第9話

 ノッポが自席に座ったまま肩を落としてしょぼくれていた。

 偶然通りかかった金太が、「どうしたんだよ?」と声をかける。だがノッポは黙ったまま口をきこうとしない。気になった金太がもう一度顔を覗き込むようにして訊く。しかしノッポはやはり黙ったままなにも言わなかった。

 ノッポはあまりにもショックで、起った事実を口に出すことさえできなかったのだ。これまでずっと福岡の学校で過ごしてきたために、周りはみんな自分と同じ言葉をしゃべっていた。だから言葉のことでこれほどまでに傷つけられるとは考えもしなかった。それだけならまだしも、理由わけもなく次の授業のために机の上に出しておいた英語の教科書の表紙がビリビリに引き裂かれていたのだ。学生のバイブルでもある教科書をこんな形にされたことに、この憤りをどこに向けたらいいのか困惑していた。


 ノッポに対するイジメはそれだけにとどまらなかった。

 月曜日の朝、みんなが登校をすると、なんとなくいつもの朝とは違う空気が教室に流れていた。それに気づいた生徒もいればまったく気にしない生徒もいる。

 授業のはじまる10分ほど前になって風紀委員の今井綾加いまいあやかが血相を変えて教室に跳び込んで来た。

「ちょっとみんなァ、聞いてェ! 飼育小屋がたいへんなの」

「飼育小屋がどうかしたのか?」

「そう、飼育小屋の戸がこわされて、みんなが可愛がっていたウサギが殺されてたの。それも4羽とも……」

 綾加は涙声になってみんなに伝えた。

 それを聞いた金太たち数人が、綾加のあとからどやどやと廊下を走って飼育小屋に向かう。

 飼育小屋まで行くと、すでに先生3、4人と、事件を聞きつけた生徒が小屋を取り囲んでいた。金太たちは人垣を掻き分けて中を覗き込んだ瞬間、そのあまりにも凄惨な光景に絶句した。

 小屋は3メートル4方で、3方が金網張りになっている。ウサギはその中で4羽とも目を見開いたまま、白い躰で地面に横たわっていた。それだけならまだしも、どのウサギを見ても片方の耳の先が鋭い刃物で切り取られていたのだ。

 そうこうしているうちに先生に教室に戻るよう指導された。

 金太は教室に戻ったあとも動揺を隠すことができず、みんなに飼育小屋で起きたことを聞かれても、まともに説明をすることができなかった。

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