ベレーの告白
◇◇◇
クレイが変なことを言うものだから、次にベレーに会ったときアウラは少しだけ緊張した。
彼とはダガスランド中心部のとあるカフェで待ち合わせをしていた。
いつも同じカフェだったからクレイにも簡単に見つかってしまったのかもしれない。
今度シモーネにもっと密会に向いたカフェを教えてもらう。
(って密会違うし)
自分の考えを打ち消すようにアウラは首を左右に振る。
「アウラ、実は今日は話があって呼び出ししたんですよ」
ベレーの声は少しだけ固かった。
いつものように柔らかな声とは少し違う。
「なにかあったの?」
ベレーはアウラの問いには答えずに運ばれてきたコーヒーに口をつけた。
「実は……ダガスランドには随分と長逗留してしまいまして。というのも、その……お会いしたお嬢さんがずいぶんときれいに成長されていて……」
なんだか要領を得ない言葉にアウラは小さく首をかしげる。
アウラはなんとなく、コーヒーの上にたっぷりと乗せられたクリームを匙ですくって口に持って行く。
「アウラさえよければ、僕と一緒に北の……エーガルデンダへ来てくれませんか。後見人のシャーレン氏は確かに良い人でしょうが、色々と不自由もあるでしょう。いえ、違いますね。はっきりと言います」
思いがけずデイヴィッドに話が及んだとき、アウラははっきりと眉根を寄せた。
デイヴィッドのことを悪く言われるのは嫌なのだ。
彼はアウラを手で制した。
アウラは開きかけていた口を閉ざした。
「アウラ、あなたのことを好きになりました。これから僕は新天地で職を得なければならない。予期せぬことばかりであなたを不安にさせることばかりでしょう。けれど、あなたを幸せにしたいのです。どうか、僕と一緒に来てください」
もちろん、僕の生活が落ち着いてからで結構ですと彼は言い添えた。
アウラは目を見開いた。
まさかそっちの話だとは思わなかった。いや、クラリスたちのほうがよっぽど感が鋭かった。
アウラはてっきり彼が同郷の者と出会えて懐かしんでいるだけだと思っていたのだ。
クレイのようにあからさまだとアウラも警戒するのに。
彼からはそういう気配はなにもなかった。
「わたしは……」
アウラは何か言わないと、と思ってとりあえず口を開いた。
しかし実際に告白をされるのは初めてで次に何を言っていいのか分からなかった。
(ううん。中途半端は駄目……。わたしが好きなのはデイヴィッドだもの)
目の前のベレーは判決を受ける前の囚人のような顔をしている。
アウラは逃げたくなった。
こういう役目が辛いものだと初めて知った。
「ごめんなさい、ベレー。わたしはあなたと一緒に行くことはできない。わたし、デイヴィッドのことが好きなの」
アウラははっきりと言った。
「ですが、彼はあなたの……」
「後見人よね。それは知っている。でも、血がつながってるわけでもないわ。ただ庇護してくれているだけってこと」
「何も知らないあなたの無知に彼が付け込んだのでは?」
ベレーはあきらめきれないのか尚も言い募る。
「それでも、よ。ダガスランドで最初に助けてくれたのはデイヴィッドだった。一緒に生活をしていって、好きになったの。それっていけないことかしら」
「い、いえ……いけなくは……」
ないですけど、と彼は消え入る声で続けた。
それからしばらくお互いに沈黙をした。
目の前のコーヒーが無くなったころ、ベレーは注文分の代金をその場において立ち去った。
翌日早朝の列車に乗り込むと告げて。
これからベレーとやり取りをするかどうかは、彼次第なのだろう。碌に知り合いもいない彼の助けにはなりたいが、自分は彼の差し出した手を振り払った身だ。
何か言うことはたぶん彼の誇りを傷つける。
アウラは黙ってその場で彼を見送ることにした。
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