21.女騎士と女奴隷と海①

「海でも行こうか!」

「いいっすね!」


 と返事してしまったがゆえに、連れてこられた江ノ島海岸。

 八王子からは数時間かかるところを、わずか二行で移動できるんだから小説って便利。


「どーだいバイト君。たまには労働の疲れを忘れてこういうのも悪くないだろ?」


 三、四十代のおっさんが、車から荷物をおろしつつ俺にそう言った。

 彼は箱根さん。俺のバイト先であるカフェの店長。ダンディっぽい風貌の中年。

 そんな彼に、俺は適当に「そうですね」とだけ応える。

 労働の疲れって……毎日の客が二桁もいかない現状でそんな事言われてもね。

 仕事内容だって、大体掃除とゴミ出しくらい。それが終われば後はもうほぼ雑談かスマホいじりだ。安いとはいえ、一体どこから人件費捻出してんのか気になるレベル。

 この突然の旅行だって、どーせ後からガソリン代やら何やら請求されるんだろうなと思うと、素直に楽しめそうにない。


「わーっ! ウェミダー!!」


 と、そんなちゃちなことは全く気にもとめずにはしゃぎまくるのは、バイトの同僚にして大学の後輩こと木村渚。

 駐車場の鉄柵から身を乗り出して、目の前に広がる大海原に大興奮のご様子。


「ほらほらセンパイ! 海ですよ海!」

「わーったから、少し落ち着け」

「落ち着けますかこんな状況! 隠れてセックスといえば人気のない岩陰でしょ!」

「……」

「あ、すんません。今のは『夏といえば海→男女カップルが隠れてセックス』から続く連想でして。焦ってすっ飛ばしちゃいました♥」


 心配すんな、二番目からすでに高跳びオリンピック選手並に飛躍してる。


「でも、やっぱり海って綺麗だしサイコー。テンション上がるのはやむなしってもんっすよ!」


 まるで人生で初めて海を見たような反応。そうなる気持ちもわからんでもないが。

 だが。ここには二名ほど、本当にこの世界の海を見たことがない奴がいる。

 そいつらはどうしているかというと……。


「「ヴォエエエエエエエエエ……」」


 絶賛嘔吐中でした。

 長時間車の中で揺られていたのが裏目に出たようだ。

 異世界のとある都市「ワイヤード」の住民。

 訳あってそこで一度死に、この現代世界で二度目の人生を始めることになった者達。

 女騎士、リファ。

 女奴隷、クローラ。

 今は俺の同居人として同じアパートの一室で衣食住をともにしている。


「くそ……乗り物酔いなど……馬に乗り慣れた私が……うっ、ゔぉぇぇぇ……」

「ぐぇ……あ、これ今朝食べたとうもろこしですぅ……」


 海を見る前にゲロの海を作り出すのに忙しい二人を尻目に、俺はため息を吐く。

 今日は箱根さんのハイエースで来たのだが、あまりに長い時間揺られていたためか、慣れていない二人は完全にまいってしまったらしい。バスの経験は何度かあっても、乗ってるのはよくて十~二十分だからなぁ。いきなり飛ばしすぎたかもしれない。


「大丈夫か、二人共」

「うむ……面目ない」

「もう胃の中からっぽです」


 肩で呼吸をしながら力なく二人はそう答える。


「しかし、今回は海か」


 リファはゲロのついた口元を腕で拭って、その海岸に目を向けた。

 渚とは違って、はしゃぎもしなければ驚きもしない。ゲロ吐き直後と変わらず、苦い表情でいるのみである。 

 高尾山に登った時(※前話「女騎士と女奴隷と登山」参照)も山は危険がいっぱいとか言って慌ててたけど、今回も似たようなこと考えてるのかな。

 ていうかそもそもワイヤードに海ってあったのか? こいつらの国が異世界のどのへんに位置してたか俺はよく知らない。今の発言からして、恐らく見たことはあるんだろうけど。


「ワイヤードの帝都が三方を山に囲まれてるという話は前にしましたよね、ご主人様」


 すると不意にクローラがゲロ臭い口でそう言ってきた。俺は口周りをティッシュで拭いてやりつつ頷く。


「実は帝都の残りの一方向が、海に面しているのですよ」

「そうだったんだ」

「はい。山と同じく、近隣国から襲撃されにくい要因でもあります」

「ふーん、まるでここみたいだね」

「「え?」」


 いきなりの発言に、リファもクローラも怪訝そうに聞き返してきた。


「いや、俺らが住んでるこの東京周辺……正確には関東地方っていうんだけど。ここも周りを山と海に囲まれてるんだよ」

「そうだったのか! 意外な共通点があったのだな」

「はい。東京というのも、にほんの首都だそうで。そういうところも同じですね」


 思いがけないところでワイヤードと似通ったところを発見。俺も二人も少し驚いていた。

 他にも探してみればいろいろあるかもな。まぁ争いが絶えないという決定的な違いは顕著ではあるが。


「帝都が海に面してるってことは、漁業とかも盛んだったんじゃないか?」

「それもあるが……一番の利点は……」

元素封入器エレメント、ですかね」


 またか。

 元素をそのままの状態で「魔具カプセル」と呼ばれる器に封入したもの。それを使って異世界の住民は生活しているそうだ。

 海ってことは……まさか水?


「まさかも何も、それ以外にないだろう。飲んだり洗ったり……暮らしの中では一番重要な要素だ」

「いやでも、海水だろ? そのまま使えるわけないだろ? せめて淡水にしとかないと色々問題が出てくるぞ?」


 と俺が言っても、二人は真顔でお互いに顔を見合わせるだけ。一体何故こっちがそんなに危惧しているのか理解できてないようだ。

 つまりそれは――。


「別に何の問題もないぞ?」


 ということだ。

 海水だろうと飲水に転用しているということは、恐らくその秘密は……。

 そう思っていたところでリファが、例のガラス瓶みたいな器具を取り出してきた。


魔具カプセルには元素だけを抽出するチカラがあるのです。たとえどれだけ不純物が混じっていようが、それらを全て浄化し、完全なる純物質に変化させる」

「そう。直接モノを中に入れればそうなるし、何より……」


 そこで言葉を切り、リファはキョロキョロと何かを探し始める。一体何を探してるのかと訊こうとしたら、「これでいいや」と、とある物を見下ろした。

 それはまだ吐きたてほやほやの悪臭漂うリファの吐瀉物。


元素吸引アブゾーブ


 ずぉぉぉぉぉぉ……。

 と、掃除機をかけるような音がしたかと思うと、薄茶色の嘔吐物の中からテラテラと光る透明な粒が無数に飛び出てきた。それらはまるで引き寄せられるように空中へと漂い始め、次々とその瓶の中へと吸引されていく。

 容器の中にはどんどんそれが溜まっていき、やがてそれがすべて満たされると、リファは軽く器を振った。すると中の液体が青白く発光し、吸引が完了したことを知らせる。


「ほらな? こうすれば純粋な水だけを取り出してエレメントを生成できるというわけだ」


 わぁ永久機関。


「飲むか?」

「いらね」

「そうか? 心配しなくても安全だぞ? ……ごくごく」


 喉を鳴らして中身を嚥下し、ぷはぁと美味しいそうに息を吐く。


「うまい」

「……」


 キッッッッッッたねぇぇ……。

 いやこれはさすがにねーわ。マジねーわ。

 安全とかそーゆー次元の話じゃねぇよ。何だよこれ。異世界のロマンぶち壊しだよ。

 俺が愕然としていると、女騎士は恥ずかしそうに補足してくる。


「や、もちろん永久機関ではないぞ? 魔具カプセルにもそれぞれ使用期限と言ううものがあってだな。長く使えば使うほど元素の純度も下がってくる。私達は元素封入器エレメントを対価に買い物をするが、そういうところも取引の要素として見られるんだ。古ければ通常の半分の量として扱われたりな」


 異世界の減価償却についての解説どうもね。でもボクが愕然としてるのそこじゃないんだよ。気分の問題なんだよ。何自分らの技術買いかぶられて恥じらってんだよ。己の倫理観を恥じろ。

 そんな俺達を尻目に、クローラがくせっ毛を風になびかせながらそう言う。


「それはさておき、この世界にもこんな大きな海があったのですね」


 さておいていい問題じゃねぇんだよ。文字通りどこ吹く風、って誰がうまいこと言えっつった。


「ああ。ワイヤードほどではないが、これぐらいあれば水不足の心配もなさそうだ」

「実際、今まで私達ってワイヤードの頃以上に自由に水を使っていますものね」

「水道だったな。使い始めてしばらく経つが、あれは本当に便利なものだ」


 続いてリファも彼女の隣に立って、目の前の大海をゆっくりと見渡す。


「どこでも、無尽蔵に新鮮な水が湧くというのは画期的過ぎる技術だと思いますです」

「一体どこからそんなものが……と長らく疑問だったが、その答えが今出たな」


「海の水を全部飲水にできたら、それこそノーベル賞ものだよ」


 突然背後からかけられた声に俺達はビョクッと肩を震わせた。

 振り返ってみると、箱根さんが爽やかな笑顔を振りまきながらこちらに歩いてきていた。

 俺は急いでリファから元素封入器エレメントをひったくると、自分のポケットに隠す。ワイヤードの器機は極力隠し通さねば、何が起きるかわかったもんじゃない。


「海の水を飲水に……って、どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。水道っていうのは海水を利用してるわけじゃない。貯水池っていう水道用の池があって、そこから引いてるわけよ」

「池……?」

「そう。大きな川をダムっていう堤防みたいなものを作ってせき止めることで、人工的に作る池のことさ。決してそれは大きくないし、雨が振らなきゃいずれは枯れる。実際、水不足の問題も結構叫ばれてるしね」


 それを聞いた途端に異世界人達は目を丸くする。


「こんなに水がたくさんあるのに……」

「水不足……ですか」


 信じられないと言った表情。それを横目で見て、箱根さんは苦笑した。


「まぁ誰しもそう思うのは仕方ないさ。できたらどんなにいいか。だけど完全な実用化と一般化にはまだ至ってないのが現状だからね」


 そう言われてますますリファとクローラは小難しい顔になり、やがてポツリと順番に呟いた。


「この世界には私達の知らない技術ばかりなのに……」

「私達の世界では普通だったものは、まだ存在していない……」


 やべえ。

 と俺は冷や汗をかいた。俺以外の人間にはこの二人はワイヤードという「実在する都市」から来た留学生という体でいるわけだ。水道の原理もよく知らないのに、ここで未知のテクノロジー示唆されちゃ絶対怪しまれる。

 どうやってごまかそうかと頭をフル回転させて考えたが、それは杞憂に終わった。


「ま、そうやって海に陶酔するのもいいけど……」


 といって店長が指さしたのは、自分の所有するハイエースと、そこに詰め込まれている荷物の数々であった。


「こっちも手伝ってくれない?」

「あ、はい」


 俺達は急いで車の方に戻り、荷物運びを手伝った。

 日帰りにしては結構な量だ。パラソル、クーラーボックス、ビーチチェアなどまで用意されている。


「さ、じゃあ僕とバイト君はパラソルと椅子。女子組はバッグ類持って」

「へーい」


 箱根さんの指示通りに動く俺達。いよいよ砂浜に向けて進出だ。

 一歩一歩歩くごとに、潮の香りも強くなっていく。さざ波の音も聞いていて少し癒やされるな。

 ビーチには季節も季節だからか、大勢の海水浴客で溢れていた。

 ただ現在時間がまだ朝の九時ということもあってか、ほぼ全員が俺達と同じように各々のテリトリーの準備や着替え等に勤しんでいた。


「ずいぶん人が多いのですね」

「私達と同じ訓練目的だろうか。でなければ水汲みか? それとも――」

「この間の山と同じように観光目的……いえ、確実にそれでしょうね。雰囲気的に」


 キョロキョロと周囲の人間を観察しながら二人はぼやくように言う。


「水浴びでもしようというのか? ふん、呑気なものだ。いつどんな危険に遭うかもわからんのに」

「でも裏を返せば、それだけこの海が安全ということなんでしょうね。山と同じように」

「それもそうだな」


 どうやらワイヤードでは山だけでなく海も危険がいっぱい。遊び半分で訪れるような場所ではないらしい。はてさて、どんな危ないものがあるのやら。やっぱ海だから海賊? それとも魔物?


「賊は山ほどではないかな。魔物もまぁ、いることにはいるが……岸辺まで出てくるようなのは少ない」

「じゃあ何が危険だってのさ」

「決まってるだろう」


 キリッとした顔で女騎士は俺を見据えて断言した。



「溺れる」



 ……おおう。

 という感嘆符しか出てこねぇ。予想の斜め上……いやこの場合は斜め下だな。

 確かに水の事故なんてのは、夏になればよく聞く話だ。どこの世界でもそれは一緒らしい。


「海にはよくエレメントを精製しにやってくる方達がいるのですが、波に呑まれて亡くなるケースは珍しくないのですよ」

「なるほどねぇ」

「ですが、こういう波も小さくて浅瀬のある場所だと、その心配もなさそうですけどね、リファさん」

「む。そうだな」


 話を聞く限り、ワイヤードに面した海ってのはこういう砂浜ではなく、岩礁ばかりの海岸が多かったんだろうな。

 こっちの世界じゃまず人が寄り付かないような場所だが、ワイヤードの住民は折に触れてそこをよく訪れた。故に事故率も高いと。

 そういう意味での危険なら、クローラの言う通りここであれこれ気にする必要はないかな。


「ちょーっと待ったぁ」


 とそこで現れましたる木村渚。

 二人の間に立って肩を組み、柄にもない深刻な表情でそう呼びかける。

 あーあ、この流れ完全に前回と一緒じゃねーか。今度は何吹き込む気だよ。


「ここの海が安全? ♪馬鹿言ってんじゃないよ」


 歌うな。


「なんだ、他にもなにか危険要素があるのか渚殿」

「あたり前山田健一。溺死なんて氷山の一角に過ぎない。危険ってのは思いがけない、目に見えないところに潜んでるものなんだよ」

「それは概ね同意しますけど……ここでは一体どのような?」


 クローラが先を促すと、渚は待ってましたとばかりに口の片端を吊り上げた。


「わかってないねぇ。海に来たんならまずその前にやることがあんでしょーよ」

「やること、ですか?」

「そそ。話の続きはその間にするからさ」

「何を始める気だ?」


 片眉をひそめて尋ねるリファを無視して、渚は俺と箱根さんの方を振り返ると大声で、


「店長ー! せんぱーい! あたしら先水着着替えてきますわぁ!」


 ……やることって、それかよ。

 水着……。海に来ることは今日決定したことなので、リファもクローラもそんなものを用意してる暇などなかったんだけど。

 前もって予定組んでくれれば、それぐらい調達しておいてやれたんだけどなぁ。


「心配ないっすよ。前に銭湯行った時に貸したやつ(※「女騎士と女奴隷と銭湯」参照)また持ってきたんで!」


 ああそう。そんなら安心。

 だが安心そうでないのは当の本人達(特にリファ)


「な、渚殿……みずぎ、ということは……まさかまたあれを?」

「そだよー! 海の女の勝負服! ほーらさっさと行くよ!」

「ちょ、待ってくれ! まだ心の準備が……あぅぅ。く、クローラもなんか言え!」

「私は別に……恥ずかしかったですけど、でもご主人様が喜んでくださるなら……」

「くそー、裏切り者~っ!」

「はいつべこべ言わなーい」


 渚に引きずられるようにして、異世界人は海水浴場の片隅にある簡易更衣室に連行されていく。


「じゃあセンパイ! 浮き輪とかパラソルとかの準備よろしくっすー! お礼にとびっきり過激なあたしのカラダを見せたげるんで♥」


 舌なめずりをしながら、ギャルは妖艶な口ぶりでそう言う。

 その傍ら、シートを広げていた箱根さんが手を振りながら彼女らを見送った。


「おーいナギちゃーん! 水着期待してるよー。パレオとかふざけたもの巻いてきたら減給だからねー」

「あははー、せいぜい人前でテントおっ勃てないように気をつけてくださいね店長ー。あ、張るほどデカくないか。こりゃ失敬」

「最近の嬢ちゃんキツいや」

「……」

「あ、締まりがって意味じゃないよバイト君」

「あんたの首を絞めてやろうか」


 しかし、結局話ってなんなんだろうな。またそれがきっかけで面倒事起こされちゃたまったもんじゃない。何かあったら尻拭いするのは全部俺なんだから勘弁してほしいぜ。

 淡々と陣地の設営を終えた俺達。渚達はまだ帰ってくる気配はない。女は着替えるの遅いからなぁ。加えて謎の密談。十分やそこらじゃ終わらないか。


「箱根さん、ちょっと俺水着買ってきます」

「ありゃ、持ってきてなかったの? 何で、せっかくの海なのに」

「唐突にここに連れてきたあんたにだけは言われたくない」


 憎々しげに舌打ちしながら捨て台詞を吐くと、俺は近くの売店に直行した。

 あまり品揃えは良くない上に値段も少々高い。なんだか足元見られてる気分だ。

 どーせガチで泳ぐわけじゃないし、使う機会がそう何度もあるわけでもない。一番安いのでいいや。

 内心少し恥ずかしかったので、他の客に見つからないようにして素早く会計を済ませる。そして、野口英世三枚をリリースして手に入れた七分丈の水着を持ち、俺はさっさと店を出た。

 さて、どっか適当なところで着替えていくか。

 などと思って更衣室かトイレでもないものかとそのへんを放浪していた時である。


「ねぇねぇそこのお兄さん!」


 また背後からお声がかかった。聞き慣れない声だ。誰だ?

 俺はゆっくりと後ろを振り返ると、そこには若い二人の女性がいた。

 パッと見高校生……くらい。少なくとも俺と同い年かそれ以下だ。

 両方共少々派手なビキニを着用している。片方は茶髪ツインテール、もう片方は黒髪ストレート。どちらもニコニコと可愛らしい笑顔でこっちを見つめてきている。

 当然俺は身体はフリーズ。頭はコンフューズ。

 何、何だ、誰だお前ら!? 

 そこのお兄さん、って何? 俺になんか用なの? ってか話しかけてる相手俺でいいの?

 ぎこちなく自分で自分を指さして一応確認。


「あの……俺のことっすか?」

「そうですよぉ~。もしかしてお一人ですか?」


 ツインテールの方が明るいテンションで一秒と待たずに答える。

 そうですよって……じゃあなおさらなんなんだよお前ら! 何躊躇なく初対面の人間に独り身かどうか訊いちゃってんの? 


「やぁ、なんか売店でコソコソ水着買ってる男の人がいたからなんか面白そうだなーって」


 見られてたよ畜生。ていうかなんでそれをわざわざ俺に言うん? 隠れて笑いものにするとかならまだしも、なんで本人に切れ込み入れて傷口広げるような真似するん? 

 瞬く間に俺の額に汗が吹き出す。それを見たストレートの方が慌ててフォローに入る。


「あ、ごめんなさい。別に馬鹿にしてるつもりはないんです。ただちょっと可愛いなーって思っただけですので」


 ごめんフォローじゃねぇわ、追い打ちだわ。

 馬鹿にしてるつもりはないっつった直後に「可愛いな」って舐めてんのかオメー。漢にとっては最大の侮辱だぞ。


「もしかして、水着忘れちゃった感じですか?」

「……まぁな」

「やっぱり? 実は私達もなんですよ。ここの近くのスポーツショップで買ったやつなんです~」

「電車の中に置き忘れちゃったんだよねー。見つかったはいいんだけど、終点まで行っちゃってたっぽくてぇ。取りに行くと時間かかるからってまさかの現地調達っていう」


 訊いてねーよ! 何仲間意識芽生えさせようとしてんの? 頼むからほっといて。お願い。


「ねぇねぇお兄さん」

「な、なんすか?」

「もしお暇なら、私達と一緒に遊びません?」

「え?」


 聞き間違いかと思った。もしくは幻聴だろうか。

 だが、目の前の女子二人は今の言葉を撤回も訂正もする様子はない。


「女二人だけで海ってのも味気ないと思ってたんです~」

「ここで会ったのも何かの縁だし、ウチらと楽しいことしよっ♪」


 ここで俺氏、ようやく気づく。

 俺もしかして……ナンパされてる?

 嘘だろオイ。この俺が? 上京してまだ2年にも満たないド田舎モンに、こんなピチピチのJKがナンパ?

 ありえねー。美人局だって言われたほうがまだ納得いくぜ。きっとどこかで男が隠れて見張ってるに違いない。んでもって手を出した途端にそいつが飛び出してきて、「人の女になにすんじゃー!」ってなると。

 危ねぇ。あやうく誘いに乗っちまうところだった。まぁこの二人、そこそこ……いや、結構可愛い。スタイルもそこそこだし。

 だが、そんなあからさまなハニートラップに引っかかるほど俺はチョロくないぜ。第一、今日はそもそも女を三人連れてるんだぜ? 別にがっつくほど飢えてねーよ。

 とにかく相手が悪かったな。ここは華麗に「ツレを待たせてるんで」と断るか。

 と、しようとしたのだが。

 先手を取られた。


 何と、ツインテールとストレートが急接近してきたかと思うと、俺の手を片方ずつ握ってきたではないか。そして身を寄せ、上目遣いで言った。


「「お・ね・が・い」」

「あ、はい。よろしくおねがいします」


 俺、陥落!

 そうだよな、据え膳食わぬは男の恥だよな。こんな可愛い美女の誘い断るほうが人として問題あるもんな。例えあとで怖い兄ちゃんが襲ってきても、返り討ちにする自信あるしな。


「やったぁ、じゃあさっそく遊びましょう!」

「何する何する~? ボールあるし、ビーチバレーでもやらない?」

「いいねぇ!」


 俺は考えるのをやめ、そのままホイホイと名前も知らない彼女達のあとについていこうとした矢先。


 戦闘が始まった。


 ▶リファレンスが現れた!

 ▶クローラが現れた!


「マスター……」

「ご主人様……」


 おーう。こりゃまたエラいところでエラい奴らにエンカウントしちまったぁ。

 二人はすでに着替えを完了し、その艶やかな水着姿を俺の前に晒していた。

 リファは白い競泳水着。縫い目が荒く、今にも透けて中身が見えそうなほどセクシー。いつもの強気な彼女も、心なしか少し顔が赤くなっている。非常にそのギャップに萌える一枚絵。

 クローラは黒のツイストスリングショット。おしとやかで控えめな彼女のキャラにしてはあまりにも過激すぎるが、これもこれでアリ。

 ぶっちゃけ水着のキワドさは完全に今来たコンビの方が上である。おかげでツインテとストレートは先程の様子から一転してタジタジになる。


「な、なんなのあんたら……マスター? ご主人様って……」

「えっと……お兄さんの、お知り合いですか?」


 ▶ツインテは動揺している!

 ▶ストレートは動揺している!


「渚殿の言っていたとおりだな。危険というのは見えないところに潜在していると」

「ええ。生ゴミさんの言うこともたまには役に立ちますね」

「な、何の話だよ?」

「「ナンパ」」


 二人は互いに少し目配せしながら、同時に答えた。


「見知らぬ異性から一緒に行動をともにしないかと誘いをかける事案……とりわけにほんの海では、それが多いと言われていると」

「クローラにはご主人様しかおりませぬゆえ、他の方の誘いに乗るなどということはありえません」

「私も、マスターの自宅警備隊としてこの身を捧げると決めた。その誓いを反故にするつもりは毛頭ない。だが……」


 そこで二人は同時に目を細めた。


「まさかマスターの方がその危険に晒されているとはな」

「ご主人様が他の女性に気移りなされているとは思いませんでした」


 ▶リファレンスの威嚇! 俺達は防御力がダウン!

 ▶クローラの軽蔑! 俺達は攻撃力がダウン!


 やべぇよやべぇよ。言い逃れできねぇよ、どうすんだよこれ。

 いや確かにこれ全部俺が悪いけどさぁ!


「あ、あの~。お暇じゃないようなので、私ら失礼しますね……」

「お疲れ様でした~」


 ▶ツインテは逃げ出した!

 ▶ストレートは逃げ出した! 


 あっくそ、何自分達だけトンズラこいてんだ。巻き込んどいて勝手な奴らだなビッチ共め。

 よし、便乗だ。俺も逃げよう。


 ▶俺は逃げ出した!

 ▶しかし回り込まれてしまった!


 はいはいわかってたよこんちくしょう!

 イベント戦は逃亡不可だって決まってるからしょうがないね! ええ、重々承知しておりますともさ!

 くっそ、渚の話ってこれのことかよ。何でこういう時に限ってクソ真面目な教育してんだ。腹立つなもう。

 というわけで見事に二人の前で跪く俺。


 リファとクローラはそんな俺を見下ろしながらため息を吐く。


「危機は去ったみたいだな」

「そっすね」

「その割には、まんざらでもなさそうな反応でしたけれど?」

「う」


 クローラの的確な指摘に俺は言葉を失う。

 しばしの沈黙の後、女騎士が口を開いた。


「ま、マスターは私よりもああいう感じの奴が警備隊であった方がいいのか?」

「べつにそういうわけじゃ……」


 じゃあどういうわけなんだよ、と言われたらまた黙るしかないわけだけど。

 今度は女奴隷が自分の胸に手を置くと、目を閉じて静かに言う。


「クローラは奴隷でございますゆえ、ご主人様の御意向に意見するつもりはありませんが……何か私めにご不満があるなら、せめて教えていただきたいな、と」

「不満は別にないよ……」

「「なら何故?」」


 ヤバイと思ったが性欲を抑えきれなかった。

 って言ったら殺されるな絶対。

 だめだ、もうちょっとオブラートに包んで……。何かいい表現はないか……何か……。

 などと考えを巡らせるが、それよりも早くタイムリミットは訪れた。


「リファさん。やっぱりあの手しかありませんよ」

「そうだな、クローラ」


 え? 何? 何する気よちょっと?

 一体どんな恐ろしい拷問が待ってるのかと震えが止まらなかったが……予想は大きくハズレた。

 二人はもじもじとしながら、頬を染め、俺をとろんとした瞳で見つめてくる。


「な、渚殿は言っていた。なんぱ、とやらをされた時は身近な知り合いの異性を恋人だと偽ることで回避すべし、と」

「く、クローラ達は恋人ではないですが……ご主人様がいらっしゃるので、そうすればいいかなと思ったのですが……」

「……で?」

「だ、だからっ」


 リファはぎゅっ、と腰のあたりで組んだ腕に力を込めて続ける。


「逆の場合……つまりマスターが他の女になんぱをされた場合は……」

「わ、私達を……その、恋人代わりにしていただければよいのではないかと」


 ……はい? ちょっと待って、整理させて整理。

 えー、とつまり? 海でいると色々ナンパされたりして厄介だから? 俺達がお互い付き合ってるってことにすればWin-Winだろってわけ?

 そう確認すると、二人は無言で首肯した。


「さ、差し出がましい申し出であることは承知しております! ですけどその……」

「マスターが、私達を差し置いて他の女と遊ぶのは……そ、そう! 安全上よくないのだ! どこの誰かもわからん奴と不用意に親密になるのはそれこそ危険だ。もしかしたら罠かもしれんしな」

「ですです!」


 あ、うん。そっすね。


「だ、だからこれは私の警備の仕事の一環として!」

「ど、奴隷の務めとして!」


 ずいっ、とそこで彼女達は俺に顔をさっきのJK以上に接近させてくる。

 そして、紅潮しきった顔で、大胆にもこう言うのだった。




「私をマスターの恋人にするのだっ!」

「クローラをご主人様の恋人にしてください!」

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