それでも歌は2

 そして二ヶ月後。侯爵家の養女となった私は、シルヴィエラ・マティウス侯爵令嬢として、この国の第二王子であるローランド・レパード・バレスティーニと婚約した。

 婚約式の時のロディは、銀と白の礼服で素晴らしくカッコ良かった。彼は薄紅色のドレスをまとった私の方が綺麗だと言う。互いに褒め合っていたら、またもや国王の咳払いと王妃のクスクス笑いが聞こえてきた。


「国民をひきいる者がそれでは、先が思いやられるな」

「あら、貴方。愛にあふれた王太子の方が、親しみが持てるのではなくて?」

「……む」


 まるでボケとツッコミ――

 間もなく義理の親となる二人を、私はいろんな意味で見習いたい。


 ところで、どうしてロディの呼称が第二王子ではなく王太子なの? 王妃様にしては珍しいミスだが、その場で問いただすと恥をかかせてしまう。私は部屋に戻るのを待って、ロディに聞いてみた。


「ねえ、ロディ。さっき王妃様が貴方のことを王太子って……第一王子のリカルド様と間違えたのかしら?」

「まさか。ああ、言ってなかったな。正式発表はもうすぐだが、兄ではなく僕が王太子になる」

「……ええっ!?」


 予期せぬ答えに頭の中は真っ白だ。

 ふらつく身体を、ロディが支えてくれる。

 気を取り直した私は、矢継ぎ早に質問した。


「そ、それって将来、国王になるってこと?」

「まあ、そうなるね」

「そんなに大事なことを、どうして教えてくれなかったの?」

「第二王子の妃より、王太子の妃の方が大変だ。婚約前に知られたら、君は僕との結婚自体考え直すかもしれない」

「いいえ。そんなこと、絶対にないわ!」

「良かった」


 嬉しそうに笑うロディを見て、負の感情が消えていく。結局私は、彼が好きなのだ。王様であろうと村人であろうと、私は彼の隣にいたい。


 ――最後に王太子の妃になるのって、ラノベのヒロインと一緒だわ。


 不思議な偶然。だけどもう、心配はしていない。だって私は、この世界がラノベではないと知っているから。その証拠にシルヴィエラとくっつくはずの第一王子は、私達より先に式を挙げる。


「リカルド様と婚約中のヴィオレッタ様は、その話をご存じなの?」


 幼少より王太子の妃としての教育を施されてきたなら、当てが外れてがっかりしているかもしれない。リカルド殿下ご自身も、落ち込んでなければいいと思う。


「もちろん。『自分は王太子の器ではない』と議会で発言したのは、他ならぬ兄だよ。ここだけの話、婚約も解消しようとしたらしい」

「……へ?」

「王太子にはならないからと、兄から申し出たそうだ。しかし公爵令嬢は認めず、『わたくしが好きなのはリカルド様で、肩書きではないですわ!』と発言した。これには兄だけでなく、父もびっくりしていたな」

「素敵!」

「そうだね。二人の結婚が決まったのは、そのすぐ後だ。でも、兄の行為は許しがたい。彼女を諦めさせるために、君を利用しようとするなんて」

「……あ」


 そうか。それで私を好きだと言う割に、第一王子の引き際はあっさりだったのね? 食えない彼は、婚約者に自分を諦めさせると同時に、私が弟の相手として相応ふさわしいかどうか、見極めようとしていたのだろう。


「シルヴィエラ、好きだよ。王太子になることを告げず、すまなかった。僕は君なしでは生きられない。この先も、ともに歩んでくれるよね?」


 いつものように首をかしげるロディに、私は笑顔でうなずく。


「当たり前じゃない。二人で幸せになると、誓ったばかりでしょう?」

「ああ。君と二人なら、きっと素晴らしい毎日だ」


 ロディに抱きしめられて、私は彼の胸に顔をすり寄せた。




 そうはいっても、お妃教育はきつい。王族としてのマナーは、一般貴族のそれとは大きく違う。手を振る回数や首を傾ける角度まで、細かく定められているのだ。知識も詰め込む必要があり、特に地理や歴史、国際情勢を重点的に学ぶ。あとは、主な貴族の名前と血縁関係を頭に入れれば……

 ロディは「僕に任せて」と言うけれど、一人前の妃になると決めたから、甘えてばかりはいられない。


 鍵盤楽器の演奏まではなんとかクリアできたものの、歌はなかなか認められなかった。音楽教師に嫌味を言われた私を、女官仲間のシモネッタやカリーナが励ましてくれる。そんな彼女達だけど、私が口ずさむとなぜか部屋を出てしまう。


「変ね。まともに歌っているはずなのに」


 嫌がらないのはロディだけ。

 彼は私が大きな声で歌っても気にせず、にこにこ笑っている。けれど三曲続けて歌った時は、私の喉を心配したのか、お菓子を口に放り込む。私はもぐもぐしながら、正面に立つ彼に聞いてみた。


「ロディ、これってアマレッティよね?」

「そうだよ。いざとなったら必要だと、君のお母さんが言っていた」

「いざとなったらって? どういう意味かしら」


 わけがわからず、私は首をかしげた。

 まさか、耐えられない程の音痴おんちってことはないと思うんだけど……


「まあ、僕としては別のことで黙らせたいけどね?」

「別のことってな……」


 問いかけた私の口に、彼の唇が押し当てられた。ロディとのキスに、私はいつもうっとりしてしまう。合間に囁かれるかすれた声が耳に心地よく響く。


「愛してるよ、シルヴィエラ。結婚式が待ち遠しいな」

「私も愛しているわ。だから立派なお妃になれるよう、歌の練習頑張るわね!」


 張り切って大きく開けた口が、再びふさがれた。私は諦め目を閉じて、情熱的なキスに酔う。


 ――幸せだから、まあいいか。


 バレス国は今日も平和だ。




 *****



 読者の皆様へ


 最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 次回も、優しい皆様の目に留まりますように……


 きゃる

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

駄作ラノベのヒロインに転生したようです きゃる @caron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ