5-2話 わさび

 ──俺は苦手だが、菜瑠美の意外すぎる得意なものがわかってしまった。


 突然の親父の帰宅により、俺は一瞬戸惑ってしまう。今日の俺の予定が完全に狂ってしまったのだ。

 シャワーを浴びていた菜瑠美と会うのも避けられなかった。親父までも菜瑠美の巨乳っぷりに注目していたが、万が一セクハラとかしてきそうだから不安に感じてしまう。


「今日は親父もいる状態で菜瑠美を一泊させるのかよ」


 菜瑠美の戦闘服はすでに洗濯機の中に入れたし、貸してある服も着た状態だ。このまま帰らせるわけにはいかないし、親父と菜瑠美の仲を深めているのを拝見するか。将来の娘ともあるからな。


「ごめんくださーい、出前でーす」

「ん? 親父、出前を頼んだのか?」

「そうだ、意外と速かったな」


 親父は俺が菜瑠美を説得している間に、こっそり電話をして出前を頼んでいたのだった。そういえば俺も菜瑠美も夕飯を食べていなかったし、ちょうど良いな。


「ちゃんと菜瑠美ちゃんの分まで頼んでやったぞ、特別に俺のおごりだ」

「あ……ありがとうございます」


 風呂場にいたのが親父までも注目する美少女であることが知らなかったのに関わらず、菜瑠美の分までも出前を頼んでいた。

 言っておくが親父、菜瑠美は学校をタクシー通学している程、実家は金持ちだぞ。菜瑠美のことをまだ知らないとはいえ、安っぽいもの頼んでいないだろうな?

 何を頼んだかまだ俺と菜瑠美にはまだ知らされていない。俺には1つ苦手なものがあるが、これだけは入れてないように願っていた。同時に、菜瑠美の嫌いなものでもあったら親父の評価が下がってしまうな



◆◇◇



「よし、食べろ。2人共」

「お寿司は久しぶりに食べます……では、美味しくいただかせてもらいます……」


 親父が出前で頼んできたのは、3人前の豊富なネタが揃った寿司だった。親父の給料が良くなったからって、一発目から高めな物を頼んだな。


「ん? まてよ親父!」


 ここで俺の何らかの不安が的中した。寿司を頼んでくれたのは嬉しいのだが、何個かある寿司の中には大量のわさびが盛っていた。


「俺はわさびが無理であることを昔から知ってるだろ」

「令、わさびが駄目だなんてお前はまだまだガキだなー。ちゃんと食えよ」


 俺はどうしてもわさびが苦手だった。今まで何度か親父と回転寿司屋に行ったことあるが、常にわさび抜きで頼んでいた。


「つかさ……わさびは苦手なのですか?」


 菜瑠美も俺がわさび苦手であることを気にかけて見てるな、恋人のためにもこの寿司を食べなければならないのかよ。

 すると、菜瑠美が意外な行動を俺と親父の前に見せる。



 菜瑠美は大量のわさびが入ったエビを口に入れ、平気な顔をしてもぐもぐしていた。意外だな、菜瑠美がわさび得意だったなんて……何処でわさびへの耐性を付けたんだよ?


「すごく……美味しいです。次はあなたの番ですよ……つかさ?」

「俺の番……は? 本気で言ってるのか?」


 菜瑠美は俺を見て、大量のわさび盛りのまぐろを俺に食べさせようとする。もうこんなのどうしようもできないじゃないか。


「つかさ……口を開けて……」

「だらしないな令、わさびを菜瑠美ちゃんが使う割り箸で食べさせるなんて」

「じ、冗談じゃない。こんなもの食べられるか!」


 以前、俺が菜瑠美と松戸まで特訓した時に、菜瑠美は手作りのオムライスの一口を俺にあーんして食べさせた。だが、今回はオムライスの時とわけが違うぞ。わさびを我慢しろというのか?

 そして、菜瑠美は醤油をつけ始め、まぐろを俺の口に入れようとする。


「あーん」

「くっ……」


 俺は菜瑠美にあーんされたまぐろを口に入れられる。最初は大丈夫かと思ったが、段々わさびの味が口に届きはじめる


「ん……ぎゃあああああ! やっぱり俺にわさびはきついって!」


 俺はまぐろを飲み込んだものの、すぐさまに水を飲み始めた。少しづつ食べるのなら我慢できたかもしれないが、菜瑠美に一口丸々入れられたらさすが無理にも程があった。

 とりあえず、今は舌が治まるまでじっとしてるか。親父がいる前で無茶振りさせやがって。


「ははは。菜瑠美ちゃんは大丈夫なのに、お前はまだまだだな」

「つかさ……あなたはまだまだお子様ですね」


 くそっ、親父だけでなく菜瑠美までも俺を馬鹿にしやがって。そもそも、菜瑠美がわさび平気だったなんて意外だったぜ。俺もまだまだ誠心だな。


◇◆◇



「さてと、俺は寝るか」


 親父がそろそろ寝だす頃だな、1ヶ月は出張続きだったし久々に我が家のベッドで寝たいと思うだろう。

 ちょうどいいな、俺と菜瑠美も今日は手合わせした時の疲労も残ってる。何よりも俺は夕飯の時に、菜瑠美から大量のわさび盛りのまぐろを食べさせられたからな。明日からの自主練に備えて体を休めとくか。


「悪いが令、お前は部屋で寝てろ。さすがに菜瑠美ちゃんのような可愛い娘を地べたで寝かせるわけにはいかないしな」

「ちぇっ仕方ない……ここは親父の言うことをきくか。くれぐれも菜瑠美に手を出すんじゃないぞ親父」

「誰がするか、そんなことしたら捕まっちゃうだろ」

「……」


 この家の中に3人いるのに対し、ベッドは2つしかない。菜瑠美はお客様の立場だし、消去法で俺が部屋に籠ってベッドも布団もなしで一晩過ごすのか。

 今日もまた菜瑠美と一緒にベッドで寝たいけどさ、親父が隣で見ている状況でもあるし、仮に寝たとしても常に菜瑠美は刺激的なことをやらかしてきている。


「今日は勘弁してやるか」


 あの変態バカ親父、本当に菜瑠美に手を出したら恋人である立場として許さないぞ。菜瑠美はそんな中でも落ち着いた顔をして俺を見てるが、心の中では親父を悪い意味で警戒してるかもな。



◇◆



「んごぉおおお……んごぉおおお!」


 親父ったら、相変わらずうるさいいびきをかいてるな。俺が部屋の地べたで寝ようとするのに、わざとらしい音たてるなよ。

 そもそもあのいびき声、本来なら俺のベッドで寝る菜瑠美はぐっすり眠れるのか? いくら不思議な雰囲気を持つ菜瑠美でも無理があるぞ。

 俺が眠りに就こうとした瞬間、部屋のドアが開こうとする。


「つかさ……」

「菜瑠美、どうして俺の部屋に来たんだ?」


 菜瑠美が俺の部屋に入ってきた。やはり、親父のいびきに耐えられずに、わざわざ俺の部屋に避難したのか?


「夜遅くごめんなさいつかさ……お父様には悪いかもしれませんが、私はあなたと共にいた方が落ち着きます。ここにいさせてください」

「なんだと? 親父のいびきがうるさいし、別に構わないが」


 あまりに急なことだったから、大声を出してしまった。ったく、いくら恋人同士とはいえ、ベッドではなくこんな狭い場所で一晩いるのかよ。


「静かにしてください、お父様が起きるでしょ。本当は私の方からもつかさと一緒に寝たいと申そうか考えましたが、それだと今の関係が怪しまれます。お父様が明日の朝起きるまでは戻りますので」

「そうだな。ただし、菜瑠美もさっき俺に注意したんだから、嫌らしいことはここでするなよ」


 全く予想できなかった急すぎる親父の帰宅。そして、深夜は俺の部屋で菜瑠美との2人きりの時間。

 明らかに気が早すぎるかもしれないが、もう俺と菜瑠美は──

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