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 取り調べが終わってなんとなしに外を見ると、陽がもう暮れかかっていた。署内で手分けしたので俺が担当したのは四人。たった四人でこんなに疲れるとは……。

 普段相手をしているどうしようもない悪ガキやマヌケな酔っぱらいどもは、あれでまだ話が通じるほうなのだと知った。もちろん、奴らは奴らで鬱陶しい存在ではあるのだが。

 見ると、俺以外の取り調べ担当者も皆やはりグッタリしている。豆子なんかは自販機でペットボトルの水を買って、飲まずに頭に当てていた。

 疲労と口寂しさを紙パックの牛乳で誤魔化しながら、調書をパラパラと見直す。



 太田小福は七十を過ぎたばあさんで、俺が部屋に入ったときからずっと泣いていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……。ごめんねえ幻樹……」

 俺は善良な人間などではないが、しかしばあさんが泣いて謝ってる姿を見るというのは気持ちのいいものではない。

 なんとかなだめて聞き出したところによると、二十六日の昼、電車で被害者のいる町へやってきて、夜中にナイフで刺してしまったらしい。どうして刺したか、刺したあとどうやって家に帰ったかは覚えていないという。

 もちろん全部ばあさんの妄想だ。太田はその日デイサービスを受けていたと確認が取れている。

「健牛幻樹は、死んだ姉が好きだったんです。母は全くそういうのに興味がある人じゃなかったんですが、遺品を整理しているうちに……なのかな。すいません、正直、私もよく分かっていなくて……」

 付き添いで来ていた息子はすっかり憔悴してしまっていた。老齢の母親が何かの間違いで逮捕されるかもしれないとあっては当然だ。

 俺は息子を安心させる言葉を吐こうとしたが、その前に太田小福がまた泣き出してしまった。

「刑事さん、本当にごめんなさい……逮捕してください……」

「バカ! なんでそんなこと言うんだよ!」

「ごめんね宗二ぃ……あたし刺しちゃったのよお……」

 そう言って、シワだらけの目からポロポロこぼれる涙を、健牛幻樹の顔写真がプリントされたハンカチで拭っていた。

 なんだこの状況は。冗談にもなっていない。



 西岡太郎は十七人の自首者中、唯一の男だった。

 そして唯一の前科持ちでもある。二年前、アイドルのライブ中に他の客とトラブルになり、揉めた際に会場の器具を壊している。ちなみに、その時のアイドルは女性だった。

「男性アイドルのファンに鞍替えされたんですね」

「それ前科把握してるってアピールですか? 悪いけど効きませんよ。もう精算済みの罪なんで」

 効くってなんだよ。

「別にそういうつもりはないですがね。趣向がガラッと変わったようだから、つい気になってしまって」

「教える義理ないけど、しつこそうだから言いますわ。別に変わってないんですよ。俺は昔から男も女もいいものなら全部推してきましたから。

 なに、男のライブでもなんかぶっ壊しといたほうがよかった?」

「いえ結構。すいませんね、本題に入りましょう」

「そうしてもらいたいですね」

 吐き捨てて、意味もなく舌打ちをする。西岡の態度は終始こんなものだった。

 俺も気が長い方ではない。それに今日はとにかくずっとイライラしている。取り調べはどんどん醜いものになっていった。

「俺が幻樹を殺しました。理由は愛していたから。それ以外お話しすることはありません」

「なるほど。動機は分かりました」

「分からないでしょ、アンタみたいな人には」

「いやあ分かりますよ? 愛ね、ありゃ中々いいもんだ」

 西岡の舌打ちに、それより大きい舌打ちで返す。

「……ガキかアンタ」

「ハッ。こういうオッサンにならねえように気を付けとけよ、自称人殺し」

「自称じゃねえよ」

「証明できるまでは自称なんだよ。交通手段は? 凶器は? なぜ自首した?」

「車。ナイフ。自首の理由なんて一つしかねえだろ」

 机に肘をついたまま、わざとらしく手のひらを広げる。

「良心の呵責だよ」

 嘘丸出しを隠さない態度は鼻につくが、しかし実際の理由が分からない。こいつらはなぜみんなして自首をしてきたのか。

 いや、と考える。そうじゃないのかもしれない。そうだ、逆の可能性もある。

 つまり、今この世界には「自分こそが健牛幻樹を殺した」と思っている奴がもっともっとたくさんいて、自首してきた十七人はその中のほんの一部でしかない、という可能性……。

 おぞましい思い付きから目を逸らすように、西岡の取り調べを続けた。

「健牛はプライベートでこの町に来ていた。お前はどうしてその行動を知ることができたんだ?」

「……黙秘する」

 今でギリギリ。手一杯だ。警察に来ない奴の面倒まで見てられるか。

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