2.女騎士とおにぎり

 ぐぅぅ。

 いきなり俺の腹の虫が大きな音を立てた。


「何だマスター、空腹なのか?」


 ジャージのズボンのゴムを替え終えたリファが尋ねてくる。

 そういえば、リファがここに出現する直前に昼食の準備をしてたとこなんだっけ。

 色々あったせいですっかり忘れてたけど、何食べっよかなぁ。


「マスター、私でよければなにか簡単な食事を――」

「却下」


 0.1秒で切り捨てる。


「な、何故だマスター! こう見えてもワイヤードの兵の中では料理はうまい方なのだぞ! 戦場では負傷した炊事班の代わりをしていたこともあるし!」

「現代の知識をなんも兼ね備えてないやつに勝手に家の食材と調理器具使われてたまるかっつの」


 面倒くさそうに返して俺はキッチンへと向かうが、リファはそれでも食い下がってくる。


「そ、それならマスター。この世界での料理の仕方を教えてくれないか。それならば問題なかろう」

「気持ちはありがたいが、今はこっちも腹ペコなんだ。ここで教えてたら出来上がるまでにどれだけ時間かかるかわかったもんじゃない。とりあえず昼食は俺が作るから、レクチャーは晩飯の方にまたな」


 カップ麺すら教え込むのに三分どころか三時間くらいかかりそうだからな。

 料理が得意と言い張るが、ワイヤードでは一体どんなものを作ってたんだろう。こっちと食文化にそこまで差異がなけりゃ、苦労しないんだけどな。


「むぅ、わかった。それで昼食は何を?」

「んー、そうだな」


 冷蔵庫には何が残ってたっけ? 野菜や肉系は昨日の夕飯で使い切っちゃったし……。

 と悩んでいた時に炊飯器が俺の目の端に映った。


「そっかご飯炊いてたんだった。ちょうどいいし、おにぎりにするか」

「おにぎり?」


 頭にはてなを浮かべて復唱するリファ。


「日本の――俺が住んでるこの国の代表的な料理だ。米と呼ばれる穀物を使って作るのさ」

「ワイヤードでも穀物を使う料理は多々あるが、そのようなものは聞いたことが無いな」

「まぁ、この世界全体で言えばそこまでメジャーなもんでもないからな」


 と言いつつ、俺は炊飯器の蓋を開けた。

 ぶわっ、と立ち込める湯気を払うと、ふっくら炊けたごはんが顔を出した。

 俺と一緒に中身を覗いていたリファが目を輝かせる。  


「おぉ~」

「この一粒一粒が米だ。この機械で炊いて食うんだよ」

「なるほど、いや実に美味しそうだ。それに、この世界にも『キカイ』が存在するのだな」

「!」


 俺は一瞬ビックリしてリファを見た。


「ワイヤードにも機械があるのか?」

「? あるぞ。このような形のものを見るのは初めてだが。元素封入器エレメントはどこにセットするのだ?」

「え、えれめん? 何?」

「何だ、キカイはそういうものだろう。元素封入器エレメントを使って道具を自動的に動かす機構」

「……ごめん元素封入器エレメントって何?」


 俺が真面目に聞き返すと、リファは怪訝な表情で、


「もしや、この世界のキカイは元素封入器エレメント以外のもので動くのか?」

「普通に電気ですけど?」

「何だ、やはり使っておるではないか」

「いやだから元素封入器エレメントってなんなんだよ」

「火、土、風、水、雷。これらの元素を『魔具カプセル』と呼ばれる封入器に保管した物の総称だ。元素をそのままの状態で保存でき、いろいろな用途に使用する」


 ……ふむ。

 元素をそのまま保管できる、か。面白い物があるんだな。

 水や土を保管するのはこっちでもできそうだけど、火や風は流石に難しそう。


「料理をする際には火のエレメントを使うし、大掃除の際には風のエレメントをセットしたキカイを使ってゴミを吹き飛ばしたりもする。ワイヤードでの生活には欠かせないぞ」

「バッテリーとか電池みたいなもんってわけか」

「ばってりー? それがエレメントの名前か?」

「そんな感じだ。お前のいう『キカイ』は全ての属性のエレメントで動かすみたいだが、俺達の『機械』は雷のエレメントのみを使う」

「なんと! それだけで全てのキカイを動かせるのか?」

「ああ。この炊飯器も、電気――雷のエレメントが動かして中に溜まった水に熱を加え、火を使わずとも米を炊くことができる」

「本来なら水と火のエレメントも使いそうなものなのに……すごいな。確かに雷のエレメントだけで事が済めば楽になる。これも服と同じように利便性を追求した結果か」


 リファはそう率直な感想を述べる。

 かくいう俺も、ワイヤードの文明がそこまで遅れを取っていないことに少々驚いていた。

 機械文明があるということは、おそらくワイヤードは18~19世紀程度の技術があったということか。

 史実で言えば、産業革命の真っ只中。蒸気機関が発明される代わりに、その元素封入器エレメントが使われてきたってとこだろうか。

 ま、詳しいことはおいおい彼女が自分から話すだろう。今はとにかく飯だ飯。

 しゃもじでごはんを掬って大ボウルに放り込む。

 傍らに塩水を入れた小ボウルを用意し、そこに手を浸けて作成開始。

 具は何にするかな……鮭フレークと、梅干しと……あと仕送りの辛子明太子があるからそれにするか。


「リファ、何か嫌いな食べ物とかあるか?」

「私か? 辛いものでなければ特にないぞ」

「そっか」


 じゃあ辛子明太子は俺のぶんにするか。

 熱々のご飯をやけどしないように息を吹きかけつつ掴み取り。

 ぎゅっ、ぎゅっ、と適度な力で握る。


「おお! そうやって作るのか! だから『おにぎり』なのだな!」

「理解が早いな、その通り。米は器に盛る食べ方が一般的だけど、こうすれば手で直接持って食べられるし、携帯食としても機能するだろ?」

「ああ。これなら忙しくて手が離せない時でも簡単に腹ごしらえができるというわけだな!」

「焦んなよリファ。おにぎりの魅力はそれだけじゃないぜ」


 俺は冷蔵庫から取り出した鮭フレーク、梅干し、辛子明太子を並べる。


「マスター、これらは一体?」

「まー見てろって」


 もう一度ご飯を掴み取ると、梅干しを一粒その上に乗っけて握る。

 お次は鮭フレークをまんべんなくふりかけてから握る。

 辛子明太子も形を崩さないように詰めて、力を加減して握る。


「米ってのは味がないから、こうやっていろんな具を詰めて味のバリエーションを増やすんだ」

「何を詰めてもいいのか?」

「基本的には梅干しとか鮭がメジャーだけど、詰められるものなら基本なんでも」

「面白いな、一つの料理でいろいろな味が楽しめるのか!」


 リファはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねながら、心底楽しそうに俺のおにぎりを作る光景を観察している。 


「衣服の文化にも驚かされたが、食の文化もやはり目を惹かれるなぁ……マスター! 私も作ってみてもかまわないだろうか!?」


 そんなキラキラした目を向けるなよ。

 でも、おにぎりくらいならこいつにもできそうだよな。


「わかった。じゃあやってみろ。熱いから気をつけろよ。まずはこの水に手を浸して……」



 そして十分後。 



 ちゃぶ台には大小様々な大きさのおにぎりの乗った皿が二つ鎮座していた。

 形もきっちりとした三角形のものと、石のようにゴツゴツしたものもある。もちろん後者はリファ製だ。

 結局一食で炊いた米をすべて使い切ってしまった。夕飯分にもう一回炊かなきゃだな。


「美味しそうだなマスター!」

「ああ、じゃあ早速食べるか」

「うむ、いただこう!」


 両手で鷲掴み、豪快におにぎりを頬張るリファ。


「んぐんぐ……うまいっ、うまいぞマスター!」

「そりゃよかった」

「これはええと、しゃけ……だったかな? これが一番うまいぞ! こっちのうめぼし、とやらも少々すっぱいがこれもこれで美味っ!」

「ちゃんど噛んで食えよ、喉につまらすぞ」

「大丈夫だ、問題な――ぐっふぉ、えほっ!」


 言ってるそばからリファは盛大に咳き込んだ。

 ほーら言わんこっちゃない。

 俺は呆れ顔でコップに注いだミネラルウォーターを差し出す。


「す、すまないマスター。あまりにも美味しかったもので我を忘れてしまった」

「大丈夫か? 見かけによらず大食漢だなお前」

「軍の仕事は腹が減るものだからな」


 まさに腹が減っては戦はできぬ、ってやつか。

 俺よりこいつのほうが空腹だったみたいだな。

 まぁ、ご満足いただけたようで何よりだ。


「リファ、食い足りないなら俺のも取っていいぞ」

「むぐっ……いや、流石にマスターの食事まで取るわけには……」

「もともと作りすぎたくらいだからいいって。俺は二,三個あれば十分」

「そ、そうか。では僭越ながら……」


 と言って、俺の皿のおにぎりを一つ掴んであーんと大口を開け、パクっといった。 


 途端。

 みるみるうちに彼女の顔が赤くなっていく。こいついっつも顔赤くしてんな。


「ど、どしたリファ?」

「ま、マスター……この具は一体何を……」

「辛子明太子だけど……あ、そっか。お前辛いものダメなんだったっけ」

「マスタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」ゴパァッ( ゚Д゚)。;':゚

「わーーーーーッッ!!きたねーーーーーー!!!」



 そんなこんなで、俺とリファの初めての食事は美味しく、楽しく、凄惨に終わった。

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