月日は流れて


◇◇◇


 寄宿学校生活を満喫しているアウラはその年の年の瀬の休暇こそデイヴィッドの元へかえってきたが、翌年の夏の休暇は友人に招かれ彼女の別荘で過ごし、残りの日数も寄宿舎で過ごした。


 寄宿学校には親が遠方に仕事に行っている娘たちも身を寄せている。広大なアルメート大陸の奥地へ駐留していたり外国へ仕事へ出かけていたりと様々だ。

 たまに寂しくなってアウラに面会に行くのだが、最近は同級生の手前恥ずかしいのか行っても素っ気なくされる日々が続いている。順調に思春期が訪れてくれているようでなによりだ。


 アウラも十六になった。

 子供の成長は早いな、と思うと少し寂しくなる。


 卒業をして広い世界を見れば、デイヴィッドのことを好きだったことなんてすぐに忘れてしまうだろう。そうすればデイヴィッドは後見人として彼女の幸せを祈ることができる。


 いつか彼女にも本当に好きな人ができるだろう。デイヴィッドの時のような錯覚ではなく、心から好きになれる将来の伴侶。

 自分の役目はその時が来たら相手をきちんと見定め身辺調査をしっかりと行うことだけである。


「おーい、デイヴィー。大丈夫かい?」


 目の前でバステライドが手をひらひらとさせている。黒髪に灰紫色の瞳をした美丈夫である。四十を跨いだ彼は目じりに細かな皺が増えたが、それでも元からの端正な顔立ちに翳りはない。


「って、ええ。バスティ。もちろん」

 デイヴィッドは慌てて取り繕った。

 少し考え事に没頭していたようだ。


「どうしたんだい、ぼおっとして」

「いえ、久しぶりにバスティに会ったので感激していました」

「嘘をつけ。開口一番に人をさんざんこき使って自分はロルテームでレイン嬢とデート三昧で羨ましい限りですね、とか言ってきたくせに」

「それは本当のことですから」


 十月に入ったころ、バステライドが約二年ぶりにダガスランドへと戻ってきた。

 バステライド・メンブラートはデイヴィッドの上司であり、友人でもある男だ。彼は数年前一念発起しダガスランドへと移住してきた。その彼の手伝いを行っていたのがデイヴィッドであり、彼のやや独りよがりな家族救出計画にも手を貸していたのだが、すべてはバステライドの独りよがりに終わってしまった。


 ちなみに彼が行おうとしていた歴史あるメンブラート家を自分の代で潰そう計画は彼の妻と子供たちの強固な反対によって潰えた。結局はバステライド一人の暴走であり、彼は子供たちと妻と話し合い、家督を長男に譲ることによって彼自身がメンブラート家から距離を置くことで話がまとまったのだ。


 そのバステライドの身辺にも色々なことが起こっていた。彼が家族と再会をしてから少なくない月日が流れているのだ。


 まず第一にデイヴィッドが驚いたことは、彼の妻カリティーファが身籠ったことだった。


 久しぶりに再会して盛り上がっちゃったんですね、と言ったら小突かれた。色々と複雑な心境らしい。


 手紙のやり取りはしているのでお互いの身に起こったことは知っている。

 今回バステライドは彼の家族を何人か連れてきていた。


「まさかリルお嬢さんとフレイツ坊ちゃんまでこっちにくるとは思っていませんでしたよ」

 リル、もといリシィル・メンブラートはバステライドの最初の子供たち、双子姉妹の片割れである。フレイツは次男、末っ子でまだ子供だ。

「レインは頑として嫌がったからカーリーはロームで留守番しているよ」

「レインお嬢さんらしいですね。お嬢さん、今はバスティと一緒に暮らしているんですね」

 ちなみにユーリィレインはバステライドの四女である。みな両親に似てきらびやかな顔立ちをしている。メンブラート家はもれなく美形一家なのだ。

「ああ。トルデイリャスの田舎に帰るよりかは私たちと一緒にロームで結婚相手を探す方がいいらしい」


 バステライドは苦虫を噛んだような顔をした。何人娘がいても嫁にやるのは嫌だということらしい。


「レインお嬢さんの言い分はものすごく想像つきますよ。未開の土地のアルメート大陸なんて嫌。礼儀のなってない人たちばかりでしょう、ってところでしょう」

「まあ、そんな主張をしていたね」


 こちらに拠点を持っているバステライドは苦笑いだ。

 確かに貴族が存在していないし、若い国だ。元は労働者階級だった人間が成り上がり評議員の椅子を牛耳っていたりもする。

 この国独特の文化や空気に慣れ親しむのはユーリィレインのような生粋の貴族令嬢には難しい話だろう。


 二人は現在ホテル『ラ・メラート』の談話室でコーヒーを飲みながら談笑している。

 お気楽な空気を出しているのはソファ席に座っているこの二人だけで、従業員には緊張した空気が流れている。

 久しぶりに顔を見せたオーナーを前に気が張り詰めているのだ。


「そういえば今回はきみの養い子を紹介してくれるんだろう。まさかきみが孤児を引き取るは思わなかったよ」


 自分の話になったデイヴィッドは途端に眉尻を下げた。

 なんていうか、色々とあったのだ。

 寂しかったともいう。たぶん。


「まあなんていうか。ほんとに偶然のたまものと言いますか。いい子ですよ、リューベニア人でしてね。連邦の混乱に乗じた民衆の反乱があったでしょう。あれのどさくさで大学が襲われて教授をしていた父を亡くしたそうなんです」


 リューベルン連邦はいまだに混乱を続けている。連邦を形成する国のうちの一つで内乱騒ぎがあり、それに乗じた改革派が知識階級の市民を襲い、その余波でアウラの父が勤めていた大学も襲われた。

 アウラは彼女の父の教え子と母親と一緒に国を脱出してロルテームへと逃れてきた。

 彼女から聞き出した過去の出来事である。


「苦労してきたんだね」

「ええ。僕としては幸せになってもらいたいんですよ」

「そのわりにはなんとなく浮かない顔をしているように見えるけれど」

「そうですか?」

「うーん……まあいいか」

「なんですか、気になるなあ」

 バステライドは言いたいことだけ言って、肝心なところで口を噤んでしまった。


「それで、彼女はまだなのかい?」

「もうすぐだと思いますよ。何しろ急な呼び出しでしたからねえ。バスティがすぐに会いたいとかわがまま言うから」


 デイヴィッドはジト目で彼を睨んだ。

 デイヴィッドの抗議などまるで気にした様子もなくバステライドは優雅にコーヒーに口をつける。


 彼はこの二年間の穴埋めをするかのように連日にわたって予定が詰まっている。自分の財産の管理なのだから当たり前である。

 メンブラート伯爵家とは関係のないバステライドの事業は、やはりフレイツが継承することになるのだろうか。


 そうなるとフレイツも大陸間を行ったり来たりの生活になることになる。

 そのあたりは今後バステライドに意思確認をすることになるだろう。

 デイヴィッドは暖炉の上に置かれた時計を見た。

 急な外出届は受けてもらえただろうか。


 デイヴィッドは空になったコーヒーカップを見下ろした。先ほどから何度も入り口のほうを見てしまう。

 アウラと会うのはデイヴィッドにとっても久しぶりのことだった。


 一人生活になったデイヴィッドは誘われれば女性の求めに応じる生活を相変わらず送っている。

 そうして誰かを抱いていれば、自分は変な方向へ足を踏み落とさないでいられると信じられる。


 彼女の告白は、あれは事故のようなものだから。

 若気の至りというやつだ。本気にしたらいけないものと思ってる。きっといつか笑い話になってお互い苦笑するような類のもの。


「そういえば、オルフェリアお嬢さんは元気にしていますか?」

「え、ああ。うん。元気だよ」

 デイヴィッドからオルフェリアの話題が出るとは思ってもみなかったのかバステライドは目を瞬いた。


「なんかめちゃくちゃ気を使われていたようなので。あえて自分から言ってみましたよ。あれだけエルお嬢さんやレインお嬢さんのことを聞かされたのにオルフェリアお嬢さんのことはスルーなんて。気持ち悪いじゃないですか」


「ええと、そうだね。うん、そうだ。オーリィも元気にしているよ。彼女には息子が生まれてね。これがまたファレンスト君にそっくりで。いやあなんというか……、可愛いんだけどそっくりなんだ……うん」

「そこ、強調しなくていいですから。素直に可愛いとだけ言っておいてください」

「ああ……」


 父親としては孫は可愛いが娘婿にそっくりで内心複雑らしい。

 面倒な父親である。


 そうか、子供が生まれたのか。あれだけディートフレン・ファレンストのことが好きだったのだ。彼もオルフェリアのことを心底愛していた。まあ当然の流れというやつだ。

 あまり衝撃を受けていない自分にデイヴィッドは少しだけ驚いた。これが時の流れというものらしい。

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