3.女騎士とシャワー
「はぁーあ、全く散らかしやがって」
「す、すまない」
ちゃぶ台一面に散らばった米粒と明太子の破片を布巾で吹きながら愚痴る俺に、リファは申し訳なさそうに頭を下げた。
まぁ俺にも非がないわけではないからあんま強くは言えないけど……。
よくよく見ると互いの服にも顔にもびっちりこびりついてる。
こりゃ体ごと洗っちまったほうがいいな。
「リファ、シャワー浴びてこいよ。俺は後でいいから」
「しゃ、しゃわぁ?」
毎度のごとく頭にはてなを浮かべて小首をかしげるリファ。
「シャワーっていうのは……なんつうかその、風呂みたいなもんだ、風呂。風呂くらいわかるだろ?」
「ああ、湯浴みしてこいということか。そうかそうか……って」
ぼんっ!
と彼女の頭が軽く爆発した。
「毎度毎度、よくもそう破廉恥なセリフを吐けるものだな! これでも私は女なんだぞ! だのに面と向かって湯浴みを済ませてこいなどと! これではまるで夜伽の下準備をしてこいと言ってるようなもの――」
「なら一生その汚れた身体のままでいろ。そして腐れ死ね」
「えぅ……ひどい」
反撃されて涙目になるリファ。威厳も誇りもあったもんじゃねぇな。
「わかったらさっさと浴場に行け。この部屋出てすぐ右のドア入ったとこだ」
「で、でも汚してしまった本人が先にというのは気がひけるというか……。やはりここはマスターが先に……」
「別にいいって。この部屋も掃除しとかなきゃいけないから、ほれ」
「むぅ。こんな時に
口惜しそうにリファがボソッとこぼす。
「
「いや、あれを使えばこのくらいの汚れなら一瞬で落とせるのだがなーと思って」
「? なんで」
「だから、この場合風と水の元素を組み合わせてだな……こう、なんと言えばいいか……ぶわぁ~ってなってぶしゅ~っという具合に」
全然わかんねぇよ。
と無言で、謎のジェスチャーを繰り返すリファに伝える。
「~っ! 実物があれば実証できるのに~。……ん、待てよ」
何かに気づいたように顔を上げたかと思うと、リファはとてとてとクローゼットの方に駆け寄る。
そしてさっきそこに収納した彼女のアーマーを引っ張り出すと、そこで何やらごそごそとやり始めた。
すると。
「あったっ! あったぞマスター!
「えぇ!?」
いきなりの報告に俺はびっくり仰天。
リファは手に持った「それ」を自慢げに俺に見せてくる。
パッと見、ガラス瓶にきらびやかな装飾を施したような感じの品だった。
大きさは縦20~30センチ位で、幅は7,8センチ程度。350mlペットボトルをちょっと引き伸ばしたような外見をしている。
両端の部分にはそれぞれキャップのようなものがついていて、片方が銀色で反対側が金色だ。
ガラス部分の色は青みがかかった透明色で、中には何も入ってはいないようだった。
「これが……
「非常用に幾つかアーマー内部の収納袋に入れてあったのを思い出してな。所持品はてっきり全部持ち込めないものと思っていたが、これだけは助かったみたいだ」
「へぇ……これの中に元素を封じ込めるのか」
生まれて初めて異世界の道具を目にした俺は、今までのリファと同じように興味深くそれに見入っていた。
「で、これがあればなんだって?」
「あぁ、手っ取り早く身体を清める方法だ。戦の最中には風呂に入ってる暇などないからな。そんな時に、エレメントを使って汚れを落としていたのだ」
リファはそう言うと、
ぽんっ、と爽快な音が響いてキャップが外れる。
「まずは水だ」
ちゃぶ台に置いてあったミネラルウォーターが入ったコップを取り、リファは水を
瞬間、ガラス部分が薄く発光する。何が起きたのだろう。
「これでよし。あとは風の元素が必要なのだが……。マスター、何か大きな風が起こせるようなものはないか?」
「風ぇ? ……扇で扇ぐとかじゃダメか?」
「全然ダメだ。それでは元素として認識されない。もっとこう、びゅごぉ~ってくるようなやつで!」
お前の例えはわかりにくい。
しかし強い風か……扇風機なら良さげだけど、クローゼットの奥にしまったままなんだよなぁ。最近はクーラーで事足りるから……。
そうやって代用手段を模索していていると、
ざーーっ。
と、ベランダの方で何やら音がした。
それはあまりにも日常生活の中で聞き慣れた、ある意味一人暮らしの最も恐るるに足りる音であった。
「!? まさか!」
俺は急いで立ち上がると、窓際まで行き、外の様子を見た。
案の定、ご立派な夕立であった。
「うわうわうわやばいやばい!」
窓を開けてベランダに干してあった洗濯物達を急いで回収する。
もう、夕立ってのはいっつも前触れなしで突然くるから嫌いだ。
「マスター? もしかして嵐か?」
衣類とタオルの避難を完了し終えた俺にリファが訊いてくる。
「夕立だよ。っつっても風も強いし、同じようなもんか」
「なんと! この上ない好機!」
リファは突然、閉めたばかりの窓をガラリと開けて素足のまま、吹き荒れるベランダへと進出する。
「あ、おいこらリファ! 何やって――」
俺の制止の声をまるで無視して、彼女は手に持ったカプセルのキャップが外れた部分を、どんよりとした雨雲に向けて高々と振り上げた。
そして……。
「
うるさい雨音をつんざくくらいの大声で叫んだ。
その時だった。
ぎゅうん! と
あんな小さな器具のどこにそんなダイソンもびっくりな動力源があるのかと正直俺は目を疑う。
ひとしきり雨と風を吸い込んだ後、リファは急いでキャップを閉めた。
「やったぞ! 大成功だ!」
心底嬉しそうにリファは部屋の中へと戻ってきた。
服はもちろん、髪も肌もずぶ濡れである。
「今のがエレメント精製ってわけか?」
「うむ、これで一つの
カプセルの中には、さっきの夕立の風景をまるごと閉じ込めたように、水と風が激しく渦巻いている。
それでいてさっきの半透明の青に光っていた色に緑色が加わり、きれいなコントラストを醸し出していた。
正直すごいな、と俺は目を見張った。
「それで、これをどう使うの?」
「エレメントは、キカイにセットするだけでなくこのまま使うこともできるんだ」
リファは俺から少し距離を置くと、カプセルの銀色のキャップの部分を俺に向けた。
「カプセルの使い方その1、『エレメントを放つターゲットを定める』」
「?」
「その2、『エレメントの用途を言う』」
用途?
俺がなんのことかわからず、首をひねっていると、リファは得意気に叫んだ。
「
途端。
ぽんっ、と乾いた音がして銀色のキャップがひとりでに外れた。
そして中から先程閉じ込めた風と水がリファの言う通り「ぶわぁ~っ」と俺に放たれた。
「いいっ!」
俺は驚いて避けようとするが、もう遅い。
小さな嵐はそのまま俺の頭に直撃した。
「わぶぶぶぶぶぶぶっ!!!」
まるで食器洗い機の中にでもぶち込まれたような感覚がした。
息ができない、マジで苦しい、死ぬって、これ死ぬっておい!
頭全体をシェイクされるようなその感覚にしばらく悶えていると、やがてそれは止んだ。
「ぶはっ! はー、はー、死ぬかと思った」
「いやはや、すまないマスター。ちょっと加減を誤った」
面目ないというように謝ってくるリファ。
「お前なぁ~」
「だが、これでさっきの汚れは落ちただろう?」
落ちることには落ちたが、床はビチョビチョになるし、服も余計濡れて、かえってダメージのほうが大きいような気が……。
「これがワイヤード流高速身体洗浄ってわけかい?」
「ああ、粗雑だが役には立つぞ」
「わかった。だがこれは風呂に入れない時、んでどうしても身体を洗わなきゃならない時に使ってくれ」
「そ、そうだな……確かに、家にいる時に使うものではないからな」
「わかったらはよシャワーに行ってこい」
「ああ。で、でもあの……」
「ん?」
「シャワーというのは、一体どのような……」
ああそうか。使い方を教えないと始まらんか。
しょうがない、一緒に見てやるとしよう。
風呂場に着くと、リファは感嘆の声をあげた。
「お~! なかなか前衛的な造りをしているのだな、この世界の浴場は!」
「褒めてんのかそれ……」
リファは浴槽の縁を拳でコツコツと叩きながら、
「むむ、これが浴槽か……変わった素材でできているな。石ではないみたいだが……これも合成素材というやつか?」
「まぁそんなとこ。今は沸かしてる暇ないから、シャワーだけにしてくれ」
と言って、俺は彼女にシャワーヘッドを手渡す。
まじまじと受け取ったそれを見つめるリファ。
俺はそこでシャワー用のノズルを軽くひねる。
しゃわぁー、と彼女の持っていたシャワーから勢い良く水が噴出する。
「うわわわわわ!」
予想通りリファは大仰なリアクションをしてシャワーヘッドを放り投げた。
「これがシャワーだよ」
シャワーヘッドをキャッチして俺は言った。
リファは憤慨し、抗議してくる。
「い、いきなり何なのだこれは! 脅かさないでくれマスター!」
「お前だってさっきいきなり俺に向けてエレメント使っただろ。そのお返し」
「うぅ~、良かれと思ってやったのに……」
そんな応酬を交えつつも、俺はリファに簡単にシャワーの使い方を教えた。
「んで、このノズルをひねると出るお湯の量を調節できる。止めたい時もここを使うんだ」
「……こ、こっちの方は?」
「温度調節のノズルだ。まぁ基本その位置のままにしとけば問題ない」
「ほほぉ、これはなかなか便利そうだな。これも雷のエレメントだけで動かせるキカイなのか」
「いや、お湯を沸かすのは確かに使うけど、このシャワー自体は電気は使用しないんだ」
「本当か!? でもこれをひねっただけでお湯が出るんだぞ!? 本来であれば水と火のエレメントも使わないと出来ないような代物だ」
「水道っていって、まぁ発達した井戸のようなもんだと思ってくれればいい。給水所っていうでかい貯水施設みたいなところがあって、そこから水がここまで送られてくるんだ」
「きゅうすいじょ……そこからここまで? それは、他の家庭でもか?」
「うん、ほぼ100%の家庭が水道を使ってる。定期的に金さえ払えば、誰でも簡単に水が利用できるってわけ」
「そうなのか……ワイヤードでは、自分で川や湖からエレメントを調達するか、水売りから購入するかしか手に入れる手段がなかったのに……」
「でも、これに頼り切ってる分、災害とかで配水がストップしちゃった時はかなり困るけどね」
俺は苦笑しながらシャワーヘッドを元の場所に戻す。
ワイヤードでは水道のインフラが存在せず、エレメントという常に限られた分量の水をやりくりして使っているらしい。
不便なことには不便だが、それでいて節水という意味では大いに役立ってる気がする。
昨今の水不足問題が叫ばれているこの世の中、彼女の世界のやり方はある程度見習うべきところもあるのかもな。
いつもの日常の中で気にも留めてなかったけど、これを期にライフラインの重要性を再認識しなくちゃな。
「じゃあ俺はこれで。なんかあったら呼んでくれ」
「うむ。毎度感謝するぞマスター」
「はいよ。脱いだジャージと下着はこのかごに入れといてくれ。あ、タオルもここに置いとくから、浴び終わったら使いな」
俺は最後にそう指示すると、脱衣所を出てリビングへと戻った。
「お?」
そこでリビングに転がっていた
拾い上げて見てみると、どうやらまだ若干内部に風水の元素が閉じ込められている。
「……」
えっと、金色のキャップが元素を封入する方で、銀色の方が元素を放出する側、だったよな。
そしてエレメントを使うときには……。
「ターゲットを定めるんだったよな……」
壁に向かって封入器を突きつけてみる。
あとは、用途を言えば中の元素がその通りの働きをする、と。
「たしかリファは『
なんていうか、用途というより呪文っぽいような……。
ていうか、言えば俺でも使えるのだろうか。それとも、あっちの世界の住人にしか使えないようなシステムになってるとか……。
「うーん……」
なんだろう、無性に使ってみたくなったな。
だってせっかくの異世界の文明機器だぜ? 興味も湧くってもんだろ。
これを使えば、ゲームの魔法使いみたいに派手にぶっ放すことも夢じゃないかもしれないし――。
と胸をときめかせていた時である。
「ほぎゃああああああああああ!!!」
風呂場からリファの甲高い悲鳴が聞こえてきた。
なんだ、と思って俺が様子を見に行こうと思ったのだが。
どたどたと足音を響かせながら本人の方からやってきた。
しかも、全裸で。
「ますたぁぁぁぁぁ! なんなのだあれはぁ!! すごく冷たいぞ! 温度調節のノズルはいじらなかったのに!」
衣服を脱ぎ捨てた彼女の身体は非常に細身であり、きゅっと引き締まったくびれが魅力的だ。
胸の方はそこまで大きくはないものの、形は非常に整っており、実に目の保養になると言わざるをえない。
肌はさっきジャージのズボンが脱げた時に見てしまったときと同様に白くすべすべだったが、ちらほらと傷の跡がある。
戦場で戦った際についたものだろうか、だがこれもまたいい感じにアクセントになっててグーッド。
いやぁ眼福眼福。と思ってばかりもいられない。
俺の胸ぐらをつかんでガクガクと揺さぶり、リファは涙目で訴えてくる。
「どうなっているのだマスター! あのキカイ壊れてるんじゃないのか!?」
「いやそんなはずはないと思うけど……、あ」
「何!?」
「ガスの電源入れてなかったわ。ガスってのはお湯を沸かす火のエレメント的なやつで、これがないとお湯になんねーんだよ。はっはっは、悪いな」
「くぬぬぬぬぬぬ……」
プルプルと拳を震わせて下唇を噛むリファ。またもや一杯食わされたのが悔しいと思っているのだろう。
俺は急いでキッチンにある風呂場のコントロールパネルの電源を入れた。
「ほら、今ガスのスイッチ入れたからじきにお湯が出るようになるよ」
「……」
ふくれっ面をしてそっぽを向くリファ。さすがにちょっと意地悪が過ぎたかな。
「そう怒るなって。それにリファ、早くしないと風邪ひくぞ?」
「……風邪? なんのことだマスター……って」
そこまできてようやく彼女は自覚した。自分が裸体を男性の前に晒しているという状況に。
そして再び赤面。さっき下着を見てしまった時の十倍は赤い。
「ーーーーっっ!! こンの破廉恥マスターがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
咆哮し、飛び上がり、俺に襲いかからんとする女騎士(全裸)
まずい、このままではやられてしまう、どうする!?
その時、俺の全身に電流が走った。
さっき、俺は何を手にした?
何を使おうとした?
何を試したがっていた!?
そうか、これこそ、この上ない好機っ!!
対空中のリファに向かってエレメントを向け、無我夢中で――叫ぶ!!
「
ぱかっ。
そして――部屋の中で、外よりも激しい嵐が吹き荒れた。
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