二度目の告白

「実は、『ラ・メラート』の従業員から……あなたがプロイセ氏と一緒にいたとき、泣いていたと報告を受けました。あなた、ほんとうに彼とはなんでもないんですか? なにか嫌な目にあったというのなら僕に正直に話してください」


 アウラは驚いてデイヴィッドの顔を凝視した。デイヴィッドは真面目な顔をしている。彼に心配をさせたのだろう。

 あのときは、用心のためにデイヴィッドも関わっているホテルの喫茶室を選んだ。


 万が一、クレイに強引にされそうになったときの保険で、アウラの顔を知る者のいる場所を選んだからだ。

 けれど、泣いていただけで報告が行くとは思わなかった……いや、その可能性もあった。けれど、彼が何も言ってこないから油断をしていた。


「なんでもないのよ。ちょっと意見が食い違っただけだし」


 アウラはデイヴィッドから視線を外して口早に答えた。

 要するにそういうことだ。彼とは意見が合わなかっただけ。だから言い合いに発展したし、二人の間で決着はついている。


「プロイセ氏は、あなたに好意を持っていますよね。今日もやたらとあなたにまとわりついていましたし」

「そんなこと、ないわよ」


 アウラはようやくそれだけを言う。

 だから何だというのだ。


「あなたがプロイセ氏のことを好いているのなら良いのですが……。もしも迷惑に感じているのなら僕が対処しますよ」

「やめて!」


 アウラは思わず叫んだ。そんなことをされたら、クレイがうっかりアウラの気持ちを彼に告げてしまうかもしれない。

 言ってからアウラは我に返った。

 デイヴィッドも呆けた顔をしている。


「すみません……でしゃばりすぎでしたね」

 デイヴィッドが笑顔を混じらせたが、その顔は弱っていた。


「いいのよ、あなたはわたしを心配してくれているだけなんだから」

「ええそうですね。あなたが心配なんです。アウラはどんどんきれいになっていきますし」

「ありがとう」

「きっといい縁談もたくさん舞い込むんでしょうね」


 デイヴィッドから縁談と言う言葉を聞かされて、アウラは目の前が真っ暗になる。


「あなたは……わたしをどこかへお嫁にやりたいの?」

 無意識に聞いてしまった。


「い、いえ……積極的にではありませんが。やはり……その。女性が一人で生きていくには厳しい時代ですからね」


 アウラはデイヴィッドの言葉に胸を痛ませた。彼の中ではアウラがどこかへ嫁ぐことが規定事項になっていることを思い知らされた。

 ずっとデイヴィッドの側にいたいのに。それは駄目だと突き付けられたも同然だった。


「いや……わたし、ずっとここにいたい」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですよ」


 デイヴィッドが口元を緩めた。

 完全に社交辞令だと思われている。

 悔しかった。アウラはずっとずっとデイヴィッドのことだけを見つめてきたというのに。一度振られて以降、そのそぶりを見せなかったのはアウラだ。

 だけど、このまま黙っていたらアウラは近い内にどこかへお嫁に出されてしまうかもしれない。


「わたしが好きなのはあなたよ。十四歳のころからずっと変わらない」


 アウラはデイヴィッドに自分の気持ちを打ち明けた。

 大きな声ではなかったのに、その声は思いのほか強く響いた。

 デイヴィッドは立ち竦んでいる。

 彼は目を見開いた。


「ずっと、ずっとあなたのことが好き。あなたじゃないと嫌」


 一度気持ちを吐露すると、これまで我慢してきたものが一気に噴き出した。濁流のような感情が喉からせりあがる。


「デイヴィッド、あなたを愛している。わたし、大人になったわ。たくさんの出会いもあった。だけど、あなた以上の人はいない。デイヴィッドが好き」


 アウラは感情のままにデイヴィッドの胸に飛び込んだ。

 ぎゅっと彼の胸に顔を押し付けて両腕を背中に回す。彼の使っている整髪料の香りだとか、彼自身の香りがアウラを包み込む。


 もうすぐ十八になる。あの頃は本気にしてもらえなかった。けれど、今ならデイヴィッドも考えてくれるのではないかと思った。

 アウラはじっと彼の胸の中で彼からの言葉を待つ。


「……駄目ですよ、アウラ」


 一言目に拒絶が来た。

 アウラの心臓がぴしりと音を立てた。


「離れてください。僕はあなたの後見人なんです」

「後見人でも……あなたとわたしは赤の他人だわ」


 兄弟でもないし叔父と姪でもない。まったくの血のつながりのない間柄。だから、アウラがデイヴィッドに恋をするのに障害など何もない。


「酷いですね。僕はあなたを家族だと思っているのに」


 デイヴィッドの乾いた声が響く。

 アウラはその声で、デイヴィッドがアウラを受け入れるつもりがないことを理解した。

 二度目の失恋は、前回よりもはるかにアウラの心をえぐった。

 どこかで、期待する気持ちがあった。

 大人になった今なら、もしかしたら受け入れてもらえるかもしれないと。


「もちろん、わたしはあなたに感謝をしている。あなたが助けてくれなかったら、今頃わたしはここにいないもの。でも、でも……わたしが欲しいのはただの家族じゃなくて……あなたと生涯寄り添える、そういう家族なの」


 アウラはデイヴィッドの胸から離れた。

 人一人分間を空けて彼と対峙する。


「今だってあなたと僕は生涯切れない絆で結ばれています」

「違う! そういうのじゃない。わたしが欲しいのは、あなたと特別な愛情で結ばれた、家族になりたいってこと!」

 彼に女として見てもらいたい。彼に異性として、愛されて抱きしめられたい。


「アウラ、聞き分けてください」


 デイヴィッドは苦しそうに声を絞り出した。その表情からアウラは自分が彼を苦しめているだけなのだと理解する。

 きっと何を言っても彼には届かない。


「ごめんなさい」


 アウラは階段を駆け上がる。

 一人になりたかった。

 アウラは自室に駆け込んで、そのまま寝台の上に飛び込んだ。

 涙が溢れてきた。声もなくアウラはすすり泣いた。

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