デイヴィッドの告白

 デイヴィッドと二人、花壇の近くにあるベンチに腰を下ろした。

 彼は一体何の用件があってリーズエンドを訪れたのだろう。

 アウラは注意深くデイヴィッドを観察した。


 彼はアウラの視線を受け止めて、しばらくしてから口を開いた。


「アウラ……、僕はずっと自分に言いきかせてきました。僕はあなたの後見人で、僕はあなたに責任をもたなければならないと。だから、僕はあなたの想いを拒絶しました。あなたの気持ちを無視して……」


 アウラは顔を強張らせた。

 どうして、またそんなことを言うのだろう。もうアウラの中では終わらせたことなのに。


「そんなこと、言うためにわざわざリーズエンドまで来たの?」

 アウラの声が震えた。

「はい。ちゃんと、僕の気持ちを最初から伝えたくて。聞いてください。あなたが去ってから僕はずっとさみしかった。ずっと、ずっとあなたは僕から離れないと思い込んでいた。いや、信じていました。けれど、それは傲慢でした」


 アウラはデイヴィッドを見つめた。

 アウラの気持ちを拒否して、それでもデイヴィッドの側に居続けることなんてできなかった。


「あなたが去って僕は自分の気持ちを見つめなおしました。僕は、いつのころからか、あなたを一人の女性としてみていました。けれど、それは僕にとって許しがたいことでした」


 彼は真摯にアウラを見つめる。

 静かな声だった。

 アウラは彼の言葉にじっと耳を傾ける。

 この言葉はどこへ行きつくのだろう。


「あなたを女性として愛しています」


 次の言葉にアウラは自分の耳を疑った。

 彼は今、アウラのことを愛していると言った。


 あの時は拒絶をしたくせに。

 どうして、今更。


 アウラの顔から彼は正確にアウラの言いたいことをつかみ取ったのだろう。


「今さらって気持ちはわかります。僕も認めるのが怖かった。いや、認めたくなかった。そんな即物的な男だと、思いたくなったんです。プライドってやつですね。ごめんなさい」

「それって、何に対して謝っているの?」

 アウラはつい意地の悪いことを言ってしまう。


「全部です。あなたを拒否したのに、結局は耐え切れなくなってあなたを連れ戻しに来たことと、前回あなたを傷つけたことに対してです」

「あなた、さみしさと恋を混同していない?」


 アウラは確認するようなことを言う。

 結局彼はアウラのいない生活に空虚さを感じているだけではないか。


「最初はそう思い込もうとしていました。ずっと考えていました。あなたへの気持ちについて」


 そう言って彼はアウラがデイヴィッドの元を離れてからのことを語って聞かせた。


 アウラから手紙が一通も来なかったのが辛かったこと。冬物の衣類をクラリスに頼んで送ってもらったことが面白くなったこと。クレイの挑発めいた言葉に腹が立ったこと。


 アウラが自分の知らない土地で、誰かと結ばれることを想像したら胸が痛んでどうしようもなかったこと。


「結局僕は、アウラのことを自分の手で幸せにしたいんです。あなたを女性として見ているから。あなたが誰か別の男に抱かれることなんて、許せるはずもないのに。それを看過しようとしていたんです。ほんっとうに馬鹿です」

「その言葉そっくり返してあげるわ。わたし、あなたがわたし以外の女性を抱くのが嫌でたまらなかったもの」


 十四歳のころからずっとアウラは傷ついていた。自分のことを抱けばいいのに、と本気で思っていた。

 デイヴィッドにならアウラは全てを差し出せる。


「あなたが離れて行ってようやく自分の気持ちに気が付きました。もしも、あなたがまだ僕に気持ちを残してくれているのなら……僕の手を取ってください」


 アウラはすぐにその手を取ることができなかった。だから、つい確認めいた言葉を言ってしまう。


「あなた、わたしのこと好きだっていうなら、ちゃんと……わたしに口づけできるっていうの?」

「もちろん」

「ほんとうに?」


 アウラは信じられなくてデイヴィッドを睨む。デイヴィッドはアウラの頬に腕を伸ばしてきた。

 初めて彼から優しく頬を撫でられて、アウラは半信半疑でじっと彼を見つめる。


 デイヴィッドの手はとてもやさしかった。

 アウラは彼の瞳から目が逸らせなくなった。彼の中に、明らかに自分を見つめる視線がこれまでのものと違った色があることに気が付いたからだ。


 男が、女を見つめる目をしていた。

 色香をただよわせるその視線に、アウラはぞくりとした。


「あなたこそ、嫌ではないですか? 僕に触れられて。唇を奪った後に、泣かれたら僕も泣きますよ」

「嫌じゃないわ」


 アウラは囁いた。

 デイヴィッドの顔が近づいてきた。

 彼の片腕がアウラの背中に回される。

 アウラはそっと瞳を閉じた。彼からの次の行動を待つ。


「アウラ、愛しています」


 彼のつぶやきが耳元をくすぐった次の瞬間、暖かなものがアウラの唇を覆った。

 デイヴィッドに包まれていると感じたら、たまらなくなってアウラは自分の腕も彼の背中に回した。


 デイヴィッドの口付けは優しかった。

 何度か繰り返し、やがて二人は顔を離した。


「アウラ、僕の元にかえってきてください」

 デイヴィッドはアウラを抱きしめたまま懇願をした。

「わたし、とってもわがままよ。あなたとこれまで通りの関係なら、あなたの元には戻れない」


「ええ、わかっています。僕はもうあなたの後見人だなんて言いたくありません」

「だったら、何だっていうの?」

「あなたを愛するただの男です。道徳心だとか、そういうことに縛られたくはありません。あなたが欲しいんです」


 アウラはデイヴィッドの瞳を覗き込んだ。

 やっとほしい言葉が聞けた。

 ずっと願っていた。彼からアウラが欲しいと言われたかった。彼から求められたかった。一人の女性としてデイヴィッドの前に立ちたかった。


「わたし以外の女性を抱かないって約束してくれる?」

「ええ、もちろんです。ほんっとうに僕はどうしようもない人間でしたね」


「それでもあなたのことを嫌いになれなかったの」

「こんな僕を見捨てないでいてくれてありがとうございます」


 デイヴィッドのアウラを抱きしめる力が強まった。

 二人はもう何も言わなかった。

 アウラは彼のぬくもりに安心して身をゆだねた。

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