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 医師との連絡も終わり、二人で建設的な話をするでもなくダラダラしていると、もう夜中の三時になっていた。

 眠くはなかったし、別段明日何があるわけでもなかったが、茅島さんも疲れているだろうと思って、私達は寝る準備をした。もう少し起きて、彼女と話していたかったが、まあそれはこれから滞在期間の間にいつでも出来るだろう、と無理やり自分を説き伏せた。

 さて問題となるのは寝床。家にベッドはもちろん一つしか無い。布団は夏用のものが押入れにしまい込まれていたので、それでなんとか数は揃うとしても、そう広い間取りというわけではなかった。こういうとき、家に人を呼ぶ大学生の連中って、どうして解決しているのか、私にはわからない。

 客人を床で眠らせるわけにもいかない、と感じていた私は、茅島さんにベッドを譲って床で寝る準備をしていたが、彼女のほうが、「そんなの、気にしないでって言ったじゃない」なんて言いながら、自分がさっさと床に横になった。

 気が進まなかった。彼女の傷ついた足を見ると、酷い虐待を私がしているような気持ちに、勝手ながらなった。

「駄目ですよ、やっぱり私が床で寝ます。自分の家だから何処で寝ようと慣れてますし、茅島さんは任務があるんですから、しっかり休んでもらわないとだめです」

「そんなのどうでもいいわよ。私は押しかけてきた客なんだから、邪険に扱ってくれても構わないわよ。それに彩佳、風邪引いてるんでしょ? あなたこそ、変な寝方しないほうが良いんじゃない?」

「でも、そういうわけにも行きませんよ。私の風邪なんて……全然たいしたことないんですから」

「……気を使われるのって、心苦しくなって嫌いなのよね」

 不満そうに彼女が言う。

 そして続ける。

「そうだ。じゃあ二人で床に寝ましょうよ」

「……正気ですか? どう見たって一人分で限界じゃないですか」

「いやだってさ、こうしたほうがお互い気分良いでしょ」

「まあ、それはそう……なん、ですかね?」

 悪くはなかったが、変な意味で緊張してきた。

 いびきがうるさいなんて言われたら、もういっそのこと死のう。

 私がまごまごしていると、茅島さんは炬燵やコンピューターが乗っている机を廊下に放り出して、スペースを作った。荒いといって遜色ない。

 物を退けると、思った以上に広いスペースが生まれて、私が何故か驚いた。

「ほら、こうすれば二人で眠れるでしょ」

 そこまでされて断る理由が見当たらなかった。ため息をつきながら、私は彼女の隣に、ベッドにセットされていた布団を敷いた。

 いざ二人で寝転がってみると、肩が触れそうなくらい、近い。

 彼女の長い髪は、外側に投げ出されていた。妖怪みたいだ。

「いびき、煩かったら殴ってください」

「彩佳、いびき酷いの?」

「いえ、わかんないですけど……」

 電気を消す。



「……床で寝るなんて久しぶりです。いや、そうでもないか……」

「炬燵で寝ちゃうことあるわけ?」

「そうですね、休学してから、なんか、ベッドまで行く元気が無いことがあるので」

「大丈夫?」

「……なんとか生きてきましたけど」

「……一人でずっと、何考えてたの?」

「さあ…………とりとめもないことです。茅島さんのこととか……大学休んでる罪悪感とか……うるさい実家のこととか……情けない自分とか……思いつく限りの、下らない事を、ずっと」

「うん……」

「あとは……死生観?」

「なによ、それ」

「私、大学でそういう分野を専攻してるんですけど、なんか、死生観って、考えても切りないなっていうか、意味がないな、なんて思うんですけど、引き込まれます」

「わからなくは、ないわ……私もね、記憶を失って、自我すら最初は怪しかったんだけど、死っていう概念から自分は生還してきたんだって、なんとなく頭では思ってて。その時の、蘇ってきたような感覚をずっと反芻してた。酸欠が気持ちいい、みたいな感じよ。それしか、私にはなかったし。意味は、ないんだけど、考えることはやめられなかった」

「死にたいって、思わなかったんですか?」

「思ったわよ」

「…………」

「だって、わけもわからない施設にいつの間にかいて、自由がない生活、変な検査やら、こういう任務を押し付けられるって決まったときは、身体訓練なんかも強制されて。で、死っていうものをなまじ知ってるから、もしかしたら、こんな現実から逃げられるのかなって、思った」

「……かわいそう」

「でもね、私は一人じゃなかった。医師だって、打ち解ければ怖い人間じゃないし、チームの二人だって、私が記憶喪失だって知ってるから、よく話しかけてくれた。いつしか、死以外の記憶が増えていって……知らないうちに、まあ一旦は、死から遠い存在になった。他に、楽しいことが出来たのよ、簡単に言うと。とりあえず、今すぐ死ぬのはやめにしたの」

「そうなんですか……」

「あいつらには、感謝してる。悔しいから、絶対口では言ってあげないけど……」

「ふふ」

「……彩佳は、どう?」

「どうって……」

「……死にたいって思うこと、ある?」

「…………………………わかりません。死んじゃったら、迷惑かかるんでしょうけど、それでも私を悲しむ人なんて、いないんじゃないかって……そう考えたら、その一線を、超えてしまいそうにならないことも、なかったんですが…………」

「駄目よ、死んじゃったら……私が言えた義理じゃ、無いんだけど」

「……はい」

「辛うじてでも、生きていたから、私とまた会えたんだから……」

「……そうですね」

「辛いことがあったら言ってよ。今なら、私が付いてるから……」

「……はい」

「…………」

「…………」

「……彩佳、ひとりにして、ごめんね」

「……あなたのせいじゃありませんし」

「…………ねえ、彩佳。この街、好き?」

「………………まあ、実家よりは」

「ちょっと落ち着いたら、案内してよ……私、こんな広いところ初めてで」

「茅島さんも、昔、住んでたんですよ。同じ大学にも通ってました」

「らしいわね……」

「その時から耳も良くて、目立つし、人気があるからちょっとした有名人で……私と仲が良くて……」

「うん…………でも、覚えてないから……案内して……」

「わかりました…………じゃあ、近い内に。昼間出かけるのは久しぶりですけど」

「……うん……ありがとう……」

「いいえ、こっちこそ、私を頼ってくれて、光栄ですよ」

「うん…………」

「何処に行きますか……。私、こう見えて食べ歩きが趣味なんですけど、繁華街はちょっとぐらいは詳しいつもりですけど……」

「…………」

「なんか食べるっていう気分じゃないなら、電波塔の展望台でも行きますか。昔、二人で行ったことあるんですよ。もしかしたら……」

「…………」

「記憶が戻ったり、なんて……」

「…………」

「茅島さん……?」

「…………」

「………………茅島さん、寝ました?」

「…………」

「…………茅島さん……」

「…………」

「………………おやすみなさい」

「…………」

「…………………………」

「…………」

「………………ふくみ、会いたかったよ」

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