友達とのお茶会

◇◇◇


「そういえば最近男と会っているんだって?」


 聞かれたのはクラリスの屋敷でお茶会をしている時だった。

 クラリスともうあと何人かの少女たちとお菓子をつまんでいた時。

 呼ばれていないクレイが茶会の席に乱入してきて、開口一番にアウラに詰め寄った。


「デイヴィッドのことかしら」

「違う。銀髪の男だ」

「それなら、ベレーのことね。わたしと故郷が同じなの。亡くなった父の元教え子なのよ」


 少し硬い声になったのは、人の私生活をのぞき見されたような気がしたから。

 アウラの答えに同席していた少女たちが顔を伏せた。

 別にしんみりさせたいわけではない。

 アウラの中で、故郷の騒ぎはもう終わったことだ。心の整理だってちゃんとついている。


「ふうん。ベレーっていうのか、その男。いつ知り合った?」

「最近よ。『ラ・メラート』のオーナーがロームで彼と知り合ったそうなの。それでわたしに紹介してくれたの」

「紹介だって?」

 クレイはひときわ大きな声を出した。


「お兄様、うるさいわ」

 クラリスが苦情を言うが、その言葉に彼は何も返さず、なおもアウラに詰め寄る。


「おまえ、その男のことどう思ってるんだ」

「どうって。お父様との思い出話を話してくれたり、故郷のこととか教えてくれると、そりゃあ嬉しいわ」

「な、なんだよそれ。それでそんなにも何回も会うものなのか?」

「彼はこっちにきたばかりなのよ。共和国のこととか、街のこととか教えてあげているのよ」


「何度も会って?」

「何度も、って。あなた人の行動を見張っているわけ?」

 アウラはいい加減うんざりして、つい強い口調になってしまった。


「べつにそんなんじゃない。ただ、ほら、おまえは目立つから耳に入るんだよ」

「別に目立たないけれど」


 アウラは承服しかねる。

 手元のお茶を一口飲んで心を落ち着かせた。


「なあ、今度オーグレーン家の夜会出るだろう?」

「いいえ」

 アウラは即答した。

「クラリスは出るぞ」

「わたしもお誘いはしたんだけれど。アウラ基本的ににぎやかなのは好きじゃないのよね」

 クラリスがそっと言い添えた。


「オーグレーン家と接点無いもの」

「そこで接点をつくるのが夜会の意義だろう」

「デイヴィッドとも関係がないし……」

「そこで保護者の名前は必要ないだろう。俺がエスコートしてやるぜ」

「その日はデイヴィッドと夕食を食べに行く約束をしているの。ごめんなさい」

 アウラはしてもいない約束を口にした。

 あとでデイヴィッドにそれとなくお願いしてみようか。アリバイ作りは大切だ。


「ちっ。いい加減親離れしろよな」


 べつにデイヴィッドは親ではない。後見人なのだ。クレイはデイヴィッドのことをただの保護者だと念を押す言い方をよくする。

 同席している少女たちは成り行きを黙って見守っている。

 中にはクレイのことが気になっている少女もいるのでアウラとしては困ったところだ。


「お兄様。いい加減女の子だけのお茶会をかき乱すのはやめて頂戴! 部外者は立ち入り禁止! 紳士のすることではないわ」


 紳士という言葉を聞いてクレイは面白くなさそうに鼻を鳴らした。彼はその言葉があまり好きではないのだ。

 だからアウラは彼を警戒する。

 昔シモーネに色々と教わったから。

 クレイは今度は反論することなくお茶会の席から退出した。女性だけになると、みんなの視線が一斉にアウラへと向かう。


「それで、アウラ。初耳よ。あなたいつのまに男友達をつくっていたの?」

 咎める声を出すのはクラリスだ。


「だから、違うの。ベレーとはただの友達? になるのかなあ……。同じ故郷だし、お父様の元教え子だし、話をしていると懐かしいというか」

「あら、ずいぶんと警戒心を解いているのね。あなたからしたら珍しい」

 とは別の少女だ。

 そんなに普段からとげとげしいだろうか。


「やっぱりお父様を知っているっていうのが大きいのかも」

「安心感ってやつね」

 別の少女が納得する。


「そう、それよ。わたしがずっとデイヴィッドのことを好きなの、みんな知っているでしょう」


 思春期の寄宿学校に恋の話はつきもの。

 アウラは随分と前にデイヴィッドへの恋心を白状させられた。この場にいる少女たちは同じ寄宿舎で学んだ子たちばかりではないけれど、休暇の時にクラリスに紹介された子ばかりだ。だから、要するにみんなアウラの気持ちが誰にあるのか知っている。


「それで、まだ伝えていないの?」

「だって……なんていうか、一度振られているし。ここで玉砕したらわたしどうしていいのかわからなくなる」

 アウラは項垂れた。


「ああもうっ。あなたしっかりなさいな。アウラが後見人の方と結ばれてくれないとクレイがこっちを向いてくれないでしょう!」


 本音を暴露したのはエイミーという少女だ。

 彼女は随分と前からクレイにお熱なのだ。

 しかし、彼のどこがいいのかアウラにはさっぱりと分からないのだが。これを言うと、エイミーにわたしのほうこそあんなにも年の離れたおっさんのどこがいいのか理解不能よ、と返されてしまうのでこの議論は今のところ平行線のままである。


「それで、ベレー氏と出歩いていることに関してデイヴィッドさんは何て?」

 軌道修正したのはクラリスだ。

 彼女は卒業してからもこの手の話題は主に聞き専だ。

「特になんにも。いつもみたいに笑っているだけ」


 それも面白くない。

 アウラはぷうっと頬を膨らませた。

 少しくらい気にしてくれたっていいのに。

 デイヴィッドの馬鹿。


「うーん。難しいわね。お兄様みたいにわかりやすいくらいわかりやすいほうが楽なのに」

「てゆーか、クレイったらいつまでもよそ見していないでこっちを早く見てくれればいいのに!」


 エイミーの叫びに、アウラはこっそりわたしだってそれデイヴィッドに言いたいわよ、と思った。

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