救世主

盛田雄介

第1話 救世主

 山奥に1軒の古びた木造の家があった。屋根は崩れ落ち、壁も穴だらけ。鳥や小動物にとっては最高の住処であろう。

門から玄関までは草が生え放題で、通路には壊れた電化製品や破れた衣服、パンクした自転車が大量に置かれている。その他にも大量のゴミ袋や不法投棄された燃料タンクなどもあり、誰も寄り付かない。

しかし、ここには1人の男が住んでいた。長年、人との付き合いを拒み。ゴミを拾ってはリサイクル生活を行っていた。

当然、近所の住民は彼にゴミを廃棄するように説得を行ったが、彼はいつも

「私は地球に感謝し、この世に生まれた物全てに愛情を注いでいる。ここにゴミなどはない。文句があるなら、あっちにいけ」と住民の声を拒んだ。いつしか、彼に声をかける住民などは存在しなくなった。

そんな中、1人の少女だけが彼を気遣い声をかけ続けていた。

「おじちゃん。今日も何か持ってきたの」

「また、お前か。あっちに行け」彼が手で軽く追い払うと少女はすぐにその場を離れる。しかし、次の日もやってくる。

「おじちゃん。この自転車ちょうだい」

「あげる訳ないだろ。あっちにいけ」少女は何度、追い返されても必ず、彼の元へやってくる。その後もゴミを溜めて、少女を追い返すだけの生活は数年続いた。やがて少女も大人になり、次第に彼の家にも来なくなった。数年間ため込んだゴミは悪臭を放ち、住処にしていた小動物達すら離れていた。彼は、ついに孤独になった。

溢れかえったゴミのせいで外に出る事も難しくなり、自宅に引きこもり、外とのつながりは穴の空いた天井から見える一点の光だけ。晴れの日は張り付いたかのように布団の中から太陽の1日中眺め、雨の日はそこから水を飲んだりした。次第に起き上がる事も困難となり、指すら動かせなくなった。頭に浮かぶのは、あの少女のことだけ。

「最後にあの子に会いたかったな」布団の中で孤独に自分の運命を悟っていると、聞き覚えのあるあの声が聞こえた。

「おじちゃん。聞こえますかー」彼は玄関の方向に目を向けた。

「長野さん。大丈夫ですかー」どうやら、少女は1人ではないようだ。外からは大勢の人の声やサイレンの音が聞こえてくる。何やら、長野に声を掛けているようだが、身体が動かず、答えることが出来ない。痺れを切らし、1人の人間が皆に提案をした。

「しょうがない、玄関を壊して中に入ろう」少女を始め、多くの人間は同意し、総出で工具やチェーンソウで玄関を破壊し家の中に入った。廊下にも色んな植物が生えており、壁には多くの昆虫が走っていた。床はゴミで溢れかえり、足の踏み場などなかった。しかし、人々は気にせずにマスクやゴーグルを装着し、長野を探索した。数分後、少女は天井から差し込む日の光に導かれるように長野を見つけた。

「おじちゃん。大丈夫」少女は変わり果てた姿となった長野に駆け寄り、手を握った。

「助けに来てくれたのか」

「良かった。まだ生きてるのね」長野が少女の手を握り返すとすぐに1人の男に静止させられた。

「待ちなさい。彼は今大変な状態にある。素人が近づいてはいけない」男は他の場所を探索していたメンバーを呼んで、長野を取り囲み、機材を広げて長野に装着した

「では、これから処置を行います」男達は作業を開始し、長野の身体をスキャンし目を疑った。

「これは、なんてすごい身体なんだ」横たわる長野の背中からは植物の根の様なものが数百本も生えており、腕や脚、腹部からは天井に向かってキノコの様な物が数十本生えていた。

「おじちゃんは助かるのですか」少女は変わり果てた長野の身体を案じた。

「助かるどころか、彼は健康そのものだ。心臓もしっかり動いているし、問題ないよ」

「どうして、こんな身体になったんですか」

「冬虫夏草って知っているかね。キノコの仲間で蛾の幼虫などに寄生して成長する植物がいるんだ。もしかしたら、それと類似した植物に感染して成長したのかもしれない」男は少女にデータの紙を渡した。

「更に彼の成分を調べるとあらゆる病気に打ち勝てる最強の免疫細胞があることが分かった。この劣悪な環境で生活してきたから作られたのだろう」少女は涙を流して、長野へ目を向けた。

「私が、もっと早く気づいていれば…」

「そうだね。でも、過ぎてしまったことは仕方がないんだよ。君のお母さんの病気は治せなかったが、弟くんはこれで助かる筈だよ」

「本当ですか」少女は男性に飛びついて喜んだ。

「彼は人類の救世主だ」長野は少女に見守られながら根こそぎ丁重に運ばれて行った。

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救世主 盛田雄介 @moritayu

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