魔性の女9

 王城に着くと、ロディは私が着替えられるように取り計らってくれた。

 確かに破れたままのドレスではみっともないし、好きな人の前でボロボロの姿をさらしていたので恥ずかしい。

 私は慣れ親しんだ部屋で湯を使い、身体の汚れを落とした。その後は担当女官のカリーナに手伝ってもらって、白いレースが付いた明るい青のドレスを身にまとう。彼女は私の髪を結い、化粧まで施してくれる。


 ――まともに装うのは、これで最後かもしれない。


 私がしんみりしていると、鏡に映ったカリーナが笑いかけてくれた。


「このドレス、ローランド様が貴女のために用意させたのですって。シルヴィエラったら、やっぱり愛されているじゃない!」


 言われてみればこの青は、私の瞳と同じシアンブルーだ。彼の心遣いに胸が熱くなり、鼻がツンとした。


「貴女がお妃になれば、私はその親友ね。素敵だわ!」


 楽しそうに語るカリーナ。ロディのことは完全に吹っ切れたのかもしれない。答えられない私は、曖昧あいまいに微笑むことにした。

 

 ――本当にそうなれば、どんなにいいだろう。結婚なんて無理だと思いつつ、「後ろ盾」に心当たりもないのに、期待だけが大きくふくらむ。神様……自分のために祈っていいのなら、どうか私をロディの隣にいさせてください。


 心の中でそう願った直後、本人が登場する。

 ロディは銀の刺繍が入った紺色の上着に黒いトラウザーズを合わせていた。整った顔立ちでスタイルも良く、惚れ惚れするほどカッコいい。


「行こうか、シルヴィエラ。人を待たせている」


 ――待たせている? もしかして、私の後見人がここに来ているの? 


 なんと手回しが良い……というより、短時間で王城に来られる知り合いって誰だろう?

 やはり覚えがないと首をひねりつつ、ロディと一緒に出口に向かう。振り向く私に、カリーナが笑顔で激励してくれた。


「シルヴィエラ、頑張って!」

「が、頑張るって……」


 待っている相手もわからないし、どう頑張ればいいのかな? とりあえずカリーナには、感謝を込めてうなずいておく。内心ではわけもわからず緊張したまま、私は彼と部屋を出た。




 ロディに連れられ、いつかのように長い廊下を進んでいく。以前と違って今は腕を組んでいるため、彼との距離は近い。他はほとんど一緒で、向かう先も……って、まさか!

 ロディは、見覚えのある両開きの扉の前で立ち止まった。


「待って、ここって……」

「心配ない。僕に任せて」


 止める間もなく扉が開かれる……やっぱりここは、国王の私室だ!

 赤が基調の豪華な部屋、天井にはシャンデリアが輝く。大理石の床には赤い絨毯じゅうたんが敷かれ、奥には一段高い場所があり、国王と王妃が腰掛けていた。

 私は慌てて頭を下げて、深く膝を折る。


「待ちかねたぞ。だが、わざわざ確認することでもあるまい?」

「いいえ。はっきり認めていただかないと、安心できません」


 国王の言葉に、ロディが答えた。

 一方私の緊張は、ピークに達する。


 ――ロディ。よりにもよって、なぜここへ?


 彼は折りたたまれた紙を、震える私に差し出した。


「シルフィ、読んでみて。もう一通は君の家にあるはずだ」


 顔を上げた私は戸惑いながら、ロディと国王ご夫妻に目を向ける。王妃様が首を縦に動かしたので、私はロディからその紙を受け取った。


 開いた瞬間、息を呑む。文末にあるのは……国王陛下のサインだ!

 私は急いで目を通す。


『……献身的な働きに、心から感謝する。よって、第二王子ローランド・レパード・バレスティーニの病が回復した暁には、望む褒美を与えよう』


 そこには母、マリサの名が記してあり、最後に国王の署名と正式な印が押してあった。


「あの……これって、なんでしょう?」


 褒美の内容はわからないが、特に聞いた覚えはない。ロディは母に宛てた書類を私に見せて、どうしようというのだろう? 亡くなった母が、私の後ろ盾ってこと? 

 

「君のお母さんは兄の乳母で、僕の命の恩人でもある。でも彼女は、何も受け取らなかった」

「ええ。必要ありませんから」


 それでこそ私の母だ。損得勘定でロディの世話をしたわけではなく、あの頃の私達は、彼の病気が一日も早く治るようにと願っていた。

 ロディはかすかに笑い、言葉を続ける。


「お母さんには感謝している。だが、明日をも知れぬ苦しみの中で、君だけが僕の希望の光だった。僕が健康を取り戻せたのは、君のおかげだ」

「もったいないお言葉です。私も……ローランド様がご立派になられて、とても嬉しいです。生きていれば、母もそう思うでしょう」

 

 思い出話がしたいのかな?

 それならここでない方が、気軽に話せるのに。


「ねえ、シルフィ。まだわからない?」

「……わからないって?」


 いけない、国王陛下の御前であるにもかかわらず、つい気安い口調で答えてしまった。


「国王のサインがある以上、その書は正式な効力を発揮する。そうですよね、父上!」


 息子であるロディ――第二王子ローランドの発言に、国王陛下が重々しく首肯した。

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