魔性の女7

「……お、終わらせる? そんな!!」


 信じられずに、私は大声を上げた。

 爵位を剥奪はくだつするってこと? どうして!

 

「正確には君の前――ご両親の代で終わったことにする。調べたところ、君の継母や義兄は方々に借金をしていた。また、義妹は素行不良で貴族達から訴えられている。彼らのせいで今や、コルテーゼ男爵家の評判はがた落ちだ」

「そんなこと……」


 あるかもしれない。

 つくづく、前世を思い出すまでの自分の行動が悔やまれる。私が修道院に入っていた間、我が家は劇的に変わってしまったようだ。父と母が愛した家を、守り切れなかった自分が腹立たしい。


「前の代で終わっていれば、彼らは男爵家とは縁がないため、名誉は守られる。実際、君を追い出したせいでコルテーゼ男爵は#存在しなかった__・__#。君以外継ぐべき者がいないから、あとの心配も要らない」

 

 淡々と話すロディに、胸が痛くなる。

 彼の言う通り、男爵家が両親の代で途絶えたことにすれば、大好きな二人の名前は残るし家名も守れる。騙された人達には申し訳ないが、うちとは関係がないと言い切れるのだ。借金は……屋敷やわずかに残ったものを売り払い、こっそり返していこう。ただし、継母達三人に同情する気持ちはない。


 でもそれは、私が貴族でなくなり無一文になることを意味する。ロディはそのことをわかった上で、王子としての決定を私に告げたのだ。

 平民になるのは構わないが、女官や見習いとしての資格は失う。住むところと仕事をなくすため、今後の身の振り方を考えなければならない。

 悩む私に、ロディが続ける。


「シルフィは、僕の隣で過ごしてほしい」

「隣? いえ、貴族でなければ王子付きどころか、女官もできないはずよ?」


 眉根を寄せて答えたところ、ロディが真剣な表情で私を見つめた。


「好きだよ、シルフィ。君は僕をどう思う?」


 好きって…………

 心臓の鼓動が大きくねた。

 待って、変に勘違いしてはいけない。

 近づくロディを、私は片手で制する。


「……シルフィ?」


 首をかしげて、いつものおねだりポーズ。ここで適当に流したら、後が大変だ。確認大事!


「それは友人としてってこと? それとも幼なじみとして?」

「どっちも違うね」


 彼の否定に、私の胸は期待に震える。

 

「それなら、どういうつも……」


 目の前にひざまずくロディを見て、私は言葉を失くす。そのまま片手を取って上に向けられ、手のひらに口づけられた。これはいわゆる……求愛!?


「愛しているよ、シルヴィエラ。僕と生涯を共にしてほしい」

「まっ……」


 まさか! 私は夢を見ているの? 

 それとも……

 ある可能性に思い至り、私は首を横に振る。途端にロディの端整な顔が曇った。


「どうすれば、君は……」

「あ、愛人は嫌だから!」

「愛人!?」


 ロディが驚きに目を見開く。

 ああ、愛人じゃなかったか。


「えっと……側室?」

「側室? どこからそんな考えが? 正妃として迎えるに決まっているだろう!」

「へっ!?」


 今度は私が目を丸くする番だった。

 だって、男爵令嬢という身分がなくなると、私は平民となる。第二王子のロディと一緒になるには、さらにハードルが上がってしまう。彼が良くても、周りは決して許してくれない。それに彼には、愛する人がいたはずで……


「お、王女様――エメリア様との縁談はいいの?」

「その話、誰が君に聞かせた?」


 目を細め怒ったようなロディを見て、私の身体が強張こわばる。すると彼は首を軽く横に振り、表情をゆるめた。


「いや、僕の中ではとっくに終わっていたんだ。きっぱり断ったからね。まさか、夜会に王女自ら乗り込んで来るとは思わなかった。僕があの場に残したせいで、君はこんな目に……」


 金色の瞳がつらそうな光を宿す。

 終わっているって……元カノってことかな?

 ちなみに暴力以外の被害は受けていないので、私は大丈夫。まあ、ちょっとは危なかったけど。


「いいえ、特に何もなかったわ。貴方がこうして助けに来てくれたもの」

「シルフィ……」

「だけどロディ、落ち着いてよく考えてみて。なんの身分も後ろ盾もない私が、第二王子の妃だなんて……どう考えても無理があるわ」


 心の痛みを押し隠し、力説する。

 義妹の言葉は正しい。高貴な家柄か強力な後ろ盾がない限り、この国に住む者が王族の列に加わることはなく、その辺はラノベも現実も一緒だった。無理やり妃に収まれば、ロディが批判を浴びてしまう。大事なロディが、私のせいで傷つくのは嫌だ。


「僕が嫌いなわけではないのか……」


 ボソッと呟くロディに、私は大きくうなずいた。

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