第一部 【イズルハ】

第一章【狐】 第一話 【誕生】

とある名も無き村で男の子が誕生した。


その男の子はイズルハと名付けられ、その後大切に育てられる事となる。


翌年イズルハの隣の家に女の子が誕生した。


女の子はミカゲと名付けられる。


イズルハの隣に並べるようにミカゲが置かれ、不思議な事にイズルハはミカゲをまるで慈しむかのように頭を撫でた。


イズルハが歳を三つ重ねた年にようやく二足で立ち上がる事が出来るようになった。


イズルハはその年の頃より勤勉で、その勤勉さには鬼気迫るものが有ったという。


齢五歳にして村の書物を読み終わり、誰が教えたでもないのに軒先にて筋力トレーニングを行うイズルハの姿がそこには有った。


イズルハが本の知識で得たと言えば村人は勤勉なイズルハの頭を撫でて応援する。


「イズルハは良い子ねぇ。


将来は騎士?


それとも勇者かしら?」


イズルハはその問いに大人顔負けの苦笑を浮かべる。


その複雑な表情には村人も少したじろがざるをえなかった。


不思議な違和感。


まだ五歳の少年から、大人のような印象を感じるのだ。


「ドーラおばさん。


僕は恐らく盗賊となると思います。」


そう、これはきっと逃れられない運命。


どれだけ努力をしようとも、きっと僕は勇者にはなれない。


「まあ、こんなに頑張ってるイズルハが盗賊になんてなるわけないわよ。


ね、ミカゲ?」


不思議と大人びて見えるイズルハの側で何が面白いのかミカゲは側に居た。


ミカゲの同い年の子供が居らず、近い年の者はイズルハを除けば五つは異なるからだろう。


ミカゲは幼い女の子そのままの雰囲気で純粋に、ただただ素直に頷いてみせた。


「うん、イズルハは頑張ってるもんね!」


小さくガッツポーズまでして応援してると言わんばかりである。


その応援に応えるようにイズルハは勤勉であり続けた。


イズルハが六歳となった夏の事だ。


村にて謎の流行り病で死者が続出した。


その原因を村の人間は知らないまま、そこで暮らしていた。


長く暮らしていたこの名も無き村では年間を通して病にて死者が出ることは良く有る事だったのだ。


だが、そこで一人だけ行動を起こす者が居た。


病床に伏せる両親へと、イズルハが移住を持ちかけたのだった。


「イズルハ、私達はここで生まれてずっとここで生きてきたの。


だからね、この家も私のお父さんお母さん、そのお父さんお母さんってずっと続いてきた大切な思い出なの。


大丈夫、こんな病気なんてお母さんへっちゃらだから。」


と、手を握りしめて強がってはいるが、この病は根源を絶ちきるまで続くことだとイズルハは認知していた。


「そう……ですか。」


イズルハは諦めたのか、そう答えると、何かを決心したかのように村の自警団の本部へと走った。


イズルハはこの病が何から起こっているのかを知っていた。


だが、いくら訴えても大人は耳を貸さないどころかまともに取り合ってはくれない。


だから、解決できるのはーー


「俺だけだ。」


普段、勤勉に筋力トレーニングを積み重ねるイズルハに隣の家のミカゲの父であるカゲロウが剣の稽古を付けてくれていた。


カゲロウは村の自警団に所属しており、その剣の腕は村一番と名高い。


イズルハは齢六歳にして、その弟子の中でも実力や努力は過去最高の弟子であるとカゲロウが太鼓判を押していた。


そのカゲロウが所属している自警団へと駆け込み、そして、イズルハは開口一番叫んだ。


「村の近くに巨大な化け物が居た!


病でお母さんが苦しんでるときにあんなのが近くを彷徨っていたら、きっと直るものも直らないよ!」


その声の鬼気迫る勢いに慌てて待機中の団員が現れる。


「それは本当か!?」


慌てたように家畜の革で作られた防具を揺らして駆け寄ってきたのは自警団では下っぱのニホノギだった。


「うん、あっちの方に行ったけど、もしかしたら人を襲うようなものかもしれない!」


そのイズルハの言葉にニホノギは話を聞いただけなのに膝をガクガクと揺らして驚いてみせる。


「よ、よーし、俺に任せとけ!」


胸をドンと叩いて見せるが、頼りない事このうえない。


建物の奥へと慌てて走ったニホノギがカゲロウと数人の団員を連れて現れたのはそれからさほど時間も置かずしての事だった。


「よく知らせてくれたイズの坊。


お前が見たっていうその化け物の事を教えてくれ。」


カゲロウが太く長い鉄のロングソードを背負ってイズルハの頭を叩く。


「うん、あれはネズミみたいなやつだったよ。」


巨大なネズミーー


そう聞いてニホノギがそれを想像したのか吹き出す。


「おいおい、イズルハ勘弁してくれよ。


悪い夢でも見たのか?」


ニホノギの一言により、一変して緩んだ空気だったが、地面を強くイズルハが殴った事で弛緩した空気はピリピリしたものとなる。


「夢やイタズラで僕はこんな事をしない!」


それは、今まで勤勉な姿を見せてきた事が大きな説得力へと繋がった。


「ということだ。


巨大なネズミの討伐ーー


まずは居所の捜索をしよう。」


カゲロウが低く、そう伝えた。


巨大なネズミーー


そう聞いて想像するのはどの程度の大きさだろうか?


元々がそこまで大きくない物なため、大きくてもせいぜい狼程度だと考える者も居るだろう。


というか、ニホノギがまさにそれだ。


ネズミと聞いて楽観視しているが、その巨大さを知っているイズルハは大きさもカゲロウへと伝える。


「大人の人が五人くらいの横幅と、三人くらいの高さだった。」


カゲロウはそれを聞いて顎に手を当てる。


「それほどの巨体を隠せるところと言えば、村の裏手の洞窟だろうな。


ニホノギ、団員を何人か連れて痕跡の調査をしろ。」


カゲロウがそう命じるとビクッと震えたが、即座に敬礼し、洞窟へ数人の団員と共に調査に向かったようだ。


「ふむ、しかし、巨大ネズミか……衛生的にあまり良くはない動物の類いだが、まさかそれが流行り病に関連している?


いや、まさかな。」


そう呟いたカゲロウにイズルハはそれに対して誰に答えるでもなく口の中で言葉を噛み殺して思いとどまる。


その通りである……と。


野獣についてまだ正しく誰もが認識していない現在。


過去ーー


それは、イズルハが魔王と相対した事で死に直面した異なる未来の過去ーー


そこでの過去の記憶がイズルハには有った。


最後に使ったアイテムは転生の道具であると聞いていたが、これでは時間が巻き戻ったと言うのが正しいだろう。


とあるおとぎ話が頭に過ったが、これについては今は余談だろう。


過去、言わば一周目のように滅びの運命を再び歩んでいくつもりなどない。


だからこそ抗うために日々研鑽を積んだのだ。


仮にもいずれは勇者パーティーの一員となるイズルハだ。


素質に関しては他の村人に負ける訳もない。


そして、野獣に関する知識も現段階で誰よりも持っている。


だから分かる。


このままではこの村は流行り病が王国に達するまで助からないーー


その頃には村人も片手で数えられるだけしか生存していないだろう。


ただの動物で有るならば、カゲロウなら余裕で倒せた事だろう。


だが、相手は野獣。


普通の戦いとならないことは魔王との戦いからも明らかだろう。


野獣にはそれぞれ体の何処かに変異の原因となる核のようなものが存在する。


それを破壊しなくては野獣の活動は終わらない。


首が切られ、手足がもげようとも死ぬことはない。


弱点を知るイズルハが付いていく事が本来ならば村を救う鍵となる。


だが、まだ六歳の成熟していない体では野獣との戦いは絶望的であり、お荷物になるであろうことは良く理解していた。


出来ることと言えば、弱点のようなものを見たとカゲロウに伝えるくらいである。


「カゲロウさん、あのネズミなんだけど、何だか左足を庇うように歩いてたんだ。


もしかしたらケガか何かをしてるのかも?」


出来ることはやった。


あとは、カゲロウに任せて成功を祈るだけである。


翌朝、調査を終えたニホノギ達がカゲロウへと事の次第を報告する。


「カゲロウさん、あんなの勝てっこねぇよ!


今からでも遅くない、みんなで遠くに逃げましょう!」


そう言うニホノギだったが、カゲロウは険しい顔立ちとなる。


「遠くに逃げたとして、本当に果たして助かるという保証もない。」


流行り病と巨大ネズミを関連付けて考えているのか、カゲロウは根源を立ちきるべきだと考えているようだ。


「討伐隊を編成する。


自警団は全員参加はやむを得ないだろう。


それに、村の男達を集めろ!


これはきっと、大規模な戦いになる。」


カゲロウの指示に答えるようにニホノギは外へと駆け出していく。


村の男達を集めるべく行動を起こしたのだ。


「イズの坊、お前は留守番だ。


この戦いは恐らく死者が出る。


まだ子供のお前には見せたくないし、きっとまだ何も出来はしないだろう。」


そう告げたカゲロウへイズルハは無力を嘆くように手のひらを握りしめ、力なく開いた。


「皆さんの幸運と活躍をお祈りしてます。」


あとは本当に祈るしかない。


討伐隊は夕方には編成され、自警団は鉄の装備、村の男達は鍬や鉈等を手に厚手の布の服を着用していた。


カゲロウが最前を歩き、それに皆が追従していくのを村からイズルハとミカゲは眺めていた。


「お父さん大丈夫だよね?」


そう言うミカゲにイズルハは小さく頷き、ミカゲと手を優しく繋いだ。


「大丈夫さ。


なんたって俺の師匠でミカゲのお父さんなんだからな。」


確証は無かったが、信じて待つしかない。


そしてーー


ーー夜、深夜とも言える深い闇が支配する時刻に複数の重い足取りと痛みに呻く男の低い声が響いた。


静寂に包まれていた村の建物から男達の帰りを待っていた者達が戸を開き、松明の灯りに照らされた戦果を見た。


自警団の半数が死亡ーー


他、村の男達も8割が死亡ーー


残りは重軽傷者だった。


ニホノギは一番軽症だったようだが、誰よりも先に逃げるように自宅へと駆け出した。


響くのは泣き声と生きて帰った事を実感しての腹からの叫び。


誰もが地面に膝を付き、あまりの大きな犠牲に反応出来なかった。


そして、その時幼い声が入り込んだ。


「お父さんはどこ!?


お父さ、ひっーー」


ミカゲの悲鳴が響き渡る。


そして、その光景をイズルハも目の当たりにしていた。


「そんなーー


カゲロウさんが……。」


頭だけとなったカゲロウ。


その頭を見て泣き叫ぶミカゲを心痛な面持ちでイズルハは歩み寄り、後ろから抱き締めた。


これがーー


これが野獣だ。


そして、これが、人がこれから戦っていかないといけない相手なんだ。


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勇者パーティーの盗賊 ソロ @EzSHOW

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