20.女騎士と女奴隷と登山

【「家に帰りたい」と泣き叫ぶまであと一時間三十分】


「山行きましょう!」

「いいねぇ!」


 と返事したばかりに、連れてこられました高尾山。

 もうこの唐突展開にも全然驚かなくなった。慣れって恐ろしいわ、いやマジ。

 高尾山口駅で降りて、しばらく歩けば登山口だ。さすが初心者向けの山、アクセスもお手軽。


「高尾山かぁ~。登んのなんて小学生の遠足ン時以来っすわー」

「そうだな」


 長袖シャツにデニムとブーツ。頭にキャップ、背中にデカめのザックとフル装備の木村渚はウキウキ顔でそう言う。

 そんな俺らの後ろをついてきていた異世界人二人はぼけーっとしながら訊いてくる。


「渚殿……私達は山に来たのだよな?」

「ん? そだよー。高尾山。八王子とくればここを無視しないわけにゃぁいかないっしょ。」

「でも山と言うには……その……」


 リファは周囲を見渡しながら言いにくそうに、


「なんか、駅前の繁華街とさほど変わらないような……」


 その通り。

 土産物屋、お食事処、喫茶店……登山口に着くまでには数々のその手の店が並んでいる。

 彼女の言う通り、見慣れた繁華街と大差ない光景だ。

 俺は地元で何回も訪れてるから、特に疑問に感じたことはなかったが、異世界人にとっては違うのだろうか。


「だって、山だぞ? その麓だというのに、なんだか全然そんな感じがしないというか」

「まぁ八王子の名物みたいなものだからな。結構有名なんだよ、ここ。だから色んな観光客がこぞって訪れるから、商売やるにはもってこいなんだろ」

「か、観光客?」


 言った途端に、クローラもリファも目を丸くした。

 そして女奴隷の方が、おずおずと挙手して問いかけてくる。


「ま、まさかとは思いますが……この山って……観光地扱いされているのですか?」

「え? まさかもなにも、そうだけど」


 言うと同時。愕然とした顔つきになる異世界コンビ。

 そしてリファは眉間をつまみ、クローラはこめかみを抑えて少し立ちくらむ。オーバーリアクションだなぁ。そんなにカルチャーショック受けるほどのことか?


「さ、さすがは異世界……山でさえも娯楽の道具にしてしまうのか……」

「え?」

「ご主人様は、ワイヤードにおける山がどういうものかご存知ですか」

「知るかよ」

「でしょうね。一言で言えば、エレメントの宝庫です」


 エレメントの宝庫?

 俺が首を傾げていると、今度はリファが口を開いた。


「水、風、土はもちろんのこと、高い木には雷もよく落ちる。そこから発生する炎もふんだんに採取できる。領地の中に山があるだけで、その国の裕福度は大きく違ってくるのだ」

「ほーん」

「ワイヤードは四方を山に囲まれた盆地に存在していたため、非常に多くの富を蓄えることが出来ていたのです。それに、山自体が壁となるおかげで、他国からも責められにくい状態となっておりました」


 なるほど。腰を据えるにはちょうどいい土地だったわけだ。

 電気・水道・ガスのインフラが存在せず、それらを全て元素封入器エレメントもしくはそれを使用して動かすキカイでまかなう生活。

 ワイヤードという国が発展してきたのも、そういうのが関係してるんだな。


「だか、多くの山を持つということは、価値のある財をそのまま店先に陳列しておくのと同じ。当然それを狙う輩も大勢いる」

「それって……」

「まぁ、いわゆる『賊』というやつだな」


 リファはもみあげの金髪をかきあげながら、憂うように言う。


「山に眠る莫大な宝を日夜かっさらい、ひどい時には自分の領地まで決めて占領しだす有様……。国の外だけでなく、内側からもああいうのは出るものだ」

「そういうのってどーやって対処すんの?」

「基本的には、尾根に砦や詰所を設置して、帝国兵を常駐させて監視していた。だが山というのは大きく広い。完全に防犯できていたかというと怪しいところだ」

「まぁそうだろうな。くまなく網羅できるほど兵士を投入するわけにもいかなかっただろうし」

「ともかく、山は富の象徴でもあるが、賊が蔓延はびこるれっきとした危険区域でもある。一般の人間が容易に訪れられる場所ではない」


 というのがリファさんの主張でした。

 だからこんな悠長に観光地扱いしてるのが不思議でならなかったというわけだ。


「でもまぁ、この世界にはエレメントの技術も無いですし……山の存在が貧富に直結しないのであれば、問題はなさそうですね」

「ま、まぁそうだな。ここではここなりの山の価値観というものが――」


 と、言いかけた矢先。


「ちょーっと待ったお二人とも」 


 二人の間に割って入り、肩に両手を回して渚が言ってきた。

 あ、ヤバイこれアカンやつや。絶対なんか変なこと吹き込む流れや。


「チミ達……まさかこの国の山が安全だとでも思ってるんじゃなかろうね?」

「え? 違うのか?」

「ちっちっちっ。んなわきゃないわよこの頭ハッピーセットども。山の恐ろしさ甘く見てたら……死ぬよ?」

「死ぬんですか!?」


 二人の顔が青ざめるのを見てニヤリと笑った渚さん。イニシアティブが彼女の手に渡った今、もう奴はやめられない止まらない。


「年間を通して、山ン中で死ぬ人間ってのは何百人っているんだよ。しっかりとした装備を用意して、盤石の体制でいかないと。いわば山は何が起きるかわからないダンジョン……それを楽しむ者も沢山いるけど、そーゆー危険性を軽視した連中から死んでいくのは世の常さ」


 ああくそ、こいつ嘘言ってねぇよ。真実だけで騙していくスタイルだよ。腹立つくらい巧妙だな畜生。

 確かに遭難などの事故によって死者が出るのは珍しいことじゃない。

 でも異世界人である彼女らが言っているのはあくまで人的災害であって、そういうのとは注意を向ける方向性がまるで違うんだわ。

 だが完全に「山=危険」の構図を、ワイヤードのものと一緒くたにしてイメージが定着してしまったリファとクローラ。

 そんな危険なダンジョンに何の準備もなく来てしまったことに今頃動揺し、慌てふためく。


「ま、まままままずいぞ! 騎士団時代に使っていたアーマーは家のクローゼットの中だし! あ、あと元素封入器エレメントも一つで足りるかどうか……」

「く、クローラも! このままでは絶対にご主人様の足でまといになってしまいます!」

「落ち着けチョロイン共ぉ!」


 ワタワタする二人を渚が鶴の一声で止めた。


「確かに山ってのは危険なダンジョンだ。だけどそこまで心配することはない。この高尾山はいわば登山者にとって初心者向けの山。今日はあんたら二人のために、ここを訓練地として選択した」


 本当の目的は?


「途中にあるビアガーデンと、下山後の温泉」


 やっぱりな♂

 でもまぁ初心者向けってのは本当だけど。

 ではここでちょいと知らない人向けに説明しよう。

 高尾山。

 東京都八王子市に位置する、関東圏の住民には比較的知名度の高い山。

 都心から電車で1時間で来れるというアクセスの良さ。整備された登山道。

 そしてさっきも渚が言ってたけど、登山難易度の低さ。

 標高は599メートルという低さゆえに、手軽に登れる山として、老若男女問わず各所から登山者が大勢訪れている。

 俺も初めてここに引っ越してきた時は、運動がてらよく登ってたな。


「そ、そうか。訓練か。そうだな、最近はあまり騎士っぽいような活動をしていなかったから調度いい。うむ」

「わ、私のような奴隷がお役に立てるかはわかりませんけど、この世界の勉強だとおもってがんばりますです!」


 異世界人二人はそんな幼稚園児の遠足に選ばれるレベルのお山に、必要以上に意気込んでおられる御様子。

 そんな安堵の息を吐きかけた彼女らに、厳しい顔つきの渚は忠告する。


「だが侮るなかれ。初心者向けと言えど、山は山。危険を孕んでいることに変わりはない。そのためにしっかり準備をしておくことが肝要なのよさ」


 だったら冒頭からここに強制転移させずに前日譚くらい挟ませろやい。


「し、しかし準備と言われてもな……」

「私達、もう現場に来てしまってるわけですし。このまま一度家に戻るわけにも……」

「全くわかってないねぇ。よく思い返してご覧よ、お二人さん」

「へ?」

「ここいら一体にある店は何のためのもの?」


 そう言って、ギャルは周囲にある商店街を指さした。

 それだけでリファとクローラはすべてを察した。


「そうか、そういうことか!」

「旅の準備をここで整えろ、ということですね!」

「そのとーり!」


 渚はゲスい表情を、幾重にもパテで塗り隠したような笑顔を浮かべて言った。


「確かにこの辺じゃ土産物屋や食事処といったものが目立つけど、登山者用の装備やアイテムを揃えてるお店も沢山あんの。便利でしょ~」

「うむ! 山らしからぬ風景だなと思っていたが、ダンジョンに挑む者へのれっきとした配慮だったのだな!」

「さすがこの世界です! これなら私達も安心して山に登れますね!」

「よっし! じゃあ今からしばらく自由行動にすっから。20分後にここに再集合! それまでにしっかり装備を整えてくること! OK?」

「了解だ渚殿!」

「かしこまりました生ゴミさん!」

「うっし、じゃ一旦解散!」


 というわけで。

 なんだかお試しダンジョンに挑む訓練生扱いされた二人は、超ハイテンションで自らの装備を調達しに奔走するのであった。


「ところで渚」

「あん? 何すかセンパイ」

「装備代は?」

「センパイ持ちですが何か?」


 ですよねー。


 ○


【「家に帰りたい」と泣き叫ぶまであと一時間十分】


 それからきっかり20分後。

 各々の装備を整えた登山メンバーが集結した!


・リファ

 武器:ロングソード(おもちゃ)

 防具:猫耳パーカー

 アクセサリ:ヘアピン・中二病的なキーホルダー

 アイテム:饅頭・せんべい・お新香・たい焼き・ソフトクリーム


・クローラ

 武器:ベレッタM92F カスタムモデル(おもちゃ)

 防具:チュニック

 アクセサリ:中二病的なキーホルダー

 アイテム:饅頭・たこ焼き・バウムクーヘン・ビスケット・かりんとう



「食いもんばっかじゃねぇぇーーーかッッッ!!!!」


 誰が胃袋の装備してこいっつったよ!? 外見なんも変わってねぇよ! 強いて言えば二人揃ってあのどの土産物屋でも目にする例の中二病キーホルダー付けてるくらいだよ!


「ですがご主人様、腹が減っては戦は出来ぬと言いますし(もぐもぐ)」

「今食ってんじゃねーよ!」


 ったく、人の金使ってるくせにまともに装備整える気あんのかオメーら……。


「む。装備ならちゃんとしてるぞ! 見ろこのアクセサリー! 店主が言うにはこれを付けているだけで、ありとあらゆる魔物を寄せ付けなくする魔除けの効果があるのだぞ!」


 だぁも、信じやすそうな奴に信じやすそうな嘘効果教えやがってクソ店員ー!


「おい渚、オメーもなんとか言ってやれこいつらに!」

「え?」


 と言いながら返事した渚のステータスが以下。


・木村渚


 武器:登山用杖

 防具:シャツ・デニム・ブーツ

 アクセサリ:ピアス

 アイテム:みたらし団子・きのこの山・ドンタコス・堅揚げポテト・カラムーチョ・ねるねるねるね


「おやつは300円以内とかいうルールは設けてないっすけど?」


 わかったもういい。もういいよ。真面目に考えてた俺がバカだった。そもそも渚本人がただのおふざけのつもりでやってんだもんな。こいつの性格上すぐ飽きてもおかしくない。

 そうだね。高尾山ごときこれぐらい舐めてかかっても大して問題ないからね! よほどの御老体か子供でない限り、飲み物だけ持ってればなんとかなるからね!

 はいはい茶番は終了。さっさと登るぞ。


 というわけで準備時間もそこそこにいざ登山。


 ○


【「家に帰りたい」と泣き叫ぶまであと一時間】


「? マスター、あれは?」


 ふいにリファがとある一方向を指さして言った。

 見てみると、そこには「ケーブルカー・リフトのりば」とある。

 これもまた高尾山の醍醐味の一つ。


「あれはケーブルカーっていって、まぁ山の斜面を登れる電車みたいなもんかな」

「え? つまり、足を使わずに登山できるということです?」

「端的に言えばそうなるな。どうする? せっかくだし乗るか?」

「却下だ」


 俺が持ちかけるやいなや、リファが腕を組んで即答した。


「私達は訓練をしに来てるのだぞ? この世界の技術を見るという意味では勉強になるかもしれんが、今日はそれを使ったら訓練の意味がなくなる。なぁ、渚殿」

「え? そうなの?」

「ほら、彼女もそう言っておるではないか」


 いい耳鼻科紹介しようか?


「たしかにそれもそうですね。今回はやめにして、徒歩で行くことにしましょう」

「まったくだ。あんなものは、山を娯楽の道具としか思わん奴らの甘えだ」


 一理あるな。せっかくの登山だ。自分で歩いた方が達成感も大きいに決まってる。

 クローラの賛同も得られたところで、俺ら一行は麓から歩きで登山を開始した。


 ○


【「家に帰りたい」と泣き叫ぶまであと四十分】


 登山開始から二十分後。


「わぁ、すごくきれいですねー!」


 たくさんの木々が立ち並ぶその景色を仰ぎながら、クローラは感嘆の声を漏らした。

 薄暗い空間を木漏れ日が照らして、幻想的な演出を醸し出している。

 所々で聞こえるモズやオオルリの鳴き声は、入山してきた俺達を歓迎してるみたいだ。

 それに木々のざわめきや川のせせらぎの音も相まって実に心地よい。まるで自然のオーケストラ会場。でもまったく騒がしくない。心にじっくりと染み渡るようなメロディー。

 久々に来たけど、相変わらずここは落ち着くな。無理やり連れてこられたけど、来てよかったかも。


「油断するなよクローラ。確かに心を奪われるような光景だが、ここは山。いつ何に出くわすかわからんぞ」

「おっと、そうでしたね。しっかり気を引き締めていきましょう」 


 リファとクローラはいつでも応戦できるように慎重に歩いている。

 そんな後ろでニヤニヤと笑いながら渚は彼女達を見つめながら言った。


「いやー、登山っていいものっすねー」

「お前が言うと別な意味に聞こえるんだけどな」

「心配しなくても多分そっちの意味合いであってますよぉ~」

「少しは隠す努力をしろ」


 そうやってしばらくその山道をえっちらおっちらと歩く。

 今日は平日のためか、人は少ない。現状そこにいるのは俺達だけだ。


「むぅ。人気がなさすぎるな。ワイヤードだったらもうとっくに賊の二、三人くらい遭遇しててもおかしくないが……」

「リファさんリファさん! 誰か来ますよ!」


 クローラが慌てて警告した通り、向こう側から人影が近づいてきた。下山客だ。

 年齢は六十代くらいの老夫婦だった。老後の運動代わりにここを利用する登山客も多いゆえに珍しくない光景だ。


「くるぞクローラ! 気をつけろ!」

「はい!」


 互いに武器を抜き、臨戦態勢に入る二人。

 対して老夫婦の方はニコニコと穏やかな目つきのままこちらに接近。

 戦闘開始。


 ▶リファの居合の構え! 次の攻撃が必中!

 ▶クローラのロックオン! 次の攻撃が必中!

 ▶老夫婦の挨拶! 


「こんにちは」

「こんにちは」


 ▶俺は返事を返した! 

 ▶渚は返事を返した!

 ▶リファとクローラはこんらんしている!


「おやおや若い子達、元気いっぱいでいいねぇ」

「ええ、羨ましいわ。飴玉あるんだけど食べる?」


 ▶老夫婦の差し入れ! メンバーはそれぞれ飴玉を一つ手に入れた!

 ▶俺は飴玉を食べた! 体力が10回復!

 ▶渚は飴玉を食べた! 体力が10回復!

 ▶リファとクローラはこんらんしている!


「それじゃあ気をつけてな」

「頑張ってねー」


 ▶老夫婦は去っていった!

 ▶俺と渚はお礼を言って見送った!


 戦闘終了。


「……ぞ、賊にしては斬新な手口だったな」

「ええ、まんまと賄賂を渡されて逃げられましたけど……次あったらこうは行きませんよ」


 と言いつつ賄賂をもぐもぐ食べてる異世界ポンコツコンビ。収賄罪って知ってる?

 さぁ馬鹿はほっといて登山続行だ。


 ○


【「家に帰りたい」と泣き叫ぶまであと三十分】


「ふぅ、ちょっとこのへんで休みませんか?」


 しばらく歩いていると、クローラが少しつらそうな声で提案した。


「なんだクローラ。情けないぞ。こうして疲れている隙を狙って賊がいつ奇襲を仕掛けてくるか――」

「まぁいいんじゃない? ほら、あそこにベンチあるし。そこで一息入れようぜ?」

「……マスターがそう言うなら」


 適宜な休憩は登山の基本。無理は禁物だ。

 俺達はその切り株を削ったような一人がけのベンチにそれぞれ腰掛ける。

 水を飲んだり、お菓子を食べたり、お菓子を食べたり、お菓子を食べたり。

 本当食ってばかりだなこいつらは……。

 そうやってしばらく休んでいると。


「じゃあみんな、このへんで少し休みましょうか」

「はーい!」


 大人の女性数人に連れられた十人位の子どもだった。年齢的に幼稚園年長~小学校低学年といったところか。きっと遠足かなにかだろう。


「あ、どうもこんにちは」

「こんにちはー!」


 無邪気な声で元気よく挨拶してくるちびっこ達。

 俺も渚も明るく手を降ってそれに応える。

 クローラは少し戸惑っていたが、ぎこちなく「こんにちは~」と小声で返す。

 リファはというと、なぜか面食らっていたようで動揺した表情で瞼をヒクつかせていた。

 山に来れば同じ登山客同士、なんの関係もなくても親近感は湧くもの。特に子どもたちは積極的に人に絡んでくる。他人との壁を感じさせない、いい雰囲気だ。


「おねーちゃんチョコたべる?」

「おっ、くれるの? ありがとー! じゃあ君にはこの特別な存在になれるキャンディをあげよう」

「わーい。あまくてクリーミーだぁ!」


「おねーちゃん、おねーちゃんってあのおにーちゃんとつきあってんの?」

「ふゃ!? ちっ、違いますよ! 私はただの奴隷で……や、別にそうなるのがイヤというわけでは……ゴニョニョ」

「わー、あかくなってるー!」


「おねーちゃんそのけんかっこいいー!」

「え? あ、これか? まぁ、それほどでもないけどな」

「ってあれ? これ、100きんのねふだついてるじゃん。ほんとにそれほどでもないや」

「えっ」


「おにーちゃん、あのおねーちゃんたちのうちなんにんとヤったの?」

「HAHAHA。何をかな?」

「何人とシたんですかお兄さん!」

「便乗してんじゃねーよ保育士」


 そんなこんなで会話も弾み、いいところで俺らのほうが先に出発することに。

 バイバイと手を振りながら、彼らと別れる俺達。


「いやー、かわいいガキどもでしたなぁ」

「そだねー」


 珍しく意気投合しながら語り合う俺と渚とは対照的に、リファとクローラは周囲が引くレベルでげんなりしていた。

 その暗い表情に気付いた渚は苦笑いしながら尋ねる。


「ちょ、ちょっと二人共どうしたのよさ?」

「無情だな」

「無情ですね」


 二人共悟りでも開いたような口調で言った。


「私達のような大人だけでなく……あんな子供まで駆り出されるなんて……」

「きっと私と同じ奴隷かなにかでしょうかね……」


 何言ってだこいつら。


「さすがの私でも同情するぞ……任務だか訓練だか知らんが、さすがにワイヤードではあそこまでしなかったぞ」

「あの子達……笑ってましたけど、きっと日々辛い仕打ちを受けて、それを忘れるために無理にあのような笑顔を……。考えるとかわいそすぎて涙が出ます」


 いきなりわけわからんこと言い出すその頭の方がかわいそうなんですけど。


「この世界は平和だと思っていた。誰もが平等に平穏な暮らしを享受しているものとばかり思っていた。だが違ったようだ」

「はい。どこに行っても弱肉強食という関係は存在するのですね。こうして私達が幸せな生活を送っている裏で、あのような過酷な労働を強いられている子達もいるということがよくわかりました」


 人はそれを知ったかぶりと言うんだよ。よく覚えておきたまえ。


「行くぞクローラ。彼らだけに苦しい思いをさせる訳にはいかない。私達も私達でしっかりこの訓練を乗り切ってみせねば!」

「はい、リファさん! 山頂にむけてれっつごーですっ!」

「センパイ、高尾山には猿の動物園があってですね。そこ寄ってきません?」

「もう十分見たからいい」



 ○


【「家に帰りたい」と泣き叫ぶまであと5分】


「はぁ、はぁ………つ、ついたぞ!!」

「つ、つきましたー!」


 全員の息があがり、すこしキツくなってきた頃。

 視界が開け、人だかりもそれなりに出来ている所へとたどり着く。

 しばらく行くと、そこには下界の景色が一望できる箇所が。


「わぁぁ……」

「すごいですぅ」


 東京タワー、スカイツリー、都庁などなど。今まで見たことがないようなでかい建物を見渡して、異世界人達は目を輝かせた。


「マスターマスター! あれ、全部この世界の建物なのか!?」

「ああ。驚いただろ」

「ワイヤードのお城みたいです……」

「すごく疲れたけど、ここまで来た甲斐があったなクローラ!」

「はいリファさん! 苦労が報われた感じがします!」


 リファもクローラも、完全に目が釘付けになって鉄柵にしがみついている。 

 まったく、訓練に来たんじゃなかったのかよ。当初の目的すっかり忘れてめちゃくちゃ楽しんじゃってるじゃねぇか。 


「私達が今まで住んでいた地域には無かったものが、ここでは今にも手が届きそうなところにある」

「こうして見ると、世界って広いんだなぁって実感しますね」


 その背中は、まるで先程までの無垢な子どもたちと変わらない。

 そう、まだ彼女達は世界を知らない子供なのだ。だからこそ、俺がしっかりと教えてやらなくちゃいけない。


「なぁマスター」

「ご主人様」

「ん?」

「あの建物がある街……実際に行ってみたいぞ!」

「クローラもです!」


 早速好奇心が湧いたようだ。確かに、連れてった所はまだ八王子市内ばかりだからな。そろそろ遠出をさせてもいい頃だろう。

 渋谷、秋葉原、原宿……数々のビルの大群を目にしたらどんな反応をするのだろうか。

 考えてみると、俺自身ちょっと楽しみだった。


「いいよ。じゃあ今度一緒に行こうか」


 そう言うとぱぁっ、と二人の表情が晴れやかになった。そしてお互いに顔を見合わせて笑いながら小さく飛び跳ねる。それこそ、おもちゃを買い与えてもらった子どものように。

 それを見て、俺も自然に笑みがこぼれてくる。

 やっぱり、来てよかったな。高尾山。


「おーい、みんなー。お団子買ってきたよ~!」


 すると、渚が高尾山名物、三福だんごを四本携えて持ってきてくれた。

 近くのベンチに座り、みんなでそれを美味しくいただく。

 しっかし、さっきから食ってばかりだな俺ら。


「そりゃこれから道のりは長いんですし、腹ごしらえしとかないと」

「え?」

「は?」


 その渚の言葉に、団子を食すリファとクローラの動きが止まった。


「道のりは……」

「長い?」


 キョトンとして目を点にしている。

 一体どうしたのだろう?


「な、渚殿? ここが頂上ではないのか?」

「え? 違うよ? 何言ってんの?」

「で、でもでも。あそこ! 先程の『けーぶるかー』とやらの駅ですよね? おそらく麓からここまで来るのではないですか? 終着点がここということは、てっぺんということに――」

「なわけないじゃーん。やだなぁもう」


 渚は団子を頬張りながら手をひらひらさせて言う。


「ここはあくまで中腹。標高で言えば大体270メートルくらいかな? ここからはケーブルカーもリフトもなし。全員徒歩で山頂を目指すんだよ」

「え? え……?」

「あの、それって、どれくらい……?」

「んー? どれくらいって、えっと――」


 ひい、ふう、みい。

 と渚はしばし指折り数え、計算が終わるとニカっと笑って結果を告げた。



「ここまでが全体の約半分。これから歩く距離も、今まで歩いた長さとほぼ同じ。だからあと一時間位かな!」



【「家に帰りたい」と泣き叫ぶまであと1秒】

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