8-3話 2つの約束
──同日に大事な用件が2つできてしまったな、本音からすればどちらも優先したい。
川間さんがうっかり家に忘れてしまった弁当箱は、実兄の川間和俊さんが届けてくれたため一件落着となった。そのおかげで、昼休み中の今はおいしく自製のハンバーグ弁当を食べている。
「君のお兄さん、随分と妹想いなんだね」
「そうなのよ、もういい歳なのにまだワタシ達と一緒に住んでるの」
どうやら、和俊さんはあのゴツい見た目に反して27歳でありながら、未だ家族と共に暮らしているそうだ。そして、重度のシスコンという凄まじいギャップ持ちだ。
和俊さんの本業は、寿司職人として日本屈指の有名職人の下で動いており、近い将来は自立して店を開くことのこと。また、川間さんに料理を教えたのは和俊さんのようだ。
「おっと令、川間さんのお兄ちゃんと会ったのか?」
また現れた、いつも人の話を盗み聞きするカズキがよ。カズキも少し関わりがあった和俊さんに会ったからって、今回もご機嫌そうな顔をしている。
「あっ、カズキ。影地くんはね、通学中にかの天須さんと一緒にいた中で一旦学校から出たワタシとすれ違って、途中でお兄ちゃんと知り合ったの」
「こら川間さん、余計なこと言うんじゃない」
まだ恋人同士とは誰にも知られてないとはいえ、カズキは俺と菜瑠美との関係を怪しんでいるはずだ。さすがの大声で言わなかっただけましだけど、広まったらとんでもない騒ぎになるぞ。
「ふーん、そうなんだ。あとさ令、今月の8日が何の日だかわかっているだろうな?」
「8日……わかってるさ、カズキの誕生日だろ?」
そういえば、カズキの誕生日は6月8日だったな。俺もなんだかんだいって、他人の誕生日の記憶力は高い方だと思ってる。
「ちゃんと覚えてるさ、しっかり借りは返さないといけないしな」
「そりゃそうだよな、期待してるよ。タダ貰いは僕としても許せないからね」
約束したのはいいが、今の俺にはそこまでお金を持っていない。俺の時のスニーカーと比べて安物を貰ったら、カズキ自身も文句を言いそうだ。
これはカズキも納得するようなものをプレゼントしないといけないな、今の俺にそこまで財力ないのがネックになるが。
ここは菜瑠美に頼み込んで……駄目だ、恋人にたかることなんて普通の彼氏がやることじゃないな。菜瑠美が金持ちだからという理由だけで、こんなセコいこと思い付いたのか俺は。
「君達! 盛り上がっているところ申し訳ないけど、影地くん、少しいいかしら?」
カズキや川間さんと話してる間に、柳先生が割って俺に話しかけようとした。ここ最近、クラスの中で悪いことなんてした覚えなんてないぞ。
「影地くんー、また柳先生と秘密のお話?」
「違うよ、特に大した話じゃないよ」
カズキと川間さんには、まだ俺と柳先生との裏の関係を知らないからな。本当に秘密のお話ということは、あながち間違ってはないが。
仕方ない、柳先生に言われたのだから大人しく黒板に行くか。ここで言うのなら、『わだつみ』以外のことなのかな?
「放課後、例の場所に来なさい。あなたと大事な話があるので忘れないように」
「話? わかりました」
なんだよ、例の場所って柳先生が所有するプレハブのことだろ? それなら『わだつみ』の連絡なら隠れて言うことだろ、今の状況だとまた俺が問題起こしたとカズキや川間さんに思われるじゃないか。
なんか、校内の関係者達と休み時間中に人付き合いすることも慣れてしまったな、入学する前は友達0人間になると思ったのが嘘みたいだ。
ついでに言ったら、俺は他の生徒達には内緒で校内1の美少女の彼氏であることもな。そこが最も重要視することかもしれない。
◆◇
「どうせ、ここ以外考えられないだろ」
放課後、心当たりの場所がこのプレハブしかないと思い、誰にも気付かれない場所で待機してあた。たぶん、柳先生はホームルームを終えた後に一度職員室に寄ってからここに来るだろう。
「おや影地、あんたもやっぱり呼び出されてたか」
「おっと、菜瑠美と桜井さんも一緒か」
「そうです……私と桜井さんは、体育の授業後に呼ばれてここに来てほしいと柳先生に言われました」
菜瑠美と桜井さんがここに来たということは、どうやら『わだつみ』の作戦会議であることは間違いなさそうだ。
なんだよ、柳先生は女子2人にも俺と同じことしてたのか、俺だけのやり口じゃなくてよかったぜ。
「おーっす、君達の方が先に来てたか。たかこおばさんはまだか?」
「お、おば……さん? 副会長なのにこんな暴言言っていいのかよ」
「実はね桜井さん、大和田さんは柳先生の甥っ子なんだよ」
「そうなのか……塚田と違ってちゃんとした理由で言ってるんだな」
まだ桜井さんには柳先生と大和田さんが親戚関係ということを知らなかったが、さすがに第一声でおばさんと言ったら気まずい顔をしていた。まだ柳先生が来てなくて助かった。
「みんなごめんね、私が1番遅くなっちゃった」
「大丈夫です……私達も先程来たばかりですので……」
あのなー、俺達はこの三十路ロリ教師に呼ばれてここに来たんだよ。準備があったとはいえ、当の呼んだ本人が1番遅いとかどういうことだ?
菜瑠美は正直言うのはわかるとして、俺の心の中では文句の塊しかないぞ。当たり前だが、担任の前で口が裂けても言えないし、その時点で『わだつみ』脱退確定だ。
◇◆
「結構ふかふかしてるなこのソファー」
「あなた達のために私が奮発したのだから感謝しなさい」
俺達5人はプレハブの中に入り、1年生の3人は柳先生が自腹で新たに購入した3人用の青色のソファーに座っていた。特に、桜井さんはとても気に入ったようだ。
「さてと、話をするか。実はな、今週の土曜日に俺の実家で海の一族の知り合いにして、君達に会わせたい人達がいるんだ」
「土曜日……ですか?」
おい待てよ、今週の土曜日って6月8日……それってカズキの誕生日と同じじゃないか。『わだつみ』と同じく能力者の集いらしいし気になるのはわかるが、日程が悪すぎる。
「どうしたの影地くん? 何か気まずい顔してるわよ」
「なんか君らしくないぞ、令くん?」
駄目だ駄目だ、俺は先にカズキと約束したんだ。海の一族の知り合い達なのだから気になって仕方ないけど、誕生日のあいつにどうしてもその日急用ができたなんて今からじゃ無理だ。
「悪い……柳先生と大和田さん、俺はその日都合が……」
今回だけはどうしても都合が合わないため、悪いけど断ることを柳先生と大和田さんに申そうとする。
「私は問題ありません。虹髑髏に負けないほど強くなりたいため、これは好機だと思います」
「俺も1日中大丈夫です。後は影地、あんただけだぞ」
しかし、菜瑠美と桜井さんは大和田さんの誘いに強く乗った。あの2人が積極的に頼んだのは意外だし、後は俺だけになってしまったか……仕方ない。
「よし、俺も土曜日に大和田さんの実家に行きます。ただし、夜に都合があるため長くはいられませんが」
「これで全員確定だな。では、令くんのこともあり土曜日の10時半に集合だ」
この流れじゃさすがに断るわけにはいかないよな。カズキにはすまないが俺は能力者なんだ、そちらを優先させていただくよ。
「とりあえず、後でカズキに連絡しておくか。プレゼントを渡すのは当日の間に渡せるようにすると」
今週の土曜日である6月8日に能力者と私生活、どちらの顔としても大事な予定ができてしまったな。強くなることも重要だけど、友人の約束も揃って大切なことだ──
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