ダガスランドでの日常
◇◇◇
朝食の時間にアウラとデイヴィッドはお互いの一日の予定を確認する。
「今日もお出かけですか」
「ええ。ベレーに国立美術館を案内する予定なの」
共和国が誇る美術館には金持ちから寄贈された貴重な絵画などが展示されている。金に物を言わせてかき集めた、とはいつかのデイヴィッドの言である。
「最近よく彼と出かけていますね。かれこれもう十日でしょうか。彼とあなたが知り合ってから」
デイヴィッドは食卓中央に置かれた籠から丸いパンをひとつ掴んだ。
「お父様の話をしてくれるの。わたしの知らない、大学教授をしているお父様の話が新鮮で」
「そうですか」
アウラの説明にデイヴィッドは目を細めた。
「御父上とは幼いころに別れてしまいましたからね」
亡き父との思い出話に花を咲かせるアウラのことを思い浮かべているのだろう。彼は穏やかな顔になる。
アウラは少しだけ恥ずかしい気持ちになったが結局は素直に頷いた。
アウラの知らない父の話は新鮮だった。同郷の者との話はなぜだか盛り上がる。アウラは十三の頃に故郷を離れた。
それでも、幼いころによく訪れた広場の様子だとか、リューベルンの郷土料理のこと、季節の行事だとか、そういう話は懐かしい。自分の中にもリューベルンの血がちゃんと残っていることを実感することができる。
「今日は夕食までには戻りますか?」
「ええ、その予定よ」
お茶くらいはするだろうが、あまり遅くまで出歩く予定はない。
なにより、アウラはデイヴィッドよりも前に帰宅をして彼におかえりなさいを言いたい。
「あなたは?」
「僕ですか。今日は早く帰る予定です。明日は夕食会に呼ばれているので、帰りは遅くなりますが」
すみません、とデイヴィッドは続けた。
アウラは気にしないでと努めて明るく返す。
心の中では、夕食会などに呼ばれたとき、彼は誰か女性をパートナーに誘ったりしないのだろうかと気になるのだが顔には出さない。
ヨーグルトに蜂蜜と果物をたっぷりと入れていると、デイヴィッドが何かを思い出したかのように再び口を開いた。
「そうだ、アウラ。実はバスティが十月ごろにこちらに到着予定なんです」
「バステライド様が?」
デイヴィッドの上役でもあるメンブラート卿とは一度対面したことがある。
黒髪に紫色の瞳をした美丈夫で、アウラにも優しい態度を示してくれた。足が不自由で杖が手放せないと言っていたが弱弱しい印象はなく、明るくて話も面白かった。
「ええ。今度は一年くらいダガスランドに滞在をする予定で、夫人と二人の坊ちゃんも一緒です」
「まあ、そうなの。前回は娘さんが一緒だったのよね、確か」
アウラは結局会えず終いだったが、前回の訪問時には彼の一番上の娘が帯同していたと耳にしていた。
デイヴィッドはそのときのことを思い出したのか顔を崩した。
「今度は夫人と下の坊ちゃん二人のみですよ。それで、夫人は人見知りが激しく、こちらの社交界へ馴染むのに時間がかかるでしょう。だから、夫人の話し相手をアウラにお願いしたいとバスティから申し出があったんです」
「わたしに?」
「ええ。僕の養い子なら夫人が打ち解けるのも早いのではないかと」
デイヴィッドはバステライドの妻、カリティーファの人となりをアウラに話して聞かせてくれた。
人見知りが激しく、使用人相手にはそうでもないけれど同じ階級の者が相手だと口から心臓が飛び出るのではないかというくらい青い顔をするらしい。
バステライドは一年、もしくはそれ以上ダガスランドに滞在をする。そうなると、彼の仕事の付き合いの上で夫人の社交も欠かせない。
慣れないダガスランド社交界での妻の苦戦を的確に予感したバステライドは橋渡し役にアウラを抜擢したということだ。
「わたしにそんな大役できるかしら」
アウラは首をひねる。
アウラだってまだまだ小娘で、ダガスランド社交界に顔が利くとは思えない。そもそもあれから夜会に出てもいないのに。
「大丈夫ですよ」
デイヴィッドは気楽そうに笑っている。
「それに、あなた働きたいと言っていたでしょう。夫人の話し相手も立派なお務めですし、本格的に仕事として従事できるようバスティには僕から言っておきますよ」
まあ家にずっといても仕方ないし。
やることができればアウラの日常も変化するだろう。
アウラはそう思い引き受けることにした。
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