アウラの告白

「アウラ、そういうことは言ってはいけないと……」

「デイヴィッドは、まだずっとオルフェリアのことが好きじゃないの? なのに、どうしていろんな女性と仲良くできるの?」


 アウラはデイヴィッドの言葉を遮って続けた。ロルテーム語をちゃんと勉強した今、さすがに淑女として直接的な言葉を使うのは躊躇われた。けれど、デイヴィッドはアウラの言いたいことを理解してくれたはず。


 今度はデイヴィッドが絶句する。


「……どうして、それを……?」

「ずっと前、あなた寝ぼけて言ったの。好きです、オーリィって。だからわたし……」

「シモーネですね」


 デイヴィッドは嘆息した。「余計なことを……」と小さく聞こえたが、シモーネは悪くない。悪いのは全部アウラの方。


「シモーネはわたしの質問に答えてくれただけ。彼女は悪くないわ」

「ですがね。好奇心のままに聞くのはよくないことですよ。それに彼女のことはもう過去のことです」

「好奇心じゃないわ」


 アウラはきっぱりと否定した。

 デイヴィッドは笑ってはいるけれど、おそらく怒っている。

 だからアウラは一気に言わなくてはならない。


「わたし、あなたのことが好き。デイヴィッド、あなたのことが好きなの。だから、あなたのことが知りたかった。あなたが誰かを好きなら、その人がどんな人なのか気になって仕方なかったの」


 黙って聞いたことについてはごめんなさい、とアウラは続けた。

 もうアイスクリームを食べる気にはなれなかった。アイスクリームはアウラの手の中で徐々に溶けていく。


「わたし、あなたが時々女物の香水の香りを纏って帰ってくることも気づいていた。それがすごく嫌だった……。わたしを見てほしいって思っていた」

「アウラ……」


 デイヴィッドはなんて言っていいのか、答えが導き出せないようだった。

 アウラも別に適当なことを言ってもらいたいわけではない。ただ、思いがけずデイヴィッドと親しい女性に遭遇して、自分の気持ちを隠しておくことができなくなった。


 二人ともベンチに座ったまま話さなくて、やがてデイヴィッドの方から「帰りましょうか」と声をかけてきた。

 アウラはおとなしく従った。


 帰りの馬車の中でデイヴィッドの方から口を開いてきた。

「あなたの好きは、刷り込みのようなものですよ。大変な思いをして生きてきて、目の前に現れた大人があなたにやさしくして。それを恋だと勘違いしているだけです」

 どこか固い声だった。

 アウラの気持ちを刷り込みだと決めつける彼の声音にアウラの胸が痛む。


「そんなこと……」

「あります。あなたはまだ十四歳です。世界はもっと広いし、世の中に男は吐いて捨てるほどいます」

「でも、神様が出会わせてくれたのはデイヴィッド、あなただわ」

「そんな神なんていないも同然です」

「わたしが好きなのはあなたよ」


「僕もあなたのことは好きですよ。一人暮らしが、あなたが来てからずいぶんと賑やかになりました。けれど、僕は後見人としてアウラの成長を見守っていきたいんです。賢いあなたなら、僕の気持ちわかってくれますよね」


 アウラは今度こそ黙るしかなかった。

 そういう言い方はずるいと思う。

 今度の九月でアウラは十五になる。少しだけデイヴィッドに近づけるのに。

 彼は後見人という言葉と立場でアウラから一歩も二歩も距離を置く選択をした。


「……」


「アウラ」

「……わかった」

 アウラの了承をしっかり聞いたデイヴィッドは安心したように息をついた。


◇◇◇


 アウラの告白劇は無かったことにされたも同然だった。

 あれからデイヴィッドは平然と振舞っている。

 だからアウラも蒸し返すことができないでいる。

 いきおい任せとはいえ、完全に時機を逸していた。


 デイヴィッドがとある提案をしてきたのはそれから三日後のことだった。

 いつものように帰宅をした彼を「おかえりなさい」の言葉と微笑みと共に出迎えた。デイヴィッドはやわらかく微笑んで上着と荷物を自室へ置いて階下へと戻ってきた。


 アウラは庭へ出て花を摘む。食卓へ飾る花を選定するのはアウラの仕事だ。

 花を飾って、食器を並べるのを手伝って、二人きりの食事が始まった。


「寄宿舎に入りませんか?」


 突然の提案だった。

 アウラの顔は真っ白になった。


「それって……わたしがこのあいだあなたに好きといったから? わたしのこと、邪魔になっちゃったの?」

 アウラは顔を歪めた。

「いいえ、違います」


「だったらどうして!」


 アウラは叫んだ。

 寄宿舎というのは親元から離されて同じ年頃の子供たちが集団生活をして勉学に励む場所。

 追い出される、と瞬間に感じた。


「この間公園で話そうとしていた続きです。あのときは邪魔が入りましたから」

 デイヴィッドは穏やかに話を進める。

「あなたのことは将来も含めてきちんと考えていますよ。アウラはまだ十四歳です。多感な頃ですから、毎日同じ人間と顔を突き合わせるより同じ年頃の少女たちと一緒に過ごしたほうがよいでしょう。僕にはあなたと似た年頃の子供たちに伝手がありませんし、家に主婦がいないからそういうところから知り合いが増えないんですよ。あなたにとって良い環境ではないと常々考えていたんです」


 デイヴィッドは色々な理由を話してくれた。


「今後ダガスランドで暮らしていくのなら、同じ年頃の友達は絶対に必要です」


 デイヴィッド自身まだダガスランドに来て二年とか三年くらいで、子供をもつ同じ階級の知り合いも多くないし、いてもどうやってその中に入って言ってよいのかわからないと。

 それで知人らに相談をして返ってきたのが寄宿学校に娘を預けてみるのはどうだろう、という言葉だった。

 なるほど、とデイヴィッドは一考しダガスランドの寄宿学校を見て回っていた。

 そう彼は説明をした。


「でもそうしたらわたし……あなたに会えなくなる」

 アウラは皿を見下ろした。

「会えないわけでもないですよ。休暇には帰ってくればいいですし、手紙だって書きます」

「それでも。あなたに毎日おかえりなさいって言えなくなる。そんなの嫌。わたし、もう仕事だなんて思えない。あなたにおかえりなさいっていうのはわたしだけの特権だって思っていた」


「嬉しい言葉ですね。ありがとうございます」

「でも、あなたはわたしを追い出すんだわ」

 アウラの口調はつい恨みがましい言葉になる。


「追い出しませんよ。あなたは僕にとって大切な養い子です。ああそうだ、寄宿学校へ持って行く物を買いに行きましょうか。文具類とか身の回りのものとか、そういうの気が利かなくてこれまでも不自由させてしまっていましたよね」


 そういう言葉が聞きたいんじゃなかった、という言葉をアウラは心の中だけに留めておいた。結局何を言っても彼を困らせるだけなのは分かっていたからだ。

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