがターゲットとする、いわゆる機械化能力者で間違いなかった。ここ近年は、機械化能力者による事件が多発している、ということは説明した通りだけど、ここに来てそれを裏付ける情報を得られた。
「それから……」
と男はまた指を立てた。また支払いを要求していた。茅島さんは声に出すのもめんどくさかったのか、首を立てにだけ振って、男の言葉を待った。
「家族がいますよ、犯人には」
「家族?」
まあそりゃ当然か、と彼女は囁く。生きていて、この街に暮らしているのなら、よく考えれば家庭があるなんて当たり前のことだったけど、冷酷非道な犯人に、そんな人間味を感じたくなかったというのが、正直な感想だった。
「以前、爆破事件の時刻を、個人的に調べた人間がいるんですけど、実は必ず決まった時間に爆破されています。十八時か十九時。基本的にはこの範囲よりも、遅いことも早いこともない。少なくとも、十九時を跨いだことは、一度としてありません。つまり、日中は仕事、そして夜のその時間には予定があると推測されます。発生した事件は常に平日ですから、仕事の後に会う人間と言えば、ライフスタイルにもよりますが、恋人は考えづらい。となると家族だと考えるのが自然ですね。私達の間では、一緒に過ごす人間が自宅にいる、と考えられています」
話を黙って聞いていた茅島さんは、納得出来ないような様子で、男に詰め寄った。
「それって、マジな情報なわけ?」
「さあ。真偽の程は。そう言う説もあるということで」
「情報屋に推論なんて期待してないわ」
「確証のある情報が出ていれば、今頃犯人は牢屋ですよ」
「…………」
諦めたように男から距離を取り直して彼女は、私に耳元で言う。
「なんか胡散臭いわね」
「耳では、嘘かどうかわかりませんか?」
「医師がもうそこまでの機能は無いって言ったじゃない。それにわかったとしても、この男の様子じゃ、嘘なんか平気でつけるわよ。話し方に抑揚すら感じられないもの。私じゃ分が悪いって」
「どうするんですか。それでも信じます?」
「覚えておいて、保留にしておきます」
また茅島さんが男に向き直った時、彼はすぐに指を立てた。もうなんの合図なのかは、考えなくても頭に染み付いていた。
「なによ」
「そう言えば気になる事件が併発してるんですけど、聞きますか」
「聞く」
「ホームレス失踪事件ですよ。聞いたことあります?」
私はあった。だけど、爆弾事件の影に隠れて、いつしか報道すらされなくなった。確か、わたしの覚えている限りでは、ほとんど同時期だったような。
「いや、なに、簡単な事件なんですよ。川辺にいるホームレスが、ここ最近いなくなってるんですよ。被害届も出ないし、その真偽すら疑われていたんですが、知り合いがいなくなったって、ホームレスと仲良くしている人間から訴えがありまして。ですけど、情報屋にもネタは回ってこなくてですね。言ってしまえば、あまりお金になりませんから。そこで尋ねたいんですけど、この事件について、なにか知っていますか。それ相応の代金は払います」
「ないわ」
茅島さんは考えるまでもなく即答した。それもそのはずで、彼女はこの事件の存在すら知らない。
「そうですか。わかりました」
「なんで私達が知ってると思ったわけ? 一般のメディアでもそう取り上げられてないでしょ」
……。
「あなた、事件のことをお調べになってるので、警察関係者かと思いましてね」
茅島さんは否定も肯定もせずに、ただ男を睨んでいた。
しばらく黙っていた茅島さんだったが、やがてあまりにも自然な口調でまた一つ問いただした。
「私のこと、どれくらい知れ渡ってるの?」
思い切った質問というか、まともな返事か帰ってくる保証もなかったが、意外なほど当たり前のように、男はいつものように返答した。
「同業の間では、あなたの機能までは、値段次第で買えますよ。現住所、および現滞在先は、未だに出回ってませんが。まあ、有名人ですからね」
「どういう意味よ」
「名が知れてる、という意味です。あなたの動きに、単純に興味がある人間が、あなたが思うよりも大勢います。つい数日前に襲撃されたホテルに宿泊していたことも、わかっています」
そんなに彼女の情報に、それなりの値段がつくのだろうか。現住所を漏らせばまとまったお金になるなと思ったけど、そんな勇気は塩の一粒程度すらもなかった。
「ホテルに来たのは襲撃の前日よ? そんなに早くから?」
「目立ちますので。怪しい人間のデータはすぐ流れてきます。それらを照合すると、あなただということがわかるんですけど」
「……あんなドレス着てきた私が馬鹿だったわ」
自分に呆れる茅島さん。
「なに。あなたが異様にこの街では着目されると言うだけですよ。他の区では特にどんな格好をしようと、照合されたデータを元に身元が判明するなんてことは、この区の情報屋にでも訊かない限りありませんから、安心してください。この区の情報屋が、平均以上にあなたに詳しいだけなんですよ」
「なぜ?」
「それはあなたのことに関して、値段をつける人間が大勢いますので。昔住んでいましたから、当たり前ですね」
「……みんな、昔の私のことに、なんでそんなに興味があるのかしら……」彼女は頭をかく。「その、私のことを聞きに来た人間って、誰?」
「それは教えられませんね」
明らかに態度を変えて、男は言う。値段の交渉すら許さない、明らかに拒否を示す口調だった。
「信用問題なんですよ。利用者のことは、いくら積まれても教えられませんね。まあ、あなたのことに限っていてば、過去三年ほどで少なくとも千人くらいは聞き出している、とは言っておきましょうか」
「は、どうせ絞り込めないわね、その人数じゃ」茅島さんは、悩みながら、もう一つ尋ねる。「じゃあ、大学生の利用率を教えて。大学では情報屋を利用する生徒も多いみたいだけど、どうなの」
「高いですよ。あまり人には言わないだけで。全生徒の八十パーセントくらいは利用してますよ。内容はテストに、人間関係に、恋愛、人間性、そんなところですか。大半がテストや課題、論文関係ですが」
となると、下方先輩に土堀は利用した可能性があるということだろうか。ますます絞り込めなくなってきた。五十田先生も、もちろん存在くらいは知っているだろう。
茅島さんも同じことを考えたみたいで、この三人以外の名前を出した。
「田久さんについて教えてくれる?」
「本名は?」
「田久多香子」
スーパーで、爆発直前に逃げ出したという容疑者の女らしいが、私は顔も知らない。ほか三人が大学関係者だということを鑑みると、少し浮いて見えることは否定できなかった。
男はコンピューターからデータをさらってきているようだったが、今までとは違って、あまり気持ちよさそうな反応は見られなかった。
首をひねりながら、言った。
「えっと……芳しい情報がないですね。主婦……爆破事件の容疑者とは言われてますが、警察も本腰を入れて調べてはいないみたいですね。えっと住所は――」
聞くと、聞き覚えがある場所だった。確かそこは、警察署の近くだったか。ここからならそう遠くはないけれど、私の家と反対の方向に位置していた。とりあえず、端末にメモした。
「それだけ?」茅島さんが急かす。
「単なる主婦ですからね。売れるような情報でもないですよ。あとは……ああ、例の大学の卒業生みたいですね」
最も重要なことを最後に言われた。
私の先輩に当たるわけか。面識はもちろんないし、どんな顔なのかもわからないが、茅島さんのことを知っていても、この情報屋を利用していても不思議でもない。結局この四人から絞られことはなかった。
その後も茅島さんは、容疑者の個人情報を尋ねていったが、それほど有用なことが聞けるわけでもなかった。情報屋の方もだんだん面倒になっていったのか「住所教えるんで、自分で聞いてください」と言った。面倒というよりも、本当にデータベースに存在しないのだろうか。ともかくこれで、全員分の住所が、奇しくも判明した。
聞き漏らしがあったかも知れないが、予算が怖くなって、私達は店を出る。
外の空気が、こんなに淀み無く流れているさまを、確認したことは未だかつてなかった。
少し疲れた様子の、茅島さんの横顔を見ながら、私は尋ねた。
「……今日のところは、帰りますか?」
私も疲れていた。何より気味の悪い汗をかいたので、早くシャワーを浴びたかった。
だけど茅島ふくみは、そんな事を気にしない素振りを見せて、言った。
「いえ。今度は容疑者の家に行ってみましょう。五十田先生にも、話を聞いてみたかったし」
「……今からですか?」
「そうよ」
何が彼女をそうさせるのだろう。
私は、あなたについて行けるか、この先のことが少しだけ心配になった。
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