現れた客人
◇◇◇
年暮れに一人きりじゃさみしかったから、住み込みの家庭教師というのは良い選択だったとアウラはしみじみと感じ入る。
もちろん、自分は使われている立場で主人一家と同じというわけにもいかないが、家庭教師は使用人よりも立場が上な場合が多い。
モールビル家もアウラを娘の家庭教師として尊重をしてくれている。
マノンは少し癇の強いところがあり、これまでの家庭教師と合うことが少なかったそうだ。ベテランの、それこそアウラの母親のような年の家庭教師とそりが合わずにいたずらばかりしていたようで、アウラのような新人だったら娘も懐くのではないか、とアウラが雇われた。
紹介状を書いてくれたプロイセ夫人には感謝である。
アウラに客人が訪れていると、知らせてくれたのはモールビル家の使用人だった。
年末ということもあり、マノンの勉強もお休み中だ。ピアノのおけいこは欠かさないが、それ以外は休みで彼女は子供部屋で弟と遊んでいる。
アウラは階下の家族用の居間へと入室した。
「あら、アウラ。ダガスランドからのお客さんがいらしているわよ。出かけてきなさいな。積もる話もあるでしょう」
夫人はマノンと同じ金茶色の髪の毛を揺らしながら上機嫌だ。
気のいい女性で、アウラのことも何かと気にかけてくれる。
「ええと、どなたがいらしているのでしょうか」
アウラの頭の中にクラリスや何人かの友人の顔が浮かぶが、この年の瀬にわざわざ列車に乗って田舎町までやってくるだろうか、と失礼な考えをする。
「ふふっ。男性よ、ヴァイセンくらいの年頃の」
アウラは気のいい青年の顔を思い浮かべる。あか抜けない素朴なヴァイセンと話しているとほっこりする。
ほっこりしかけたところでアウラははっとする。彼と同じ年頃でダガスランドからの客人と言うことは。
おそらくはデイヴィッドのことではないだろうか。
「奥様、わたしはその……」
アウラは咄嗟に客人には相対しない旨を伝えようとした。
「まあまあ、いいじゃない。顔を見せるくらい。聞けばダガスランドではずっとあなたの面倒をみていてくれたのでしょう。近況報告くらいしなさいな」
(やっぱりデイヴィッドなのね)
アウラは沈痛な顔になる。
今更何の用なのだ。それでもアウラが逡巡していると、業を煮やした夫人に追い出された。
仕方がない。顔だけ見せてすぐに帰ってもらおう。彼だって、ずっと目にかけてきたアウラのことが心配なのだろう。
アウラが覚悟を決めて、部屋から外套を羽織って外へでると、邸の前庭にはやはりというか、デイヴィッドの姿があった。
アウラは玄関で立ち尽くした。もう彼のことは忘れなきゃと何度も自分を戒めてきたのに、いざデイヴィッドの顔を見ると懐かしさと愛おしさでアウラの胸がきゅっと締め付けられる。
彼は少しやつれたかもしれない。
デイヴィッドはアウラを目にするなり、記憶と変わらない笑顔を作った。
「久しぶりですね、アウラ」
「え、ええ。あなたは、その……ちゃんと食べているの?」
アウラはつい心配して聞いてしまう。
「少し歩きましょうか」
デイヴィッドはアウラの質問には答えずに門扉を開いた。
アウラはどうしようか迷った。
ついてこないアウラのことを振り返ったデイヴィッドは「お願いします」と付け加えた。
彼は真剣な顔で懇願する。結局アウラは、デイヴィッドを邪険には出来ないのだ。お願いをされるとアウラの足は自然と前に出てしまう。
二人は並んで歩き始める。
「初めて来ましたが、雰囲気の良い街ですね」
デイヴィッドはあたりを眺めながら感想を漏らした。
「ダガスランドに比べると小さいでしょう。でも、治安もいいし、列車も通っているからそこまで田舎でもないのよ」
アウラも彼の話題に乗ることにした。
しばらく二人は取り留めのない話題を口にする。リーズエンドの街についてがほとんどで、あとはデイヴィッドの近況についてだった。
「どこか落ち着いて話の出来るところはありませんか?」
「公園とか、街中の喫茶室とかかしら」
「公園でもいいですか? アウラが寒くなければですけど」
「わたしは平気。あったかい肩掛けを買ったから」
アウラは外套の上から大きな肩掛けを羽織っている。寒さ対策でつい最近手に入れたものだ。羊の毛を織った肩掛けは値が張って痛い出費だったが、そのおかげで外出も苦ではなくなった。
アウラは邸からほど近いところにある公園にデイヴィッドを連れて行った。
大きくもないけれど、木々が等間隔に飢えられ、花壇もある手入れのされた公園だ。この季節はさすがに閑散としている。
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