8-2話 歳の離れた兄貴

 ──こんなときにクラスメイトの家族と遭遇するとは、しかも顔は妹と瓜二つだ。


 通学途中に夏服姿の菜瑠美とすれ違って見とれている間に、突如川間さんが校門から飛び出して俺と菜瑠美の方へと向かってきた。

 相変わらず川間さんは見た目に反した足の速さではあるが、俺と菜瑠美がもうすぐ学校に着くからここに来たことわけではないよな? 海神中央高校の女性陣は察しの良い人達ばかりだし。

 

「あっ影地くんと天須さんおはよう、2人共お揃いじゃないの」


 川間さんは4組のクラスメイトではカズキと並んで話す存在だし、顔も合わせたからとりあえず挨拶だけはしておこう。


「お、おはよう川間さん。そ……それはちょっとね。たまたますれ違っただけだよなー天須さん」

「私もたまたまこの人とばったり会っただけです。改めておはようございます川間さん……今のあなたはとても急いでいる顔をしていますが、何があったのですか?」


 都合よく菜瑠美とすれ違ったのは事実なのだから、今はその場しのぎしておこう。相変わらずだが、川間さんは変な目で俺を見てるしな。

 それに反し、菜瑠美は俺と違って冷静な判断をとりながら挨拶をしてきた。急いでいる川間さんのことを気にしているが、俺にはそのような応対が何故できるのかに感心してしまう。


「そうだったわ! 実はねワタシ、家に。2人と挨拶してる場合じゃなかったわ」

「弁当を忘れた? 今からじゃ無謀すぎないか?」


 もう校門が閉まるまで10分もないじゃないか。家がどこにあるかわからないが、川間さんの足でも今取りに戻っても遅刻することは確実では?

 こんなの俺が協力できるものでもないし、今日は購買で済ませろと言ったら川間さんに文句言われそうだ。この状況、どうしたらいいんた?


「絵美!」

「あっ!?」


 川間さんは今日の昼食を迷ってる中で、後ろから1人の男性の声が川間さんの下の名前で叫んだ。川間さんもどうやら、その声に聞き覚えがあるようだ。

 俺と菜瑠美も、川間さんと話しているその男性の方へと目を向けた。川間さん同様、肥満体の体型をしている。

 それに、黒色の丸いサングラスをかけており、髭も蓄えている。声も渋いし、パッと見だと40代中盤のかなり怪しい見た目だ。


「ちょっと、こんな道端で大きな声で叫ばないでよ。ワタシももう高校1年生なのよ!」

「何言ってるんだお前! 昨日大事に作っていた弁当をキッチンルームに忘れるとはどういうことだ? 寛大の俺が届けに来てやったぞ」


 川間家の事情も知っているし当の川間さんも頭が下がらないように見えるから、川間さんの親父さんかな? すると、川間さんからこの人との衝撃的な関係を耳にする。


「今のお前を見たら、まだまだ子供扱いして当たり前だな。今日俺が仕事休みだったのがありがたいと思えよ、まず先にお前から謝ったらどうだ?」

「ごめんなさい…………」

「お、お兄さん!?」

「お兄様……ですか?」


 え!? 親父さんではなくお兄さんなのかこの人? どうみてもそのような風貌には一切見えない件について。

 俺は驚くこと以外何もないのに、菜瑠美は相変わらず無表情してるな。こんな顔は俺もしてみたいけど、それだと川間さんに怒られそうだ。


「反省したことを気付いたのであれば、特別に許してやろう。ほら、お前が真剣に作ったお昼の弁当だ」

「ありがとう、和俊かずとしお兄ちゃん」


 川間さんのお兄さんであり、父親だと思っていたこの人は川間和俊さん。弁当を届けたってことは、和俊さんはかなりの妹思いだろうな。

 大事な忘れ物である弁当箱の包みを川間さんに渡した直後、和俊さんが俺と菜瑠美の方へ目を向けてきた。


「兄妹の関係ごとを聞いてすまないな、君達が影地令くんと天須菜瑠美さんかな? 絵美から君達の色々と伺っているよ」

「川間さんから……私のことをご存知ですのね」

「おい川間さん……俺と菜瑠美の噂を家族に広めやがって」


 ったく川間さんったら、俺と菜瑠美の表の顔を和俊さんに言ったな? 学校生活のことだけなら、そこまで支障はないから妥協するか。

 しかも和俊さん、随分と海神中央高校1の美少女の菜瑠美に。比較するのもあれだけど、俺の親父そっくりじゃねーかよ……クラスメイトの兄貴でも俺は菜瑠美に手を出すものであれば容赦しないぞ。


「影地くん、こう見えても和俊お兄ちゃんは今27なのよ」

「は? 27歳!?」


 和俊さんはまだ27歳なのか? たしかに、10個以上歳の離れた兄妹は珍しいものではないが、強面のせいでそうには見えない。

 どうみてもすぐそばにいる海神中央高校の門番女柳先生より年下には見えないのだが、あれはあれで見た目が幼すぎるのと胸が小さいだけか。


「おいおい絵美、年齢を気軽にばらすもんじゃないだろ。中身が若いのは驚くかもしれないが」

「私も……お父様に見えました。老けて見れるのは仕方ないかもしれませんが……」

「おっと菜瑠美さんまで俺が老けてると思われたか、俺はこんなことができるんだぜ」


 和俊さんは突然、軽快な動きを俺と菜瑠美に披露する。和俊さんも川間さんと同じ、動けるデブだったのか。こういう部分は、妹とそっくりなのな。


「それでは俺は家に戻るぞ。せっかく平日に勝ち取った休日がお前が忘れ物をしたせいで10%程潰れた分、絵美の学校の友達にも会えてしまったな」


 用事が終わったのか、和俊さんはダッシュしてこの場から退却した。別に無理して急ぐ必要ないと思うのだが、和俊さんはせっかちなのか?


「えへへー。とりあえず一件落着したわけだし、学校へいくわよ影地くんと天須さん」

「あのなー川間さん、お兄さんに迷惑をかけたことを忘れるなよ」

「あなた達兄妹はとても個性的ですね」


 川間さんはマイペースだし、妹に厳しい和俊さんも呆れてそうに見てたぞ。ま、俺と菜瑠美は共に1人っ子だし、兄妹愛がどんなものかわかった気がするな。

 なんというか、これで今日の川間さんの昼飯に関してはこれで解決したからいいか。和俊さんのためにも、少し授業中の時でも反省するんだぞ川間さん。


「気を取り直して学校に行きますかね」


 川間和俊さんか……今はクラスメイトの兄貴として見ようとするが、後に別件で和俊さんと深く関わるとは考えもしなかった──

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