魔性の女8

「当たり前じゃな……わわっ」


 立ち上がったロディが、ベッドに座る私を抱き締めた。私の頬に硬い腹筋が当たり、なんだかドキドキする。はずんだ声音のロディが、私にこう告げた。


「シルヴィエラ、綺麗な君をどうしよう? 子供は、三人は欲しいな。その前に二人でゆっくり過ごそうか。それから式は……早ければ早いほどいいね!」


 ……ん? どうしてそうなるの?


「ロディ、あの……今の話、聞いてた?」

「ああ。嫌いじゃないなら十分だ」


 嫌いじゃなくて、誰よりも好きよ。

 でも、想いだけではダメ。身分制度が廃止されたわけでもないのに、間もなく平民となる私が王子と結婚……やっぱりあり得ない!!


 だけど――

 大好きな人が、私を妃に迎えると言ってくれた。その気持ちが嬉しくて、涙がこぼれそう。今だけでもいいからこうしていたい。

 私は彼の背中に腕を回し、そっと目を閉じた。


「シルフィ、好きだよ」


 頭上から、愛しい人の声が響く。

 同じ想いを返せない私は、ただ彼の名を呟く。


「ロディ……」


 私達はもうすぐ、他人に戻る。

 恋人のフリすら必要なく、私は第二王子をまどわせたとして、責められるかもしれない。その後は王城を出ることになるだろう。覚悟はしていても、別れはやっぱりつらい。


「シルフィ、その……――そろそろいいかな?」


 私の想いとは裏腹に、ロディが困ったような声を出す。腕を下ろして見上げると、彼が苦笑した。


「僕も男だから……その恰好で抱きつかれると、苦しいな。『誘惑されて色香に負けた』だっけ? すぐに負けたいところだが、兵士が僕らを待っている」

「誘惑? ……え? ち、違っ」


 いけない。上着を羽織はおっているとはいえ、上からだと胸元がバッチリ見えている。はしたない姿で抱きつくなんて、ラノベのシルヴィエラも同然だ。小説とは関係がなくても、最後まで淑女しゅくじょでありたい。


「続きは城に帰ってからね」

「続き? なっ、ないから!」


 ロディの言葉を私は焦って否定する。

 クスクス笑う上機嫌な彼を、いつまでも覚えておきたい――痛む胸に手を置いて、私は願った。




 連れ立って外に出た私達を、城の兵士が笑顔で迎える。今までの演技のせいか、第二王子と一緒にいても、特に変な顔はされないようだ。


「捕らえた者はすでに、城へ向かっております」

「わかった。僕らも帰ろう。シルフィ、こっちにおいで」


 私はロディに手を引かれ、用意された馬車に乗せられそうになる。


 ――付き添いもなく、未婚の私が王子と二人きりってマズいよね?


 夜会に出席した時も、一応女官は同乗していた。けれど今回、ロディは急いで来たらしく、女官を連れてはいない。彼の評判が下がることを恐れ、私は首を左右に振る。


「あの、密室で二人になるのは良くないと思うの。私は辻馬車でも借りて、後から行くわ」

「どうして遠慮するの? 大丈夫、いくら君が魅力的でも、いきなり襲いかかったりはしないよ」

「いえ、心配なのはそっちじゃなくって……未婚女性と二人きりだと、王子の貴方に悪評が立つでしょう?」

「悪評? 婚約する相手と同じ馬車に乗ったくらいで、とがめられるとは思えないけど?」

「婚約する? あのね、さっきも言ったけど……」

「いいよ。馬車の中でゆっくり聞いてあげるね」


 いや、ロディ。だからそれがダメなんだってば!


 彼は私を横抱きにすると、強引に押し込め隣に座る。急に借りた馬車は小さく、どうしても彼の身体に触れてしまう。狭い空間に二人だけ……意識したため緊張し、私は正面に座り直そうと試みた。ところが、ロディがあっさり私を引き戻す。


「シルフィがいるべき場所は、僕の隣だろう?」


 好きな人にそう言われて、嬉しくないわけがない。高鳴る胸の音が、外まで聞こえてしまいそう。

 けれど私は喜びを押し隠し、真面目な顔をする。


「ねえロディ、貴方の気持ちはすごく嬉しい。だけど真剣に考えて。王子の貴方と私とでは、身分が釣り合わないわ」

「なんだ。気にしているのはそんなこと? 大丈夫だよ。許可は得ているから」

「許可? いえ、誰の許しか知らないけれど、私には身分だけでなく後ろ盾もないの。だから……」

「後ろ盾がない? いや、これ以上ないほど強力なのがあるよ。まさか、君が知らなかったとはね」


 私は首をかしげた。実の両親を亡くし、親戚すらいない私に後見人? 


「城に戻ったら教えてあげるよ。その上で、真実ほんとうの気持ちを聞かせてほしい」


 真顔のロディに迫られて、私は思わず首肯する。


 ――強力な後ろ盾……いったいどういうこと?

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