あなたとの新しい関係



◇◇◇


 アウラがモールビル家の家庭教師を辞したのはそれから一年と数か月が過ぎた春のことだった。


 デイヴィッドと心を通わしたのはいいけれど、だからといってすぐに家庭教師を辞めるわけにもいかない。

 というのもマノンが頑としてアウラの退職を拒絶したからだ。最初は一年契約だったところを、後任が見つからないからとその後数か月引き延ばすことになった。


 ということでアウラが十九になった年の五月、アウラはお役目ごめんとなった。


 今日、迎えに来たデイヴィッドと共にダガスランドへと帰ってきたのだ。

 アウラは久しぶりのダガスランド中央駅に目を細める。


 実は去年の夏の休暇の折、デイヴィッドの元へ帰ってはいたのだが、なんというかあのときとは違い、これからアウラは彼の妻としてずっと彼と寝食を共にする。


「どうしました?」


 デイヴィッドはアウラの腰に手をまわして引き寄せた。駅舎は人の出入りが激しいからだ。

 アウラは彼の指にはまった指輪に視線を落として、それからにっこりした。

 アウラの指にも同じものがはまっている。


「ううん。しいて言うなら、帰ってきたなあって」


 人の多さも、人種の多さもさすがはダガスランドだ。列車から立ち込める煙とか、ダガスランド特有の空気だとかが懐かしい。


「わたしにとってダガスランドって、もう故郷も一緒なのよね」

 アウラはしみじみとした口調になる。

「僕にとっても同じですよ。あなたがいてくれるから、僕にとってもここは故郷になるんです」


 デイヴィッドはアウラの額に口づけを落とした。

 彼が自分の気持ちをアウラに伝えてくれてから、デイヴィッドはアウラに触れてくれるようになった。これまでのどこか他人行儀な距離とは違い、デイヴィッドはアウラの腰に手をまわしてくれるし、抱きしめてくれる。


「ここは騒がしいですからね。さっさと行きましょうか」


 デイヴィッドは喧騒漂う駅舎にずっといるつもりはないらしい。さっさとアウラを馬車乗り場へと誘う。

 荷物を積んだ辻馬車が向かうのはアウラが慣れ親しんだ家ではなく、デイヴィッドが新しく用意した一軒家だ。


 街中の喧騒から次第に住宅街へと景色が変貌していく。ダガスランドの高級住宅街の一角のとある住宅を買ったと聞かされたときは、お金大丈夫? と思ったけれど、彼はアウラが考えているよりも財産を蓄えているらしい。

 やがて新居へと到着をしたアウラはついきょろきょろと内部を眺める。


「まだ手入れをしていないので、アウラの住みやすいように手を加えてくれていいですよ」

 新しい家にはピアノもあるという。


「わたし、前の家でもよかったのに」

「あそこは少し手狭ですし。それに」

「それに?」

「どうにもあの家であなたに手を出す勇気が持てないんです。なんていうか、十四歳の頃のあなたが離れなくて」


 弱ったような声を出したデイヴィッドにアウラは笑ってしまった。


 想いが通じ合った去年の冬に、アウラとデイヴィッドは正式に結婚をした。

 そういう手続き関係の仕事は早いのに、彼はけじめだと言ってこの一年以上もの間口づけ以上のことをアウラにしなかったのだ。


 その彼が、手を出したいという意思を示してくれた。

 なんだか照れくさいけれど、新しい生活にわくわくもする。


 アウラがデイヴィッドに求められたのは帰宅をした二日後のことで、その日からアウラはデイヴィッドと同じ寝台で寝起きをするようになった。


 毎日一緒に食事を共にして、夜は彼の腕の中で眠る生活を続けているうちにアウラは自分の体調の不具合を感じ、デイヴィッドの強い勧めもあり医者にかかった。

 医者から告げられたのは、アウラの予想通りの言葉で、それをデイヴィッドに伝えると、彼は思い切りアウラのことを抱きしめてくれた。


 また冬の季節がやってきた。

 暖かな部屋の中で生まれてくる赤ん坊のための編み物をしながらアウラは夫の帰りを待っている。 

 やがて帰宅をした夫はいつものようにアウラに口づけを落として、それからお土産を手渡してくれた。


「おかえりなさい、デイヴィッド」

「ただいま、アウラ」

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