5-5話 助けに行く理由

 ──学校は平和な場所だと思っていた。


 2019年5月9日15時15分

 中間試験まであと1週間となった。高校生になって最初の試験であるし、少しでも周りから頭いいと思わせるためにはできるだけ上位を狙いたい。

 昨日の放課後は大和田さんの寺まで行って、菜瑠美と共に勉強したが、俺にとってはまだまだ満足はしていない。

 なにせ、菜瑠美と大和田さんは学年1を目指しているほど勉強に熱心だった、飲み込みが全然違う。


「能力者の集いだけでないのが、今のチームだ」


 先週から始まった『わだつみ』の活動は能力者としての戦いだけでなく、互いに勉強をしあうことも大和田さんが掲げている。いくら俺達が能力者でも、勉強は必須である普通の高校生であるのに変わりはない。

 俺としても連日で菜瑠美や大和田さんとやりたいのだが、俺宛に意外な頼まれ事が入った。


「ねぇ影地くん、お願いがあるんだけど」

「川間さん、何かな?」


 どうしたんだろう川間さん? 女子からの頼み事だし、聞いてみるか。


「ワタシどうしても国語がわからないの、放課後でいいから勉強教えて欲しいなー」

「え? 俺が?」

「おいおい、令が絵美に勉強を教えるのかよ。悪いが令、僕もわからないところあるから教えてくれないか? この前の小テストいい点だったらしいからな」

「カズキまでもかよ、仕方ないな」


 昼休み中に勉強が苦手の川間さんが俺に国語を教えてくれと頼まれたのだ。この前の小テスト悪かったもんな。ついでに、カズキまで頼まれてしまったよ。

 どうしてものことだし、友達の願いを断るわけにはいかないな。今日は『わだつみ』としてではなく、カズキと川間さんと共に俺の家で勉強会でもするか。


「それとさー令」

「どうしたんだカズキ?」


 カズキが何やらごきげんな顔をしているな。俺に勉強を教えるのが嬉しいのか?


「せっかくだから菜瑠美ちゃんも誘おうよ。頭もすごくいいらしいさー」

「悪いがそれはお断りだ、俺はこう見えてもテストで菜瑠美より上を目指してるんだ」

「ちぇっ……君にそんな欲望があったのかよ」


 カズキの奴、本当は菜瑠美と一緒にいたいだけだろ、その魂胆は菜瑠美の彼氏である俺からしたらお見通しなんだよ。実際には菜瑠美に敵うはずはないが、関係が怪しまれるから今は避けておこう。


◇◆◇



「ではカズキ、川間さん、俺の家に行こう」


 4組のホームルームが終わり、俺はカズキと川間さんを連れて帰宅する。今日は学校で菜瑠美の姿さえ見なかったが、そんな日もあっていいか。普段からの連絡は取り合っているし、一緒にいると余計リスクが出てしまう。


「おいおい、7組の方で何かあったようだな」

「7組といえばだよな」


 階段から降りようとした瞬間、7組の教室の近くで生徒同士がざわついていた。7組はまだホームルームが終わっていなみたいだな、雰囲気的に考えると良い感じではなさそうだ。


「影地くん、何ぽけっとしてるの? もしやキミの方こそ天須さんのこと気になってるでしょ」

「そ、そんなことないさ。7組に何かあっても菜瑠美は無関係だと思うし」

「本当かよー」


 菜瑠美のクラスで何かあっただけで、余計気になってしまったな。カズキや川間さんに変に見られたせいで、今は辛抱するしかないな。



◇◆



 どうしても7組の今の状況が気になる俺だったが、もう靴を履き替えてしまった。もうこのタイミングで、カズキや川間さんに忘れ物をしたなんて言えないしな。


「よく考えたけどさー、7組ってホームルームが遅いこと多いよな。いくら菜瑠美ちゃんがいても、帰宅時間や部活の活動時間が遅くなるのだけは勘弁したいなー」


 カズキの言っていることは合っている、担任の運河先生は生徒同士のトラブルと落第点を出す生徒をすごく嫌うからな。今回は何があったかしらないが、大事であったら困るな。

 7組の男子生徒からは例え菜瑠美と同じクラスになっても、担任がうざいと思ってる生徒も中にはいそうだな。最初の授業でいきなり小テストをする程だし。


「ねぇ、さっき校内の近くに薔薇を持って緑色の服を着たすごく怪しいおっさんがいたよね、どこのナルシストかしら?」


 校門から出ようとした中、今度は女子生徒同士の不穏な噂を耳にする。薔薇を持って緑色の服を着たおっさんでおまけにナルシスト……おいおい、なんかそいつすごく覚えのある男だ。


「いたいたー、他にも何人かいたねー。なんかその人ー、菜瑠美たんとか言ってたイヤーな男だったねー。ストーカーに被害を受けなければいいのだけどー」


 菜瑠美たん……間違いない、アナーロだ! まさか、アナーロが海神中央高校の周辺をうろついているのか?

 7組はまだホームルームをやっているかもしれないし、これは緊急事態だ。すぐ菜瑠美に連絡を入れるしかない。俺はすぐ菜瑠美にメッセージを送る。


「どうしたんだ令? さっきの噂に覚えがあるのか?」

「一応な。今千葉県で何件か発生してる連続少女襲撃事件の犯人であるすごくやべー奴だ」


 実際にアナーロと会えばわかるが、千葉県内の少女を恐怖に陥れるとんでもない変態だ。

 虹髑髏の探り屋だった豊四季によって、俺と菜瑠美がここで平穏な高校生活を送っているのはすでに漏れている。だとしても、菜瑠美を狙うためにわざわざここまでに出向くなんて信じられない神経だ。


「ーーブブッ、緊急事態です。海神中央高校の1年7組に男女数名の侵入者が立てこもってる模様です。校内の皆さんは、注意してください。侵入者は教員が対処します」


 突然、校内からの緊急アナウンスが入った。セキュリティ万全な校内に侵入者が忍び込んだだと? 

 しかも、1年7組に立てこもり……信じられない。アナーロと未衣麻衣姉妹め、そこまでやるのかよ!


「嘘っ……まさか菜瑠美ちゃんが悪い奴らに狙われるの?」

「くっ……菜瑠美……」


 俺は覚悟を決めた。菜瑠美ら7組はすでにアナーロの被害を受けてるかもしれないが、俺が今できることは学校に戻るしか選択視はない。


「すまないカズキ、川間さん。俺は学校に行く! 勉強会は俺が戻ってきてからだ!」

「待って影地くん、キミだけで行くの?」

「令、もし君まで巻き込まれたらどうするんだ? 補償なんて僕にはできないぞ?」


 俺が能力者であることを知らないカズキと川間さんは、俺の行動が無駄なこととしか思ってなかった。だがな、校内にはまだ俺の恋人菜瑠美が取り残されているんだ。


「大丈夫だ、俺はカズキや川間さんが思っている以上、強い男だ。それに、君達もよく知ってる人物柳先生もこの騒動に駆けつけるはずだ」

「影地くん……」

「令……。行ってこいよ!」


 俺の言葉を受けたカズキと川間さんからは、反論はなかった。これはもう、勇者になって戻ってくるしかないみたいだ。

 アナーロめ! 菜瑠美を狙いたいがために学校を襲ってくるなんて、とんでもない奴だ。菜瑠美、俺が今助けに行くからな──




──────────


 次回は同時期に起きた菜瑠美視点を描きます。菜瑠美視点は初めてなので、気合い入れて執筆します。

 話数カウントはそのまま5-6話として扱います。

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