デイヴィッドの困惑
アウラと生活をするようになったデイヴィッドは以前よりも荒んだ生活を送ることは無くなった。
規則正しい時間に家に帰るようになったし酒の量も減ったと思う。
もともとそんなに飲む質でもなかったけれどバステライドの娘、オルフェリアに振られてからは確実に量は増えたと自覚していた。
人に振られることがここまで堪えたのは彼女が初めてだった。
折しも季節は秋へ向かっている頃。
人肌が恋しくなる季節で、デイヴィッドは女性からの誘いを積極的に受けていく生活を送っていた。
かといってそういう女性とそれ以上の関係を望むわけでもないという、質の悪さも発揮していた。
シモーネがはっきりいうくらい最低だという自覚も持っている。
けれど、一人は寂しい。
だから少女を拾った。
最初は気まぐれだった。
オルフェリアと同じ色の瞳を持った少女を見つけたとき、彼は目の前の少女に施しを与えた。話したら思のほかかしこそうだったので応援も込めて奮発したら数日後に返された。
その根性を別のところに向けたらいいのに、と思っていたら目の前で少女が倒れてさすがにこれで放置するとかないわーという己の心に住まう天使の声に従って(というか己の心に天使がいたこと自体にびっくりしたが)家へと運んで介抱した。
昏睡したアウラの面倒をみているうちになんだか情が湧いて、結局こじつけのような仕事を与えてそのまま家に留めている。
シモーネにもなんの冗談かと言われた。
デイヴィッド自身よくわからない。
けれど、彼女の迷子のような視線とか、時折見せる意志の強さとか頑なさとかそういうのを見ていると手放したくないと思ってしまう。
(自分では、身代わりにしているつもりはないんですけどね)
とは言いつつ、シモーネにはほぼ身代わりだと思われているのだろう。
癪に障るが、これ以上突っ込まれたくはないためデイヴィッドは釈明もしない。
デイヴィッドは酒の入った瓶を持ち上げてグラスの中に入れた。
場所は最近知り合った女の住まいだ。
自宅へ女を連れ込むことはこれまでだってなかった。大抵行為に及ぶのは相手の部屋ばかり。
女は寝台の中で横たわったまま。
デイヴィッドはグラスの中身を仰いだ。
年が明けて幾日か経った日、デイヴィッドはとある集まりで知り合った女に誘われて彼女の部屋へお邪魔した。
デイヴィッドは困惑していた。
原因はわかっている。
アウラの言葉だ。
彼女を庇護していると、日ごろの罪悪感が薄れるような気がする。自分でも誰か小さな者を守ることができると心を満たしてくれる。
だからつい必要以上になにかを与えたくなる。
アウラがロルテーム語で話す相手といえば自分とシモーネくらいなもので、どうにも心もとないからロルテーム語の教師でも雇おうかなどと考えてみる。
もう少し女の子らしい口調になってもらいたいし、このままシモーネと親しくなっていくとロルテーム語のスラングばかり上達してしまうではないか。
現にシモーネはアウラにとてつもなく余計なことを教えてくれた。
「どうしたの、難しい顔して」
女がデイヴィッドの方へ顔を向けている。
「別に、なんでもないですよ。仕事のことです」
「ふうん、そうなの」
女は金色の髪の毛を億劫そうにかき上げた。そうするとひどく艶めいてみえる。
デイヴィッドも健康な成人男性だ。
人並みに性欲だって持ち合わせている。
それに、冬場はどうしても人の温かさが恋しくなる。そういうとき、一晩だけ情を交わることのできる関係というのはひどくありがたい。何を考えるでもなく、お互いが熱を求め合って肌を重ね合うのだから。
「そのわりには、やわらかい表情だったわよ?」
「僕はもともとこんな顔ですよ」
「普段のあなたの顔なんて知らないわよ。わたしは今見たあなたから判断しているの」
「そうですか」
デイヴィッドはにっこりと笑った。
「もうすこし温めてください」
デイヴィットはグラスに残っていた酒を全部飲み干して女の肩に腕をまわした。
女はまんざらではないような、甘ったるい声を出す。
「あら、家に帰るのはいやなのかしら?」
「別にそんなわけでもないんですけどね」
今はまだアウラの起きている時間帯だ。
今日は彼女と顔を会わせる気分ではなかった。女を抱いた日に彼女に会えば、先日の言葉が否が応でも思い出される。
(まさか彼女からあんな言葉を言われるなんて思いませんでしたよ)
まだ十四歳の少女が、一端に自分をあげる、なんて言ったのだ。
紫色の瞳は真剣そのものだった。
決意を含んだ視線とかち合ったとき、デイヴィッドは悟った。彼女はその言葉の持つ意味をなにもかも知っている、と。
デイヴィッドは強い口調で彼女を諫めた。それから無かったことにした。
彼女は賢い。
きちんとデイヴィッドの意を汲んでそれ以上あの件を蒸し返すことはなかった。
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