第84話

「ところで、ノッポ」

「なに、金太」

「ノッポは天体に強いのか?」

「なんで?」

 ノッポは自分から言い出したのをすっかり忘れているような目をしている。

「なんでって、この星座観察はノッポが言い出しっぺじゃないか」

「それほど詳しくはないけど、小学校のときに『天文クラブ』に入ってたから、少しくらいは……」

 ノッポは胸を張ってコーラを飲む。

 8時近くになってようやく空に残された白さが消え、頭上には染まりそうなくらい美しいコバルトの色をした空が、まるで幕を引いたかのように展がっていた。

「もうそろそろいいんじゃないの?」

 愛子は、ベランダから部屋の中にいるふたりに向かって大きな声で呼んだ。

「ちょっと部屋の電気を消してくれないか。周りが明るいと星が見にくいんだ。うーんこのへんは家や街灯の明かりが多いから見えないかもしれないな」

 ノッポはあちこち首を巡らしたあと、試験のヤマカンがはずれたみたいに残念そうな顔をする。

「夏の星座の代表といえば、こと座のベガ、わし座のアルタイル、そしてはくちょう座のデネブが拵える『夏の大3角形』なんだ」

 ベランダの手摺りに手を置きながらノッポは説明した。

「へえーッ」金太は感心して思わず声をもらす。

「もう少しつづけると、ベガが織姫星でアルタイルが彦星。その間の河になった星の帯が天の川だ」

「それは聞いたことがあるわ。でも1年に一度しか会えないなんてかわいそうよね、織姫と彦星って」

 残念ながら目的の星を見つけることはできなかったが、愛子は自分だけには見えるといったように、じっと空を見上げたまま寂しそうに呟いた。

 愛子と肩を並べるようにして空を見ていた金太だったが、内心は心臓の音が聞こえそうなくらい緊張している。愛子に気づかれないようにそおっと胸を擦る。

 そのとき愛子の髪から微かに洗い立ての髪の匂いがした。金太はもう星空どころではなくなってしまっていた。

 そのとき、ノッポが手招きで金太を呼んだ。

「金太、ぼくちょっと用事を思い出したけん、ぼく先に帰る」

 ノッポは愛子に聞こえないように小さな声で伝える。

「はあッ? なに言ってんだよ。ノッポが帰るんだったら、オレも一緒に帰るさ。アイコとふたりきりでいられるわけないだろ」

 金太もつられて小声になっている。

「でん、絶好のチャダンスやなか? この際思い切ってコクったらよか」

「おまえぼくにそれをさせたくて、そいで先に帰るとかなんとか言ってるんだな」

「ちょっとォ、ふたりしてそこでなにこそこそ話してんの? もう星見ないの? きれいだよ」

 愛子は、首が折れるくらい顔を上げて、宝石のように耀く星を見ていた。

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