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「じゃあ、私の経緯を説明するわね」

 ようやく、茅島ふくみが自分の顛末を口にし始めた。

 状況としては端的だった。茅島ふくみは連続爆破事件調査のために、彼女を収容している施設からこの街へ派遣された。その矢先に、滞在先のホテルで爆発に巻き込まれて、間一髪で逃げ出た後に私の家に上がり込んできた。

 ここで軽く事件の概要をさらっておく。

 まず発端か数週間前だったか。そのころは、見るべき点のないありふれた事件だったみたいだけれど。確か、ガソリンスタンドで起きた、小規模な爆破事件だったが、それでも死者が数人出ていた。特徴的だったのはその現場。爆破の中心地点からは、死体の破片すら残らないほど、強力な爆弾が使用されていた。それ故に、犠牲者の身元とそもそも正確な犠牲者の人数すら、特定は困難だった。この辺りは、普通にニュースでも報道されていたので、私ですら一応聞いたことはあった。

 さらにそこから数件、同じような事件が連続して続いている。直近では、オフィスビルの受付、だったか。これが三日ほど前になる。いずれも使用された爆薬から、同一犯だと判断された。

 そして、この事件にはもう一つ特徴があった。

 それは爆破の前後から、監視カメラが機能を停止していること。すべての現場で、同じように。

 警察は、内部の協力者がいる可能性を疑っていたが、結局目ぼしい容疑者すら見つからず、実行犯の足取りすらも掴めず、事件の解決は困難だという結論が、世間には漂っていた。そんな状況の中で、生活スタイルを全く変えないこの街の連中も、どこかおかしけれど、まあそれでも確かに、出歩く人の数は目に見えて少なくはなった感覚はある。

 そして、続くように、茅島さんが襲われた事件。どう考えても、同じ爆破事件の関連だった。

「――で、私のチームだけど……」

 茅島ふくみの話に、私は意識を戻した。

 彼女らのチームは、基本的に一チーム三人で行動している。しかし、遅れて現地入りした茅島ふくみの端末が故障したために、連絡手段を断たれた。チームの他の二人が何処に滞在しているのかすらわからない。医師への連絡と、一時的に逃げ込めるところを探していた時に、私のことを思い出した、と彼女は言う。

 そもそもなぜ一般人である彼女たちが事件を調査しているのか。私はまっさきに疑問に思って尋ねてみた。彼女は、施設上層部に、自分が世間で問題のある行動を起こしているタイプの機械化能力者ではない、ということを証明する必要があるために、こんな任務に派遣されている、とだけ答えた。納得はできなかったが、私は口を閉ざした。

「彩佳、機械化能力者の指す意味は、わかるわよね」

「まあ、はい……。肉体を部分的に機械化した際に、それ相応の特殊な機能を搭載されている人たちの俗称ですよね」

「そうそう。よく知ってるじゃない」

「いえ、常識ですよ……」

 嬉しそうに微笑む彼女。機械化能力者という俗称で呼ぶのも憚られる彼女。

 私達と何も変わらないのに、変な施設に捕まり、身の潔白を証明しないといけない彼女……。

「それで私の機能は、まあ知っていると思うけど一応説明するわ」もちろん私は十分に知っていたが、彼女の話を遮る気にはならなかった。「簡単に言うとね、ものすごーく耳が良いのよ。場所さえ選べば、数キロ先の物音の正体だって割り出せる自信があるわ。パーツを換装して、前よりは少し機能が劣ってるけど、そのかわりメンテナンス性は上がったわ。この機能を使って、犯人の情報を集めるのが、私の役割ってわけ」

「でも、それだったらなんで危険な目に……? 耳使うなら、現場まで行く必要なくないですか?」

「じっとしてるのは、なんだか退屈なのよ。それに、危険に遭遇するのには、もう慣れたわ」

 そんな事に慣れなくてもいいのに。

私はそう心の中で呟いた。

「さて、私の目的は簡単に説明すると、二つ」彼女は指を二本立てた。つい写真に収めたくなるくらい映えた。「事件の犯人が、誰なのかを突き止めること。そしてもう一つは、犯人の機能が何なのか、はっきりさせること。これだけよ。逮捕権がないんだし、無理に無力化させて捕まえる義務は無いわ。その二つを調べて、医師に報告するだけでいい」

「なんでそこまでするんですか? だって……爆弾魔に襲われて殺されかけたのに、どうして茅島さんがそこまでしないといけないんですか? そこまでしないと、施設に認められないんですか?」

「そうよ」

 彼女は、表情を崩さずにはっきりとそう告げた。

「ここ最近かな、機械化能力者が起こしている数々の事件の所為で、私達までおかしな考えを持ってるって上層部には思われてるらしくて。迷惑な話なんだけど。反逆の意思はないってことを証明するために、似たような事件の似たような犯人を捕まえてこいっていうのが、上からの命令で私の任務なの」

「そんなの……」

 何もしてないのに、おかしすぎる。口にしようと思ったが、彼女は私が喋る前に言った。

「もちろん、そんな理不尽だけの話じゃなくて。件数上げて、無事に認められれば施設から退院。つまり社会復帰して、何処でも行って好きなところに住んで良いって許しが出るのよ。楽しそうでしょ?」

「普通の人は、そんな許しなんていらないですよ……」

「まあまあ。でも退院したら、何しようかなって、考えることは楽しいわよ。いろいろインターネットで調べてるんだけど」

「どうするんですか、施設を出たら」

 次の言葉を期待した。

 彼女は私の方なんて見ないで、いつの間にか考えていたことを口にする。

「そうねえ、どうせなら海外に行ってみたいかな。任務でさえ行かないもの。調べてるだけじゃどんな国かわからないし、自分の目と耳で確かめられるならそうしたいわ。彩佳、海外には何処か行ったことある?」

「……ありません」

「興味はある?」

「無くはないですけど、いかんせん私にはハードルが高いっていうか……」

「行ってみれば、なんとかなるものよ。私にとっては、ここだって海外みたいに意味不明な街なんだから」

 窓の外を、茅島さんは眺めた。私には見飽きた風景だったが、彼女にとっては真新しいのだろうか。

「いつまで、こっちにいるんですか?」

「決まってないのよね、それが……」彼女は困ったような顔をした。「もちろん目的を果たしたらすぐにでも引き上げるけど、そんな見通しすら今は立ってないじゃない。上層部がこれ以上は進展しないと判断した場合、コストが嵩むという理由で私達を引き上げさせる時もあるけど、私は昨日来たばかりだし、そんな判断はすぐには出ない。おそらく経験則から言って、一週間以上は留まることになると思うけど、説明した通り、泊ってたホテルが爆破されちゃって宿無しなのよね……」

 私の方にずいと顔を近づける茅島ふくみ。

 鋭いけれど、優しそうな瞳が、光を反射して私を写していた。

「それでさ、本当に申し訳ないんだけど、しばらく匿ってもらえない? 本当はあなたみたいな無関係の一般人に、ここまで深入りすること自体悪いことなんだけど、私ほかに頼る宛がないの。寝るところだけ用意してくれたら良いし、世話してくれなんて頼まないから、ね?」

「いえ、もう、それは全然構いませんけど……」

「やった! でもごめんなさいね、巻き込む形になっちゃて……」

「そんなの、いつものことですよ」

 むしろ微笑みを隠しきれない自分がいた。

 喉から手が出るほど会いたかった彼女。願ってもない状況。

 だけど一週間。長くても二週間はないだろう終わりの期間を、始まってもいないのに気にしている自分を、私は哀れに思った。

 なんて素直じゃない人間なんだろう。

 ずっと一緒にいてくれれば、そんな心配なんてこの世から溶けて蒸発するというのに。

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