3-5話 待ち合わせ

 ──デートみたいな経験は初めてだから、気を引き締めたい。


 2019年4月15日8時20分

 今日は、松戸市にある21世紀の森と広場で、菜瑠美と共に『力』の特訓をする。

 高校生最初の日曜日に、菜瑠美と一緒に外出するだけで、俺からすれば夢のような話だ。菜瑠美は校内の人気者だし、誰もが羨ましがるだろう。


「少し早いかもしれないけど、外に出るか。こういう経験は初めてだから、予定より早めに待ち合わせ場所に居合わせるか」


 予定を立てた俺が遅刻なんてしたら、菜瑠美にとっても大迷惑だ。提案者は俺なのだから、菜瑠美よりも先に着くことを心がけていた。

 念のために赤色の帽子とマスクでも被っておくか。これさえしとけば、海神高の生徒とすれ違っても気付かれないだろう。



◆◇



 さてと、船橋駅に着いたのはいいが、待ち合わせ時間まで後1時間はある。

 西船橋まで1駅だし、歩いていける距離ではあるんだけど、交通費も変わらないから無理して歩く必要はないか。


「あれっ、影地くんじゃない」


 改札口を通ろうとする時に、1人聞き覚えのある女性の声が、俺に話し掛けられる。


「か、川間さん。こんな格好してるのに、よく俺だってわかったね」

「影地くんは身長低いし、歩き方でなんとなくわかったの」


 声の主は川間さんだった。こんな時に、クラスメイトと遭遇してしまった。

 火曜日の時と比べて、関係は徐々によくなってきているし、別に今少し話しても問題ないか。


「一昨日、午後の授業中は保健室で休んだみたいだけど、外を出歩いてるからもう大丈夫なのね。心配したわ」

「まあな。その影響で一昨日の夜、カズキが俺の家に訪れたんだ」


 川間さんも一昨日、俺の家にも来てよかったんだけどね。菜瑠美というおまけつきでもあったがな。


「あれー影地くん、なんかものすごく輝かしいペンダント付けてるねー。羨ましいなー」

「これは……ちょっと俺のお気に入りなんでね」


 川間さんは見るからに光り物に目がなさそうだな。残念だけど、これは川間さんも知っている同級生から託された、大切なものなんでね。触らせることができないな。


「しかも影地くん。素敵な私服しているし、もしかして誰かと会うつもり?」

「そんなことないよ。俺は大事な休日なんだから、少し派手な格好しているだけだよ」


 川間さんもやけに察しがいいな。恐らく、この察しの良さは柳先生に仕込まれたんじゃないのか?

 悪いけど川間さんにも、俺がこの後に会う相手も言えないものでね。


「あっ、いけない。ワタシこれから予定あって、京成線に乗るつもりだったの。影地くんごめんね、また明日学校で話しましょう」


 川間さんは自慢の脚力で、京成船橋駅の方へと向かっていた。あの速さなら、予定の発車時刻に間に合いそうだ。

 遭遇したのが川間さんでよかったぜ。もしこれが柳先生だったら、どこかの喫茶店に無理矢理入らせて、校外での1対1との話し合いになりそうだ。

 そんなことになれば、菜瑠美との待ち合わせ時間に間に合わずに、期待を裏切らせることになってたかもな。



◇◆


 

 俺は西船橋駅に到着した、まだ9時15分だ。

 とりあえず俺は、待ち合わせ場所に繋がるエスカレーターに乗り、菜瑠美が来るまでは9・10番ホームのベンチに待機してるか。


「ん? 菜瑠美から通知が届いている」


 俺が移動してる間に、菜瑠美が予定より1本早い西船橋方面の電車に乗ったという連絡が届いていた。もう10分くらいで待ち合わせに着くとのことだ。

 菜瑠美も早く来てくるのは助かったぜ。それだけでなく、特訓できる時間が増えるメリットが出るけどな。


「どうしたんだろう……なんかすごく緊張してきたな。いやここ1週間は緊張続きの連続だったけど、今日が1番だ」


 もうすぐ菜瑠美と会うというのに、心臓がドクドクする。今までは難なく会ってきているのに、今回だけは特別だ。 

 緊張が続くなか、菜瑠美が乗っていると思われる電車が到着した。俺はすぐに、待ち合わせ場所のエスカレーターへと移動した。

 電車が到着して1分経過し、菜瑠美が待ち合わせ場所に現れない。まさか間違えてエスカレーターで降りたのか? そんなことない、俺なら菜瑠美がわかるはずだ。 


「つかさ……」

「な、菜瑠美?」


 すると突然、長い髪をポニーテールにまとめた菜瑠美が、俺の背後から幽霊のように現れ、俺の名前を呼んだ。

 まさかこの俺が、菜瑠美の気配を感じられなかったなんて。

 ポニーテールだけでなく、マスクも被った上に、紫色のニット帽と黒色の眼鏡もしている。もしも菜瑠美が巨乳でなかったら、誰だかわからなかった。一体、どこの芸能人だよ。


「おはよう、なかなかにバレない変装してきたな」

「改めておはようございます。あと私の普段着……どうですか?」



 菜瑠美ったら、初めて俺に私服を見せただけで、凄く照れてるな。カーテシーをしながら、少し恥ずかしそうに俺を見ている。

 肝心の私服はというと、上半身は薄いピンク色のフリルブラウス。下半身はまだ4月なのに、かなり短い青色のショートパンツと黒色のソックス。靴は黒色のロングブーツか。

 他に今の菜瑠美に目が付くものは、右手の中指には紫色の指輪と、ブランドものの茶色の鞄も所持していることだな。


「とてもお似合いだ。学生の身分だから、私服を見れることは珍しいからな」


 これから体を動かすと考えるんだったら、少し派手な格好かもしれないがな。菜瑠美が動きやすいと思ってるなら、それでいいか。

 今までは、制服姿の菜瑠美しかイメージなかったから、私服姿の菜瑠美もいいな。しっかりした着こなしもしてるし、ショートパンツを履いてきたからなのか、美脚であることがより目立っていた。


「あとつかさ……あなたの格好も素敵ですね」


 素敵か……ファッションセンスにそこまで自信がなかったが、菜瑠美に素敵と言われただけで、今の俺は満足だ。


「ではつかさ……今日は宜しくお願いします」

「改めて宜しくな、今日で俺はもっと強くなってやる」


 こうして俺と菜瑠美は、予定より早い時間に合流することができた。次の電車が来るまで、話をしながら時間を潰していた。


「よし菜瑠美、また電車に乗るぞ」

「はい、今日はあなたのそばにいます」


 無事に菜瑠美と待ち合わせることができた俺は再度電車に乗り、目的地である21世紀の森と広場の最寄り駅である新八柱駅まで向かうこととなる──

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