寄宿舎の卒業
◇◇◇
十七の初夏。
アウラは寄宿学校を卒業した。
気持ちの良い晴れの日だ。入寮したときはデイヴィッドと引き離されることと未知の生活が不安でとても心細かった。
久しぶりに同じ年頃の少女たちと接するのも緊張した。彼女たちは、きっとアウラが経験してきたこととかわからない。無垢な少女たちを前に、アウラはちゃんと自分も同じようにすることができるか不安だった。
結局そんな不安は杞憂で、同室のクラリス以下、みんなアウラを暖かく迎え入れてくれた。
「アウラも馬車待ち?」
クラリスは大きなトランクを抱えている。
それぞれ大きな荷物をたくさん抱えている。そんなにも私物を持ち込んだ記憶がないのに、アウラは気が付くとトランク三つ分の荷物を抱えることになっていた。
「うん」
「あーらぁ、お二人さん。わたくしは先にお暇しますわ。これからすぐに旅支度をしてディルディーア大陸へと参りますよ」
高笑いと共に現れたバベットは迎えに来た実家の馬車に優雅に乗り込んでいく。
従僕たちが彼女の多すぎる荷物を馬車の荷台へ積んでいく。
「バベットも元気でね」
「ふんっ。そんなにも名残惜しいのでしたら、今度の議長夫人主催の夜会の招待状を差し上げてもよろしくてよ」
バベットは馬車から顔を出す。
その顔は心なしか赤く染まっている。
「やあね。招待状なんてシャーレン氏のところに来ているに決まっているじゃない」
と、呆れ声を出したのはクラリスだ。
アウラはよくわからないがデイヴィッドは一応ダガスランドの名士ということになるらしい。
「ああそうですの。人がせっかく気をまわして差し上げましたのに」
「大陸行きの船に乗る前に一度くらいはみんなでお茶しようね」
「まっ、そこまで言うならわたくしの家のお茶会に呼んでさしあげてもよろしくてよ」
「ありがとうバベット」
そろそろ飽きてきたクラリスは棒読みだ。
御者が馬に鞭を振り、馬車がゆっくりと動き出す。
アウラはバベットに向かって手を振った。
高飛車な言動が目立つ彼女だが、その実ただの恥ずかしがり屋さんなのだ。
「あら、うちの馬車も来たわ」
卒業生はアウラを含めて七人。
生徒数は三十三人で、このあたりの寄宿学校としてはやや大人数。ダガスランドでも比較的古くからある名門校なのだ。
クラリスの迎えのため、馬車から降りてきたのは彼女の兄、クレイだった。
「クラリス、迎えに来てやったぞ」
「わたしは別に頼んでいないけれどね」
クレイとは休暇の時に何度か顔を合わせた間柄。クラリスと同じ金色の髪に青灰色の瞳をしている。
「アウラも乗って行くか? なんならこのままうちに滞在してもいいぜ」
アウラの意見も聞かない勢いでクレイはアウラの荷物に触れようとする。
「ちょっと、お兄様。まずはわたしの荷物が先でしょう!」
クラリスが大きな声を出すと、クレイは小さく舌打ちして妹の荷物を運び出した。
「ちょっと強引なのよね、うちのお兄様って。そこが男の甲斐性だと思ってる節があるみたい」
クラリスは兄に聞こえないように、アウラの耳元でこそこそっと囁いた。
何とも言えないアウラは苦笑いだ。
悪い人ではないんだけれど、クレイの親切はたまにアウラを混乱させることがある。
クラリスとは親友になって、彼女の別荘にはよくお邪魔をした。そこでクレイとも知り合ったのだ。
クレイはクラリスの荷物をさっさと運び終わった。
「それで、アウラも一緒に来るだろう」
「お兄様。わたしたちは寄宿舎を卒業したのよ。彼女だって迎えが来るに決まっているじゃない」
「どこに?」
クレイはわざとらしくあたりを見渡した。
他の同級生たちもそれぞれ親が迎えに来たり、あらかじめ手配しておいた馬車に乗り込んでいく。
デイヴィッドったら、まさかこの期に及んでアウラのこといらなくなった? と一抹の不安を覚えたとき。
寄宿舎へと続く道へ一台の馬車が近づいてきた。
アウラはクラリスたちの兄妹げんかなど耳に入らなくなって、やってくる馬車を見守った。
速度を落として敷地内へ入ってきた馬車。
降りてきた人物にアウラは破顔する。
「デイヴィッド!」
こちらへ来るのを待つのがもどかしい。
ちゃんと迎えに来てくれた。
感激したアウラが彼に突進をすると、デイヴィッドは驚いたように受け止めてくれた。
「淑女になったんじゃないですか?」
少しだけ呆れ口調だ。
「そうでした。久しぶりね、デイヴィッド」
「卒業おめでとうございます」
「今日は迎えに来てくれて嬉しいわ」
アウラは改めて感謝を伝える。
「なんだ、迎え来たのかよ」
面白くなさそうに口を挟んできたのはクレイだ。
デイヴィッドよりも年下、今年二十一になるクレイは、彼の隣に来るとだいぶ幼く見える。
まあ実際かなり幼いところがあるけれど、とアウラは頭の中でかなり失礼な評価を下す。
「こちらは?」
デイヴィッドはクレイの視線を受け止めてからアウラに聞いてきた。
「クラリスのお兄さんでクレイって言うの。彼女の別荘に招待されたときとか、何度か会ったことがあるのよ」
「何度か、というか休暇の時に一緒に別荘にいたからな」
アウラの説明に被せるようにクレイが補足する。
それって必要な情報だろうか。
「そうですか。仲良しさんがたくさんできてほほえましいですね。クラリス嬢、今後ともアウラのことをよろしく頼みます」
「もちろんですわ。今度の夜会、アウラも出席するのでしょう?」
「僕のところに招待状が届いていますからね。彼女のデビューになります」
デイヴィッドの言葉にクラリスが笑みを浮かべた。
寄宿舎前での長話も憚れるため、その後は簡潔に別れの言葉を交わしてアウラはデイヴィッドと馬車に乗り込んだ。
「あらためて卒業おめでとうございます。しばらくはのんびり過ごしてください。あそこはあなたにとって帰る家も同じなんですから」
デイヴィッドの言葉にアウラはほっと息をついた。
内心またどこかにやられるかも、とびくついていた。
「じゃあ、またあなたにおかえりなさいって言えるのね」
「そうですね。言ってもらえると嬉しいですよ」
デイヴィッドはいつものようにふにゃりとした笑顔を浮かべた。
かれの笑顔を見ていると安心する。
この数年、デイヴィッドに会うことが怖かった。何事もなく振舞うにはアウラはまだ幼くて、ずっと一緒にいるとまた気持ちが溢れてしまいそうだったから、アウラはあえて休暇時は友人宅を渡り歩いた。
けれどこれからはずっとデイヴィッドと一緒。
心臓、持つかなあ。
アウラはこれからの生活に思いを馳せた。
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