本当の気持ち
◇◇◇
それからさらに二十日ほどが経過したとき。
デイヴィッドの元へクラリスとクレイが訪れた。
「ようこそ、手紙にある通り、アウラの荷物ですよね」
デイヴィッドはにこやかに二人のことを出迎えた。
あらかじめクラリスからは手紙をもらっていた。
冬支度のために、アウラの自室から冬物の衣類を取ってきて送ってほしいと依頼をされたそうだ。
「ええそうなんです。女の子じゃないと、わからないこともありますから」
クラリスは余所行きの笑顔のままデイヴィッドに挨拶をして、ファーカー夫人に案内されるまま階段をあがっていった。
デイヴィッドはクレイと共に玄関広間に取り残される。
どうしてこいつまで付いてきたんだと思っていると、彼の方から「俺はただの荷物持ちだ」と付け加えられた。
デイヴィッドは「ああそうですか」と返事をして居間へ通した。
ファーカー夫人が一度階下へと戻ってきてコーヒーを入れる準備を始めた。夫人は二人の元にコーヒーとクッキーの乗った皿を置いていった。
クラリスの分は彼女がそのまま階上へ持て行った。
男同士、しばし沈黙が訪れる。
そういえばクレイと二人きりになるのはこれが初めてのことかもしれない。
今更何を話してよいものか、デイヴィッドはコーヒーをちびちびと舐める。
「あいつ、結構相手の家族に受け入れられているみたいだぜ」
最初に口を開いたのはクレイだった。
「手紙……ですか?」
デイヴィッドは愕然とした。
自分には来ない手紙が、どうして彼には届いているのか。
「ああ。定期的に手紙のやり取りをしているからな」
クレイが少しだけ得意げな声を出す。
「クラリス嬢との、間違いじゃないですか?」
「いいや。一応俺あてにも届くぜ。ま、あいつ宛の手紙に同封されて、だけどな」
「でしょうね」
デイヴィッドはほっとした。
けれど、自分にはまったく音沙汰がないのにクラリスとは頻繁に手紙をやり取りしているらしい様子に不貞腐れたくなる。
荷物だって、一言デイヴィッドにいってくれれば直接持って行くのに。
「アウラは、おまえに振られたんだってな。おまえ、アウラのことなんとも思っていないんだろう。だったら、俺がもう一度彼女に求婚しても文句はないよな」
クレイは腹をくくったようにデイヴィッドに視線を投げかける。
対面に座った彼は挑むような目つきをしている。
「アウラはあなたのことは好きでもなんでもないんでしょう? 迷惑行為は慎むべきでは?」
「ふん。いつまでもおまえのことを考えていてもしょうもないだけだろう。いまのあいつには側にいる誰かが必要だ。リーズエンドのぽっと出の男なんかに彼女を攫われてたまるかよ」
クレイは膝に肘をついて、その上に顎を乗せた。
彼の言葉が突き刺さる。
リーズエンドのぽっと出の男。
もしかしたら彼女はすでにリーズエンドの男から告白をされたのかもしれない。
デイヴィッドの胸が苦しくなる。
「おまえ、アウラのことなんとも思っていなんだろう。どうしてそんな顔をするんだ」
「僕は……別に」
「あいつ、俺が告白したのにおまえへの気持ちばかり言ったんだ。そのときの俺がどれだけ悔しかったか、おまえにわかるのか?」
クレイは突然標的をデイヴィッドに変えたようだ。
「おまえは、俺とアウラの仲を邪魔したよな。いつかの舞踏会の時。あのとき俺は心底思ったよ、後見人なんて嘘っぱちじゃないかってさ」
「だったらそのときにアウラを諦めてほしかったですね。あなた、彼女を泣かせたでしょう」
言われっぱなしだったデイヴィッドは別の出来事を持ち出した。
「あら、彼女を泣かせたのはデイヴィッドさんでしょう」
突然飛び込んできた少女の声に二人はそちらに首を向けた。
いつの間にかクラリスが立っていた。
「クレイお兄様も最低だったけど、アウラが泣いたのは、あなたへの想いが爆発したからよ。お兄様にはざまあみろ、よね。だまして彼女を呼び出した挙句に、拒絶されて別の男への想いを言い募られて」
「おまえ、どっちの味方なんだ」
クレイが苦い声を出した。
「アウラの味方に決まっているじゃない。それとわたし怒っているのよ。アウラったら勝手にリーズエンドの家庭教師の話を受けちゃって。結構遠いのよ。今までのように頻繁に遊べなくなったのよ。全部デイヴィッドのせいじゃない」
クラリスはこれまでの友好的な態度を一転させて怒っていた。
「僕のせいってわけでは……」
「あなたのせいよ! あなたがアウラのことを拒否するから。それなのに、アウラに出て行かれて不幸のどん底みたい顔をして。見苦しいわ。あなた、アウラのこと好きなんじゃない。だったらさっさと迎えに行ってよ!」
クラリスは叫んだ。
彼女はアウラの気持ちをずっと知っていたのだろう。キッとデイヴィッドを睨みつける。
「僕は、彼女の後見人なんです。その僕が彼女を女性として見るなんて、そんなの駄目ですよ」
「別にいいじゃない。アウラが嫌がっているのならわたしは全力で邪魔をするけれど、アウラはあなたのことが好きなのよ。ずっとずっと、ずぅぅぅっとね!」
クラリスは感情の行き場を失くしてやけになった子供みたいに最後喚いた。
挑む様に大きな声を出して、今は肩が上下に揺れている。
「おまえが素直にならないんだったら、俺だっていつまでも未練がましくアウラを追いかけたくなるんだよ。おまえ、嫌がらせのつもりか? なにがあってもアウラは自分から離れたりしないって。傲慢だな」
クレイが追い打ちをかけるように妹の言葉に被せてきた。
「本当は……あなたに文句を言うために無理やり口実を作って今日ここに来たの。アウラ、元は全部デイヴィッドに買ってもらったものだから、余計な荷物は要らないって固辞していたのをわたしが無理やり手紙で説得したのよ。あなたの元を訪れる口実が欲しくて」
クラリスは自身のポシェットから封筒を取り出してデイヴィッドに突きつけた。
デイヴィッドは受け取った封筒を見下ろした。簡素な封筒にあて名は書かれていない。
「どうぞ、アウラからあなたにって」
デイヴィッドははじかれた様に封筒を開けた。中から出てきたのは小切手が一枚。
「アウラ、あなたに出してもらった学費全部返したいんですって。今回はわたしが預かったのだけれど……。アウラは本当にあなたから独立をする心積もりよ」
デイヴィッドは何も言うことができなかった。
アウラの決意の堅さを目の当たりにしたからだ。学費を返済するだなんて、そんなこと考える必要もないのに。
クラリスは呆然とするデイヴィッドを一瞥してもう一度アウラの部屋へと戻っていった。
クレイは何も言ってこなかった。
それからしばらくして、荷物をまとめたクラリスは挨拶もそこそこにデイヴィッドの自宅から出て行った。
彼女の荷物がまた少なくなる。
デイヴィッドはよろよろした足取りで無人になったアウラの部屋へと入った。
人の気配のない、さみしい部屋だった。
彼女が十四歳のときから使っていた部屋である。
だれかが自分の帰りを待っていてくれる生活は、デイヴィッドを暖かな気持ちにさせた。自分はもう手に入れることはないんじゃないと思った、誰かとのぬくもりのある生活。
それをアウラは与えてくれた。
寄宿学校にやっても、彼女からは頻繁に手紙が来たし、休暇の折には短い滞在ながらもちゃんと帰ってきてくれた。
手紙には日々の出来事や先生から叱られたことや、お出かけのことなど多岐にわたっていて、デイヴィッドはすぐ近くで彼女から報告を受けているようで、さみしくはなかった。
少し寂しいと感じれば面会に行ったし、はにかみながらもデイヴィッドの相手をしてくれるアウラと話をすれば日々の疲れも癒された。
会うたびに成長をしていくアウラがいつのころからか眩しくなった。
年頃の娘らしく成長したのに、昔のままデイヴィッドのことを慕ってくれる少女。
居心地の良い関係のままでいることを望んだのだ。後見人のままでいれば、ずっと彼女と一緒にいられる、と。
「わかっていますよ……。僕が望むことは傲慢だってことくらい」
アウラのことを想うなら中途半端はいけない。彼女の想いに答えられないのなら、彼女とは距離を置くべきだ。
庇護する対象として見るのなら、そろそろ彼女を離すときだったのだ。
独り立ちをし、仕事を持つというのなら応援をしないといけないのに、彼女が自分を必要としないのが悲しくてたまらない。
アウラを愛している。
それは当然だ。ずっと一緒に暮らしてきた。彼女のことを守りたい。
それはデイヴィッド自身のことも含まれている。アウラを傷つける者は許さない。
だったら、今デイヴィッドは自分自身を許せないのだろう。結局アウラを傷つけたのはデイヴィッドなのだから。
アウラが離れていくことが辛く悲しいのに行動を起こせないでいる。
クレイはおそらくアウラにもう一度想いを伝えるだろう。
それをデイヴィッドは許せるのだろうか。
デイヴィッドはもう一度大きく息を吐いた。
無人の部屋の中でそれはやけに大きく聞こえた。
温かみの無い部屋の中でデイヴィッドは途方に暮れた。
彼女が欲しい。アウラを手元に置いておきたい。結局残ったのはそんな感情だった。
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