それでも歌は1

 第二王子の部屋にこもりきりということはなく、私はあの日、無事に自分の部屋に戻った。まあ、張り切るロディのせいで、全く無事とは言えないけれど。

 ただ、彼のおかげで義兄の嫌な感触は吹き飛んだ。これから思い出すのは、きっとロディのたくましい胸と優しい手つきだけ……って、最後までいたしてないから。おねだりポーズのロディに、私は必死に抵抗した。あと少し、せめて婚約するまでは待ってもらいたい。




 それから一週間後、私は両親に報告するため墓参りをしようと考えた。用意された大きな馬車に足をかけたところ、後ろから肩を掴まれる。


「シルフィ、待って。一人で行くなんてずるいな」

「ロディ! ずるいってそんな……仕事でお忙しいのでは?」

「兄に任せてきた。あれくらい、彼でも処理できる」

「彼でもって……」


 驚くことに、今や第一王子より第二王子のロディが多くの信頼を集めている。議会でも頼りにされるのは彼の方で、さばく執務の量にも格段の差があるそうだ。その上ロディは語学が堪能なので、国外との交渉ごとにも欠かせない。

 時間があるなら私に付き合うより、身体を休めてほしいのに。


「あの、休息した方が良いのでは?」

「うん、だからシルフィといたいんだ。僕も君のご両親には挨拶しておきたいし。いいよね?」


 同意したものの、ロディはやはり疲れていたようだ。馬車が走り出すなり腕を組んで寝入った彼を、私は思う存分観察する。さらさらした紺色の髪と長いまつげ、まっすぐ通った鼻筋や高い頬骨、しっかりした顎のラインも凜々しくて、全てが彫刻のように美しい。

 愛しさで胸が苦しくなった私は、自分からロディにぴったり寄り添った。


 ――眠っているから、これくらいは大丈夫よね?


 着いたことを確認し、私はロディを軽く揺する。


「到着したわよ。ねえ、起きて」

「……まだ離れたくないな」

「なっ、貴方まさか、起きていたの!?」

「途中からね。でも、せっかくシルフィがくっついてくれたんだ。目を開けるのがもったいなくて」

「まあ……」


 赤くなった頬を手で覆い、私は馬車を降りた。


 長い間離れていた割に、墓地はきちんと整備されていた。私は用意してきた花を添え、土の下で眠る両親に心の中でこう告げる。


 ――ロディと幸せになります。心配しないでね。


 父は……苦笑いするかもしれない。母はまず立派になったロディに喜び、それから私達を祝福してくれるだろう。


 辺りは私達の他に人影もなく、鳥の声だけが聞こえる。横を見れば、ロディはまだ熱心に何かを祈っていた。田舎の空気を胸いっぱいに吸い込み、私は過去に思いをせる。

 

『病気が治ったら、近くの森や川を案内してあげるわ。黒スグリって知ってる? ジャムにすれば甘くてすご~く美味しいんだから』


 私はロディが王子だと知らず、偉そうに接していた。しかも話すことは、食べもののことばかり。こんなんでよく、王子は私を好きになったと思う。現実は小説よりも不思議だ。

 複雑な顔の私の横で、ロディが楽しそうに笑う。


「自然の中にいるせいか、シルフィはいつもより生き生きしているね」


 変な顔、と言わずに褒めるところが彼らしい。さらに、私の心を見透かすようなセリフを口にする。


「せっかくここまで来たんだ。君の大好きな黒スグリを見に行こうか?」

「いえ、あれは屋敷の裏手だから、家と一緒に人手に渡ったはずよ」


 いくら王子でも、不法侵入はいただけない。それに身分を明かして黒スグリを見たいと言い出せば、家主の方がびっくりするだろう。

 

「知っている。だから、買い戻しておいたよ」

「買い戻す? まさか!」

「もうすぐだけど婚約祝い、かな? あの土地は僕にとっても特別だからね」

「ロディ……」

「屋敷は改修中だが、庭なら見られると思うよ」

「あの……ありがとう」

「お礼を言われるほどでもないけれど、受けておくよ。自然が多いから、僕らの子供達も喜ぶだろうな」


 ロディったら気が早い。でも彼が言うように、この辺はのんびりして環境も良く、のびのび遊ぶには最適な場所だ。何より幸せな思い出がたくさん詰まっている。


 私達はかつて過ごした屋敷に向かい、工事中の家を見上げた。中には入れないが、昔の状態に修復しているそうだ。いずれは王家の別荘として、滞在できるようにするという。

 庭はほとんど変わっていなかった。草が伸び放題だけど、そこまで荒れているわけではない。残念ながら実の成る時期は過ぎたが、黒スグリの木は裏手に生えていた。嬉しくなった私は、枝に手を伸ばす。


「また来るわね。その時はたくさん摘んで、ジャムにしましょう」


 黒スグリのジャムを使ったお菓子を作れば、甘いものが好きなロディは喜ぶかしら?

 木を見ながら微笑むと、突如、ある記憶が甦った。小さなロディと別れた後、私は泣きながら、この下に母と二人で何かを埋めた覚えがある。

 私は庭に置かれたスコップを持ってきて、土を掘り返す。


「シルフィ、いきなりどうした?」


 驚くロディは腕まくりをすると、掘るのを手伝ってくれた。間もなくスコップの先が、土の中のあるものに当たる。油紙に包まれたそれは……からくり箱だ!


 私は慌ててスコップを置き、薔薇の仕掛けを動かした。小さな木箱の中には、またもや油紙が入っている。それを開くと、二つに折られた封筒と折り畳まれた紙が出てきた。紙には木炭で、人らしきものが描かれている。


「これ、私達よ!」


 両端に両親、中央に私とロディが手を繋いで立つ。つたない絵で涙の跡がところどころにあるけれど、あの頃の私はロディのことを忘れたくないと、一生懸命に描いたのだ。

 

「家族のようだね。嬉しいよ」


 ロディの言葉に胸が熱くなる。思わず涙ぐむが、もう一つが気になるので泣くのは後だ。その封筒には、王家の印章が押されていた。 

 開封した跡があり、簡単に取り出せそう。それは国王から母に宛てられた手紙で、ロディに見せられたあの紙と全く一緒だった。


「こんなところにあったのね」

「お母さんは褒美をもらう気はなくても、君には遺しておきたかったんだろう。だから、君の箱に入れたんだね」


 その紙を私は両手で胸に押し当てた。

 目を閉じて、今は亡き母を想う――


『二人で仲良くするのよ』


 嬉しそうな母の声が、風に乗って聞こえた気がした。

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