2-4話 クラスが離れていても

 ──授業中の間はずっと空を菜瑠美だと思って、眺めるばかりだ。


 2019年4月11日

 高校生として、初めて授業が始まった。今はその4限目だ。

 今日もまた、俺のロッカーの元に誹謗中傷の手紙が何通も入っていた。連日してくだらないことして面白いのかと感じるが、先生からも報告済みだし、犯人も近い内に捕まるだろう。

 しかも手紙の字や文章の統一性からの判断で、同一犯ではないのかと俺の中では思った。別に昨日も多くの生徒に睨まれた訳でもなかったし、言うほど嫌われてもないような気がする。


 授業中の時は何してるかだって? 先生の長い無駄話してる間は、教室の窓から外を眺めることが多い。あの大空が、まるで菜瑠美の髪色を思い浮かぶように。4組にも菜瑠美がいると妄想して。

 後は考え事だ。今後、俺と菜瑠美は本当に虹髑髏を壊滅できるのか、お互いの持つ『光の力』と『闇の力』は自らの力で制御できるのか。それを常に考えてるだろう。もちろんノートはしっかり書き込まないとな。

 ただこの先生だけは、柳先生と並んで悪印象を与えたくないな。


「最初の授業で突然かも知れないが、君達の実力を測りたい。中学卒業レベルの小テストをやるぞ」

「えー、テストなんて聞いてないー」

「小テストで文句言う奴は、すぐさま0点にするぞ」


 薄毛が特徴の国語の担当・運河うんが雅司まさしは、菜瑠美がいる1年7組の担任でもあり、俺達1年生の学年主任でもある。

 指導力に定評があると、校内のホームページで書いてあったが、一発目から小テストをやらされるから、生徒からの評判は低そうだ。いきなりのブーイングまで出てきたしな。

 まあ、菜瑠美の担任だけあって、先生への態度と一定の成績は保たないと駄目だな。柳先生に悪い意味で目を付けられる一方で、運河先生には好印象与えれば好都合だろう。

 

「さあ、今から30分だ。試験と同様、鐘が鳴れば終わりだ」


 小テストが始まった。まずは文章問題より、漢字問題を先に埋めよう。

 俺は元々、国語は得意科目ではないし、勉強も入試以降してきていない。菜瑠美のことも考えて、運河先生に好印象を与えたいからには、ここで高得点を叩き出さないと夢の話だ。

 えっと漢字問題、"ショクバイの働きをする"か。バイの字がわからない。漢字に関しては最初は思い浮かばなくても、途中で突然ひらめきで出てくることがあるから、今回もそれに頼ろう。


「な、なんか眠い……」


 順調に問題を埋めていく中で、俺は睡魔に襲われていた。あくびもしそうになるが、これも運河先生に聞こえたら悪影響を与える。

 あと何問かで、答案用紙が全部埋まるんだ。こんな時間で寝るわけにはいかない。そんな気持ちで目を必死に堪え、問題を解き続けた。


◆◇


「では時間だ、後ろの生徒から回して答案用紙を回収してくれ」


 鐘の音が鳴り、30分間の小テストが終わった。問題も空欄がないままやり終え、寝なくて済んだ。しかし、今の俺は最高に眠たいぜ。

 正直このひととき、今後俺が虹髑髏との戦う時と同等の緊張だったかもしれない。まあこっちは、進路に大きく繋がるからな。


「はい、影地くん」

「すまない川間さん」


 なんだよ、川間さんは空欄が何ヵ所かあるじゃん。このままチェックしてるとまた文句言いそうだし、この変にしとくか。


「では今日の授業は終わりだ、小テストの返答は明後日行う」


 勉強も一切してなかったとはいえ、答案用紙は全て埋まっている。平均点を取れればまあいい方だろう。

 今の俺はあくまでも学生の身なりなんだから、虹髑髏と戦う間にもしっかり勉強も行わないとな。



◇◆



「おい令、起きろよ。飯食わないのか?」

「今の俺は眠いんだ、1人にしてくれ」


 昼休みに移ったが、今の俺は最高に眠い。昼飯どころではなく、教室から離れたくない気持ちでいた。

 カズキに起こされたが、なんか今は1人でいたい。何せ俺は学校内で狙われてる男だ。


「君、高校生になってから色々と変わったね」


 それはそうだ。俺はカズキも狙っている校内一の美少女から、大きな宿命と大切なものを得たんだ。悪いけど、君と違って普通の高校生活を過ごせないよ。


「影地くんどうしたの? 随分不健康そうな顔をしてるけど」

「なんか飯も食いたくなく、5限目まで教室にいたいんだって」


 すまないな、川間さんも俺を心配して。今の俺は不完全燃焼で、小テストだけでお腹一杯だ。


「あとねカズキ、さっき教室を出た時の話なんだけど、噂の7組の天須さん。教室を出ただけですごい人だかりが集まっていて、まるで有名人と同じような雰囲気だったの」

「……!」


 菜瑠美の話を聞いただけで、何か元気が出てきた。サンキュー川間さん。飲み食いしないわけにもいかないし、とりあえずは教室から出るか。


「俺やっぱり何か食いにいくわ」

「ま、待ってくれよ令!」


 入学から2日経っても、菜瑠美フィーバーは相変わらずか。何やらファンクラブも作られたらしいし、既に会員数が100人以上もいるとのことだ。

 俺は誹謗中傷の手紙のことがあるから、警戒はしておくか。

 廊下に出た途端、何やら1年7組付近が騒がしかった。先輩を含めた男子生徒が大勢おり、まさか入学式の時と同様にそこに菜瑠美もいるのか?

 あまり菜瑠美にも気付かれたくないし、俺は遠目で見よう。


「よお菜瑠美ちゃん! 俺のことどうだ?」

「……」


 よりによって塚田のバカもいるのかよ。しかも、菜瑠美にシャドーボクシングのアピールしやがって。菜瑠美にやると逆効果に等しいぞ。


「おい菜瑠美ちゃん? 聞いてるのか?」

「あなたのような荒々しい人は嫌いです……」


 喧嘩だけ強い塚田が、無口で心優しい菜瑠美が惚れるわけないだろ。嫌いなんて言われたら、心の中で笑えざるを得ないな。


「じゃあ、なんで影地令のことは好むんだよ!」

「あなたがそのことを知る必要……ありますか? さようなら」


 そもそも、こんなバカが行動や態度に限らず、海神中央高校に入れる学力があるのかが疑問な話になってきた。

 俺からすれば当然の結果だが、塚田は何故菜瑠美に振られたのかわからないまま怒りだし、5組の教室に戻っていった。再び菜瑠美は、男子生徒から囲まれていた。

 男子生徒からの話を、まともに聞くことなく無視している隙に、少し距離が離れていた俺と目が合った。菜瑠美は合図代わりに、右手の人指し指で俺に向けた。


「菜瑠美……」


 悪いな菜瑠美。校内にいる間は俺が菜瑠美に対するメンタルが弱すぎて、一緒にいることができそうにない。


 今は他の生徒達の告白に耐えてくれ、君なら断り続けることができるはずだ──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る