花咲いた少女

「ひさしぶりね、デイヴィッド」


 背後から可憐な声が聞こえたのはちょうど会話がひと段落した時だった。

 デイヴィッドとしては完全に油断をしていた。


 近頃のアウラは会うたびにその成長ぶりを見せつけられる。また大人へ近づいた彼女はすっかり花開いた令嬢である。

 年頃の少女らしい淡い色のドレスが彼女によく似合っている。濃い紫色の瞳は水晶のようにきらきらと輝いている。


 いつのころからかデイヴィッドは彼女の瞳の中にオルフェリアの影を感じなくなっていた。彼女は、ただ一人のアウラで、表情も話し方もオルフェリアとは違う。


「おや、きみがアウラ嬢かな」

 固まったデイヴィッドの代わりに彼の真向かいのソファに座っていたバステライドが対応した。


「はじめまして、エウラ・クノーヘンハウバーといいます。いつもロルテーム風にアウラって呼ばれていますのでメンブラート卿もそのように呼んでください」


「いやあ、しっかりとしたお嬢さんだね。デイヴィーの養い子とは思えないくらいだ。うん、なかなかきれいなお嬢さんじゃないか。ええと、そちらは?」

「はじめまして、わたしはアウラの同室でクラリスと申します。家はプロイセ工場会を運営していますの。今日は彼女の付添ですわ」

 続けて自己紹介をしたのはアウラと同じ背格好の金色の髪に青灰色の瞳を持った少女だ。


「そうなのかい、プロイセ工場会の娘さんなんだね。二人は仲がいいんだね」

「ええそれはもう。あ、でもわたしはあちらの席で読書をしていますからお気遣いなく」


 デイヴィッドが固まっている中、お構いなしで会話が進んでいく。

 アウラは友人と一緒に現れた。

 手紙にもたびたび登場するクラリスという少女だ。デイヴィッドも何度か彼女と会ったことがある。


「デイヴィッド?」

 アウラが首を小さく傾むけた。


「ええと。今日はすみませんね。突然の呼び出しで。バスティにあなたを紹介しておきたかったんです」

「ううん。いいの。久しぶりにダガスランド中心部まで出られる口実になって内心喜んじゃった。私の付添役、取り合いだったのよ」

 アウラはそう茶化した。


「普段は中心部への外出は禁止でしたっけ」


 アウラの入寮している寄宿舎はダガスランド郊外にある街近くにあり、長期休暇以外での街中心部への出入りは禁止されている。

 だから今回も駄目かな、と思ったが身元引受人の呼び出しということで許可が下りたようだ。


「でも、今回はあなたからの手紙がちゃんと届いていたから大丈夫。それで一人じゃあれだからってみんなが気をまわして付添人役を申し出て、大変だったの」


 本当はみんな、ダガスランドに行きたくてたまらないだけなんだけどね、とアウラは付け足した。


「それじゃあ寮に残っている皆さんの分までお土産を選ばないとですね」

 デイヴィッドはいつもの笑みを浮かべる。

「気を使わなくてもいいのに」

「いや、急な呼び出しをしたのは私だからね。私が何か見繕うよ、きれいなお嬢さん」

 バステライドがここぞとばかりにいい顔をしようとする。


「そんな、悪いですわ」

 アウラは慌てて首を横に振った。


「そんな遠慮することはないよ。元はといえば私のわがままできみを呼び出したんだからね」


 バステライドは上機嫌である。

 彼はにっこり笑顔でアウラにいいところを見せようとする。なんとなく面白くなくてデイヴィッドは自然と眉根を眉間に寄せる。なんとなく、面白くない。

 デイヴィッドが押し黙っている横でアウラは困った声で「で、でも……」と言い、バステライドは軽やかにアウラを丸め込んでいる。


「私はデイヴィッドの友人でありよき上司でもあるからね。彼にはいつも世話になっているんだ。お礼も兼ねてきみに贈り物をさせてくれないかな」


 デイヴィッドはアウラの視線を感じた。彼女はどうしたらいいのかわからないらしい。デイヴィッドは内心では面白くなったが、上司がいいところを見せたいというのなら仕方がない。付き合ってやることにする。


「アウラ、バスティはいい格好がしたくてたまらないんですよ。ここはひとつ彼の提案に乗ってあげてください」

「もう、デイヴィッドったら」

 芝居じみた大げさな発音で言ってやればアウラがころころと笑い声をあげた。


「まったく、きみってやつは言い方ってものがあるだろうに」

「僕はバスティの心の声を正確に表現してあげただけですよ」

「あー、はいはい。ありがとう」


 バステライドは苦々しい声で相槌を打つ。

 二人のやり取りにアウラはすっかり気を楽にしたようだ。


「では、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます、メンブラート卿」


 口角を持ち上げてお礼を言うアウラがどこか知らない令嬢に思えてデイヴィッドは少しだけ目を瞬かせた。

 彼女は会うたびに違う表情を見せてくれる。本質は変わらない。出会った頃のままだ。

 いや、同じ年頃の友人を持ったおかげか出会った頃よりも表情が格段に豊かになった。はつらつとした顔に気づけばハッとさせられる。


「デイヴィッドは相変わらずそうね。ちゃんとご飯食べている? 夜更かしと寝坊は駄目よ」

「ちゃんと人並みの生活は送っていますよ」


「ふふっ。信じられない」

 アウラは肩を揺らした。

 こちらを覗き込む瞳がいたずらっぽく光っている。


「アウラ嬢はデイヴィッドのことをよくわかっているようだね」

「はい」


 バステライドの言葉にアウラが元気よく答えた。

 最初の衝撃から立ち直ったデイヴィッドは別の意味で背中に嫌な汗をかいた。


 昔の自分と今の自分を知っている者同士が対面をする。デイヴィッドにとっては面白くない流れにしかならない暗示だ。

 けれど、今後のことを考えておくならばバステライドにアウラを紹介しておきたかった。

 彼女の後ろ盾は今のところ自分しかいないのだから。

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